複雑・ファジー小説
- Re: よろずあそび。【一部改変】 ( No.11 )
- 日時: 2011/09/22 20:37
- 名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
- 参照: 学校で迷うのはいつものことです。
* * *
身を包む甲冑が、歩くたびにガチャリガチャリと音を鳴らす。背中に携えた純銀製の長槍と大楯が、空に浮かぶ太陽に照らされ神々しい光を放っていた。
頭に被っている鉄兜を少し指で押し上げ、周りを見渡す。周囲に警戒するような敵も居らず、近くには鮮やかな草原、遠くには高くそびえる山々が存在するだけだった。
「……おっと、見逃すところだった」
周りを安全地帯だと判断する前にそう言い、足元に視線を落とす。
鮮やかな草原が所々潰されている。形からして恐らくは誰かが踏み荒らしたのだろうが、生憎潰された箇所の大きさは人間のサイズでは考えられない。図ってみると、自分の身長より少し長いくらいの直径だった。
「近くにいるか……」
それは今回討伐目標である大型モンスターで間違いなかった。そして同時に、それはこの近辺に大型モンスターが存在する、あるいは存在したという証拠である。
背中から長槍と大楯を抜いて構え、神経を大型モンスターの索敵に集中させる。
心臓の鼓動が早くなっていく。これは遊びではなく、生き死にを掛けた真剣勝負なのだから当然だ。
風の音、草同士が擦れる音、それらさえも逃さずに警戒する。
——やがて、自分の後方で自分ではない何かが草原を踏みつける音を聞いた。
「…………!」
全身を奮い立たせ、長槍を後ろに突き出しながら音の方向へ振り向く。
「おわっ! いきなり何すンだよ……!」
しかし、突きつけた切っ先の前にあるのは、討伐目標としていた大型モンスターではなかった。
「何だ、ジュンか……」
腰に異国の剣である、刀を携え、身体の上下にモンスターの堅い皮であしらった薄手の鎧を着ているのは——ジュンという人間だった。彼は僕がモンスターを討伐するという、ハンターという仕事を始めてた当初から付き合いが長い相棒だ。……それなりに腕は立つが、無鉄砲な性格なのであまり実力は発揮できていないというのが玉に瑕である。
ため息をつきながら緊張状態を解きつつ、僕は長槍を退いて肩に乗せる。
僕のその態度が気に障ったのか、ジュンはむっとした表情でこっちを睨んできた。
「何だとは何だよ。……で、その様子だとこの辺りにモンスターはいンのか?」
「無論だよ。下に足跡があるじゃないか」
「ん、オーキードーキー。とりあえず、マーキングボール取り出して待ってるか」
マーキングボールとは、モンスターの足取りを把握するための道具だ。モンスターの出会い頭に投げつけるのがセオリーとなっている。
片手でマーキングボールを弄びながら、ジュンは周囲に目を配る。
その背中を眺めていると、不意に僕は思い出したように目線の先のそれに話しかけた。
「そう言えば……、もう一人見なかった? ほら、お前にとっては今日初めて狩りに同行したあの娘」
「ああ、そういや俺も見てねぇなあ……。心配しなくてもその内合流すンだろ」
ジュンはこちらに目を向けず、警戒態勢のまま答えた。
暫く時間が経ち、そろそろ別の場所へ移動しようと提案するべく、口を開こうとした瞬間——、
「GAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHH…………!」
鼓膜をつんざく、明らかに人外の存在が発する轟音を二人は聞いた。
「——ジュン! 上だ……!」
僕の声に即座に反応したジュンは、すかさず襲い来る存在の着地点から逃れようと、前方回転受身という回避行動をしてその場を離れた。
反応がコンマ一秒でも遅れていたら、確実にやられていただろう。そう思わせるほど間一髪なタイミングだった。
起き上がりざま、ジュンは襲い来る存在目掛けてマーキングボールを投げつけた。——命中。ぶつけた場所が派手な蛍光色に染まる。
「危ねぇなあ、オイ……!」
冷や汗を頬から垂らしながら、ジュンは腰から自らの武器である刀を抜く。鞘との鮮やかな摩擦音と共に抜き身にされたそれの刀身は、曇りひとつなく煌いていた。
そしてそれを構えて、最早お約束となった特攻をするべく、後ろ足に力を入れて駆け出そうとする。——だが、
「GAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHH…………!」
二度目となる咆哮によって、それも不発に終わった。
