複雑・ファジー小説

Re: よろずあそび。  ( No.27 )
日時: 2011/09/22 21:11
名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
参照: 正露丸、オロナイン、イヴは私の三種の神器。マジで万能薬です。

 聞いてから、僕は彼の自己紹介に違和感を覚えた。春日が目指している——大学? とどのつまり、僕が通っている大学だということか。しかも一回生ならば、それは春日と同い年であると同時に、この僕とも同じ年齢に違いない。

「……翔太郎。こいつは二ノ内彰、確かお前と同じ大学の同学年だったか」

 ちょっと春日、勝手に僕を紹介して欲しくないんだけど。
 そう不機嫌になったが、こんな朝早くからわざわざ来てくれた親切な人間にぶしつけな態度をとるほど、僕は嫌な人間ではない。はっと焦燥して、感づかせまいと表情を無理に作って本音を抑圧し、握手を求めて手を差し出した。

「三神……さん、今日はよろしく」

 ぎこちない笑顔だが、今回は妥協しよう。
 すると三神は困ったように眉を垂れさせ、嗜めるような態度で僕の脳天に握りこぶしを当てた。ぽすっ、と、力の入っていない音が聞こえる。

「駄目駄目、全然駄目だネ。ボクは愛想笑いかどうか判っちゃうんだからサ、そういうの見てると悲しくなるヨ?」

 図星を突かれてしまった。……不覚だ。
 呆れた様子で三神が続ける。

「あと、『さん』も要らない。だってボクたち同い年らしいし、何より堅苦しいのは嫌いだから……サ」

 彼の顔に、悲しみの色が混じる。
 また、やってしまった。僕がそれを見て最も初めに思った言葉が、それであった。
 何で僕はこう、初対面の人とかに排他的になるかな……。頭では判ってるんだけど、どうも、簡単には直ってくれないらしいね。本当、嫌になるよ。

「……ほら、あんまりセンチメンタルになるな」

 春日から髪の毛をくしゃくしゃにかき乱された。無意識の内に俯いていたようで、それを彼に察された様子であることが見てわかった。
 僕はその動作に驚愕し、咄嗟に僕の頭に乗せられている腕を振り払おうとした。だが動きを読まれたのか、春日はひらりと僕の腕の下を潜り抜ける。そのまま階段の方向へと足を運び出した。

「ははっ。……じゃあ、俺は一旦帰って寝る。後は二人に任せたから、またな」

 僕の追撃から逃げるように、飄々と春日は帰っていく。彼には珍しく、その表情は笑顔だった。
 彼がいなくなってからの賃貸アパートの部屋の前に、初対面同士の人間が残されるということは、どれだけ居心地の悪い雰囲気が漂うのだろうか。僕は三神の顔も見ることができず、ただそのことを懸念していた。……恥ずかしながら、現実逃避というやつだろう。

「それじゃあ……サ、」

 微かに暗くなっていた空気を吹き飛ばすように、三神が明るい調子で言う。

「とりあえずは君の持っている服を見せてくれないかナ? それから動機。それによってコーディネートも変わってくるからネ」
「あ、……うん。……じゃあ三神、上がって?」
「アイアイサー。……お邪魔しまーす」

 お客人である三神を先に上がらせ、僕は春日にもらった林檎の入った段ボール箱を抱えて扉を閉めるのであった。

 * * *

「……へえ、年上のお姉サマとデートか……。キミも隅に置けないネ」
「なーんか、少し言動が引っかかるんだけど……」
「気にしたら負けサ。さて、早速服を選ぼうじゃないか」

 三神は怪訝な顔で聞き返す僕の視線を軽く受け流し、少々慮るように顎に指を当ててから、やがて閃いたのか僕の服を物色しだした。
 ああでもない、こうでもないとぶつぶつ独り言を漏らしながら服を掴み、イメージにそぐわないと判断するとそれを自分の後ろに置いていく。一見するとこれは乱暴な動作と思えるが、彼はきちんと服を畳んでから行っていた。その手際の良さはまるでショップの店員と比べても、何ら違和感のないものである。
 たった今僕は、やはり人は外見だけで判断するものではないということを再認識した。正直彼を偏見に染まった目で見ていたと言っても良いくらい、彼の行動を意外だと思ってしまっていたからだ。
 恐らくは「女性に好かれていそう」という容姿から、「女性に甘えていて自己管理能力が欠如している」という固定概念を勝手に押し付けていたのだろう。何とも意味不明で、荒唐無稽な考え方だろうか。出来ることならば、自分自身にローリングソバットでも放ちたい気分だった。

「ふむ、こんな感じかナ」

 僕が彼に対する失敬を反省していると、丁度塩梅で三神が立ち上がった。どうやら見栄えの良い服でも見つかったのだろうか。

「彰、ちょっとこっち来ておくれヨ」

 僕はその言葉に従って三神の前に立つと、彼は突然幾枚の洋服を僕に手渡した。広げて見ている僕の様子を見ながら、彼が話し出す。

「基本的に年上の女性とデートするときは、出来るだけプリントの柄はワンポイントが望ましい。並ぶと子供っぽく見えちゃうからサ。……尤もキミはそういう服が少なかったから、選ぶのは簡単だったけどネ」

 三神は僕の広げている服を指差して続ける。

「まずは今君の持っているショール一体型のシャツ。立体感のある赤色と黒色のチェック柄はフェミニンな雰囲気が出ると思うけど、キミの顔立ちなら合うと思う。アウターとして暗い色のパーカでも着て、暗い色のカーゴパンツを加えれば、派手すぎない均衡が保てるヨ」

 次に、僕が抱えていた洋服の束の一番上を掴んだ。

「今度はニットソーだネ。これをインナーにして厚めのフードジャケットを合わせれば落ち着いた雰囲気を出せる。ボトムにはスキニーパンツでも持ってくればいいサ。ストールを首に巻いても良いケド、好き嫌いが激しいから気をつけるようにネ」

 そして彼はニットソーを束の上から自分の腕へ掛け、その下に見えたものを指差す。

「それはフードTシャツ。その上ならロングカットベストが似合うし、ボトムもほんの少しサイズの大きいサルエルパンツがあったから、組み合わせてゆる系コーデの完成サ。ボクとしてはこれが一番オススメかナ? ゆったりとして落ち着きのあるコーデだから、お姉さんみたいな女のコにはウケがいいんだヨ」

 機関銃のような講義が終わったのか、三神はニヒリスティックに満ちた表情で口の端を仄かに吊り上げる。僕にはそれが癪に障るような感覚を覚えたが、今それを言って会話の流れを絶つような野暮なことはしたくないので、その言葉をそのまま嚥下した。

「……ていうか、さ」

 三神の会心の笑みに対して気の利いた言葉もいえなかった僕は、話題を変えようと彼の視線から逃げつつ、先ほどから疑問に思っていたことを質問する。

「何で、君は見ず知らずの僕に優しく出来るのかな。僕が君の立場だったら、間違いなく断ってたよ? 君に対して、気持ちのこもったお礼なんて出来る自身もないし……。全くもって君はお人好しすぎ。春日と同じで、いつか詐欺に合うかもって心配になるよ」

 口では挑発的に言うが、頭では判ってる。
 ただ単に、僕は彼や春日が羨ましいだけなんだと思う。ネガティブな先入観を持たずに、他人と接することの出来る彼らに。そしてそれを認めることが出来ないからこそ、言動に棘が入る。……うん、至極単純明な理由だよね。
 そういった僕の姿は、何とも幼稚なものだったのだろうか。恐らくは軽蔑されても文句は言えないだろう。