複雑・ファジー小説
- Re: よろずあそび。 ( No.6 )
- 日時: 2011/09/22 20:29
- 名前: カケガミ ◆KgP8oz7Dk2 (ID: WTkEzMis)
- 参照: 文系は得意。理系はダメ。
* * *
アルバイト先の塾を出て、少し歩いて常日頃お世話になっているレンタルDVDショップ兼ゲームショップの前をで横断歩道を渡り、信号を四つ過ぎた先にある馴染みのコンビニエンスストアがある角を右折する。それからは自宅までほぼ一本道だ。
順平の「暇だし、お前の話聞いてモンハンしたくなったから」という一言で今日はこいつを泊めることになった。まあ、明日は一日オフのだから丁度よかったと思ったのは嘘ではない。余談だが、モンハンとは勿論モンスターハンティングの略である。
僕たちは歩いている。家までの一本道——昨日八百子さんに出会った、高台へと続く階段がある道を。アスファルトで舗装された道は、足に固く確かな感触を伝えてくれる。しかし、こうも固いと足が痛くなっていくので、あまり業者の人も頑張り過ぎないでほしいというのが本音だ。
それにしても、冷えるな……。
だというのに順平は、ロングTシャツとニットカーディガンという、どちらかと言えば薄着な格好で僕の左隣を歩いていた。寒くないのだろうか。というか、絶対寒いだろ。確定的にやせ我慢だろ。見てるこっちが寒くなってきた。
「てかよォ、やっぱモンハンの最強武器っつったら刀だろ? 正面からでも敵の攻撃に対応できるし、何よりリーチと威力が他と一線画しまくりじゃねぇ?」
モンスターハンティング、最強武器議論。もうこれで何回目だろうか。
このゲームには武器が短剣、両手剣、刀、双短剣、長槍、銃槍、大槌、変形斧、猟弓、軽弩弓、重弩弓の十一種類に分けられており、プレイヤーがそれぞれ使いやすいものを自由に選べる仕組みとなっているのだ。
その中でも順平が言った刀という武器は、グラフィックが総じて日本刀に近い形状となっていて、その性能は専らヒットアンドアウェイの戦法に向いている。さらに攻撃範囲が長く威力も結構高めであることから、初心者にも扱いやすいとされている。
だが、その扱いやすさ故に「面白味のない武器」と揶揄されることもあるのだが。
「何言ってんの? 最強は長槍に決まっているって知らないの? 刀とか、パンピー(一般ピープルの略)丸出しじゃないか。ビギナー乙」
僕は順平の意見をいつものように否定する。
今言った長槍というのが僕の武器だ。これは全体的に見ても玄人向けとされていて、好んで使用するプレイヤーは少ない。……飽くまで、僕自身の私見だが。
形状は中世の重装歩兵部隊を彷彿させる、重そうなランスのようなグラフィックであり、戦い方としては敵の攻撃に耐えつつ隙を見て反撃するといった、忍耐を必要とするものとなっている。順平が得意とする刀とは正反対な戦術だ。
「あ? お前売ってンの? あんなチマチマした攻撃なんか通るわけねぇだろ。蚊か」
「おっと、長槍を僕の前で馬鹿にするとはいい度胸だ。この前銀色のレオレウスでクエスト失敗寸前での起死回生劇を忘れたのか?」
レオレウスというのは言わずもがな、モンスターハンティングに出てくる飛龍だ。一作目から出てきている古株で、このゲームの顔である。
「いや、いやいやいや。それはよぉ……アレだろ? あん時は俺が閃光爆弾とか麻痺トラップとかでサポートしまくったからだろ」
「デデーン。順平、アウトー。麻痺トラップを悉くかわされ、閃光爆弾五つある内の四つを外したのは誰? しかも、二回力尽きたのは両方お前じゃなかったっけ。あれ? モンハンでは何回力尽きるとクエスト失敗になるのかな? 確か三回だった気がするよ?」
「……さぁ」
目を逸らしやがった。
急に順平が黙りこくってしまったので、仕方なく容赦してやろう——
「そう言えばさ、」
などと、思うはずがない。や、普通思う? 思わないでしょ? 極度のお人好しなら判らないけど、僕だよ? 容赦ないことに定評のある僕だよ?
