複雑・ファジー小説

#01 - 残酷な天の彼女 ( No.9 )
日時: 2011/07/08 22:18
名前: 蟻 ◆v9jt8.IUtE (ID: V9u1HFiP)

[ 残酷な天の彼女 ]


 それは死体だった。僕が愛する人物の細長く白いその肢体は残酷だった。眩暈が起こった。吐き気がした。
 
 「どうして、こんな事をした……!」

僕は、飄々とした態度で突っ立っている目の前の女を睨む。この女が僕の愛する人を殺した。
 この女が憎い。憎くてたまらない。知ってる人だった。憎悪と苛立ちは募るけれど、どこか悲しい思いがあった。彼女が死んでしまったのもそうだが、冷たい視線で彼女を見るこの女は、僕の姉——だった。
 ありえない事とありえない事が混ざり合う。そして僕は混乱し困惑しただの役立たない弱い男になっていく。いや、まあ今までもそうだったんだけど。
 どうせなら、知ってる人じゃなければいいのに。そうしたら仲良くできたのに。そうしたら憎めたのに。そうしたら、僕は臆病にならないでいいのに。
 
 「別に。ただ、そういう気分になっただけ」
「そういう気分って、姉さんは、殺し屋かよ……?」
「ま、違ってはいないわね」

 僕が冷たく残酷になった彼女を抱き寄せて泣いていると、姉さんは冷たくそう言い放った。
 違っては、いない? 僕はその言葉に頭が痛くなりそうだった。

 「私は、組織に属しているわ。それは知ってる事でしょう?」

嫌な予感がする。その組織はこの世界を動かす程の大きな力だとかで、まあなんか色々凄い所だ。そんな世界に知られる組織が、何をしてるんだ。
 
 「ここまで聞いたら予想できるだろうけど——」
「姉さんと、敵対してたん場所に居たんだろ? コイツは」
「察しが良いわね」

今までと変わらない口調で姉さんは言ったが、表情は悲しげに見えた。
 運命の巡り合わせって奴なのだろうか。だとしたら、こんなに残酷な運命はない。僕はまだ姉さんに怒りと憎悪とその他色々、ぶつけたい気持ちがある。けれど、彼女を殺す事に姉さんが躊躇したのなら。そうしたのなら、殺気を向ける事無いのに。僕は、その望みを、答えを期待して訊ねる。

 「姉さんは、コイツを殺せと言われて、戸惑った?」
「いいえ」

即答だった。表情を変えずに。表情が変わる前に、僕から目を逸らしたけれど。でも、その声には何の迷いもなかった。僕は、悔しくて悔しくて、殺したくなった。実の、姉を。
 でも、僕は臆病だった。弱くて行動に移せない、落ちこぼれだった。

 「アナタに、殺しはできないわ。だってアナタは——」

——落ちこぼれだから?
 姉さんは途中で口を閉じたけれど、その答えを僕は理解していた。
 僕は彼女を刺したと思われる刃物を握っていたけれど、やはり僕は落ちこぼれだった。
 
 「ごめんね」

僕は俯いていて、その言葉が何を意味しているのか分からなかった。僕を馬鹿にしているのか、それとも本心なのか。姉さんの表情を伺う気にもなれなかった。

 僕が絶望していた時。熱い衝撃。痛い。なんてもんじゃない。何が起こった? 姉さんは何をした?
 頭だ。あたまがいたいイタイいたいよイタイ。ぽたぽたと何かが落ちる。痛いながらも後ろを振り向く。赤い液体。何だコレ。血か。

 「ごめん、ね……!」

視界は歪んで霞んでいく。耳は何も聞こえない。痛みか。痛みのせいだ。
 

 泣きながら空を見る女性の横には、男女の死体が倒れている。彼女は空を見て、呟いた。

 「アナタは、優しいから」  



残酷な天の彼女 / end