複雑・ファジー小説

Re: 復讐 5年の歳月を経て… ( No.24 )
日時: 2011/06/26 09:50
名前: コーダ (ID: 46ePLi3X)

「なるほど……今の季節的にしょうがないか……。」

 市場で、頭を悩ませながら、果物を見ていた東牙。
 今の季節的に、柿、ブドウ、リンゴ、ナシくらいしかなかったので、こんなセリフを吐いていた。
 ちなみに、この男は柑橘系を、探していたみたいなので、少し残念がっていたという。
 余談だが、柑橘系の旬は、だいたい冬から春である。

「親父。とりあえず、これらの果物、5つずつくれないか?」

 東牙は、場所で言葉を使い分けられる。
 市場的な、店舗を持たない場所だと、丁寧な言葉より、先の言葉の方が、売り手に好印象を、あたえられるくらい、朝飯前だった。

「ん?リンゴが1個多いぞ?」

 このように、言葉の使い分けで、得をすることはよくある話だ。
 次は、自分の分の食事を買う為に、店舗販売している、惣菜屋に向かった。

「朝はあまり、重たい食べ物は食いたくないし……おっ?」

 どんなものを、食べたいかを悩んでいた時に、東牙の前に、ある食べ物が売られていた。
 それをみた瞬間、この男の目は、珍しく輝き、少々嬉しそうに。

「すみません。これ6つください。」

 今度は、丁寧な言葉で物を頼んだ。
 すると店員が「あっ!すみません、今から作りますので、少し待ってください!」と、東牙へ言った。
 この言葉に、もっと嬉しくなったという。

「(出来立てを食えるってことか……これは運が良い……。)」

 出来立てを、食べられることに、ワクワクしていた、東牙にとって、待つことなんて、苦ではなかった。
 すると、隣のお店で、並んでいた主婦の会話が、小耳にはさんだ。


「あら奥さん。あの城に、北の都会地で、ちょっと暴れた人が、連れてこられた事、知らなかったのかしら?」
「え〜!?それはすごいわね〜……。」
「どうやら、しばらく城に、捕まることになるらしいわよ?」
「あんな見かけで実は……とは思わないわよね。」
「なんだか、それを見たっていう人から、聞いたんだけどね。数は40人くらいで、基本的に全員が、腰に刀を持っているのよね。」

 この何気ない会話に、東牙は思わず疑問に感じた。
 “北の都会地”“暴れた”“40人くらい”“全員腰に刀”というワードに、全て自分があの時の状況と、当てはまるということに。
 そして、惣菜屋で買った物を、受けとっては「これは、近い間暴れる時が来るな……。」と、とても小さな声で、呟いた。


                ○


「買ってきたぞ。」
「どんな果物を、買ってくれた?」

 扉を開けるなり、女性は東牙の買ってくれた果物を、袋の中から覗いた。
 この行動だけみると、本当に犬だな、と思った東牙である。

「季節的に、それしかなくてな……気に食わないものがあったら、言ってくれ。」
「いやいや、そんなことはない。全て私の好物だ。」

 尻尾を大きく振り、獣独特の犬歯を見せながら、笑顔で女性は東牙に言った。
 そして、袋の中から、リンゴを取りだし、1口かじったという。

「そ、そうか……たくさん買ってきたから、どんどん食えよ?」

 そう言って、袋を全て女性に渡し、東牙は椅子へ座り、自分の分の食べ物を出した。
 そして、割り箸を割り、その食べ物を、1口食べては「やはり美味いな……。」と、小声で呟いたという。

「むっ?お前は何を、食べているんだ?」

 女性は、2つ目のリンゴを食べながら、東牙の食べているものを、見た。
 すると、そこにはたくさんの、黄色い物があった。

「ん?これは出汁巻き玉子っていう食べ物だ。これが美味くて……俺の大好物だ。」
「ほう……ひ、1口良いか?」

 女性は、出汁巻き玉子という、食べ物を知らないらしく、思わず1口食べたいと言った。
 もちろん東牙は、持っている割り箸を渡して、自由に食べさせた。

「おっ……これはなかなかの味……。」
「だろ?この味を分かってくれる人が居て、俺は嬉しい。」

 女性は、出汁巻き玉子が気に入ったらしく、もう1口食べてしまった。
 すると、慌てて「あっ……す、すまない……1口の約束だったのに。」と、割り箸を東牙に渡す。
 しかし東牙は「いや、なんなら1個やるよ。」と言って、割り箸を返した。
 この言葉を、聴いた女性は、笑顔で「ありがとう。」と、言って満面な笑みで、出汁巻き玉子を食べたという。

「じゃあ、俺はリンゴを1個頂こうか……。」
「うぐっ……あ—!それはだめだ—!私が、1番好きな果物だから!」

 しばらく、このやりとりが続いたのは、言うまでもない。
 そして、この時の東牙の顔が、いつもより明るかったのは、言うまでもない。