複雑・ファジー小説

Re: 獣妖記伝録 ( No.104 )
日時: 2011/08/21 10:14
名前: コーダ (ID: qJIEpq4P)

 日光を遮る程の曇り空。
 とても強い風も吹いていた。
 山の中は、葉と葉の触れ合う音がうるさいくらい聞こえる。
 そんな中、1人の男が歩いていた。
 和服を着て、背中には登山用の鞄(かばん)を背負っていた。
 頭にはふさふさした2つの耳と1本の細い尻尾が、ふりふり動いていた。
 幾度(いくたび)も険しい山の中を登った。そんな雰囲気を漂わせる力強い歩き方。
 表情も、どこか余裕そうだ。
 ——————不意に、変な光景が目に入る。
 大量の木々がなぎ倒されているのだ。
 おかしいことに、それは本当に一部の場所だけだったのだ。
 人工的にやった。そう思うのが自然。
 しかし折れた木の幹の状態が非常に雑で、人が斬ったような感じではなかった。
 つまり、風で倒された——————
 一部の場所で、風で倒された木々。
 猫男は、口元を上げ急いでこの山から下山する。
 大量の汗を流しながら、山の麓(ふもと)へたどり着く。
 近くにあった看板を引っこ抜いて、くるっと180度回し挿す。
 鞄の中から、炭みたいな物を出して思いっきり看板に押し付けて何かを書く。
 炭は使い物にならなくなるぐらい削れる。だが、看板には字が書けた。
 猫男は満足そうな表情をして、この場を後にする。
 この山。登山するべからず。


        〜天狗と鳥獣 前〜


 雲と青空が丁度良い感じに広がる昼。
 風はとても強くて、肉眼で雲の動く所が分かるくらいだった。
 街道の左右にある草原も、荒々しく揺れる。
 そんな街道を、力強く歩く2人の男女の姿があった。

「大丈夫ですか?」

 そう言葉を言ったのは、女性だった。
 頭の上に兎のように長くて白い、ふさふさした耳が2本あり、女性用の和服を着ていた。
 髪の毛も白く、長い。とても赤い瞳が印象的で、右目にはモノクルをつけていた。
 右手には、とても大きな弓をもっていた。猪くらいなら、即死させてしまう威圧感である。
 左肩には、矢を入れる箙(えびら)というものもつけていた。
 極めつけに、首にはお守りかお札か分からない物が、紐で繋がっている。

「まぁ、なんとかね……」

 眉間にしわを寄せながら、言葉を返す男性。いや、少年と言った方が良いだろう。
 背中に、灰色の大きな翼をつけており、男性用の和服を着ていた。
 黒い髪の毛は、肩までかかるくらい長かった。ぱっと見た感じ少女にも見える顔立ちだった。
 右目は、深海をイメージさせるような青色で、左目は、血を連想させるように赤かった。
 そして、女性と対照的に左目にモノクルをつけていた。
 錫杖(しゃくじょう)を持ち、鉄で出来た、遊環(ゆかん)をしゃかしゃか鳴らしながら歩く姿は、妙な雰囲気を漂わせていた。

「参りましたね……まさか、こんなに強い風が吹くなんて」

 兎女は長い耳を揺らしながら、この風に辟易(へきえき)する。

「空は晴れ……そして、この強い風……何かあるね」

 鳥少年はモノクルを光らせて小さく呟く。
 すると、女性はモノクルを触りながら尋ねる。

「もしかして、これは自然に起こっていることではないと言いたいのですか?」

 自然に起こっていない。つまり、誰かがこの強い風を起こしている。
 兎女の言葉に、少年は口元を上げて、

「へぇ〜……琴葉(ことは)にしては鋭いね。この風は不自然すぎる。きっと、誰かが起こしているに違いない」

 錫杖の遊環を鳴らして、なぜか偉そうに言う。
 だが、琴葉と呼ばれた女性は満足そうに微笑んでいた。

「楠崎(くすざき)がそう言うなんて、明日は雪ですね」

 楠崎と呼ばれた少年は微笑しながら、街道を歩く。
 琴葉もその後をついて行く。


            ○


 街道を歩く2人の目には、小さな村が映った。
 周りにある田畑の農作物は全て収穫されていたので、風による被害は全くなかった。
 しかし、村人が外を歩く姿は全くなかった。
 やはり、この風だから下手に外へ出ないのだろうと判断する2人。

