複雑・ファジー小説

Re: ライ・ナンセンス ( No.2 )
日時: 2011/11/06 11:26
名前: 玖龍 ◆7iyjK8Ih4Y (ID: AidydSdZ)

1.you can open The Next Door?


「で、次はお前か?」

 感情を持ったアンドロイド専用の部屋から一台のアンドロイドの排除を頼まれた俺は、眠気を無理やり押さえつけて〝ヒューマノイドルーム〟へ足を運んだ。

 俺の職業は排除人。名前が「ヒューマノイド」と変わる、感情を持ったアンドロイドをブッ壊して捨てる、という簡単な仕事だ。
 給料はかなりもらえるらしいが、後から渡されるそうだ。

 ボスが言うには今回の排除対象のヒューマノイド、O-018-92はなかなか人間らしいそうだ。アンドロイドなんだからアンドロイドのままでいりゃあいいものを……。そうか、こういうのを雉も鳴かずば打たれまいっていうのか。

 大体、何でボスがそんなにヒューマノイドを嫌うのかが分からない。俺は好きだけど。

「あら、排除人さん?こんばんは。で、あたしを排除しに来たのかしら?残念ね、あたしはアンドロイドじゃないのよ。れっきとした人間、分かった?分かったら帰ってもらえるかしら」

 残念なのはあんただよ、俺はこういうのが一番好きなんだ——……。

 部屋、というよりは牢獄に近い〝ヒューマノイドルーム〟。必要最低限の家具に、モノクロの薄汚れた壁。
 こんなところにいて、よくもまあ人間だって言い切れるよな。人間だってこんなところにいたら〝自分は人間扱いされていない〟と感付くだろうに……。

「残念だな。お前はヒューマノイド。とーっても残念な結果のアンドロイドだよ」

 紅い着物を着こなした腰までつくくらいの黒髪の女。はたから見ればただの美人で、俺から見れば残念なアンドロイドとしての屑。
 屑はふっと笑って、黒い透き通るような眼でこちらを射った。

「まあ、こんなところに居る訳だからアンドロイドなんでしょうけど、実は人間だったりするのよねぇ」

 O-018-92という番号があるにもかかわらず、口元を着物の袖で隠しながら笑う女を、俺はアンドロイドと呼びたくはなかった。
 人間らしい、てかもうモロに人間。

 俺は細くなった黒い眼をもっと強く、殺すような目つきで言った。

「……あのなあ、お前はただのアンドロイドで、実にただのアンドロイドな残念な奴なんだよ。分かるか?」

 それでも、女は笑いを止めようとはしなかった。

 このビルの地下で作られる、何の目的を持っているのか分からないアンドロイドたち。とことんリアルな人間らしさを求めるボス。ボスは、〝人間性〟のためにアンドロイドに着る服を選ばせているらしいが、何故この女は着物なんか……。
 人間らしさを追及したアンドロイドだから、ボスが相当な技術を持っているのは確かだろう。
 人間らしさを追求するが、感情を持ってはいけない。境界線はくっきりとあるが、半透明でよく見えない。
 もっとも、排除人として働く俺はボスから見たらただの〝別世界〟にいる人間なのだから、俺がつべこべ言うのもなんだ。

 俺に思考時間を与えてくれた沈黙を破ったのは女だった。

「あたしがアンドロイドとしても、アンドロイドとして生きる気はさらさらないわ」

 感情の消えた彼女の顔は、目鼻立ちがくっきりしていて、美しかった。
 何かが、俺の心を貫いた。そんな感覚に陥る。


「……お前、気に入ったよ。俺からボスに頼んでみる。俺の手助け役にしてもらえませんかって」
「ご生憎様。此処で働く気もさらさらないのよ?」
「殺すぞおい」
「……死にたくも無いわよ。ったく、アンドロイドがアンドロイドを排除するなんて馬鹿げてる」

 ……アンドロイドが、アンドロイド、を? 何を馬鹿なことを、俺は人間だ。
 クスクスと笑い出した女に、俺は憎まれ口を叩くしか言い返せる方法は無かった。


「よし、お前のあだ名はナンセンスから取ってナンセだ。よろしくな、ナンセ」

 自分の顔を確かめることは出来ないが、口元がつりあがっていることくらいは分かる。
俺に負けずと、女……もとい、ナンセは見事な黒笑いを浮かべた。

「馬鹿げてる、ね。それはアナタに一番似合う言葉だと思うけど。アナタはそうね……、ライ。偽り。決定ね、ライで」

 ……偽り、ねぇ。
口元をつりあげていた糸がぷつんと切れた。
 俺よりはネーミングセンスあるんじゃないの?

