複雑・ファジー小説

第三十三話『ママチャリにビーチサンダルって……』 ( No.149 )
日時: 2011/08/14 21:26
名前: 水瀬 うらら (ID: JNIclIHJ)

 七月の中旬。太陽が自身の存在感を激しく誇張し始め、アスファルトを容赦なく照りつけている。そういえば、以前、百円ショップで購入した、パキラという観葉植物に水をあげるのを忘れていた。この暑さじゃ、萎れていること、間違いなしだろう。最悪、枯れているかもしれない。
「にしても、この暑さは、さすがにきついな」
 俺は学校用の鞄を手に提げながら、重い足を、必死に前へ出した。
 右側のブロック塀越しに見える、とある民家に植えられた松の木は、既に、生気を失っているようだった。
「くっ……」
 残った力を振り絞り、左手で、自身の胸倉付近の服を掴み、パタパタと前後に振った。だが、入ってくるのは、生温かくて気持ち悪い風ばかり。
 さらに、気分が悪くなった。
 ふと、額から頬へ、そして顎へと伝った、汗が、アスファルトへと落ちる。
 途端、なにかが蒸発したような、不気味な音がした。
 意識を朦朧とさせながら、下を見ると、太陽の光が反射していて眩しいアスファルトの一部分から、小さく、煙が上がっていた。
 汗が、一瞬にして、煙に。
 熱中症という恐怖が、俺を襲う。
「と、登校途中に、死んでたま、るか!」
 ぶっ倒れるだろう瞬間。

「よう!シノ!」

 後ろの遠くから声がかかる。
呼吸を保ちながら、振り返ると、そこには、俺の良く知っている奴の顔があった。
 奴を上から下まで、確認する。
 そして、俺は、回れ右をして、先を急いだ。。
「なんだよっ、機嫌悪りぃな!」
 すぐさま、引き留められたのは、言うまでもない。
「なんで、平気なんだよ。おま、え」
「そんなんじゃ、お前。一生、モテないぜ?ま、オレとしては嬉しい限りだけどっ」
 俺はげんなりとした。コイツって、いつも女の子のことばっかりだな。
「だって、汗をかいたら、女の子に嫌われちゃうだろ?」
 しかも、見事に話が噛み合っていない。
 その、しゅんとへこんだ姿を、俺に見せないでほしい。
「うー。早く、寮に入れるようにならねぇーかな?そしたら、涼しいのにさ」
「寮?」
 ふと前に踏み出していた足が止まる。蓮は、目を丸くしていた。
「お前、ほんとに何も知らないんだなぁ」
「悪かったなっ」
 図星を指され、そっぱを向く、俺。
自分でも思うが、俺って時々、子供だな……。そう、内心、自分で自分に呆れた。
「実はな——」
 蓮は、そんな俺に気づくことなく、説明しだした。
 どうやら、蓮の話によると、物月学園は特別で、一年生の二学期から、寮に入る許可が下りるらしい。理由は、『特に面白かった奴を見つけ出すための時間じゃあ』とかどうとかこうとか。
「へぇ」
 俺は、投げやりになった。恨めしげに空を見上げ、また、歩き出した。あそこに見える、桜の木の辺りに、学園が……。

「げ、根暗じゃないか」

 後ろから風が吹く。うぅ、生温かい風がまたもや。
 あからさまに嫌な顔を浮かべながら、対象を見た。
「柊先生ぃぃぃぃぃ!うぉおおおおおおおおおおおおおおお」
「柊先生……。げ、ってなんですか」
 そこには、俺と同じように、嫌そうな顔の柊先生。白のビーチサンダルに、ママチャリ。どんだけ、自由気ままな人なんだ。
「どんだけ、あたしって運ないのかな、ってね」
 数メートル、俺たちを通り越した後、ブレーキを踏んだのか、ママチャリは止まった。そして、よいしょよいしょと後ろ向きで、こちらまでやってきた。よく見ると、
「先生、そのベル、壊れてませんか?」
「んぁ?良いんだよ、これで」
「それで事故起こしても、運がないとかの問題じゃないですからね」
 一応、釘をさす。
「白衣姿、最高だぁああああああああああああああああああああああああ」
「そこのチャラ男、殺してもいいか?」
「どうぞどうぞ」
 蓮は、その会話に衝撃を受けたのか、しばし、固まっていた。いや、お前が悪いんだからな?
「にしてもさぁ、根暗」
「篠原です」
「にしてもさぁ、根暗」
「……」
 根暗という一言で傷つく人もいるんですからね!俺は内心、毒づいた。
 すると、柊先生は、ママチャリのハンドルに頬杖をついて、こちらを見つめてきた。
「お前————」