複雑・ファジー小説

Re: よろずあそび。  ( No.18 )
日時: 2011/09/22 20:43
名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
参照: 深夜のテンションがおかしい現在。

 正面から、前へ、前へ。退却など考えない。撤退など思わない。敗北など信じない。ただひたすら奴の下へ向かうために地面を蹴る。全ては奴の息の根を止めるために。全ては勝利のために。そのためなら、僕だって無鉄砲な馬鹿になってやるさ……!

「待ってたよ……!」

 ヤコさんが自分の後ろにいる僕たちの姿を視界の端で確認すると、ティノ・レックスが突き出してきた右鉤爪を軽くいなし、バックステップをして僕たちとすれ違う。
 その際、彼女と僕は目が合った。
 ——何故だか、背中を押された気分になった。
 僕は左から、ジュンは右から奴の側面に回りこむ。すれ違う際に、奴の体重が掛かっている両前脚を走りながら切り裂いた。たとえ長槍であっても、切っ先を上手く使えば切ることも可能になる。
 神経に走る激痛に反応して、ティノ・レックスは身体を大きく後に仰け反らせた。それによって奴の強靭な尾の腹が地面に着く。ここを狙うのだ。
 重い大楯を走りながら横合いに投げ、それから少し脚の回転数を上げて、ジュンより先にティノ・レックスの後方に僕は回りこんだ。
 右手に持っている長槍を逆手に持ち直す。切っ先が小指の方向で、柄の先がその逆だ。

「合わせろよ、ジュン……!」

 そう言い、僕腕をは逆手に持った長槍ごと大きく振りかぶり、思い切り投擲するような動作でティノ・レックスの尾に手に持ったそれを深々と突き立てた。
 不意に自らの尾に鋭利なものを打ち立てられ、痛みにもがくより先に驚いたようにティノ・レックスは身体を痙攣させた。その右からジュンが抜き身の刀を腰元に構えつつ、長槍で固定された尾がある後方に追いつく。

「任せとけって……!」

 彼はそこで立ち止まるようなことはしなかった。そして、それが僕の求めた行動だった。
 駆けてくる速度のまま、ジュンはティノ・レックスの尾を通り過ぎる。奴に何も攻撃せず、ただ走り抜けただけなのか。——答えは、ノーだ。
 一閃。
 それは正に、目にも留まらぬ速さだった。
 ジュンは奴の尾の、固定されている少し手前に刃を滑り込ませ、撫でるように滑らかな線を描きつつ——そう、バターをナイフで切るが如く刀を左から右に振った。
 比喩の通り、尾は鮮やかな断面を見せて両断される。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHH…………!」

 その際の痛みでティノ・レックスの声帯から出されたものは、今までのような、威嚇のための咆哮では断じてなかった。
 痛い、痛いと、幼い子供がただ泣き叫ぶのようにそれは聞こえた。それの確証はない——だが、はっきりとそれを認識できた気がする。
 奴は尾を失ったことで体のバランス感覚を狂わせてしまい、小石に躓いたように前のめりに豪快に転んだ。
 その様子をつぶさに見ていた三人は、瞬時にお互いの視線を交し合う。——仕掛けるなら、今……!
 僕は長槍を両手に持って構える。大盾はさっきどこかに放り出したのだが、拾いに戻っている暇などなく、防御は捨てるという覚悟を決めた。——だが、一抹にも不安や恐怖は感じなかい。
 仲間がいるからだろうか。敵に大きな隙が出来ているからだろうか。自分でも良くわからない——が、自問自答している暇も余裕も、今は必要ない。目の前のモンスターを狩ることが、何よりも最優先事項なのだから。

「今ならボコれる。……やっとくか?」

 そう考えていた僕を見ながら、ジュンが唐突にそう言った。
 別に言わなくても——と、彼の言葉に対して返そうと思った言葉を、僕は途中まで言って止めた。ここは、ノッておくべきかな。モチベーションも上がってきたしね……!

「……行こうか。仕留めるぞ……!」

 ティノ・レックスを威圧するように、僕は力の限り叫んだ。

 * * *

「あー、終わった。お前らお疲れ」

 満足感と達成感に満ちた表情で、ため息をつきながら順平は携帯ゲーム機を僕のベッドの上に放る。こいつにとっても、今日討伐したモンスターたちはなかなか手強かったのだろう。

「あはは、ゴメンねぇ、開始早々に武器の素材集めに出掛けちゃって。もう少し早く合流できればよかったんだけど……」

 申し訳なさそうに笑いつつ、八百子さんが携帯ゲーム機の電源を落とす。この人はこういうところでも律儀なんだよね……。どこかのヤンキーとは大違いだ。
 続けるように僕も携帯ゲーム機の電源をオフにして、立ち上がって冷蔵庫へ向かう。大げさかもしれないが、手に汗握る相手だった。若干、喉も渇いてきた気がする。
 こういうときには、あれだ。
 冷蔵庫の扉を開け、中に充満する冷気が腕に刺さるのを感じながら、僕はそれを掴み取る。

「野菜じゅーすぅー!」
「……順平、少し黙ってて」

 背後から一世代前の、未来から来たロボットのような声真似が聞こえたのを、僕はうんざりした口調で振り返りもせず返事をした。あれか、僕の部屋の冷蔵庫は時空も越えられるのか。
 少し乱暴に冷蔵庫を閉めて、それから背後に視線をやる。……というか、いつの間にこいつは僕の背後まで回ったんだ……? こういうスニーキング技能は、つくづくテロ兵器の阻止に役立ててほしいものである。

「ハハッ、冗談が通じないんだね彰くんは! しょうがないなぁ!」

 今度は某夢の国の王様であり、世界一有名なねずみのような甲高い声を出して僕をからかって来た。その少し癇に障る表情に、僕は冷めた視線を送ってやる。

「……馬鹿じゃないの? てか、馬鹿じゃないの?」
「二回言うな。……人の名前でネタをするのはもうやめろよ……」
「お前も、そのファンシーさの欠片もない顔でのこれ以上の狼藉は許さん。子供たちの夢が壊れるからね」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ。子供たちの夢が壊れるだあ? ……馬鹿め、むしろ俺を見て夢を持つに決まってンだろうが」
「デデーン。今のはタイキックじゃ済まないよー。鼻フックぐらい酷いよー」
「お? 言ったな? 言いやがったな? 彰のくせに上等じゃねえか。……良いぜ、表に出ろよ……。久々に切れちまったぜ……!」
「奇遇だね、実は僕も……相当イラついてんだよ……!」
「今日は加減する気になンねえよ……。不運と踊っちまったと思いやがれ……!」

 僕たちはお互いを睨み付けながら、八百子さんがオロオロしながら見ているのにも関わらず、靴を履いて賃貸アパートの外へ向かいだした。

 * * *