複雑・ファジー小説

Re: 獣妖記伝録 ( No.1 )
日時: 2011/09/14 20:28
名前: コーダ (ID: Qs8Z87uI)

 外は、闇のように暗く、綺麗な女性が1人で歩くにはとても危ない時間帯であった。
 風は、全くと言っていいほど吹いておらず、花火を打ち上げるにはとても良い環境。
 そして、木で出来た昔ながらの家がたくさんある町。
 ——————なぜか、たくさんの人の姿が見えた。
 家の中からこっそりと出てくる者、外を歩く者。
 約100人くらいは居た。そして、誰とも喋らず、とある場所へ集まろうとする。
 広い空き地。ここに、先まで歩いていた100人ほどの人が居た。
 よく見てみると、その100人は全員子供で、頭の上には何らかの動物みたいな耳がある。
 おそらく町の子供たちが、親に内緒で真夜中の肝試しでもしようとしているのだろう。

「皆、ちゃんと来たみたいだな」

 この大量に居る子供を、束ねていると感じ取れるリーダーが、空き地に居る子供たちにそう呟く。
 ワクワクする子供、ビクビクする子供、今にも寝てしまいそうな子供は、リーダーをじっと見つめる。

「もちろん、例の物……もってきたよな?」

 そう言って、リーダーは懐から1本のロウソクと、大量の青い紙を、天に掲げるように出す。
 すると、子供たちは一斉に懐からリーダーと同じものを出す。

「よし……じゃ、準備でもするか」

 青い紙を、円を描くように置いていく子供たち。
 すると、20分くらいかけて外枠が青い円が出来上がる。

「次は……」

 リーダーは、箱に入ったマッチ棒を出して、手慣れた様子で火をつける。
 それをロウソクに灯す。すると、円の中心に上手く真っすぐに置く。
 子供たちも、リーダーの行った行動を真似する。
 すると、円の中心部には100本のロウソクが立てられる。闇のように暗い空き地が、1か所だけとても明るかった。

「じゃ、始めるぜ」

 リーダーは、その場で子供たちに怪談話をする。
 抑揚のない言葉で語り、あまり恐怖に落とすことなく、終了する。
 すると、話し終わった途端に、円の中心部にある1本のロウソクの火を消す。

「じゃ、次、お前な」

 自分の目の前に居た人へ、指をさすリーダー。
 すると、指された人は少し抑揚のある言葉で怪談話をする。
 先の話よりは、怖くて子供たちは背筋を凍らせていた。
 そして、やはり怪談話が終わると円の中心部にあるロウソクを1本消す。

「次、どうぞ」

 このやりとりを、何度も繰り返す。
 そして、100人目の子供が話し終わり、円の中心部にある最後のロウソクの火を消す。
 明るかった空き地が、また闇のように暗くなる。

「………………」

 黙るリーダー。メンバーも真似をしてずっと黙る。
 すると、5分くらい経った時、突然、口元を上げてリーダーは大声で叫んだ。

「ほら!やっぱり、嘘だったぜ!」

 これを聞いたメンバーは、なぜか大きな拍手を贈る。
 周りには家などはなく、大人の人が来ることは決してありえないので、このような行動が取れた。

「よし!じゃ、帰ろうぜ」

 そう言って、空き地から出ようとするリーダー。
 メンバーも、その後に、ついて行こうとする————

「うわぁー!」

 突然叫ぶ1人の子供。メンバーは、一斉にその子供を見る。
 腰を抜かして、小刻みに体を震わせていた。

「んだよぉ……どうしたってん……!?」

 リーダーは、小刻みに、震えているメンバーが見ている方向を見る。
 足を止め、思わず、絶句してしまう。そして、体からとても嫌な汗を流し、体を小刻みに震わせる。
 この異変に気付いたメンバーは、ふと、2人が見ていた方向を見つめる。
 青い光。なんと、青い外枠で出来た円の中心に、とても恐ろしい青い光があった。
 ゆらゆらと、陽炎のごとく揺れる光。この世のものとは思えない光。
 100人の子供は全員、その場で小刻みに震える。
 そして、よく青い光を見てみると、和服を着た女性が立っていた。
 だが、その女性はなぜか、頭に鋭い角が2本生えていた。

