複雑・ファジー小説

プロローグ ( No.1 )
日時: 2011/06/25 15:21
名前: 水瀬 うらら (ID: 5iKNjYYF)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

 俺は今年、物月学園というところに入学した。
 地元でもまず知られていない無名校。
 何故、そこに入学したのかと言えば、答えは至って簡単だ。
『目立ちたくないから』
 これに尽きる。
 馬鹿なのだろうか。
 世の中の人間は、きっとそう口を揃えて言うんだろうな。
だけど、俺にとっては真剣そのもので、だからこそ、公の地図にすら載せてられていない高校に入ろうだなんて決意した。
 壁に深々と亀裂が走っていたとしても、荒野の如く設備の悪い校庭にも。呆れる気なんか起きはしない。
 そう思った矢先に、入学してみれば、真新しい学園が待っていた。
 …なんで近隣の住民様方は、こんなに綺麗で清潔な学園の存在に気づきもしないんだろう?
 まあ、いいか。
穏やかで、静かな人生を過ごせれば、俺はそれで十分なんだから。
 そう納得しながら、慎は窓からの景色に目を向ける。
桜、か。薄桃色の花弁がふわりふわりと散り、まるで新入生を心から出迎えているようだ。とても絵になっている。
 こんなにものんびりとしている理由は、今が丁度、『自己アピールタイム!誰が一番目立つでショー!(勝手に命名』が行われているからだ。
 ちなみに、慎の出番は既に終わっている。
自分の出番さえ気をつけてさえいれば、後は他の人達がなんとかやってくれるだろうし。
 慎の口から笑みがこぼれる。最初から、同級生と友達になる気なんてさらさらない。
目立たなければ、それで……
「次は、宮城蓮君、お願いします」
 不意に幼馴染の名前が呼ばれ、自然と視線が教卓へと移った。
まさかアイツもここに入学していたとは。と苦虫を噛み潰したような顔になる。
 蓮は、最後に会ったときとは少し雰囲気が違っていた。茶髪に染めたと思われる髪。適当に結われた前髪のおかげで額が露わになっており、周りの同級生と比べると、明らかに奇抜なスタイルである。窓側の列の一番後ろの席に座っている俺ですら、はっきりとアイツの存在を確認できた。
変人は生き生きとした表情で教卓の前に立った。
相変わらず、訳の分からないニヤニヤ顔に、思わず半目になる。
 何を考えているんだか、よくわからない、あの表情が昔から苦手だった。
 蓮は軽く両手を教卓の端に置いてから、開口一番。
「俺は宮城蓮!全国の女子たちは二十四時間、いつでも気軽にオレに話しかけてね!でもおしとやかでシャイな女の子の場合は、こっそりでも全然いいから!とにかく待ってるよ!」
 なんなんだ、お前は!自己紹介の内の九十パーセントが女子に対するアピールっておかしすぎだ!そして自信満々なその笑みを今すぐ止めろ!
 ・・・教室の気温が十度ぐらい下がったような気がする。
 さ、寒い。
 春だというのに、俺の腕には鳥肌が立っていた。 
(——ねえ、あの男の子、馬鹿なのかなぁ)
(———知るかよ、頭のネジが外れてんじゃねえのか?)
(——そんなことより、誰かチョコ持ってない?)
 周りから小さな声が聞こえてくるが、恐らく、君達の考えの大半は合っている。

