複雑・ファジー小説

第一話 『夢の崩壊が引き起こした、新たな語りの新芽』 ( No.2 )
日時: 2011/07/25 13:06
名前: 水瀬 うらら (ID: JNIclIHJ)

終わった。終わってしまった。
休み時間が訪れてから、俺は死んだように思いっきり机に突っ伏している。
嗚呼、俺の夢のスクールライフが儚く散っていく…。
あの事件後、蓮が起こしたクラス内の噂という名の波紋は尋常ではなかった。
(———あ、あの篠原って人、どんだけ精神力があるのよ!私だったら、あんな変態、一日ともたない!)
(——きっと波乱万丈の人生を歩んできたに違いない!ふっ、リサーチのし甲斐があるぜ!見よ、俺のすさまじき探索力を(誰かチョコ持ってない?)持ってねえよ!人の台詞を邪魔すんじゃねえ!)
 ……といった具合に、さっきからクラス全員の視線が物凄く俺に突き刺さっているのである。
 これを絶望と言わずしてなんと呼ぶのだろうか。
「よぉ、シノ。どうしたんだよ、そんな暗い顔してさー。悩みなら聞いてやらないこともないぞ?」
 いつのまにか蓮が近くに寄ってきて、俺の頭をぽんぽんと叩いた。俺と対照的な輝かしいスマイルが、逆に俺の神経を逆撫でる。
「寄るな、蓮。俺は今、凄く機嫌が悪いんだ」
「まあ、別にどうだっていいだけどよー。なにせ、オレは今、女の子たちと戯れている最中で、忙しいからな!ふふふ、どうだ、羨ましいだろう恋しいだろう、だが諦めろ。このモテモテなオレには敵いっこないんだぜ?くっくっく」
「ウザい」
「おう、良いってことよ」
 真心をきちんと込めて、吐き捨てたというのに、あっさりと、精神攻撃はかわされた。
 そして、俺は蓮を睨みつけていて、気がついた。
 何故、俺の夢がプロローグをもって、終わりを告げることになってしまったのか。
 諸悪の根源は誰なのか。誰を潰せば、世の中が平和になるのか。
 答えは簡単だった。
 蓮の幸せそうな面構え。
「お前かああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!人の人生を弄びやがってえええええええええええ覚悟しやがれ!そして制裁を受けろ!」
「く、首がっ!し、締まる!オレはシノの幸せを想ってだななななな」
「一回、地獄に堕ちろ」
「目が本気なのは気のせいだよな?知ってるか、オレはまだ死ねないんだぜ?なぜならオレは全国の女の子から愛されてるからな!」
 誰もそんなこと思ってない!阿呆が!
 そんなこんなで、互いの人生を懸けた(といっても片方は既に失っているが)戦闘が取っ組み合いにもつれ込んでいると、

「見てて飽きないなあ、本当にー。宮城ってば、世界を敵に回しやすい奴だろ?」

 先ほどの女生徒が、こめかみに手を当てながら、こちらを観察していた。
 肩につきそうでつかない長さの髪に、ボーイッシュな顔。まとっているのは女の子独特の可愛らしさではなく、男子的なさばさばとしたオーラである。
 さすがに、女子の目の前で血の雨など降らされたくないとでも思ったのか、
「シノ、ちょっと戦闘中止にしようぜ」
 蓮は自身の胸倉を掴んでいる俺の手を掴んだ。戦闘態勢を解除しながら俺は、
「にしても、水野さん」
「なに?」
「さっきから、水野さんの後ろに隠れっぱなしの女の子は、誰なんですか?どこか体の調子でも悪いんですかね?」
 水野さんの背後をじっと見つめながら質問をぶつけた。
「おいおい、そんなことも分かんないのかよ。シノ」
「なにが?」
 そう聞き返すと、蓮は両手を挙げて、呆れていた。同時に空を仰いでいる。
「彼女は霧島燈兎きりしまひとさん。女の子の名前ぐらい常識だろ」
「それはお前だけだ。第一、大人数での一回の自己紹介で全員の名前が覚えられるわけないんだよ」
「人生、やればできる」
 名言じみたことを言うな。そして胸を張って威張るんじゃない!
「よく、分かってるねー。宮城は。さすがだよ。ほら、燈兎」
「……」
 水野さんは、霧島さんの腕を掴んで、俺と蓮の前に、「問答無用」と連行する。
 目の前に連れてこられたのは、橙色のゴムで少し長めの髪を結んだ、清楚可憐な女の子。恥ずかしいのか、頬を桜色に染めながら、俯いている。
 数分経過しても、霧島さんが一向に喋ろうとしないので、業を煮やした水野さんがなにやら耳打ちをする。とたんに霧島さんの血の気が引いた。
 何を言ったんだ。そうツッコみたくなる。
 霧島さんは、冷静な顔で、
「私、霧島燈兎と申します。どうぞよろひく噛みましたよろしくお願いいたします」
 見事に噛んだ。
 冷めた顔であまりの噛みっぷりに思わず、吹きそうになった。
「ぶっ、あははははは!燈兎、ナイス噛み具合!いつになっても、治らないなあ!」
「これでも、ちゃんと練習したんだから!ちょっと柚子、わ、笑わないで!」
 まるでスイッチが切れたかのように、霧島さんは柚子の腕を揺さぶって、明らかにおどおどと慌てていた。
「だ、だって『もう一度、自己紹介しないと友達出来ないぞー?』なんて柚子が言いだすから!」
「……そんなことはないと思いますけど、水野さん?」
「いいじゃないか!シノ!オレにとっては堪らないシチュエーションだ!」
 なにがだ、なにが。
「あたしはねーただ燈兎の幸せを願ってだねー」
「どこかで聞いた一節だ!」
 水野さんと蓮は、気が合いそうな気がする。
 恐らく、霧島さんは苦労人なんだろうな。なんとなくそう思うが。
 霧島さんが、俺の視線に気づき、酷く困惑しているのを見て、気づけば
「俺は篠原慎しのはらまことです。お互い、頑張りましょう」
 気づけば俺は、霧島さんの小さくも温かい手を取り、握手をしていた。
「ひゃあ。ここここちらこそ!」
 霧島さんは目を白黒させる。そして、霧島さんの顔が見る見る赤くなっていき、
 バタッ
 倒れた。
「えっ、ちょ、霧島さん!大丈夫ですか!」
 床に膝をつき、手を霧島さんの額に当てると、
「熱い!滅茶苦茶、熱いぞ!」
「白井……先生!霧島さんが倒れました!」
 蓮が、教室の隅で椅子に座りながら眠りこけている白井先生を起こす。
「は、はい?生徒が倒れましたか?なら私が連れて行かねばなりませんね。仕方ありません、うー、よいしょっと」
 白井先生は目を擦って霧島さんの存在を確認し、軽々と担ぎあげ、教室を出る際に、司会役だった男子になにやら告げた後、
「じゃあ、皆さん、静かにしててくださいねー」
 のろのろと去って行った。

「初めて握手されたから、テンパったんだろーよ」
 
 教室の机に座って、足をブラブラと揺らしながら、思い出し笑いをする水野さんの声が、しばらく俺の耳に響いていた。