複雑・ファジー小説

第二話 『そんな理想は遭ってはならない』 ( No.3 )
日時: 2011/07/23 12:14
名前: 水瀬 うらら (ID: JNIclIHJ)

「燈兎さんって、可愛いね」
「そうだろう!そうだろう!いやあ、宮城。見る目があるよ」
「そりゃオレは女の子が大大大大好きだからね!当たり前さ!」
「ごめん、あんた、変態だったか」
「なにその豹変?ねえ、なんで遠い目をしてるのかな、みっちょん?」
 霧島さんが保健室に連行された後からずっとこんな会話が俺の席の周りで繰り広げられている。
「…………こんな変態満載なあんただったら、もしかしたら燈兎の人見知りも治るかもしれないな」
「うん、それ、一見、褒めているようで実は思いっきり貶してるよね?ねえ?」
 数分前に初めて会った人達の会話とは思えない程の親しみを二人から感じるのは気のせいなんだろうか。
「シノ」
「ん?なん……」
「皆さんにお話があります」
 蓮に名前を呼ばれて、自分の世界から脱出をするが、生憎、会話が出来ることはない。
 司会を務めていた男子生徒がなにやら黒板に白いチョークで書いている。
「さっき、白井先生から『学級委員』を一人、決めるよう言われました。ということで、今から、学級委員決めをしたいと思います」

「えー急すぎるよぉ」
「そんなの君でいいじゃん」
「めんどくさーい、いやだー」

 力無い批判の声がいくつか上がるが、無視される。
「えー、誰か立候補してくれる人はいませんか?」
 辺りが静まり返る。誰も、いない。
 ここで手を挙げて「やります」なんて言い出す人は漫画の中に登場する主人公みたいな夢をもった子なんだろうな。俺は手を挙げる気なんてないが。これ以上、目立ってたまるか。
 机の下で小さく拳をつくって、決心を固める。
「はいはいはい!オレ、やっちゃいます!」
「蓮!」
 俺は驚愕を隠せないまま、手を挙げている蓮を見るが、明らかにノリで言っている感じだ。
「み……宮城君が立候補してくれていますが、他に誰かいますか?」
「オレはみっちょんを学級委員に推薦しますね!」
「え!」
 悲鳴が聞こえる。
「嫌だよ!あたしは『やる』のが好きなんじゃなくて、『やっている奴を観察して楽しむ』のが好きなんだから!あたしを巻き込むんならシノっちにしてよ!」
「水野さん?何を言ってるのか分からないんだけど?」
 しかもシノっちって…………。勝手に渾名まで作られているし。
「みっちょん、話、聞いてた?一人しか当選出来ないのにシノを推薦するなんて?そいつ、カッコ悪いしモテないし最悪だよ?男だよ?女装させるの?それなら、すんげえ見てみたいけど」
「待て、なんで女装なんかするんだ」
「「えー」」
「そのリアクションは……?」
 もう誰も信じられないと内心嘆いていると、「話は戻るよ」と水野さんが話を擦りかえる。
「シノっちを推薦した理由は一つだけ。『その方が展開が面白くなりそうだから』だよ」
「外道だ!」
 そんな理由で人の人生を棒に振られたら、俺は…。しょげる。心が沈むにつれ、俯く。
「では、この二人のうち一人を選びま」

「待ってください!」

「霧島さん?」
教室の扉が勢いよく開き、額に膨大な量の汗を浮かばせた霧島さんが入ってきた。心なしか、顔の赤みは引いている。
「私」
 なにか司会に訴えようとする霧島さんだが、途中で言葉が途切れる。何故なら、クラス全員の視線を一気に集めている自身に気づいたからだ。まるで数分前の俺のように。
 霧島さんの顔が見る見るまた赤色に染まっていく。呼吸が荒くなっているのが、こちらにも聞こえてきそうである。
 手の震えを抑えながら、霧島さんは自分の思いを口にした。
「そこの宮城君が学級委員になりゅ噛みましたなるのは心底嫌なので、私も立候補します!」

 
 三人の演説が行われたが、蓮は「ナンパ制度を作る!」なんてことを言い出し、見事に完敗。俺は学級委員になる気はないので辞退、霧島さんは噛みながらも積極的で前向きな発言をしたので、結果、ダントツ一位で霧島さんが学級委員となった。

 決まった直後、
「…………学級委員になれたら、俺を抜いた全ての男子が女子に振られるのを毎日見ることができたのに」
 と地味に膝から崩れ落ちる蓮の姿が目にはいったのは、気のせいだったんだろうか。