「…ぷっ!あはははは!面白いね、キミー」

 辺りが沈黙を保つ中、教卓の目の前に君臨する一人の生徒が、笑い転げていた。
 女の子、なのだろうか。後ろ姿では少し性別の判断がつかない。
 お腹を押さえて「ひぃひい。…ぶはっ」と笑うのを必死にこらえているようだ。
「おお!元気いっぱいな女の子!名前は何て言うんだ?」
 目をキラキラ輝かせながら教卓から身を乗り出してくる蓮に女の子が答える。
「あー、あたしは水野柚子」
「良い名前だ!」
 笑い合う二人。雰囲気が和みつつあったが、司会役の男子が勇気を出して、「自己紹介中です」と指摘したことで、蓮は「おっと」と咳払いをして、水野さんとの話を中断する。
 俺は蓮のあまりの自己中さに溜め息をつきながら、見守った。
 蓮は含み笑いをしながら、堂々と語り始めた。
「ここで、俺の親友を紹介しよう!」
 悪い予感だ!
 蓮を止めようと立ち上がろうとするが、時すでに遅し。指で指される。
「そこのシノこと篠原慎だああああああああああああああああああああああああああ!」
 
こうして、俺が一日で学校中に名前が知れ渡ってしまったのは言うまでもない。

第一話 『夢の崩壊が引き起こした、新たな語りの新芽』 ( No.2 )
日時: 2011/07/25 13:06
名前: 水瀬 うらら (ID: JNIclIHJ)

終わった。終わってしまった。
休み時間が訪れてから、俺は死んだように思いっきり机に突っ伏している。
嗚呼、俺の夢のスクールライフが儚く散っていく…。
あの事件後、蓮が起こしたクラス内の噂という名の波紋は尋常ではなかった。
(———あ、あの篠原って人、どんだけ精神力があるのよ!私だったら、あんな変態、一日ともたない!)
(——きっと波乱万丈の人生を歩んできたに違いない!ふっ、リサーチのし甲斐があるぜ!見よ、俺のすさまじき探索力を(誰かチョコ持ってない?)持ってねえよ!人の台詞を邪魔すんじゃねえ!)
 ……といった具合に、さっきからクラス全員の視線が物凄く俺に突き刺さっているのである。
 これを絶望と言わずしてなんと呼ぶのだろうか。
「よぉ、シノ。どうしたんだよ、そんな暗い顔してさー。悩みなら聞いてやらないこともないぞ?」
 いつのまにか蓮が近くに寄ってきて、俺の頭をぽんぽんと叩いた。俺と対照的な輝かしいスマイルが、逆に俺の神経を逆撫でる。
「寄るな、蓮。俺は今、凄く機嫌が悪いんだ」
「まあ、別にどうだっていいだけどよー。なにせ、オレは今、女の子たちと戯れている最中で、忙しいからな!ふふふ、どうだ、羨ましいだろう恋しいだろう、だが諦めろ。このモテモテなオレには敵いっこないんだぜ?くっくっく」
「ウザい」
「おう、良いってことよ」
 真心をきちんと込めて、吐き捨てたというのに、あっさりと、精神攻撃はかわされた。
 そして、俺は蓮を睨みつけていて、気がついた。
 何故、俺の夢がプロローグをもって、終わりを告げることになってしまったのか。
 諸悪の根源は誰なのか。誰を潰せば、世の中が平和になるのか。
 答えは簡単だった。
 蓮の幸せそうな面構え。
「お前かああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!人の人生を弄びやがってえええええええええええ覚悟しやがれ!そして制裁を受けろ!」
「く、首がっ!し、締まる!オレはシノの幸せを想ってだななななな」
「一回、地獄に堕ちろ」
「目が本気なのは気のせいだよな?知ってるか、オレはまだ死ねないんだぜ?なぜならオレは全国の女の子から愛されてるからな!」
 誰もそんなこと思ってない!阿呆が!
 そんなこんなで、互いの人生を懸けた(といっても片方は既に失っているが)戦闘が取っ組み合いにもつれ込んでいると、

