複雑・ファジー小説

Re: 獣妖記伝録 ( No.10 )
日時: 2011/08/02 20:55
名前: コーダ (ID: LcKa6YM1)

              〜逢魔が時〜


 外は、茜色に染まっていた。
 町では、たくさんの主婦たちが今晩の夕飯の材料を買い込んでいそうな時間帯。
 だが、ここはそんな楽しい場所でも、なんでもない。
 周りは、田畑で囲まれた道。
 目の前には、林があった。
 この時間帯で、林の中に入る者は居ないだろう。
 ——————妖(あやかし)に襲われるかもしれないから。
 そんな林から、2人程の姿が見えた。
 どうやら、苦労して林を抜けてきたようだ。表情から、そう感じ取れる。
 1人は、頭の上にある白くてふさふさした耳が2本あり、女性用の和服を着ていた。
 髪の毛も白く、長い。右目にはモノクルをつけていた。
 もう1人は、背中に大きな翼をつけており、男性用の和服を着ていた男性。いや、少年と言った方が良いだろう。
 髪の毛は黒く肩までかかるくらい長く、ぱっと見少女にも見える顔立ちだった。
 そして、女性と対照的に左目にモノクルをつけていた。
 そんな2人は、村や町に早く行きたかったのか、かなり早足で歩いていた。
 すると、田畑の方から声が聞こえてきた。
 2人は、思わず足を止めて声が聞こえた方向へ体を振り向かせる。
 そこには、桑を持った農民が居た。
 非常に歳を召しているのか、頭の上にある2つのふさふさした耳は垂れており、尻尾も同様だった。
 だが、どこか優しそうな雰囲気を出す。

「おめぇら。なぁに、そんな急いでんだぁ?」

 とても訛り(なまり)のある発音。
 一瞬、何を言っているのか考える2人。
 5秒くらい経って、やっと言っている意味を理解した女性は、右手でモノクルを触りながら呟く。

「いえ、この近くに村か町がないか探していただけです」

 語尾を延ばさず、非常にはきはきとした口調で女性は言う。
 農民は呆れた表情をする。

「わけぇもんが……そんなに急いでいると、ワシみたいに老化が進むぞ?」

 この言葉に、女性は浅い溜息をする。
 すると、翼をつけた少年は小さく呟く。

「君も……早く帰った方が良いと思うよ。」

 なぜ帰った方が良いのか、という理由は言わなかった。
 なぜなら、その理由は農民も知っているだろうと思ったから——————
 だが、農民は少年の忠告を無視してこう、呟く。

「ワシは、まだやることが残っているからなぁ……」

 そして、桑を持って田畑の中心へ向かう。
 女性と少年はその姿を見て、深い溜息をする。
 2人のタイミングは見事にシンクロしていた。

「逢魔が時(おうまがとき)」

 ふと、少年は呟く。
 女性は、はっとした表情をしながら、

「早く行きましょう」

 と、また早足で道を進む。


                ○


 田畑に残った農民は、残った仕事を終えたのか、桑を持って道に足を進めていた。
 時間はもう黄昏時(たそがれどき)。
 夕方と夜が、丁度真ん中くらいの時間帯、薄暗く、先が少し見えなかった。
 農民は、そんなことを気にせず道を歩く。
 すると、目の前に人影見えた——————
 おそらく、畑仲間が忘れ物をして、取りに戻ってきたのだろうと、すぐに考えがついた農民は、早足になって、人影の方へ向かう。
 人影も、農民を見たのかこちらへ向かってくるのが分かった。

「おぉ〜い……どうしたぁ?なんか、わすれものでもした……!?」

 農民は手を上げながら、畑仲間に声をかける。
 ——————だが、その言葉は突然、途絶える。
 商売道具である桑を道に落とす農民。
 そして、次に聞こえてきたのは——————
 農民の断末魔である。


                ○


 翌日。
 外は、朝霧で視界が遮られている時間帯。
 田畑が周りにある道に、昨日の女性と少年が立っていた。
 2人の目線には、全身から赤い液体を流して倒れている農民が映っていたのだ。
 傷口を良く見ると、噛みつかれたり、爪で斬り裂かれたりしていたのが良く分かる。
 ——————昔、こんな言い伝えがあった。
 黄昏時、つまり夕方と夜のちょうど真ん中くらいの時間帯。
 実は、この黄昏時は妖(あやかし)にとって、とても居心地のいい時間帯なのだ。
 眠っていた妖がワラワラ起床して、辺りを徘徊する。
 さらに、黄昏時というのは、遠くに人の姿は見えるが、顔は良く見えない時間でもある。
 妖にも、人のような姿をした種類は、星屑のように居る。
 なので、昔の人は口をそろえてこう言った。
 ——————「黄昏時……いや、“逢魔が時(おおまがとき)”が近づいたら外へ出るな。人の姿をした妖に食われるぞ」と。
 女性は、その場で黙祷をする。
 一方少年の方は、血だらけの農民をじっと見て小さく呟いた。

「だから言ったでしょ……早く、帰った方が良いと」