複雑・ファジー小説

Re: 黒電話がつげた ( No.9 )
日時: 2011/07/15 20:19
名前: 蛾 ◆sSA6ZLKK6w (ID: OnlANcr4)

「瑛太が・・・・」
 通り雨に肌が濡れても彼女は歩いた。歩き続けた。
歩くこと以外にすることがなかった、と言った方が正しいだろうか。
「瑛太は・・・・・」
目の奥が熱くなって、涙が溢れてくる。
雨はやむ気配さえも感じられない。ただ、いつまでもいつまでも彼女に降り注ぐ。
「瑛太は・・・記憶を失ってしまったの・・・・?」
彼女は電柱にもたれる。生まれて初めて声を出して泣いた。
 
・・・リリリリン
リリリリリン・・・リリリリリン

どこか、昔のアニメに出てきた電話の着信音・・・と似たような音がした。
彼女は涙でぐしょぐしょの顔を上げた。見上げた先に、空に、黒い羽が無数に散らばっていた。そして、彼女の足元には
「受話器をとってください」
とでも言いそうな黒電話が置いてあった。羽は絶え間なく落りてくる。カラスの羽だろうか。その黒い羽は彼女の周りにだけ落ちる。
 
 なに・・・・これ・・・・・・・・。

背筋が凍りつく。鳥肌がたつ。額にじんわりと汗がにじんだ。
 黒電話って、あれでしょ。昔使ってた電話で、ダイヤルを回してかける電話・・・。なんで怖がる必要があるの?なんで・・・・?
 頭の中で誰かが必死に「電話に出ちゃ駄目」と叫ぶ。
と、そこにまた誰かが負けじと「電話に出ないと後悔するぞ」と叫ぶ。
彼女の手、全身が震えだした。寒さのせいか、恐怖のせいかはわからない。
 彼女は震える手で受話器を握った。
「も、もしもし・・・池上粋ですが、どちら様ですか・・・?」
声が異常なほどに震えていた。
「小林瑛太さんが入院している黒森大学病院ですが、瑛太さんの携帯の電話番号のトップに貴女の名前があったので・・・・・・・」
 女の声だった。病院からだから、看護師さんかな・・・。粋は電話を取ったことを後悔した。看護師さんの言いたいことはもう分かってる。
瑛太が・・・
「瑛太さ・・・んが・・・・・・心臓麻痺で・・・・・・・・死亡しま・・・・・・・・・・・した」
 嗚呼、いやな予感ってのは的中する。なんで電話を取ってしまったんだろう。
 
 ・・・アレ、・・・でも、なんで私の携帯にかけたのが黒電話に繋がるの??
意味わかんないよ。ドッキリ?単なる寝起きドッキリみたいなの?瑛太が血を吐いたのは全部ドッキリ?それとも夢?夢だよね。夢でしょ?ねぇ。

 逝かないでよ。置いて逝かないで・・・・・・・。

 粋の白い肌に涙が流れる。逝かないで。

 一人は寂しいから・・・、ねぇ、瑛太?

 後ろに視線を感じた。
瑛太・・・!?
粋はとっさに振り返った。真っ白なペルシャ猫だった。
 
「あの、すみません・・・?大丈夫、ですか?」
粋は看護師に問われ我に返る。
「嘘、です・・・・・・・・・・よね・・・・・・。」
粋は震える声で答える。
「至急黒森大学病院に来ていただけると・・・・・・・・・。」
看護師は粋をなだめるようにいった。
「嘘はもうやめてぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
 粋は叫ぶ。声帯が壊れるほどに。それだけを言うと粋は受話器を乱暴に投げつけた。黒電話は50cm先に飛んだ。
 なんで、そうなるの?寂しいよ。寂しい。逝かないでよ。瑛太、瑛太、瑛太。

 逝かないで・・・・・・・・・。