複雑・ファジー小説

Re: 復讐 5年の歳月を経て… ( No.58 )
日時: 2011/06/22 22:05
名前: コーダ (ID: xlOcEZUh)

           〜八目 過去よりも今〜


「大丈夫かい?」

「うっ……だ、大丈夫だ……。」


 5年前。

 お前は道端で血を出しながら倒れている私にこうやって声をかけてくれた……そして息があるのを確認するとお前は私を抱えてそのまま運んでくれた。

 身体つきはそんなに良くないし非力な男で途中何度も休憩をしたな……だけど、その優しさは今でも忘れない……。


               ○


「君……見たところ人間ではなさそうだね……。」

「うん?そうだけど……私がそんなに珍しい?」


 私はお前の家でずっと治療を受けていたな……この男は医者と言う事だけあってかなり安心してここに居れた。

 そして傷がもう少しで完治する頃にその質問をしてきたな。


「うん……頭には耳が生えてるし尻尾も生えてる……かなり珍しいよ。」

「そ、そうか……ここでは珍しいのか……なら説明するよ。」


 お前は私が珍しいと言った。

 だから私は自分が獣人だということを包み隠さず説明した……。


「ふ〜ん……獣人か……それって身体能力とか見た目を除けば普通の人間と変わりないんだね?」

「そ、そうかな……お前がそういうならそうなんだな……。」


 この時の私はまだ人間と言う存在がどういうものかを知らなかった時期……どういう生き物なのかどういう生活をするのか……色々をお前からは教わったよ。


                ○


「そういえば君って名前は?」

「…………。」

「ど、どうしたの?」


 お前はずっと私に名前を聞き出そうとしたな……だけど私には名前がなかった……名前を貰われる前に捨てられたから……そしてとうとう私は捨てられた事をお前に言った……。


「そ、そうなんだ……ごめん、そんな事情があったなんて……。」

「いや……良いよ……もう慣れてるから……。」


 だけどこの言葉は嘘だった……自分に名前が無いなんていつでも悲しい……慣れるわけがない……するとお前はどんでもないことを言った……。


「そうだ!!なら僕が君の名前を付けるって……良いかな?」

「えっ?……それは私に名前を……。」


 嬉しかった……お前のその一言が本当に嬉しかった……一生名前を貰えず死ぬと覚悟していたんだから……私は二度返事でお願いをした。


「じゃあこれから考えるから君は安静にしててね。明日になったら名前を付けてあげるから!」


 お前は張り切って私の名前を考えると言って部屋に引きこもったな……この時私はずっとワクワクしながら一夜を過ごした……やっと名前を貰える……その気持ちで心がいっぱいだった。


                ○


「う〜ん……やっぱり女の子だし可愛い名前が良いよね……だけど全部可愛くしてもあれだしちょっと自然な感じも入れたい……いや、周りから馴染みやすい名前も重要だよな〜……じゃあ、名前はそうしようとして名字はどうしようかな……。」


 あまりにもワクワクしていて私は部屋のドアをたまにコッソリあけて様子を見ていたがお前はとても真剣に考えてくれていた……何も自分の子供でもないのにそこまで頑張らなくてもと思ったがやはり私は嬉しかった……。


                ○


「う〜ん……。」

「あっ……起きたかい?」

「おはよう……あっ……私の名前は!?」


 私は起き上がって間もないのに尻尾を大きく振ってひどく興奮していた。

 やっと名前が貰えるからかな……。


「それならもう決まっているよ……今日から君は“犬頌 楓”という名前だよ。」

「けんしょう……かえで……。」

「漢字の方はこんな感じだよ。」


 お前の書いた漢字を見て思わず私は犬ではなく狼だが……と心の中で思った……でも、こうして私はやっと自分の名前を持てた……お前は本当に良い男だった……思わずその場で涙を流してしまうくらい嬉しかった……。


「ど……どうかな?気にいらないならまた考え直すけど……。」

「いや……気にいったよその名前。」


 お礼に犬歯を出して私はお前に満面の笑みをプレゼントしたな……ふふ、我ながら少し恥ずかしい行動だったよ……。


                ○


「今から買い物に行くんだけど……楓は何が好きなんだい?」

「えっと……果物ならなんでも良い……。」

「果物?てっきり肉かと思ったんだけど……。」

「むっ……狼イコール肉とかいう偏見はやめてくれないか!?」

「ご、ごめん……。」


 この時お前は私に怒鳴られたな……どうも肉は生臭くて好きになれない……それならまだ果物を食べた方が良い……って、私おかしいかな?


                ○


「季節的にこれくらいしかなかったんだけど……どうかな?」

「問題ない。全て私の好物だ。」


 尻尾を大きく振って私は袋からサクランボを出して食べていたな……リンゴより劣るが十分大好きな果物……って、やっぱり私は少々おかしいかな?


「良かった〜。」

「これならいくらでも食べれるぞ。うん、甘さも丁度いい。」

「…………。」

「ん?どうした?」

「あっ……いや……果物を食べる楓が……か、可愛くてさ……。」


 私は一体どんな顔をして食べていたのだろうか?ううむ……我ながら恥ずかしい……でも可愛い……か、生まれて初めて言われた言葉な気がする。