「あっ……あぁ……」

 あまりの恐怖に、叫び声すら出せない子供たち。
 その様子を見ていた、和服を着た女性は、鬼のような頬笑みをしていた————


        〜青の光と狐火〜


 林が、風でざわめくけもの道。
 道は少々凹凸があって、足腰が弱い人には、辛い道。
 だが幸いにも、天気はとても良くて、外出するには最高の日であった。
 どこからともかく聴こえてくる、野生の生き物の鳴き声と遠吠え、それを耳にしながら歩くのもまた、おつなもの。

「ふわぁ〜……」

 明らかに、林の中では聴こえるはずのない雑音。
 せっかくの雰囲気を、台無しにしたのは、林の中で歩いていた、1人の人物であった。
 黒くて、首くらいまでの長さがある髪の毛を風で揺らし、前髪は、目にけっこうかかっている。
 頭には、ふさふさした2つの耳があり、瞳は黒紫色をしていた。
 男性用の和服を着て、輝くような黄色い2本の尻尾を、神々しく揺らし、非常に、眠たそうにしていた。
 そして、首にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれていた。

「うぅ〜ん……」

 凹凸の道を歩きながら、獣男は右手で頭をかきながら、小さくうなだれる。
 辺りを見回して、今度は大きな溜息をする。
 すると、今度は右手を、自分の腹へ持ってきて、ゆっくり摩る。

「お腹すいたなぁ……」

 獣男は、とても深刻そうな口調でそう呟くと、どこからともかく、カラスの鳴き声が耳に入る。
 これには、思わず眉間にしわを寄せて、情けない気分になる。

「ん〜?」

 ふと、足を止めた獣男は、林の中を見つめる。
 そこには、1人の女性が居た。
 女性用の和服を着ていて、頭にはふさふさした2つの耳がついており、1本の尻尾もある。
 薬草でも集めているのか、手には四角形の布を持っていた。

「お〜い。君ぃ〜」

 獣男は、道からそれて、林の中へ足を運び、女性の所へ向かう。
 すると、それに気がついた女性は、やや警戒しながら獣男を見つめる。
 その眼光は、非常に恐ろしくて、気の弱い人だと、気絶してしまうくらいだ。
 だが、そんなことも気にせず、獣男は情けない声で女性に一言呟く。

「君ぃ……どこかに、食べ物はないかぁ?我は、お腹がすいたぁ……」

 あまりにも意外すぎる言葉に、女性は口に手を当てて、笑ってしまった。
 獣男は、どうして笑っているのか分からず、頭に疑問符を浮かべる。
 手を降ろして、女性は警戒心と解き、にこやかにほほ笑む。

「お腹をすかれたのですか?近くに、私が住んでいる町があるので、案内しましょうか?」

 この言葉に、獣男は深々と頭を下げる。


             ○


 林を抜けると、そこには木で出来た、昔ながらの家が、たくさんある町があった。
 少し、違う所へ目を向けると、広大な土地ですくすく育つ農作物が、風で揺れていた。
 これを見て、思わずお腹を鳴らす獣男。

「ふふっ、もう少しですから。頑張ってくださいね」

 女性は、また口に手を当てて笑う。
 そして、町へ向かって歩き進める2人。

「平和な雰囲気……良い町だなぁ〜……」

 獣男は周りの風景と雰囲気を感じ取り、歩きながらそう呟く。
 しかし、女性はなぜか顔を下に落とす。
 その様子を見た獣男は、眉を動かす。
 だが、ずっと様子を見ているのも、おかしいと感じた獣男は、女性の方向と逆の所を見る。
 そこには、広大な空き地が目に入った。
 地面も整えられていて、子供が遊ぶにはとても良い環境。
 ————ある部分を除いてだが。
 なぜか、空き地のど真ん中には、青い紙が円を描くように置いてあり、その円の中心部には大量のロウソクが倒れていた。
 さらに、円の外側付近の地面は、どことなく他のより色が濃かった。
 まるで、乾燥した地面に水を垂らしたようなくらいに。

「………………」

 獣男の足は、気がつくと止まっており、その目線はずっと空き地にいっていた。
 眠そうで、非常に頼りなさそうな表情は、今だけはなく、眉間にしわを寄せて、何かを考えていたように見える。