「この前なんか、俺は回復なんてしないとか言って大型モンスターに向かっていったら、開始数分で回復アイテムの素材採取しにどっか消えたよね。帰ってきたと思ったときには僕が討伐完了してたっていうね。それにさ——」
不意に、そこで僕は言葉を発するのを止め、立ち止まってしまっていた。その行為に表層意識など微塵も無い。それほど驚いていたのだろう。
順平が怪訝そうに僕を見る。無理も無い、調子よく喋っていた人間が急に口を閉じてしまったのだ。順平に限らず、誰だってそういう視線を送ってくる。
僕の視線の先——口を閉ざした原因は、正面数メートル先にいた。
腰まで伸びた栗色の髪の毛、不自然なほど完璧な顔立ち、モデルまたはグラビアアイドル顔負けのスタイル。
見紛うことなどあり得ない。
「八百子、さん……」
彼女こそ、八百万八百子その人だった。
「んあ?」
間の抜けた声で順平が僕の視線を辿る。
「ああ、あいつがお前の言ってた八百屋の女ってやつか」
普通なら近くまで行って声でも掛けるところだろう。——そう、普通ならば。
彼女は一人でいたのではない。その周りに統一性の無い格好をした人々に囲まれて立っているのだ。若年のサラリーマン、中年の主婦、制服姿の少女、派手な格好をした不良、初老の警察官、……エトセトラ。数は十には満たないが、それでなくとも十分目立っていた。
絡まれて恐喝などをされているようではなかった。……まあ、警察の人がいるんだし。でも、だとしたら、彼女は何をしているのか。
聞くべきか、見なかったことにするか。
や、まあ、あれだよね。僕と八百子さんは会って一日しか経っていないって言っても、一応一緒にモンハンした仲だし。いやいや、意味不明だから。それぞれ踏み込んでほしくない領分ってのもあるでしょ。でも、もし困っていたら逆に見ぬ振りするのは酷いんじゃない? ああ、どうしよう。これぞ葛藤って奴? ていうか、さっきから順平が変な目で見てくるんだけど。何? 何で見るの?
そうやって僕が立ち止まってグズグズしている内に、八百子さんの周りにいた人々は散っていった。
「八百子さんっ!」
そう言う瞬間には、すでに僕の両脚は彼女の方向へと向いて歩いていた。衝動が理性を凌駕する。聞いたことはあったが、まさか実践するときが来ようとは露とも思っていなかった。
僕の声に反応して彼女が振り向く。その顔にネガティブな表情は一切合財ない。むしろ何事も無かったように、彼女は佇んでいた。
「彰くん! こんばんは」
そして、僕に可憐であり妖艶な笑顔を見せる。
「何か、あったんですか? 端から見ていてかなり目立っていましたよ」
「あ、あはは……。そんなに目立ってたかな」
苦笑して、彼女はそう言う。
「な、何でもないんだよ? 気にしないで!」
焦ったように笑う八百子さんの表情は、どういった視点から見ても怪しい。その一言に尽きるものだった。
八百子さんが、隠し事……?
そりゃあ、まあね? どんなに仲良くっても、もし親友と呼べる間柄だとしても、人間として考えることもあるだろうから、隠し事の一つや二つくらいあるけどね? そもそもそれ以前の問題だし。八百子さんはまだ僕に心を開きたくないって思ってたりしてるかもしれないよね。……でも、それでも、万が一身の危険が八百子さんに迫ってたりしたら大変じゃないか。……っておいおいおいおい、何これ妄想? やばっ。勝手に一人で何考えてんだ僕は。気持ち悪いから! 今の中止! なし、なし……!
結局長い葛藤の中で導き出した答えは、話を逸らすという、何とも情けない選択だった。
「ところで、その格好で出歩くなんて珍しいですね」
引きつった笑顔でそう言う僕の姿は、それは滑稽だったろうに。しかし、それが僕の精一杯だった。
八百子さんの今の格好は、昨夜会ったときに身につけていた私服ではなく、緑色のエプロンと三角巾を着けていた。恐らく八百屋で仕事をしているときの格好だろうが、如何せん今はもう既に営業終了時間である。
決して似合っていないという訳ではない。——むしろ、何かこう、胸に来るようなモノがあったが、今の時間帯では不自然と思われる。
僕の言葉に対して、彼女は目を見開いて驚いていた。何を驚いているのだろう。最初はそう思っていたのだが、それはすぐに撤回される。
八百子さんの表情はそのまま変わらなかった。変わったのは顔の色だ。見る見るうちに頬を朱に染め、羞恥か憤怒か両方か、拗ねたように目を逸らして頬を膨らませた。耳まで真っ赤である。
「な、何ですか! 結構急いでたから、たまたま着替えてくるのを忘れたの!」
怒り混じりの口調でそう言ったと思ったら、急に悄気たように俯き、上目遣いで口を尖らせた。
「……それとも、こんなだらしない人は嫌いなんですか……?」
「なっ……!」
二ノ内彰に電流走る————! ……じゃないから! 意味判んないから!
何々何だよ何なんですか。この人は狙ってやってるのか? こんなの見せられるとか、反則だよ、もう……!
「や、いやいやいや、そんなことありませんよ! むしろ僕の目の保養になる位綺麗でっ……」
見なくても判る。きっと僕の顔は瞬間湯沸かし器のように湯気が立っているだろう。
というか、何を言っているんだ僕は……!