「あんがとよ、ナンセ」
「いえいえ、ライのネーミングセンスの悪さには負けるわよ」
「殺すぞおい」
「嫌な口癖ねー」

 己の名前が無かったことに気がついた俺は、ふっと笑った。
 ヒューマノイドがヒューマノイドを排除する。
 まったく、ナンセンスな話だな……——。




「で、はい、そういうことなんですが、どうでしょう」

 人間の言う社長室って所にいる俺達は、ナンセを排除人としての公式認定を求めて必死に講義しているところだ。今現在、少なくとも十五分は経過していると思われる。

 いくら俺が気に入ったとしてもナンセはただのヒューマノイドで、排除される側に立っているという現実は変わりはしない。それについて、ボスがもっともな意見を出しつつあることを、必死で曲げようとしてあれこれ言う俺達はボスから見れば悪あがきを続ける虫けらに過ぎないことも、百も承知なのだ。

「いや、なんと言ったってな、ヒューマノイドは排除人にはなれんのだよ。いやね、分かってくれるだろう?」

 さっきから此ればっかりだ。
ボスをこんなに恨んだのは初めてのことかもしれない。
 いやいや連発してんじゃねえよハゲオヤジ。

「私も排除人として頑張りたいと思いますが。元々この組織には排除人が一人しかいないのではないのですか?二人に増えたところで損はないし、何よりも隣にいる男は私と——」

 俺がキレる前に口を出したナンセは、続きの言葉を発しなかった。
ボスが、あきらめたような口調で言う。

「……もうよい。続きの言葉を言ったら、分かるな?」

 俺が、ナンセと、なんだって?何一つわかりゃしねえよ。

 口には出せなかった。ボスのあんな形相を見たのも初めてだから。

「お前がそこまで知っているとは知らなかった。よいぞ、排除人となることを認める」
「有難う御座います」
「そのかわり!……そのかわりに、〝あのこと〟は黙っていろ、いいな?」
「はい、失礼します」

 俺があたふたしている間に許可は降り、俺が知らないところでナンセが色々と知っていた。
取り残されたような気がした。暗い、底知れぬ闇の中に一人ぼっちで。

「あのことって何だよ」

 俺が我慢できずに問うと、ナンセはあきれたような顔でしゃあしゃあと言った。

「言ってたでしょ。秘密よ秘密。詮索はしないこと、いいわね?」

 一つだけ分かったこと。
この女は俺よりもずっと物知りで、憎たらしい女。

「仕事は溜まってんだ、どんどん消すぞ」

 俺はボスのいる部屋から出ると、ヒューマノイドルームへ引き返そうと歩き始めた。ナンセは俺の後について歩いてきた。下駄の音がカツカツと、暗い廊下に響く。
 重い鉄の扉の前につき、後ろを振り返ってみた。

——え?

「……ねぇ、ボスはさ」
「…………」
「何で、ヒューマノイドを殺せと言うか、知ってる?」
「……お前……」
「……貴方には、知らなくてはいけないことが沢山ある。でも、知ったらいけない。だから話せないの」

 ぴちゃん、と、冷たい廊下に落ちる、彼女の涙に、俺は何も出来なかった。

「——……改名だ」
「え」
「ティア。お前は、今からティアだ」

 ——彼女は、アンドロイドだった筈。なのに何故涙を流した……。
 このとき俺はもう既に答えが見えていたのかもしれない。問いが、見えなかっただけで。

「そう、ナンセより気に入ったわ。有難う……」

 ティアの顔を見て、俺も同じ顔をした。始めて見た、ティアが咲かせる笑顔。——綺麗だ。

「んじゃ、手っ取り早く終わらせっか」

「ええ」

 俺は、銀の鍵を回して鉄の扉を開いた。



「うわ、マジかよ……」
「此れ全部殺すの?多いわね……」

 鉄の扉を開けた先には、ティアを殺しに行ったときに居たヒューマノイドの人数を遥かに上回っていた。
 ……ざっと、40体って所か。

「さっさとやるぞ」

 俺が腰につけた銃を二つ取り出すと、ティアは何処から持ってきたのやら、日本刀を取り出した。



「行くぞ」


 ティアは右、俺は左に向かって走る。牢獄は結構な広さで、ヒューマノイドも結構な人数だ。一平方メートルあたり3人って所か。この場所は何平方メートルだったか。
 考え事はやめよう。動きが鈍くなる。
 俺の領地に居るのは、15人。