「どうしましたか?」

 女性は、突然、足を止めた獣男に気が付き声をかける。
 耳をピクリと動かし、空き地から目を離して、申し訳なさそうな表情をして、歩き進める獣男。


             ○


 町の一角にある家の中、獣男は拱手をしながら、壁に背中を預けてじっと待っていた。
 床は畳で覆われており、真ん中には5人くらい囲めそうな丸机、部屋の端には、壺と米俵が置かれている。
 天井は、少々古く、雨が降った日には雨漏りしそうな、雰囲気を出していた。
 家の入口と、窓を開けていることにより、風通しは非常に良く、獣男の神々しい2本の尻尾がゆらゆら揺らす。

「はい。軽い物ですが、どうぞお食べになってください」

 女性は、お盆を持ちながら獣男へ言う。
 丸机に置かれるお盆。すると、獣男は目を輝かせ、足を机の中に入れて、右手で箸を持つ。
 白くてふっくらとしたご飯、昨日の余り物なのか、少々しなびた焼き魚。味噌汁は湯気が出ており、非常に飲みごたえがあった。
 極めつけに、お盆の端に置いてあった漬物は、程良い水分を含んで、とても美味しそうな雰囲気を出す。
 一般的な朝食と思わせる献立、しかし、獣男にとっては、お盆の上にある物は正に御馳走。

「いただきます」

 獣男は、丁寧に言葉を言った途端、ご飯にむさぼる。
 よほど、お腹がすいていたのか、箸が止まることはなかった。
 女性は、少々唖然としながら、その様子を見守る。

「なんだ?客か……?」

 家の中から、突然聞こえてきた言葉、獣男と女性は玄関を見る。
 そこには、男性用の和服を着て、女性と同じくふさふさした2つの耳が頭の上にあり、1本の尻尾があった。
 獣男は、口にご飯を詰め込んでいたため、喋ることができず、首を下げて会釈をする。

「あら、あなた。今日は早いのね」
「今は、仕事なんてやっている雰囲気じゃないからな……町の皆もそうだ……」

 2人の掛け合いを見て、獣男はすぐに夫婦なんだなと感じる。

「美しい、奥さんでぇ……」

 口の中に詰め込んでいる物を飲み込み、獣男は突然、そう呟く。
 男性は、笑いながら家の中に入り、獣男の隣に座る。

「所で……君は、見たところ狐か?」

 神々しく揺れる2本の尻尾を見ながら、獣男に尋ねる。
 すると、箸をお盆の上に置いて、なぜか自分のこめかみを触る獣男。

「ん〜?なんで、我が狐だと分かったぁ?」

 頭の中に、疑問符を思い浮かべながら獣男は男性にそう言う。

「いや、その尻尾は……どう見ても、狐の物だと思うが」

 男性は、神々しく揺れる2本の尻尾を凝視しながら言う。
 獣男もつられて、自分の尻尾を見つめると、なぜか眉をピクリと動かす。

「あ〜……そうだった、そうだった……我は、狐だったなぁ……」

 何かを思い出したかのような口調で、獣男は、自分が狐だと認識する。

「君……見たところ、若そうだが……実は、かなり歳を召した狐か?」
「う〜ん……我は、まだ216歳だったかなぁ……」

 獣男の言葉に、女性は目を開いて唖然をする。そして、恐る恐る尋ねる。

「えっと、とてもお若いのですが……なぜ、そのような口調で?」

 この言葉に、獣男は耳をピクピクさせる。
 すると、箸で漬物を取り、それを口に入れて、とても良い音を鳴らしながら噛む。

「美味しいなぁ……」

 漬物を食べた感想を呟く獣男。
 この反応に、夫婦は思わず吹き出して笑う。

「ん〜?」

 どうして、こんな雰囲気になったのか、と頭の中で考える。
 獣男は、再び、漬物を口に入れる。


             ○


 女性は、お盆を持って台所で茶碗などを洗う。
 その間、獣男と男性は机で雑談をしていた。

「お腹がいっぱいになって……眠くなってきたねぇ……」

 大きなあくびをしながら、獣男は言葉を呟く。

「ところで……どうして、君のみたいな狐がこのような場所を……?」

 男性は、気になっていたことを獣男に尋ねる。
 すると、眠そうな目を右腕で拭って、小さく呟く。

「我は……詐狐 妖天(さぎつね ようてん)。ただの、放浪する狐さぁ……」

 妖天と、名乗る獣男。名前の響き的にけっこう神々しい印象を持つが、放浪するという言葉で台無しである。
 余談だがこの国は、狐の人口は少なく、人々から珍しがられるのだ。
 大半は、犬や猫、鼠が締めている。