「さすがに、この風には参っているようですね」

 兎女がそう呟くと、鳥少年は辺りを見回す。
 耳をすませると聞こえてくるのは、人々の会話。
 この風に対する不満。ただの雑談——————
 色々聞こえてきた。

「それでも、人は楽しく家の中で会話をしているね。まぁ、無言よりは良いかな?」

 楠崎は遊環を鳴らす。
 まるで、自分たちがこの村に居ることを示すように。
 不意に人の気配を感じる——————
 2人は鋭い表情をしながら辺りを見回す。

「いやぁ〜……そんな怖い顔しないで欲しいな〜」

 背後から陽気な声が響く。
 まず琴葉が、最初に体ごと後ろへ振り向かせる。
 そこには、和服を着て微笑んでいた男が立っていた。
 頭にはふさふさした2つの耳と1本の細い尻尾が、ふりふり動いていた。

「あなたは、見たところ猫ですね」

 モノクルを触りながら、琴葉は冷静に言葉を言う。
 遅れて楠崎も、猫男の姿を見るために体を180度振り向かせる。

「そっちは兎と鳥ねぇ〜……団体行動を好む2種族が集まってどうしたんだい?」

 猫男はそう言いながら、2人との距離をだんだん縮めていく。

「琴葉。あまり猫とは関わらない方が良いよ」

 楠崎の言葉に、琴葉は苦笑する。
 どうやらこの少年、猫が苦手なようである。

「そんなこと言わないで欲しいなぁ〜」

 こんなことを言われたのに、猫男は陽気に言葉を呟く。
 すると、楠崎は嘲笑うかのような表情をして、

「その狐と狸並みに怪しい表情。本当に嫌になるね」

 何か深い意味がありそうな言葉。
 琴葉は咀嚼(そしゃく)するが、これといった考えは生まれなかった。
 この国で1番胡散臭い種族は狐と狸である。次いで猫と鼠。
 楠崎がそう言うのも少し納得いく。

「わっちはそこら辺の猫と違って、自分に正直なんだけどなぁ〜」

 両手を頭の後ろに持ってきて、笑顔で言葉を飛ばす。
 それでも、少年の表情は変わらなかった。

「君がいくらそう言っても、こっちはまだ信用できないね」

 琴葉と猫男は苦笑する。
 しばらく少年の事は放っておいて、2人で話を進めることにした。

「私は箕兎 琴葉(みと ことは)。こちらは天鳥船 楠崎(あめのとりふね くすざき)と言います」

 女性は慇懃(いんぎん)に自分たちの名前を言う。
 猫男は、眉を上げてどこか遠くを見つめる。

「わっちは名を名乗るほどの者じゃないからなぁ〜……野良猫でかまわん」

 野良猫。
 果たして本当に名前を名乗る程じゃない者なのか、はたまた名前を隠したいのか分からない一言。
 楠崎は、この言葉に嫌気がさした。

「名前を名乗らない。君、なおさら怪しいね」

 しかし、この言葉に琴葉は追い打ちをかける。

「楠崎が自分から名前を言った時はありましたか?」

 少年はうっとした表情をする。
 錫杖を鳴らして、2人との距離を少し離す楠崎。
 これには野良猫は大きく笑う。

「あはは!なんだ、楠崎もそんなに変わらないのか」

 琴葉は浅い溜息をする。
 ——————ふと、どこかを見つめる。
 そこには険しい山が目に映った。

「(こんな日に、あの山へ足を踏み入れる人は居ないだろうな……)」

 モノクルを触りながら、心の中で呟く。
 3人はこの場を後にして、野良猫がすんでいる家へ向かう。


            ○


 同時刻。
 ここは先程の村の近くにある山。
 木々は大きく揺れて、葉と葉の触れ合う音がうるさいくらい聞こえる。
 ——————なぜか、その音と一緒に鉄と鉄が触れ合う音も聞こえてくる。
 山の中には、4人の姿があった。
 そのうち3人が両手に刀が握られていた。

「そなたら、不意打ちをするとはいただけない。刀を持っているなら正々堂々と勝負せよ」

 勇ましい眼光で、刀を持つ2人へ言葉を飛ばすのは狼みたいな男だった。
 灰色で、とてもさっぱりするくらい短い髪の毛。前髪は、目にかかっていなかった。
 頭には、ふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、瞳は青緑色をしていた。
 男性用の和服を着て、腰の鞘にはお札かお守りか分からない物が、紐で繋がれている。

「(しかし、最近烏天狗(からすてんぐ)が拙者ら襲ってくることが多くなってきたな……そろそろ、大将が現れるか……?)」

 狼男は、颯爽と刀を持っている2人の元へ向かう。
 持っている刀を思いっきり横へ振り、2人一緒に左下へ一閃する。
 この速さに、1人は対応できず持っている刀を弾かれる。
 その隙に、狼男は持っている刀の刃を逆にして右上に一閃する。
 もちろん、刀を弾かれた1人は即死だった。

