複雑・ファジー小説
- Re: 【短編】 混ざり合う絵の具 【物語】 ( No.22 )
- 日時: 2011/09/30 22:19
- 名前: 蟻 ◆v9jt8.IUtE (ID: V9u1HFiP)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
[ ひらひらと、へらへらと ]
私は一人だ。今日も勿論、一日中一人だった。一日中、私は静かに域をしていた。
今日も紅葉が舞い落ちる、どの季節よりも、涼しく過ごしやすい秋の日。風が、私の背中ぐらいまである、少し癖のある黒髪をなびかせた。あらぶってるなあ、なんて。少々迷惑に思いながら、私は口元をあげて、楽しく吹き抜ける彼女に声を掛けた。
「どうしたの? 余程、嬉しい事でもあったの」
「あったよあったあった! もうめちゃくちゃ!」
少し透けて見える彼女は、楽しそうに私の周りを飛んではしゃぎ、風を発生させる。私はその風が強すぎて腕で抗う。
「あ、ごめんごめん」
と、今更気付いてへらへらと笑う彼女。
「大丈夫。で、何があったの」
「それがさそれがさ!」
嬉しそうに、声を上げて彼女は手を出した。彼女の手の中には、ピンクの花びらがモチーフの髪飾り。
「何、これ」
「私の宝物! いやあ、最近見つかったんだよねー! 私が風になった時には、全て失くしちゃったから。そんでもう何も、持てないし」
先程の嬉しそうな表情とは異なり、悲愴な笑いを浮かべた。やっぱり、まだ人になりたいと思ってるんだ。
人を終えて、人になりたくてあがいて。それでも、人になれなくて。人の周りに居る事に全力を尽くし、人を見る事を楽しみ、人になる事を諦めた。そんな彼女。悲しい彼女。彼女の事を目に映してる私は、半ば人生を諦めている。妄想に溺れて、心の奥深くに閉じこもって。陰気な私。なんて自嘲してみる。なんだっていいけどー。だって彼女は、怒らないし。怒っても私の勝手って事を、知っているから。
「ふうん。良かったねえそれは。それはアンタの勝手だから、私にとってはどうでもいいんだけど。でも、持てないんなら意味ないんじゃないの?」
「うん。そうなんだよねー」
私の事を何も言わない彼女だから、私もそういう事を言っては駄目なんだと思うけど。と言うか、私としては、もっと悲しそうに怒ると思ってたんだけど。彼女の反応は、以外に落ち着いたものだった。へらへらと。いつも通りの彼女。何か、変な空気。
「アンタ、誕生日って明日でしょ?」
「何。それ、くれるの」
「うん。ご期待通り、これ、あげちゃう。お祝いには、少し早いんだけどね」
と、彼女の宝物の髪飾りを強引に押し付けられた。貰いたくないわけでもないんだけど。——ただちょっと、人に祝ってもらうのは久しぶりってだっただけで。
お母さんは離れてるし、お父さんは既に彼女と同じ様な存在になってるし。お姉ちゃんもこんなのだし。
「私の誕生日は今日だったのよね」
「今日じゃないでしょ」
「うっははー大正解ー」
「今の私としての誕生日はまた別の日だし」と、彼女は付け加えた。そんな事、とうに知ってる。
そして、少し落ち着いて過去を話す彼女。
「何年前かの明日。その日に私は人間をやめた。ちょっとした事故でね」
彼女は馬鹿みたいな笑いを零して言う。おてんばなのは、今も昔も変わらない。少し呆れつつ、カタルシスに溺れる。
「それで、ご存知だろうけど私はこんな感じになった。私の全てを失くしてね。全て焼けたわ。全て落ちたわ。でもたった一つ、無事であった物があった」
「これでしょ」
持っている髪飾りを彼女に見せながら、私は言う。彼女は痛い事を話している筈なのに、「ごめいとーう」と、明るく言ってみせる。その明るさが、逆に痛い。相変わらず私と違って、強いな。本当、私なんかが生き残って、彼女が死んでるのがおかしいぐらいだ。
「そうそう。それね、あの日落としちゃって、あなたに拾ってもらったのよ」
「……つまり、私の家に不法侵入してこれを盗ったと」
「違う違う! 元は私のなんだから! こっそり返してもらって、そして私の気持ちと共にプレゼントっていういい話……!」
不法侵入までして、わざわざ正面から私にあげるなんて。彼女に対して白けてくる。
こっそり返してもらってとか言ってるけど、実際その場に私は居ないし、誰も居ないし。盗ったと認めている様なもんだ。
……それでも、まあ嬉しい事には変わりはないけれど。
「あ、笑った!」
「は?」
「あー、戻ったー」
どうやら、表情が顔に出ていたらしい。恥ずかしい。彼女は嬉しそうにして、先程の私の笑みを全力で語っている。だが聞く気なんてない。そんなの聞きたくないわ。
「と言う訳で、過去の私にプレゼント!」
「なんで過去なのよ。今は?」
「アンタが今の分もあげたいんなら、今の分もいいよ?」
「なんで上から目線なのよ」
あげる筈の物もあげたくなくなるわ。普通に。
「それで、昔の私を呼んで欲しいんだけど」
唐突なプレゼントに、私は息が詰まった。
……うん、元通りになりたいよね。私も思ってる。昔の時を戻したいって。ずっとずっと、思ってる。思ってた。
だから呼んだ。もう居なくなった筈の彼女の存在意義を。もう一度、もう一度だけ、あなたがここに現れる。
————ねえ。お姉ちゃん。
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