「所でぇ……君たちは、まだ夫婦になって間もないのかぁ?」

 次に、妖天が気になることを男性に尋ねる。
 だが、先程まで明るかった表情が途端に崩れた。
 まるで、出荷したての果物をワクワクしながら口にするが、全く甘くなくて、落胆するように。
 これは何かあるなと、妖天は眉をピクリと動かす。

「俺たちは夫婦になって、もう12年くらい経っている……」

 男性は、微かな声で呟く。
 また、眉をピクリと動かす妖天。

「う〜ん……12年間、1度も契りをしていないのかぁ……?」

 妖天は、辺りを見回しながらそう言う。
 この家には、夫婦しか居ない。普通なら、子供が居てもおかしくない状況。
 だが、この家には子供が1人も、見当たらなかった。
 不意に女性がとても悲しそうな表情をして2人の前にやってきた。
 その目には、わずかながら涙も流れていた。

「私たちには……元気な子供が4人居ました。だけど……それは、4日前の話し……」

 辛そうに言葉を言う女性は、その場で泣き崩れる。
 ふさふさの耳と尻尾をピクピクさせながら、声を出して泣く。
 男性は、妖天を見つめて一言言う。

「俺の子供は……4人共、何者かに殺された。それどころか、ここら辺一帯に住んでいる夫婦の子供たちも、大量に殺された……その数は、100人くらい……場所は、空き地……」

 この言葉を聞いた妖天は、ふと、その場から立ちあがる。

「我は、用事を思い出した……」

 そう言って、家から出ていく。
 男性は、泣き崩れる自分の妻の近くへ移動する。


            ○


 広大な空き地。
 整えられた地面は、とても運動をするには良い環境。
 ————ある部分を除いてだが。
 なぜか、空き地の真ん中辺りには、外枠が青い円がでかでかと描かれていた。
 外枠の正体は、大量の青い紙で、風で吹き飛ばされないように1つ1つ手頃な石が置かれていた。
 円の中心部には大量のロウソクがあった。その数は、ざっと100本くらい。
 さらに、円の外側付近は、不自然に濃い土が目に映る。

「………………」

 そんな空き地に、妖天が居た。
 不自然に色の濃い土の上で膝まつき、その土を手で削り取る。
 手のひらに土を乗っけて、なぜかその臭いをかぐ。
 不思議なことに、土からは、あの独特な土臭さは全くなく、鉄みたいな臭いがあった。
 眉間にしわを寄せて、手のひらの土をそこら辺に投げ捨てる。
 次に、妖天は円の中心部にある大量のロウソクを1本手に取る。
 いたって普通のロウソク。そこら辺で売られていてもおかしくない物だった。
 あえて、不自然な所を言うとしたら、1本1本のロウソクの長さが、バラバラであったこと。
 折ったような形跡はなかったので、溶けて縮んだのだろうと、すぐに考えはついた。

「はぁ〜……」

 妖天は、なぜか深い溜息をしながら、その場に座る。
 時々吹く強い風が、神々しい2本の尻尾を揺らす。毛並みも艶やかで、毛1本1本動いているのが肉眼でも確認できた。
 すると、ふと背後に人の気配がする。
 首だけ後ろに振り向かせてみると、先程、食事を御馳走になった家の夫婦が立っていた。
 だが、妖天は夫婦の姿を見てもずっとその場に座っていた。

「あの……こんな所でどうしたのですか?」

 女性は、妖天にそう尋ねる。
 だが、右手でこめかみを押さえながら、無言を貫く。

「何を……考えていたのですか?もしかして……この、奇怪な空き地の謎について……」
「まぁ……謎は解明したぁ……」

 妖天は、辺りのロウソクを見ながら呟く。

「子供を殺した犯人が分かったのか!?」

 男性は、叫ぶように言う。
 その言葉からは、かたきを討ちたいという思いがひしひしと伝わってきた。
 妖天は、ふとその場で立ち上がる。
 あの眠そうで、やる気のなさそうな表情が、今だけは、とても凛々しかった。

