複雑・ファジー小説

第五話 『本題とは内容の濃い話を指す』 ( No.15 )
日時: 2011/06/30 23:22
名前: 水瀬 うらら (ID: 5iKNjYYF)

 校長先生が咳払いをしたことで、俺は『自分の世界』から脱出した。
「それで本題なのじゃが」
 周囲が固唾をのんで、俺を見守っているのが、目で見なくても、伝わってくる。
「この学校、気に入ったかのー?」
 肩すかしをくらった。
「き、気に入ったとは?」
 言葉にひねりでも加えてある
「いんや、ないぞぅ」
 とは思えない!
「ストレートで好いよ!校長!」
 水野さんが何故かおざなりな拍手を校長先生に送っているのを横目に、俺は自分の気持ちを素直に口にする。
「……今更、『今日』という時間を戻すことも出来ませんからね」
 仕方ないでしょう、と後半は投げやりになった。
 そう、今となっては、蓮が起こした俺の人生の革命を、止めることは。出来ない。
「シノ、オレが女子にモテモテすぎて気に食わないんだろう?妬みはよくないな」
「誰がそんなことを思うか!」
「ですよねー」
 俺に賛同した霧島さんは蓮を冷めた目で睨みつけていた。水野さんの言う、『ブラック燈兎』とやらの再来なのか。
「そうかそうか!気にいってくれたか!わしゃ嬉し過ぎて、無性に今、この場を踊って回りたい気分じゃぞい!」
「そこまで、嬉しがる理由って?」
 水野さんは首を傾げた。確かに、理由が分からない。
「篠原クン、お主はのぉ、わしの一目置いている存在なのじゃ。何故か分かるかの?」
 そう問いかけてきた校長先生は、再びお茶を啜る。辺りに緑茶の品の良い香りが漂った。
「分かりません」
「ぷはー、この緑茶、美味いのぉ……」
 なにもお茶の感想をこのタイミングで言いますか、普通?
「お爺様ではなく校長先生。皆さんが質問の答えをお待ちですよ」
 忍先生(?)は、少し呆れを声に混じらせながら、校長先生に耳打ちした。
 校長先生、思い出したように「そうじゃったそうじゃった」と正座する姿勢を正す。
「わしが一目置いている理由はの、篠原クンは面白い事件を自らどんどん作り出してくれそうだからなのじゃよ」
 にかっと笑われても、リアクションに非常に困るんですけど。
「俺は面白い事件を作るつもりは毛頭ありません」
「そうじゃと分かっておったら、わしゃお主の合格証書に判子なぞ押さんかったわ」
「んな……!」
 目を見開く。一体どれだけ滅茶苦茶なことを言っているのだろう?
 普通は『成績』や志望する『熱意』で合格不合格を判断するというのに!
 …………そもそも、普通ではないのかもしれない。この学園の校長先生は。
「知らんのか?この学園は、そういう意味で名付けたんじゃぞ?」
「はい?」
 なんのことだろうか?
 数分、悩んでいると、忍先生はずれ落ちそうになった眼鏡を押さえながら、俺に説明してくれた。
「本校は、『曲者がたくさん集ってほしい』という校長先生の願いが込められています。ですから、名前は『物月ものづき学園』。『曲者』、と同じような意味をもった、『物好き』の漢字を書き換え、今に至ります。」
 絶句した。そんな意味が込められていたのか!ということは俺は、
 変人達が大勢、集まる高校に来てしまったのか……?
「なんだ、知らないで来たのシノっち?こんぐらい常識の範囲内だよ?」
「水野さん?」
「オレだって、もちろん知ってるぜ?」
「蓮?」
「…噂は聞いていました」
「き、霧島さんまで!」
 知らなかったのは俺だけ?皆、『変人が集う高校』を承知で入学したのか!
 校長室にいる俺を除く全員が、哀れんだ視線を送ってくる。凄く、辛い。
「まあ、知らんかったにせよ、気にするでない。誰しも、気づかんことはよくあるのじゃ。今から三年間、気楽にスクールライフを過ごしておれ。ふぉっふぉっふぉ」
「……………………そうします……」
 やけに上機嫌な校長先生をげんなりした顔で眺めた。鬱に浸る。
———道理で僅か一日にして俺の夢が壊れるわけだ。

「どんまいどんまい!あはははははは」
「笑いしか起きねえ!ぶはははははは」
「ほんと、教えてあげられず、ごめんなさい!」

 三人の気遣いが俺には残忍な凶器に視える。
 しかも三人の内、二人は、笑い泣きしていて、まったくフォローでもなんでもないのだ。
「ほれ、用件は終わったぞい、教室に戻るのじゃー」
 校長先生のあまりにもマイペースすぎる一言は、蓮と水野さんの笑いをさらに悪化させていくばかりだった。