複雑・ファジー小説

Re: ヒューマノイド。 ( No.1 )
日時: 2011/11/06 22:34
名前: 玖龍 ◆7iyjK8Ih4Y (ID: AidydSdZ)

0.プロローグ




 この膨大な都市の真ん中で空を仰いだりすると、自分がとてつもなく小さな存在に思えてしょうがなくなる。
 自分が小さくて、この都市に、光に、宇宙に自分を丸ごと飲み込まれてしまいそうな気がして——……。

「……綺麗なモンだな」

 東京の中心部、渋谷に聳え立つとあるビルの屋上に俺とあいつが存在していることなど、下にいる人間どもは気がつきもしないのだろう。
 人間はいつも下や前を向いて生きている。上を見上げようとはしない。
 
 高層ビルの数々のネオンに、感嘆の台詞を零すあいつには並ばず、俺は地面にぺたりと方ひざを立てて座り込んで空を見上げているだけ。
 今にも雨が降りそうな黒い空。今夜は月も星も、大きな分厚い雲に隠れて姿を現さない。


——ぽつん。

 ほら。
 俺の頬に冷たいものが当たった。空が零した涙は、俺の頬を跳ね返り地に落ちる。

 ——嫌だな、まるで俺が流した涙みたいじゃないか。

「ロイ。おい、見ろよ」


 ——ぽつ、ぽつ。

 次第に数を増やした涙をての甲で拭い、俺は立ち上がった。
 そいつの名前を呼ぶことを精神的に拒んだ俺の口が、言葉をなくして閉じる。

「俺の名を呼ぶな」

 屋上の胸までしかない銀色のフェンスに触らないようにアイツの視線を追うと、雨にぬれてぼうっと輝くビルのネオンがあった。

 ——アイツ、こういうのが好きなのか。……悪いが、俺はお断りだな。綺麗なモンは好きじゃない。

「ったくよぉ、最期くらいは綺麗なモン見てたっていいじゃねぇか」
「……煩わしい。早く死ねよ」
「早く殺せって」

 ああ、言っちゃったよ。言わなければ免れていたかもしれない自分の死を認めちゃったよ。
 俺は見逃すなんて真似はしないがな。見逃すってことは、命を自分から落とすのと同じことだ。
 そのくらい分かっている。

「いいさ。気を遣わないでくれよ」
「……そうだな。じゃあ、また何処かで」
「おう、じゃあな」



——パシュッ。

 俺の手に握られた小型の拳銃が、アイツの頭を打ち抜いた。アイツ、A-147-00の頭からは血は出ない。


——ドサッ。
 仰向けに倒れこむA-147-00。打ち抜かれた頭の皮膚がはがれて、緑色の基板が覗いた。

 ——まだ溶けていないじゃないか。今回の排除対象はかなり軽い罪だったんだな、可哀想に。

 一人きりで見上げる空。空は泣くのを止めて、雲をまとって堂々と広がっている。
 しょうがないことなのだ、と、自分に言い聞かせても、喉の奥から込み上げて来る熱い塊は抜けそうに無かった。
感情を持ってしまったアンドロイドを、殺すのが自分の役目。——たとえ、其れが唯一人の友達だったとしても。

 頬をぬらすことを、恥ずかしいとは思わなかった。




 冗談だ。
 第一、アンドロイドが感情を持つなんてことはあっちゃいけないことなんだ。感情をもたれるとさ、俺らの組織にいちゃモンつけたり何かと反抗してみたりって、困ることが多いんだよ。てか、そんなに人間に近づけさせても、アンドロイドなんか使い捨てだし。結局は仕事の手助けをしてくれればそれでいいんだよ、うちのボスって奴は。
 俺の仕事も増えるしさ。感情なんてナンセンスな物を持って、俺に殺されて。

 ほんっと、馬鹿だよな。

 アンドロイドと友達とかくだらなすぎる。
俺に友達と言える仲間がいないのも事実。だが、其の友達ってやつを俺が欲しがっていないのも事実。

 俺は、感情なんてのはとっくの昔に捨てたから。



「さて、そろそろ戻ろうか」


 一人呟いた。
 仕事が終わったらすぐ帰んないと、次の仕事を用意してボスがご丁寧に待っててやがる。

 屋上の隅に残ったA-147-00の残骸に手を当てて、なでるように手のひらを動かすと、残骸は綺麗に消え去った。



 赤く錆付いたネジが一本転がった屋上を、姿を現した大きな満月が寂しそうに照らし出していた。