複雑・ファジー小説

第十二話『何故、こんなことになった』 ( No.59 )
日時: 2011/08/19 12:57
名前: 水瀬 うらら (ID: JNIclIHJ)

「篠原くーん」
「はい」
「君は凄い神経の持ち主ですねぇー」
「はい」
「グラウンド二十周してきなさい」
「……はい?」

 俺は今、走っている。風が少し肌寒く感じるのは、気のせいだろうか。息は乱れ、足は若干、痙攣していた。
 ……何故、こんなことになったのだろう?
「シノ、お前、なーに走らされてんだ?」
 正門の前まで来ると、ふいに声をかけられた。虚ろな目で、対象を確認する。そこには、案の定、頭の上で腕を組み、目を丸くさせている、体育着姿の蓮がいた。
「……ぜぇぜぇ……別に……ふぅ」
 思わず立ち止り、膝に手を当てた。あぁ、喉が。渇……いた…………。
 蓮に水を求めたが、返ってくるのは、首を横に振る動作だけである。
「一緒に走ってやろうか?」
「……断る」
「オレだってゴメンだね」
 一瞬、ぶん殴ろうかと思った。完全に他人事と決め込んで、明日の空を見つめようとしている姿は、心底、腹が立つ。
「にしてもさぁ、白井ってば、さらっと鬼のようなこと言ったな」
 体育の時間をよけいに退屈させるなよな、と蓮は空を仰いだ。
否定は、出来ない。
 ちなみに、白井先生というのは、俺のクラスの担任である。
以前、俺が霧島さんと握手をした際に、思いっきりぶっ倒れた彼女を、急遽、保健室まで運んでもらったことがある。
二十代後半の白井先生は、癖毛を持ち合わせた、比較的、マイペースな人である。
トレードマークは、よっれよれの灰色のスーツ。校庭でも普通に着用しているから、物月学園の七不思議に認定されているらしい。俺としては、訳が分からないが。

「篠原くーん。もう十周したいんですかぁー?」

 のほほんとした声が、拡声器を通して、遠くから聞こえてきた。
「いえ!絶対したくありません!今、走り出そうとしていたところです!」
 今、俺の目はきっと、血走っているのだろうな。
「ったく、お前って、奴はさぁ、体力ないわけ?」
「五月蠅い!体力なんてなくとも、世の中、生きていけるんだ!」
「うわっ、開き直ったよ。コイツ」
 蓮は見るからに嫌そうな顔をした。
「……楓、見てたんだ」
「楓?」
 あっけらかんと聞き返される。
「そう、楓」
 授業を受けているときに目に入ったんだ、と息も絶え絶えに説明した。
「あー楓。っていえば、草太が好きな木だったなー懐かしいぜ、ほんとに」
 蓮はいつになく優しい声で呟いた。
 ……そう、草太は楓が好きだった。秋じゃなくても、イメージが確立しているから、といつも嬉しそうに口ずさんでいた。俺には、理由が上手く理解出来なかったが。
「……俺は……」
 草太の顔が鮮明に映し出されると、頭痛がした。
 意識が遠のいていく。
 …………頭の中で響く、懐かしくも寂しい声を聴きながら。