「まさかとは思うけど……かたき討ちでもしたいのかぁ?」

 顔は凛々しかったけど、やはり口調はいつも通りだった。
 妖天の言葉に、男性は大きく頷いたという。

「やめておけぇ……面倒事が増えることだし、万が一、何かあったらどうするんだぁ?我は、自業自得で死んでいった者の、かたき打ちなど無駄だと思うがなぁ……」

 だるそうに呟く妖天。
 すると、女性はとても恐ろしい眼光をして睨む。

「あなたがそう思っていても……私たちは……愛する子供を殺した犯人に、償ってもらいたいと強く思っています……どうか、お願いいたします……」

 声を低くして、切実にお願いをする女性。
 男性も、頭を下げていた。
 夫婦の強い思い、さすがの妖天もこれには白旗をあげる。

「むぅ……仕方ないなぁ〜……まぁ、頂いたご飯のお返しと思えば妥当かねぇ……」

 この言葉に、夫婦は尻尾を大きく振って、喜びをあらわにしていた。

「だが、少々準備が必要だなぁ……」

 妖天は、こめかみを触りながら呟く。
 しかし、今の夫婦にはそんなことは関係ない。威勢よく、

「どういう準備が必要だ!?」

 と、男性が言う。

「ん〜……とりあえず、ロウソク100本を用意して、100人くらいここへ連れてきて欲しいなぁ……もちろん、真夜中に」

 妖天がそう言った瞬間、夫婦の姿はなかった。
 獣らしい、行動力に唖然としながら、また、その場に座る。
 そして、なぜか大きな溜息をする妖天だった。


             ○


 外は、闇のように暗かったが、空は快晴の星空でやや、恐ろしさに欠けていた。
 だが、この空き地だけは違った——————
 100人くらいの大人たちが、集まっていた。
 1人1人の手には1本のロウソクが握られている。

「本当に……集まるなんてねぇ……」

 妖天は、意外そうな表情をしながら、大人たちを見て呟く。

「まぁ……来てくれたからにはぁ……ちゃんと、しないとなぁ……」

 右手で頭をかきながら、小さく呟く。
 そして、狐っぽい雰囲気を漂わせるために、拱手をして大人たちへ言う。

「では……そのロウソクを青い外枠で描かれた円の中心に立ててくれるかぁ?」

 大人たちは、黙って自分のロウソクを円の中心部に立てる。
 ずらっと、100本のロウソクが立てられている光景は正に異様。
 妖天は、ロウソクが置かれたのを確認すると、指を鳴らす。
 すると、100本のロウソクは一斉に火を灯した。
 大人たちは、目を見開いて妖天を見つめる。

「さぁて……儀式の時間だねぇ……今から1人1人、怪談話をして欲しいなぁ……終わったら、その人がロウソクの火を1本消す……んじゃ、始めてぇ〜」

 妖天がそう言うと、1人の大人が怪談話を始める。
 抑揚の激しい口調で、とても背筋を凍らせる大人たち。
 思わず、声を出してしまう人も居たが、妖天はそんなこと気にせず、ただ黙ってロウソクを見つめていた。
 怪談話が終わると、その人は円の中心部へ行き、ロウソクの火を1本消す。
 途端に、1人の大人が怪談話を進める。さすが、大人となると要領が良い。
 これを何度も繰り返す。
 そして、最後の1人が怪談話を終えてロウソクの火を消す。
 明るかった円の中心部は、途端に闇のように暗くなる。

「さぁて……」

 妖天は、人が変わったように凛々しい表情をする。
 すると、1人の大人が断末魔のような声で叫ぶ。
 それにつられ、たくさんの大人たちは叫び、恐怖のあまりその場に腰を抜かしてしまった。
 青い光。なんと、青い外枠で出来た円の中心に、とても恐ろしい青い光があった。
 ゆらゆらと、陽炎のごとく揺れる光。この世のものとは思えない光。
 そして、よく青い光を見てみると、和服を着た女性が立っていた。
 だが、その女性はなぜか、頭に鋭い角が2本生えていた。

