複雑・ファジー小説
- Re: 未来への脱出 ( No.3 )
- 日時: 2011/07/03 09:53
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: arQenQl7)
〜四話目〜
前回の話
えっ?原爆投下寸前!?ヤバいって!逃げようよ!
でも集落の人達は動こうとせず・・・
・・・・・・・
「兵庫か・・・」
あの後、夕方からずっと東へと歩き続けていた俺は
ようやく兵庫の明石までたどりついていた。
海のはるか彼方に淡路島と思われる大きな一つの島が見える。
もうすぐ丑三つ時にでもなりそうな時間帯で、
周囲の者が寝静まり、明りが漏れている窓が一切無い闇の中で、
いくら疲れていようとも彼は一人歩き続けていた。
途中足が棒のように感じたが、無理を押して歩き続けると
ランナーズハイのように辛さは無くなっていった。
今自分の頭にあることは、夜明けの空襲前に
少しでも安全な場所へ避難しようとしているだけ。
ところどころ走ったりしていたので、
とりあえず一日目は広島から逃げるだけで
三日ぐらいで京都に着いたらいいやと思っていたが
この調子なら二日で着けそうだ。
かといって、今さら宿を取ろうにも、旅館なんて
ほとんど爆撃で潰されている上、
こんな夜更けに予約を取ることも出来ないだろう。
それよりも一番の問題点として、この時代の金を
もちろんのごとく一銭たりとも持っていないこともあるのだが。
「腹減ったな」
タイムスリップしてから十五時間近く、
何も口にしていない彼の体は、耐えがたい飢えに襲われていた。
幸い水程度なら水道がギリギリ通っている家に
家が焼かれたとか適当なことを言ったりして
恵んでもらったり、一度だけ通った
小川の清流で、衛生面を欠片ほども気にせずに口にしたから
大丈夫なのだが、食料はそう言う訳にはいかない。
この時代は国家総動員法という物があり、
食べ物を含む物資のほとんどは配給制だったから
裕福であろうとなかろうと、余っているところなんて
そうそう見つからない。
しかも、できればここの人達とはなるべく関わりたくなかった。
下手に軍人に見つかると、年齢と性別上、徴兵させられる
可能性が大いにある。
はっきり言ってそれは嫌だ。
もうあと十日もせずに終戦とはいえ、
見知らぬ時代で散ってしまうリスクが高すぎる。
「あいつら、どうしたんだろうな」
ふと勇次たちのことを思い出す。
今になって考えると、無理やりにでも説得して連れてきた方が
良かったのかもしれない。
「きっと、大丈夫だろ」
そうして、ただ時は過ぎていった。
八月六日、原爆が落ちた。
これによる被害は甚大だっとたいう・・・・・
八月七日、俺が歩いていると、新聞売りが
大変だと叫びながら必死に商品たる新聞をなぜか
無料で配っていた。
どうせ、ただ単に広島の悲惨な現状を一刻でも早く、
一人でも多くに伝えるためのものなのだろうが。
そいつが配っている物と全く同じ新聞が地面に落ちていたから拾い上げる。
見出しは、容易に予想出来ていた、キノコ雲の写真だった。
それはいいからと思い、真ん中の方を開く。
そこには、驚愕の光景が映っていた。
それはどこかの集落だった。
正確には、『どこかの集落だった』ものが映っていた。
かといって、その写真をパッと見ただけでは
それがどこの集落かなんて分からない。
別に自分が唯一知っているあれじゃない可能性の方が明らかに高い。
建物はただ、燃え尽きるかがれきになっているかなので、
そんなのどれを見ても同じだ。
だが、彼はすぐに、それが自分が知っているあそこだと分かった。
背景に映っている山が、木が焦げつきているとはいえ、
残った部分を見るとあの集落のバックにそびえていた緑の山の
面影があったからだ。
そこには、住民と思われる人々も横たわっていたという。
「結局、あいつら逃げなかったのか」
また俺は人を救えなかったのか・・・・・
———————また?
「あ!!」
『また』人を救えなかった?
ということは、過去にも誰か人を救おうと・・・・・
目を覚ました時のことを思い出す。
炎を見るのが辛かったこと。
集落に着いたときのことを思い出す。
ありがとうの一言で心が痛くなったことを。
集落で感じた二回の激痛とは、比べ物にならないほど
強い頭痛が一挙に頭を襲う。
頭の裏側に隠されていた記憶を見つけるために
拒絶の壁を無理に崩壊させるような耐えがたい鈍痛。
そういう鈍痛のはずなのに、意識はしかと保たれ、
脳内はよりクリアになっていく。
そして全てを思い出した。
「俺は、1990年、六月三十日生まれ」
これだけは、自分についてに記憶喪失なのに、
唯一覚えていた自分についての知識。
そもそもこれが無かったら自分はこの時代の者かもしれないと
自分でも思っていたことだろう。
「名前は、伊島渉(いしま しょう)」
次々と、記憶はサルベージされていく。
「あの日俺は二十一歳の誕生日だった」
そこでだ、変な外国人に会ったのは。
なんだか、歴史上の偉人に似ていた。
「その四年前、俺は人を救えなかった・・・・・」
次に現れ出たのは、忌まわしき記憶・・・・・
続く