複雑・ファジー小説

Re: よろずあそび。 ( No.10 )
日時: 2011/09/22 20:35
名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
参照: 雨が酷いです。

 順平は男らしくピラフと野菜スープにがっついている反面、八百子さんは落ち着きを持って優雅に食事を楽しんでいるように見える。一口ひとくちを笑顔になりながら口に運んでいる姿は、かなり女性っぽくて——魅力的だった。
 こちらの視線に気がついたのか、彼女はぴたりとスプーンを動かす手を休め、首をかしげて僕の方を見た。

「彰くん、どうしたんですか? ……せっかく作ったのに食べないの?」

 その言葉に僕は肉食獣の存在を感づいたウサギよろしく、びくりと身体を震わせる。僕はただなんとなく、という感覚で彼女を見ていたので、話しかけられたのは完全に虚を突かれたと言っても変わりなかった。

「あ、いえ、はい」

 うろたえつつ返事をし、思い出したように食事に手を伸ばす。
 スプーンで野菜スープを掬い、知りうる限りの食事マナーに則って口の中に運ぶ。そして、咀嚼。
 色々な野菜の酸味、甘味、苦味、辛味が旨味として口いっぱいに広がる。……今回も上出来だ。そう思ったと同時に、食べさせても失礼のないものを作れたということに安堵し、ゆっくりとため息をついた。

「くくっ……」

 どこからか聞こえたその声に反応して、僕は不思議そうに顔を上げた。
 目の前には、可笑しそうに笑いを堪える順平と八百子さんの姿。順平にいたっては声まで漏れ出ている。さっきの声は十中八九こいつのだ。
 え、何かした? や、何もしてないよね。それなら、物を食べてるだけで笑われるなんてどういう仕打ち? イジメ? 今時、こんなイジメなんて聞いたことも見たこともないけどさ。

「……何さ」

 僕は片方の眉を吊り上げて、怪訝な顔で聞き返した。
 途端、二人はいきなり吹き出して笑い始めた。失礼にも限度がある。

「……見れば判ンだよ」

 文句のひとつでも言おうと口を開いたその刹那、順平の言葉によって遮られた。先ほどと違って、今度は言葉すら発せなかった。

「何が」
「お前の思考。どうせ、二人に不味いもの出してなくて安心した——なんて思ってンだろ?」

 順平のその言葉に、僕は目を丸くして絶句していた。
 僕の表情を見て、八百子さんも微笑みながら会話に加わる。

「顔に表れるっていうか……。こう、判りやすいんですよね。会って間もない私から見ても」
「や、別に……。そんなこと一秒、一瞬。刹那たりとも思ったことなんて微塵もないけど。……八百子さんも、何言ってるんですか……」
「いーや思ってた。ゼッテー思ってた。五百円賭けてもいい」
「言ったか? 言ったな。よし判った、五百円今すぐ払ってよ」
「まあまあ、別に悪いことじゃないよ。彰くんのそういうトコ、見ててカッコいいと思うよ? ……うん」
「カッコいいって……、やめてくださいよ……」
「ははっ、照れンな照れンな」
「うっさい、照れてない!」

 そう言い、僕は半ば会話から逃げるように傍にあったテレビのリモコンを手に取り、僕が座っている位置から右に置いてあるテレビの電源を入れた。丁度放映していたのはニュースだった。
 部屋にテレビは置いてあるが、基本僕はあまりそれを見ない。それを判っている順平は、ニヤニヤと愉快そうにこっちを見てくる。正直言ってやめてほしい。
 あー、そうだよそうですよ。ご名答だよ全くもう。事実、僕が思っていたことは一字一句順平と違わないよ。……畜生、何で判っちゃうの? そりゃあ、高校からの仲なんだしそれくらい知ってても不思議じゃないけどさ、実際困るよ。……ああもう、慣れてないんだよこんなの。顔だって赤くなる。
 二人から視線をはずし、皿を持ってテレビの方を向いてそれに没頭しつつ、乱暴にピラフやら野菜スープやらを口に運ぶ。この際温度や火傷なんて関係ない。
 割とどうでもいいスポーツコーナーが終わり、あまり綺麗とは言えない女性アナウンサーの声とともに、ニュースが切り替わる。事件や事故のコーナーだ。
 やがて僕をからかうのが飽きてきたのか、次第に二人とも意識を僕からテレビの方へ移っていった。

「物騒だなー」

 順平は感情のこもっていないような言い方、所謂棒読みでニュースを見ている。

「…………」

 八百子さんはただ静かに、そのニュースを見ている。
 議員の汚職事件、愉快目的の通り魔事件、銀行強盗事件、エトセトラ。色々報道されているのは確認できるが、その詳細は一切頭に残らなかった。
 僕が今最も集中すべきことは、湯気立った頬及び頭を、如何にして戻そうとするかを考えることだ。他のことなど些かも頭に届かなかった。
 それから数十分、その光景が続く。その間は特に語るに足る話題もなく、ほぼ無言状態で保たれていた。

「ごちそうさマウス! ……さて、」

 無言で保たれた均衡を、ベルリンの壁の如く砕き壊したのは八百子さんだ。野菜スープの最後の一口を嚥下し終え、両手を合わせて食後の挨拶を済ませた後、丁寧に皿を置いて僕の方を向いて微笑む。

「皆食べ終わったことだしさ、そろそろモンハンでもやらない?」

 その言葉に、僕は苦笑いで応えながら彼女の提案に答える。

「……それも、そうですね。ていうか、元からこういうつもりでしたよね」

 こうして、僕たち三人は食事で使った皿を洗い終えた後、当初の目的であるモンハンに取り組むのであった。
 ちなみに、順平は徹頭徹尾手伝ってくれなかった。畜生。