「見てて飽きないなあ、本当にー。宮城ってば、世界を敵に回しやすい奴だろ?」

 先ほどの女生徒が、こめかみに手を当てながら、こちらを観察していた。
 肩につきそうでつかない長さの髪に、ボーイッシュな顔。まとっているのは女の子独特の可愛らしさではなく、男子的なさばさばとしたオーラである。
 さすがに、女子の目の前で血の雨など降らされたくないとでも思ったのか、
「シノ、ちょっと戦闘中止にしようぜ」
 蓮は自身の胸倉を掴んでいる俺の手を掴んだ。戦闘態勢を解除しながら俺は、
「にしても、水野さん」
「なに?」
「さっきから、水野さんの後ろに隠れっぱなしの女の子は、誰なんですか?どこか体の調子でも悪いんですかね?」
 水野さんの背後をじっと見つめながら質問をぶつけた。
「おいおい、そんなことも分かんないのかよ。シノ」
「なにが?」
 そう聞き返すと、蓮は両手を挙げて、呆れていた。同時に空を仰いでいる。
「彼女は霧島燈兎きりしまひとさん。女の子の名前ぐらい常識だろ」
「それはお前だけだ。第一、大人数での一回の自己紹介で全員の名前が覚えられるわけないんだよ」
「人生、やればできる」
 名言じみたことを言うな。そして胸を張って威張るんじゃない!
「よく、分かってるねー。宮城は。さすがだよ。ほら、燈兎」
「……」
 水野さんは、霧島さんの腕を掴んで、俺と蓮の前に、「問答無用」と連行する。
 目の前に連れてこられたのは、橙色のゴムで少し長めの髪を結んだ、清楚可憐な女の子。恥ずかしいのか、頬を桜色に染めながら、俯いている。
 数分経過しても、霧島さんが一向に喋ろうとしないので、業を煮やした水野さんがなにやら耳打ちをする。とたんに霧島さんの血の気が引いた。
 何を言ったんだ。そうツッコみたくなる。
 霧島さんは、冷静な顔で、
「私、霧島燈兎と申します。どうぞよろひく噛みましたよろしくお願いいたします」
 見事に噛んだ。
 冷めた顔であまりの噛みっぷりに思わず、吹きそうになった。
「ぶっ、あははははは!燈兎、ナイス噛み具合!いつになっても、治らないなあ!」
「これでも、ちゃんと練習したんだから!ちょっと柚子、わ、笑わないで!」
 まるでスイッチが切れたかのように、霧島さんは柚子の腕を揺さぶって、明らかにおどおどと慌てていた。
「だ、だって『もう一度、自己紹介しないと友達出来ないぞー?』なんて柚子が言いだすから!」
「……そんなことはないと思いますけど、水野さん?」
「いいじゃないか!シノ!オレにとっては堪らないシチュエーションだ!」
 なにがだ、なにが。
「あたしはねーただ燈兎の幸せを願ってだねー」
「どこかで聞いた一節だ!」
 水野さんと蓮は、気が合いそうな気がする。
 恐らく、霧島さんは苦労人なんだろうな。なんとなくそう思うが。
 霧島さんが、俺の視線に気づき、酷く困惑しているのを見て、気づけば
「俺は篠原慎しのはらまことです。お互い、頑張りましょう」
 気づけば俺は、霧島さんの小さくも温かい手を取り、握手をしていた。
「ひゃあ。ここここちらこそ!」
 霧島さんは目を白黒させる。そして、霧島さんの顔が見る見る赤くなっていき、
 バタッ
 倒れた。
「えっ、ちょ、霧島さん!大丈夫ですか!」
 床に膝をつき、手を霧島さんの額に当てると、
「熱い!滅茶苦茶、熱いぞ!」
「白井……先生!霧島さんが倒れました!」
 蓮が、教室の隅で椅子に座りながら眠りこけている白井先生を起こす。
「は、はい?生徒が倒れましたか?なら私が連れて行かねばなりませんね。仕方ありません、うー、よいしょっと」
 白井先生は目を擦って霧島さんの存在を確認し、軽々と担ぎあげ、教室を出る際に、司会役だった男子になにやら告げた後、
「じゃあ、皆さん、静かにしててくださいねー」
 のろのろと去って行った。

「初めて握手されたから、テンパったんだろーよ」
 
 教室の机に座って、足をブラブラと揺らしながら、思い出し笑いをする水野さんの声が、しばらく俺の耳に響いていた。