複雑・ファジー小説
- Re: 復讐 5年の歳月を経て…… ( No.87 )
- 日時: 2011/06/27 22:28
- 名前: コーダ (ID: 3P/76RIf)
「ふぅ〜……良いお湯だったわ〜。」
風呂上がりの蓮花は、襖を開けて佳恵、楓、樅霞が居る居間に入る。
余談だが、蓮花はどんな場面でも、必ず紅いローブを着る変わり者だったという。
というか、他の服はあまり好まないみたいである。
「これで全員入ったか?」
メガネをカチャッと上げ、全員入ったかを確認する樅霞。
すると「そういえば、東牙はどうしたのでしょうか?」と、佳恵が、晩御飯以後から、見かけない東牙を気にした。
「東牙ならずっと鳥居の下で、何か考えていたぞ?少し声をかけにくいから、そのままにしたんだが……もしかして、まだ居るのか?」
樅霞は、偶々お賽銭箱を見に来たと同時に、鳥居の傍で、座って考えている東牙をみかけ、そのままにしたらしい。
ちなみに、それを見たのは約1時間前である。
「はぁ〜……ごめん。あいつ、ちょっと複雑な事情があるんだよね……しばらくそのままにしてくれる?」
蓮花は溜息をして言う。やけに説得力がある言葉に、3人は黙って了承をした。
「(これは、私が出られる幕ではありませんわね……。)」
「(やっぱり東牙のことを全てわかるのは、この少女だけか……。)」
「(何があったのか聴きたいが、さすがにそれは、まずそうだ……これは、蓮花に賭けてみるしかないか。)」
3人は心の中でそれぞれの思いを呟いていた。
蓮花は「う〜ん……。」と、腕組をして悩みながら畳の上に座ったという。
「そういえば、楓さんの尻尾は、とても気持ちが良かったですわね。」
「あっ……もうやめて!」
「そうなのか?さすがは、半分人間、半分犬だな。」
「犬じゃない!私は狼だ!」
佳恵、楓に樅霞はいつもの調子で会話を始める。
だけど3人は分かっていた、これは、ただ単にその場しのぎの演技だという事を、沈黙の部屋になるのだけは、なんとしても防ぎたかったからである。
「(はぁ〜……やっぱり、私が居ないと、すぐに思い悩むよねあいつ……だから放っておけないのよ!それを隠すあたりも、あいつの悪い所だし……。)」
蓮花は「よし……!」と、心の中で決心して、襖を開け、鳥居まで向かったという。
居間にいた3人は、蓮花が出て行った瞬間、ピタリと静かになった。
○
「ここ最近、そういうのは忘れていたけど……今日の何気ない会話で、思い出してしまったな……。」
空に浮かぶ半月を見ながら、東牙は鳥居に背をかける感じで座っていた。
特に悲しい表情はしておらず、だからといって、嬉しい表情もしていなかった。
だが、どちらかというと悲しい表情と言った方が、分かりは良い。
すると不意に「こんな所で何をしているのよ?」と、明るい声が、右耳に聴こえて来た。
特に驚きもせず、右を振り向くと、そこには蓮花が腕を組みながら立っていた。
「偶には、夜風に当たるのも悪くないと思ってな……。」
あまりに露骨すぎる言い訳に、蓮花は「もうちょっとマシな言い訳はないわけ?」と、呟き、そのまま東牙の横まで歩き隣に座る。
風呂上がりのせいか、少女の髪の毛からは、とても心地よい香りがして、東牙の鼻をくすぐったという。
「俺は、お前に合わせた言い訳をしたのだが……もう少し捻った方が良かったか……。」
「軽く、私の知力を馬鹿にしてるような言い方じゃない……でも残念、表情を見れば即わかるわよ?」
そもそも、そんな言い訳誰でも分かると思う。
だが、蓮花は東牙の表情で分かったという。
伊達に5年間、見てきたことはある。
「そうか……。」
「で?本当のことは何なの?」
自分は、けっこう表情で現れるのか?と考える東牙。
蓮花はとりあえず真相を聞き出そうとする。
すると「お前の親はどういう人だ?」と、唐突にこんな質問をしてきた。
普通の人なら「なんだそれ?」と、言うが、蓮花は何も言わず考えて「簡単に言うと、私のことを大切にしてくれるお母さんとお父さん。」と、答えた。
「どうして、そういう事が分かる?」
「それは……私が病気の時は、看病してくれるし、私の言う事は出来る限り叶えてくれるから……毎日生活していれば、分かるわよ。」
東牙の、訳が分からない質問。
だけど蓮花は、真面目に答えながら東牙の言いたいことは何か?と探っていた。
「なるほどな……。」
腕組みしながら、東牙は色々と納得していた。
すると「ねぇ……東牙の両親はどんな人だったの?」と、4年前にも、同じこと言って切られてしまった質問を、思い切って言う蓮花。
なぜ、いきなりこの質問をしたかと言うと、もしかして、東牙がここに座って考えていたのはこれかもしれないと、蓮花は一か八かの賭けに入ったからだ。
すると案の定、東牙は黙り始めた。
この瞬間「チェックメイトね……。」と、心の中で呟き「あんた、やっぱり表情に出るタイプね。」と、蓮花は黙っている東牙に言った。
「……なぜ聞こうとする?」
「さぁ?どうしてかしらね〜。」
いまいち理由がはっきりしない蓮花。
こういう時は、何か考えている証拠というのはもちろん東牙も分かっている。
なので「はぁ……分かった。状況が状況だから、今はあまり詳しく話さないけど落ち着いたら全部話す……。」と、腑に落ちない感じで呟いた。
「俺は、自分の両親が、どんな人でどんな顔か全く知らない……大袈裟にいえば、俺には親が居たのか?というくらい知らん……だけど、他界したという話だけは、唯一聞かされている。」
東牙の言葉を、一言一句、聞き逃さず、蓮花は耳に意識を集中させる。
だけど、あまりに悲しすぎる内容で、返す言葉は何も思いつかなかった。
そして、この言葉を境に、東牙は一切口を開かなくなった。
こんな状況に、蓮花はすっと立ち上がり「ごめん……。」と、小さく呟き、この場を去って行った。
「親が居なくて悲しいのは当たり前だが……俺の場合は、全く知らないから悲しもうにも悲しめないんだよな……だから、あまり気にはしていないが……なぜか心は痛む……。」
東牙は、それからずっと鳥居の下で座り考えていた。
いくら考えても、答えは出ないことは分かっている。
だけど、諦めきれない男だった。