「現れたかぁ……青行灯(あおあんどん)……!」

 妖天は、低い声で、円の中心に居る鬼のような女性に強く言う。
 すると、女性は恐ろしい頬笑みをしながら、見つめていた。

「百物語……夜、皆で集まって、青い紙で囲んだ100本のロウソクに火をつける。そして、1人ずつ、怪談話をしていき、ひとつ話し終わるごとに、ロウソクの火を1本ずつ消していく遊び。丁度、100個目の怪談話が終わって、最後のロウソクが消された時に、恐ろしい事がおきると言い伝えられていた……遊び半分で、本当に恐ろしいことがおこるのかを、調べた連中が昔、居たという……もちろん、その言い伝えは真実で、こうやって、青行灯が現れた……」

 妖天は、あの、のんびりした口調ではなく、とても真剣な口調で、説明をする。

「百物語……別名、鬼門を開く儀式……だから、鬼のような角を持った奴(青行灯)が現れるのさぁ……」

 大人たちが全員腰を抜かしていたのに、妖天だけは勇ましく青行灯が居る場所へ向かって行く。
 青い光の中に入った途端、妖天は苦虫を噛んだかのような表情をする。

「熱いねぇ……」

 こめかみを触りながら、一言呟く。
 どうやら、この青い光の中は炎のように熱いらしい。
 犬や猫は、触れるだけで大火傷をしてしまうくらいだった。
 しかし、狐である妖天はこのくらいの炎なら耐えることはできるらしい。

「君に恨みはないけど……大人たちは、君の事を恨んでいるってさぁ……だから、ちょっとお仕置きするからねぇ……」

 妖天は、指を鳴らす。
 すると、青い光は一気に、燃え盛るような炎をイメージさせる橙色に変化する。
 この瞬間、大人たちは一気に恐怖という感情がなくなり、その場で立ち上がることができた。

「狐火を、しただけださぁ……青い光に負けないくらい、強い狐火だぁ……」

 橙色の光の中から聞こえてくる妖天。
 だが、光が強すぎて、その姿を見ることは出来なかった。
 しかし、大人たちは全員、あることだけは分かった。
 ——————もう、青行灯は居ないということに。
 なぜなら、円の外枠を描いていた紙の色が青から橙色に変わっていたのだから————


            ○


 翌日。
 外は、とても良い天気で、日向ぼっこするには最適な環境。
 そんな中、広大な空き地には、大量の大人が居た。
 ロウソクをかき集める者、橙色の紙を回収する者、100人分の簡単なお墓を作る者など、さまざまだった。
 その中に、昨日、妖天を家に入れた夫婦も居た。
 女性は、4人分のお墓を丁寧に作る。林の中で採ってきた綺麗な花を置いたりして、少しでも寂しくさせないように。
 男性も、作業が落ち着いたのか、女性の隣に来て一緒にお墓を作る。

「結局……お礼をする前に行ってしまいましたね……」

 女性は、とても残念そうに呟く。
 どうやら、昨日の一件が解決した後、妖天を見た者は居なかったのだ。
 まるで、この町から逃げるかのように、姿を消す。
 男性も、同じ気持ちだったという。
 だが、そんな気持ちを捨てて、明るくこう言う。

「まぁ、放浪しているんだから、仕方ないさ」

 放浪する狐、詐狐 妖天。
 頼りなさそうな表情と、口調。だが、いざという時には、とても凛々しい。
 彼の姿を忘れる者は、居なかった。
 そして、生まれてくる子供に、彼の名前を覚えさせることが、唯一の恩返しだと思った夫婦である。


            ○


「ふわぁ〜……」

 林の中。
 しかし、今日は風が吹いておらず、木と木が触れ合うあの音が聞こえてこなかったが、雑音は聞こえた。
 凹凸の激しい道を歩くのは、神々しい2本の尻尾を持つ狐。妖天だ。
 非常に、眠そうな表情をしながら、こめかみを触る。
 すると、ふと足を止めて、後ろを振り向き、

「もう……遊び半分でぇ……変なことはしないでねぇ……」

 と、妖天は呟く。
 そして、また足を進める。
 この林の先に、何があるのか妖天は知らない。
 それでも、歩みを止めずに、ひたすら前へ進んでいく姿は、とても神々しかった。

「お腹すいたなぁ〜……」

 妖天は、懐からある物を出す。

「我の記憶に……また新しい妖(あやかし)が、刻まれたかぁ……」

 そう言って、懐に出した物を無造作に投げ捨てる。
 ————深緑の草むらの上に、優しく落ちていく、青い紙が。