咆哮をまともに聞けば、鼓膜を破りかねない。故にモンスターを狩る人間は大抵、本人の意思とは関係なく、体が反射的に耳を塞いでしまうのだ。ジュンもその例に漏れずに足を止めて耳を塞いだ。
「ちッ……!」
咆哮の余韻もなくなると、ジュンは焦ったようにバックステップをしてその場を退いた。無鉄砲さに定評のあるあいつでも、確実に危険だと思う間合いは避ける。伊達に場数は踏んでいないということか。
ある程度間合いが開いたら、双方とも無闇に突っ込むようなことはせず、お互いを牽制していた。
「……ビンゴ。大当たりだ」
僕はジュンの後ろから襲い来る存在を確認して、静かに呟く。
強靭そうな四肢、しならせながら振り回している尾、咬まれたら無事では済まされない大きい顎、鋭く見開かれた紅い眼光。
その姿かたちこそ、僕たちが討伐せんとしている目標——ティノ・レックスという名のモンスターだ。
ティノ・レックスはこの硬直状態を気に入らなさそうに、更なる咆哮でそれを壊そうとする。
——その音が、血戦開始の合図となった。
大きな顎を開きながら、ティノ・レックスは一直線に僕たちの元へ突っ込んできた。
「ジュンッ! 脚を落とすぞ……!」
「任せろ……!」
ジュンに簡潔な説明を伝え、ティノ・レックスの突進を回避するべく僕たちは左右に散った。僕が右、ジュンが左へ駆け出す。
結果、すれ違うような形で僕たちはティノ・レックスの突進の回避に成功する。しかし奴も馬鹿ではなく、右前脚を軸にして滑るように体を百八十度回転させ、今度は身体を跳躍させて襲ってきた。狙われたのはクロだ。
距離はそれなりあったが、ティノ・レックスの跳躍力、もとい身体能力を舐めてはいけない。奴にとってはそのようなものなど無いに等しいのだ。
ティノ・レックスは一度の跳躍でジュンの元へ辿り着いた。そして着地すると同時に鋭利な爪が生えた右前脚を振り上げ、ジュンの脳天を狙って袈裟に振り下ろした。
「遅ぇンだよ……!」
対してジュンは振り下ろされたそれの下に開いた隙間へ、潜り込むように体勢を低くして走る。余程の度胸が無ければ不可能な方法だが、いとも簡単にやってのけたことに見ていた僕は少し驚いた。
何もいないところ目掛けて、ティノ・レックスの放った右前脚は空を切った。
そのことで奴は体勢を崩して、そこに僅かな隙が発生する。その隙を見てジュンはすぐに刀を構え直して奴の右後脚に突きを放ち、切っ先を突っ込んだまま刃を左向きに反して、薙ぐようにして刀を勢いよく振るった。
断面からティノ・レックスの血液が噴き出す。だが、奴は痛がる素振りを見せずに身体を回転させてジュンへ向き直った。なんという生命力だろうか。——だけど、嘗めるな……!
「何処を見ている……!」
僕はティノ・レックスのほぼ真後ろから純銀製の長槍を構え、奴の左後脚にそれを深々と突き立てる。内部の肉を抉るように、深々と突き刺した長槍を捻ると、先ほどとは変わって奴は痛がる素振りを見せた。
たまらないと言った感じで、ティノ・レックスは僕を撃退しようと尾を振り回す。この距離では避けられない。
僕は長槍を引き抜き、敢えて避けずに大楯を構えてそれを迎えた。
大楯で奴の尾を悉く防いでいく。体力の消費と奴との距離が開くのは免れないが、負傷をしなくて済むなら安いものだ。圧されつつも確実に、尾の間合いから離れることに成功した。
ティノ・レックスから離れた後、僕は一度大楯を背中に戻した。いくら大楯で大抵の攻撃を防げるからといっても、流石にあの突進を防ぐことは不可能だからだ。故に遠くから距離を測り、タイミングを計って回避するしか道は無い。
一見これは難しいようだが、今の状況ではそうでもない。
まずはジュンによって出来た右後脚の切傷。これは痛みこそ少ないだろうが、何よりも切り裂くことを極意としている刀の先程の一太刀は、恐らく奴の肉ないしは腱を斬っていることだろう。
そして、僕自身によって出来た刺傷。これは肉体的なダメージは少ないが、傷口と神経をぼろぼろに荒らすために突き刺し捻った一突きは、確実に常軌を逸した痛みを奴に与えているはずだ。
これらのことで、ティノ・レックスの機動力はそれなりに落としたことだろう。確かに奴の機動力は脅威だ。だが、それさえ如何にかしてしまえばこっちのものである。
攻撃が当たらなければどうということはない。遠くから行動を読んで回避し、隙を見て反撃する。それを慎重に繰り返しさえすれば、必ずといっていいほど負けることはないのだ。
念のため、もう少しやっとこうかな。……うん、ジュンもいることだし、やっとこう。
「閃光爆弾行くぞ! 突っ込め、ジュン……!」
「外すなよ、信じたぜ……!」