複雑・ファジー小説

Re: よろずあそび。 ( No.5 )
日時: 2011/09/22 20:25
名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
参照: ロンリー・ジャッジーロなんてなかった。

第一章 非日常と僕


「……へえ、お前にしてはいい感じじゃねえか」

 僕の目の前でハードブリーチされた髪の毛を持つ、いかにもヤンキー色の強そうな青年が煙草を咥えながらそう言ってきた。上から目線でどうもありがとう。
 時間は午後の九時を四十分ほど回ったあたり。アルバイトを終えて帰り支度を整えようとしている時の出来事である。
 昨日の夜、僕が八百子さんと出会って会話をしたことを軽い気持ちで話していたら、思いの外深く話していたようで、事実だけのつもりが過程までも根掘り葉掘り暴露していたことにたった今気が付いた。まあ、こいつだから別にいいけど。
 こいつの名前は四ツ谷順平。気兼ねなく日常を話せる間柄と見受けられるとおり、僕の友人だ。どちらかといえば悪友と言ったほうがいいかもしれない。
 順平とは高校からの付き合い——とはいっても、こいつは留年を三回繰り返した上での同級生である。その理由は学力ではなく、度重なる暴力事件のよるものだ。ちなみに学力のほうは全く問題になっておらず、むしろ常に十位以内をキープしていた僕よりも優秀だった。
 先天的な風貌、そして後天的な暴力性が合わさって、順平は昔から浮いた存在だということは言わずもがな。
 当時僕も近しい立ち位置にいたということもあり、そのときから自他共に認める親しい仲となっている。

「それで? その……なんだ、やおよろ……何とかっていう女とはどうなったンだ?」
「別に。ずっと倒せなかったって言ってたモンスター倒すの手伝って終わり。ウナギコトルに手こずるとか笑ったよ。実際には笑わなかったけど」

 ウナギコトルとは大人気ゲームのモンスターハンティングに出てくる、炎を纏ったウナギのようなモンスターである。切った尻尾がとても美味そうなのが特徴だ。

「だからな? そういうことじゃねぇっつーの。アドレス交換とかお付き合い宣言とか、そういうこと聞いてンだろうが。言わせんな恥ずかしい」
「何でそんな短絡的思考になんだよ。アレか、お前の頭の中はいつでもお花畑なのか?」
「ンだよ。お前喧嘩売ってる? つか売ってンべ? 買ってやンぞコンチクショウ」
「はいはい。じゃあもうこの話はおしまい。いつまでもバイト先にいると迷惑だし」
「や、まだ核心触れてねェべよ。何でその……」
「八百万」
「そうそれ。八百万とかいう女は何でお前を知ってたっつー話だよ。過程が濃すぎて結論忘れちまうとこだったじゃねェか」
「や、判れよ。自営業なら店先の出来事ぐらい把握できるだろ。常識的に考えなよ。だってそこに住んでんだぞ?」

 無理があるだろ。そう言い順平は呆れ顔で煙草を灰皿に押し付ける。まだ吸える所はあるように見えたが、順平は慌てた様子で煙草の火を消していた。
 何かあるのかと疑問に思ったが、その時間は刹那だった。

「順平先生、彰先生さよなら!」

 僕の後ろから、まだ幼さが目立つ少女の声。振り向くと、活発そうなショートカットが印象的な、見た目小学生の少女が二人のいる部屋の入り口に立っていた。

「気ィつけて帰れよー」
「またね。お休み」

 それに対して僕らは笑って返す。挨拶は人間として常識的な行動であるべきだと思う。子供たちにもそうあってほしい。
 今の出来事で判るかもしれないが、僕たちのアルバイトとは紛れもなく塾の講師だ。順平が小学校低学年から中学校までの国語、僕が小学校高学年から中学校までの英語を教えている。
 前述したが、僕は基本的に成績が優秀だったし、順平は学力だけなら僕以上だ。加えて、順平なら漢字検定二級、僕なら英語検定の二級を持っている。こんな二人が最も適正と言える仕事がこれ以外あるだろうか。いやない。これ反語な。

「……さて、俺らもお暇すっかぁ? もう子供たち全員帰ったしよ」

 生徒に喫煙を見られたかもしれない、というのがそこまで気になるのか、順平がばつの悪そうな顔をして言った。既に煙草の箱と愛用のジッポライターはポケットの中だ。なんとも言えない手際のよさだ。
 順平の提案に僕は頷いて答えた。

「そうだね。あまり長いこと留まってると他の人たちに迷惑だし」

 帰り支度を終え、それぞれ必要なものを持とうと立ち上がる。その際、疲労を軽減させるために身体を伸ばし、決行を促進させる。——五、六秒ほどの、それなりに長いストレッチだった。
 よし。そう呟いて帰宅までの気力を生成し、自分が座っていた椅子の背もたれに掛けてあった薄手の上着を羽織る。まだ冬のような寒さではないが、十月の半ばともなると流石に夜は冷える。
 おばあちゃんが言っていた。些細なことでも、健康管理だけは手を抜いてはいけない、……なんてね。働く人間として、風邪をひいたので休みますなどと軽々しく言ってはならない。
 そう自分に言い聞かせ、笑いながら順平に顔を向ける。

「帰ろうか、順平」
「……心ン中でどんなモノローグしてたか知らねぇけど、そのドヤ顔すげぇ目障りなんだが」

 台無しだ。