「何をする!?俺達に何の罪が……うわあぁっ!!」

 べちゃべちゃ喋る右の方にいるおっさんの脳天を左の銃で打ち抜くと、右手の銃で左側の女を撃った。おっさんの頭から黄色の液が、左側の女からはネジが飛び出た。
 おー、気持ちいい。
 ティアはどうなってるかな。
 右側を見ると、ティアは既に半分のヒューマノイドを切っていた。切り口からは、基板が覗いている。おお、アイツはバッテリー部分が切れて液が漏れ出してるよ。
 残りの半分を切るティアは、まるで舞姫のようだった。
 綺麗なことしてんじゃねぇか……。
 視線を自分の領地に戻すと、まだ10人くらい残っていた。
 面倒だな……。
 俺は銃を両手に持って、手を広げた。俺はそのままくるくる廻りながら銃を撃った。
 悲鳴があちらこちらで零れる。あと、5人って所か。

「危ないわねぇ……」

 声のするほうを振り向くと、ティアが自分のほうにとんだ銃弾を二つに切り裂いた後だった。

「おお、さすが。すげぇじゃん」

 棒読みで言うと、振り返ってばばばっと4人を撃った。若い青年、オバサン、小さな女の子、少女。
 あと、1人。
 視界に残った白い人にさっと銃口を向けた。
 床に薬莢がコロコロと転がる音がする。まだ煙が出ている銃口から、銃弾が飛び出すことはなかった。

「お前、何か違うな」

 俺は銃口を下に下ろした。
 視界に写る白い女……、甲冑のような服を着ていて、白い羽が生えている。頭には……輪っか?
 其の姿はまさに、天使だった。

「シロと申します。とある兵器実験施設から抜け出してきました。それでこの建物に入ったのですが、何が起こったのか、ここに居ました。とりあえずよろしくお願いします。」

「……はぁ?」

「ほら、宜しくって言ってんだから、挨拶くらいはしないと」
「俺からか?」
「当然じゃない」

 今の俺には理解不能な出来事をいきなり話し始めた〝シロ〟という奴と、随分投げやりな振り方をしたティアに向かって短い溜息をつき、俺はしぶしぶと口を開いた。

「……ったく。俺はライ。名前はこいつがつけた。んー、とりあえず宜しく」
「次は私ね。私は、ティア。私もこいつに名前をつけてもらったのよ」
「宜しくお願いします。御無礼なことを申しますが、御二人方は恋人同士か何かで?」

 こいつ、空気読めねえのかよ……。
 言われるかもしれないと覚悟はしていたものの、やはり言われると顔が熱くなる。もしもこのヒューマノイドルームに穴をあけられるなら、さっさと穴を掘って、其の中に入って顔のほてりを沈めるであろう。
 残念ながら、この部屋はコンクリートだ。

「あら、違うわよ。……言うなら、腐れ縁ってやつかしら。問わないでくれる?」

 案外あっさりと言い切ったティアに少しがっかりしながら、俺はシロの表情を伺った。その顔から読み取れることは、何も無かった。強いて言えば、表情を表さないアンドロイドのようだ、と思っただけだろうか。
 きっと、彼女もそうなんだろう。

「失礼しました」
「で、貴方は何?私達の仲間になりたいの?」
「行くところが無いので、是非」
「……だって。どうする、ライ」
「裏切らないんだったら、仲間にしてやってもいいぞ」

 彼女はにこりともせずに短く礼を言った。

「んで。溜まった仕事終わったけど、何すりゃいい?ティア」

 俺はヒューマノイドルームの鉄の扉を開きながら、ティアに問うた。ティアとシロは、俺の後ろについてヒューマノイドルームを出る。
 ティアはさぞかし面倒臭そう、あるいは、俺がまるで邪魔者みたいな目つきで言った。

「知らないわよ、私に聞かないで。アンタがもともとの排除人なんじゃないの?」

 こいつ、嫌な奴だ。こんなことを思うのはこれで何回目だろうか。こうやって思うと、ティアと出会ってからそう時間はたってはいないが、もう何日も何年も一緒に居たかのような存在感、安心感がティアにはあった。

「とりあえず、排除を支持している人の所へいけばいいと思います」
「シロの方がよぉっぽどいい子のようだな。……そうだな、ボスに会いに行くとするか」

 これで一往復か。
 ボスの部屋までの距離は遠くは無く、ヒューマノイドルームからわずかに六部屋しか離れていない。暗くて冷たい廊下は、俺がはいたブーツの上からも冷たさが伝わってきている。夏なんだから、もうちょっと暑くてもいい気もするが、ビル内は冷房が効きすぎている。
 ヒューマノイドルームから四部屋目の扉を通り過ぎたころ。

「……ライ、あれ、見て」

 ティアがいきなり、ボスの部屋の所を指差した。
 ボスの部屋から、見知らぬ奴らが……三人。

「おい、誰だ」

 叫んだ。俺の声は廊下を走って、突き当たりにぶつかってはじけた。
 ボスの部屋から出てきた奴らは、俺らの方を向いて笑った。


「おお、排除人さんですね?」

 俺達からみて右端に居る、中学生くらいの女が呟くように言った。
 ——何だこいつら。……アンドロイドか?