複雑・ファジー小説
- 第二十七話『その柚子は、気味が悪く、変色する』 ( No.115 )
- 日時: 2011/07/29 22:45
- 名前: 水瀬 うらら (ID: JNIclIHJ)
「……」
「ねぇ」
「……」
「ねぇ!」
「っ!なに?」
憂鬱に浸っていたあたしは、突如、現実世界に引き戻された。現在、教室は熱気が籠っていて、自然と喉が渇く。
「柚子さん、聞いてる?」
小顔で、大きな焦げ茶色の瞳。肩までの黒髪に、黒のパーカー。黒のスカート。黒のハイソックス。こんな格好をしてくる女の子は一人しかいない。
あたしは眉をひそめた。
「緋由、なんであんたが、ここにいるんだ」
「もう!そんな酷いこと言わなくったって、良いじゃない!」
緋由は大袈裟に、頬に手を当て、軽く嘆いた。
「で?要件は?」
「あー……柚子さん、最近、自殺がどこの学校でも流行っているらしいわね」
緋由は、溜め息をついた。
「……以上?」
「そうよ!悪くて、ごめんなさい!」
「悪いな、確かに」
「…………うー。今日の柚子さんは、ご機嫌ナナメすぎて、手におえなくて、困るわ。私的には燈兎さんの方が断然、好みね」
いつも思うが、緋由の発言は時々、どこか上から目線で、どこか客観的な、見下している感がある。
あたしの場合、自分で言うのもなんだが、直そうと努力している。だが、この女は改善の兆しをまったく見せない。否、見せる気すらないのか、と思わせるほどだ。
「どうしたの、緋由ちゃん?」
気が付くと、燈兎が近くに寄ってきていた。途端、緋由のイントネーションが変わった。
「燈兎さん!丁度、良いところにいらっしゃいましたね!実は先程、二年三組の吾妻さんたちが、貴女のことを探していて」
「え、そうなんですか?ごめんね、ありひゃ噛みました有難うございます!」
燈兎は慌てて、教室を飛び出した。
「そういえば……燈兎さんって、虐められてるって、話よ。」
小さくクスりと手を添え笑う緋由に、あたしは気付かない。
「まぁ、アイツのことだから、なんとかなるだろう」
あたしは怠そうに背中を椅子に預けた。
信頼、している。というよりも、別のことが原因だ。
何故なら、燈兎は隣のクラス。まぁ、それは緋由も同様で、隣のクラス。だが、理由はわからないが、同じクラスになってからというもの、背後霊の如く、付き纏われている。
話は戻るが、いくら燈兎が虐められていることについて、だったな。
あたしがどれだけ、手を尽くしたとしても、限度がある。
誰かを、守ることなんて、出来やしないのだ。
この腐った世の中に、『正義』も『悪』もない。
区別できないほどに、混ぜられている。
ドラマ的なポジションのヒーローなんてものが、いたとしたら、あたしはそいつに言うだろう。
人という『悪』を犠牲にした、ハッピーエンド。お前は嬉しいの?
とね。
「虐めねえ……今日は七夕だっていうのに。不吉よ」
「七夕か。そんな行事もあったな。」
受験のことで、頭が一杯で、忘れていた。昇降口に短冊の束が置かれているが、面倒だ。書こうとは思わない。
「七夕って、面白いと思わない?」
「別に」
「だって……ふふふ。」
緋由は、笑いながら、あたしの目を覗き込んだ。
気味が悪いと思ったのは、言うまでもない。