がくんと両膝を折り、地面に手をついて今の失態を後悔し、羞恥し、嘆いた。穴があったら入ってそのまま三年間はそこで冬眠したい。そう思うほどとんでもないことを口走ってしまっていた。幻滅? 幻滅された?
「さぁて、」
見かねた順平は嘆いている僕を尻目に、更にはそれを無視して八百子さんに話しかける。
「アンタのことはこいつから聞いてっからよ。俺は四ツ谷順平。よろしくなァ、ベジ子さん?」
ぴしりと、その場の空気が極寒の氷河のように凍りつく。
八百子さんの綺麗な笑顔は、ひびが入ったように引きつったものへと変貌していた。
「……あの、ベジ子って、何ですか……?」
対する順平は、あろうことかキョトンという表情で「え、お前何言ってんの?」とでも言わんばかりの様子で立っていた。
「は? や、八百子さんは八百屋やってんだろ? 八百屋イコール野菜、イコールベジタブルじゃねえか。どこぞの惑星の王子様みたいでカッコよくね?」
暫しの沈黙。重い、沈黙。
やがて取り繕ったような笑顔で八百子さんは順平を見つめる。……や、笑ってない。あれは絶対笑ってない……!
「……こちらこそよろしく! テレッテッテーくん」
「生憎、俺のレベルはこれ以上アップしねぇし、何より頭ぶち抜いても某ヘルメスや某トリスメギストスとかはでねぇよ?」
皮肉が通じていない。逆に笑ってやがる。
そのような態度の順平に、むしろ一週回って驚いた表情を八百子さんは見せた。数秒彼女は順平を見つめた後、耐え切れなくなったように吹き出し、挙句腹を抱えて笑い始めた。
「くっ……、ふふふ……、ふふ……、……あっはははははははははは…………! えふっ、えふっ……! はははははははは……! げほげほっ………!」
近所迷惑など一切考えていない、事情を知らない者から見れば何とも見苦しい情景だったのだろう。だが、そのようなことを全くもって気にしていない様子で、彼女は一心不乱に笑い続けた。
どうやら、順平の態度が笑いのツボに入ったのだろう。目の端に涙を浮かべるほどの大爆笑を目の当たりにすると、逆に冷静になってしまう。まあ、順平の切り返しは面白いといえば面白いんだけど……。何というか、ねぇ。
やがて、笑い疲れたような荒い息遣いで、彼女は順平に対して握手を求めるように右手を伸ばす。
「ふう……順平くんだね。面白かったから、私のことは好きに呼んでください。いやもう、面白すぎてもう降参、お手上げ侍! 順平くんだけに、ね」
「ん、こちらこそ」
順平は八百子さんの伸ばした右腕に、こいつなりの屈託の無い笑顔と握手で応じた。
今のやり取りで冷静になれたことでふと思った。
別に、さっきの八百子さんが何か僕に隠し事をしてるようにしていたって、僕には全く関係ないじゃないか。それがどれくらい些細なことでも、あるいは重大なことでも。
八百子さんは八百子さんで、僕は僕。それぞれ思うところもあるだろうし、何も言ってくれないってことは踏み込んでほしくない領分なんだと思う。……だとしたら、尚更深く追求するのは最善じゃない。彼女が話してくれないのなら、絶対に触れるようなことはしないし、望むなら干渉だってしないのがいい。
だけど、もし、彼女が僕に相談してきたときは、僕を頼って助けを求めて手を伸ばしてきたときは。そのときはそのときで、全身全霊で、粉骨砕身の思いをもってその手を掴み取ればいい。
そう思ったほうが一番ベストだろうし、何より余計な心配をしないで済む。
よし、そうだ。そうしよう。
気を取り直して、僕はすっくと立ち上がる。丁度二人の自己紹介も終わったところで、いい塩梅を見計らって二人の間に入る。
「ところで、八百子さんは今から暇ですか?」
その際、二人の握手にチョップを放って無理矢理離した。
「え? ……いや、一応暇だよ。どうしたの?」
僕の行為に目をぱちくりさせながら、八百子さんは質問に答える。
「や、僕たちとモンハンしませんかって誘おうと思ってたんですけど……。あ、よかったらでいいので」
「いいんですか?」
と、彼女は驚いて言う。
それに僕は頷いて返す。順平の方を見ても、結果は変わらなかった。
「いいですよ」
その言葉を聞くと、まるで子供のように、八百子さんの表情が見る見るうちに明るくなる。何度も頭を縦に振って、嬉しそうに彼女は返事をした。
「はいはいはい! 行くよ行きますよ! ええと、じゃあ、それじゃあ……、あ、えと、そうだ、家からモンハン持ってきますね! ちょっと待っててください……!」
言うが早いか、彼女は一目散に八百万へと駆けていった。
その姿が見えなくなった頃、思い出したように順平と僕は顔を合わせる。
「なぁ」
「うん」
「ベジ子の家って、」
「僕んちの隣じゃん」