複雑・ファジー小説

Re: 未来への脱出 ( No.4 )
日時: 2011/07/07 18:03
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: /fPmgxgE)

〜五話目〜



「俺の名前は、伊島渉」

1990年、六月三十日生まれ。
現役の大学三年生。
そして、高校時代、俺は、俺は人を・・・・・






—————俺は人を救えなかった




俺が、高校二年のときのことだ。
俺は、父親と母親と三人で暮らしていた。
小さいながらも、都心に立つ一軒家に、近所と仲良く
付き合って暮らしていた。
今でも、その家には家族三人で住んでいる。

そして、その年の冬のことだ。
自分の家の斜め向かいの家が、火事になった。
火事の原因は、元々冬という乾燥した季節の中で
晩御飯に天ぷらでも作ろうとして、
衣を付けてあげているときに、油がはねてしまった。
ただ、はねただけだったら到底火事には結びつかないだろう。
だが、運悪くそのはねた油は少々大きめで、
しかもガスコンロの火の部分に一直線に飛んでいった。
そこでだ、油に火が付き、いきなり火が一瞬だけ強くなった。
いきなりのその出来事に、その家の母親は驚いてしまい、
誤って尻もちをついてしまった。
それが良くなかった。
その尻もちの振動で、油がパチパチと高温を保っている
鍋がひっくり返ってしまった。
そして、今度はその大量の油に火がついて
一気に火が大きくなった。
瞬く間に、台所を包み込むほどに。
これは、後の警察の調査で明らかになっている。

母親は、すんでのところで気がついて、
なんとか台所から逃げ出すことが出来た。
そして、リビングでくつろいでいる夫と
その家にいた五歳ぐらいの息子にそのことを伝えるために
急いでそのリビングまで行った。
だがそこには、子供しかいなかったらしい。
それは後になってその子から聞いた。
母親は、その子に先に家から出るよう指示をした。
物凄い剣幕で言ったのか、必死そうに言ったのかは分からないが、
危険だということは幼いながらその子も感じ取ったのであろう。
父親には母が伝えてくれると信じて、すぐに二人も
逃げだしてくると信じてすぐに家を出ようとした。

だが、出ることは出来なかった。
その家は、玄関を入ってすぐにトイレがあり、
そのすぐ隣が風呂。
そして、風呂の向かい側が台所で
さらに奥にリビングがあり、そのさらに向こう側に
二階に上がるための階段があった。
そして、親は二人とも二階にいた。
それは今は関係無い。
なっぜ、子供が家から出られなかったかと言うと、
リビングから外に脱出するには台所の前を通らなければならず、
その台所からは凄まじい熱気が、豪炎が溢れ出てきて
行く手を阻んでいたのである。
そうして、そこで子供は、恐怖からか泣きだしてしまった。

俺が異変に気付いたのはそんな時だ。
向かい側から子供の泣き声が聞こえてきたので窓を開けてみた。
すると、部屋の窓の一つからはえげつないほどの煙が出ているではないか。
俺はすぐさま、そこに向かっていった。

外に出た時には、もっとすごいことになっていた。
まだ外壁や庭の部分は大丈夫だったが、
ドアが燃え盛っているのである。
窓という窓からは煙が噴き出している。
俺はすぐさま、燃えていないのを確認してから、
ドアの横を素通りし、庭の方に行った。
まだそこには炎は一切来ておらず、
なんとか窓を破って入ることが出来た。
そして、いきなり俺が現れたことに対して
驚いている子供の言うことも聞かずに
俺はすぐに今来た道を引き返し、庭に戻った。

戻った時、ついに火は庭にも浸食していた。
ヤバいと思った俺は、多少の火傷を恐れずに、
一直線に駆け抜けた。
そして、俺がそこから脱出したとき、間一髪のところで家が倒壊した。

「危なかったなー坊主、でもこれであんし・・」
「お母さんが・・・お父さんが・・・」
「何だって!?」

ここで話を聞いてようやく分かった。
この子の親は、まだ中にいたのだと。

そんなことも知らずにこの子だけを見つけて
すぐさま喜んで抜けだした自分を思い出す。
あの時、もう少しちゃんと話を聞いていたら・・・

「ありがとう、優しいお兄ちゃん」

そうして、自虐的な態度で、後悔の念に
さいなまれていた時、男の子はいきなり口を開いた。

この言葉に、どういう意味があったのかは分からない。
普通に感謝しているのかもしれないし、
自分しか助けなかったという、皮肉のような意味で
言ったのかもしれない。
だって、ありがとうと言うには、悲しい顔をしていたから。




そこで、回想は終わった。
そうして、現実に戻る。
だが、今思うことが二つある。
なぜ、タイムスリップしたかについての記憶が戻っていないことと
またしても、助けることが出来なった人達についてだ。
知らず知らずの間に、涙を流していたその時、声が聞こえた。

「あの時の兄ちゃん、なんで泣いてるの?」

その言葉に反応した俺は、顔を上げた。
そこには、勇次の顔があった。
なんで?あいつらは逃げなかったはず・・・そうとしたら、

「幻覚見るなんて結構凄いとこまで来たな、こりゃ」
「大丈夫、頭?何か変だよ」

えらく現実的な言葉が返ってくるが、
そんなの関係無い。だってあいつらはもう・・・

「せっかく逃げてきたのになんて顔してんの?」
「・・・・・えっ?」

逃げ・・てきた?ってことは・・・

「本物?」
「そうだよ」

呆れたような顔つきで、こっちを睨んでくる。
でもなんで・・・・・

「この子のおかげじゃよ」

集落の長老を筆頭にあそこにいた人達が次々と出てくる。
しかし、勇次は一体何をしたのだろうか?

「お前の言うことを聞かん奴らが多くてな。
 その話し合いを聞いていたこの子がみんなを説得したんじゃよ。
 自分を助けてくれたから、信じるに値するって」

驚愕の表情を浮かべて、勇次の顔を見る。
すると、してやったりと言う風な顔つきで
晴れやかに笑った。

「ありがとう、優しいお兄ちゃん」

どこかで聞いたことのあるような言葉が耳に入る。
すると、別の疑問が沸いてきた。

「あの集落で倒れてたの誰?」
「通りかかった人だよ。たまたまね」

なんだ、そう思うと、今度は安堵からか涙が出てきた。
暖かい雫が頬を伝う。

「なんで泣いてるの?」
「昔のことを思い出してさ」

そうして、過去のことを洗いざらい全て言った。
すると、勇次はほんの少しだけ考えて、
すぐに自分なりの答えを出した。

「別に五歳児がそんな皮肉は言わないよ。
 多分、悲しそうな理由は、兄ちゃんが辛そうだったからだと思う。
 助けてくれた人が悲しそうにしてたら、自分の言った言葉のせいって
 思ったんじゃないかな?」

この言葉を聞いた時だ、本当に心が晴れやかになったのは。








                              続く