「1人逃がしたか……」

 刀を鞘に入れて、どこか悔しそうな表情をする。
 そして、その場からくるっと180度体を振り向かせる。
 そこには子犬のような少女が立っていた。
 灰色の髪の毛で、肩にかかるくらいの長さだった。前髪は、非常に目にかかっており、四角いメガネをかけていた。
 頭には、男性と同じふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、瞳は闇のように黒かった。
 巫女服みたいな神々しい服装で身を包み、とても可愛らしかった。
 どことなく、不思議な雰囲気を出す。しかし、獣のような鋭い眼光は全くなかった少女。

「では、行こうか」

 狼男の言葉に小さく頷く犬少女。
 とても警戒しながら下山する2人。
 ——————その姿を、上空から見つめる者が居た。


            ○


 畳の上には何も置かれていない殺風景な部屋。
 そこに座って雑談している琴葉、楠崎、野良猫。

「へぇ〜……悪い妖(あやかし)を退治するために放浪かぁ」

 野良猫は目元を上げて、どこか楽しそうに言葉を言う。
 相変わらず、楠崎は敵意むき出しの雰囲気を漂わせていた。

「はい。この世に悪い妖は存在してはいけないと楠崎が言っているので、私はその手伝いをしています」

 琴葉の言葉に、野良猫は口元を上げる。

「偉そうにしている割には、けっこう良いことしてるねぇ」

 少々小馬鹿にしたような言葉。
 楠崎はモノクルを光らせ、鳥のような鋭い眼光で見つめる。

「君みたいに、のんびり世の中を暮らしている輩とは違うんでね。こっちは毎日大変だって言うのに……」

 どこか、重たく言葉を呟く。
 琴葉は浅い溜息をする。

「楠崎は、生まれながらにして妖退治の能力が備わっている天鳥船家の者。悪い妖を退治するのは先祖代々続けているからです」

 簡単に、天鳥船家について説明する女性。
 天鳥船家。
 先祖代々から悪い妖を退治する家で、その歴史はかなり古い。
 当然、書庫には歴史ある本などが大量に保管されている。
 噂によると、この世界に妖が現れた原因も書かれている本もあるらしい。
 だが、この本を読めるのは天鳥船家を引き継ぐ者だけ。
 つまり、楠崎はその本を読める唯一の鳥人——————いや、もう読んでいると言ったほうが良い。
 妖に関する多量な知識、妖を退治する膨大な力を身につけている者は、天鳥船家の者しか居ないと言っても過言ではない。
 そんな楠崎の傍で手伝いをする琴葉は、ある意味責任重大であることが伺える。

「う〜ん……わっちはそこら辺に詳しくないからなぁ〜」
「君みたいな輩にこっちのことを知ってもらおうなんて、思ってもいないから」

 かなりきつい一言を飛ばす楠崎。
 それでも怯まず、野良猫は言葉を言い続ける。

「だけど、そんなに慌てて妖退治しなくても良いんじゃないのか?楠崎は、まだ若いのに」

 この言葉に、楠崎は舌打ちをする。
 野良猫は尻尾をびくっと動かして、少し怯える。

「こっちは常に責任がのしかかっているからね。どっかの愚か者があんなことをしなければ……」

 声を低くして威圧感をたっぷり出して呟く。
 さすがの琴葉も、横から口をはさむ。

「まぁまぁ、あまり熱くなってはいけませんよ?とりあえず、本を読んで心を落ち着かせてみてはいかがでしょうか?」

 懐から本を出して、楠崎に勧める琴葉。
 それを黙って受け取り、本を読む少年。
 ひとまず、重たい空気が少し和らいだ。

「ひゅ〜……すごいな琴葉」
「これくらい慣れていますから」

 モノクルを触りながら、微笑する琴葉。
 確かに、慣れていないとできない行為だ。
 つまり、こんな状況が過去に何度もあったことが伺える。

「こんな楠崎ですけど、根は優しい人です。何かあるたびに、私のことを心配してくれます」
「それは、君が頼りないからさ」

 本を読みながら、楠崎は言葉を飛ばす。
 すると、野良猫は口元を上げて、

「なら、わっちみたいに1人で行動すれば良いのになぁ〜」

 痛い一言を呟く。
 なぜか楠崎は何も言わず、無言を貫き通す。
 ——————不意に、外から刀を鞘に入れた時に鳴る独特な音が響いた。
 3人は一斉に玄関を見つめる。

「誰か居ますね」
「わっちが見てくる」

 野良猫は颯爽と立ち上がり、風の強い外へ出ていく。
 すると、楠崎は小さく琴葉へ言葉を飛ばす。

「先の言葉は撤回ね」

 野良猫が居なくなった瞬間の一言。
 琴葉は微笑みながら、

「分かりました」

 本当に、この少年は素直じゃない。そんな表情をしながら女性は楠崎を見守る。


            ○


 時は少し遡り山の麓。
 そこでは先程山の中に居た狼男と犬少女が歩いていた。
 強い風に苦戦する少女は、ずっと男の後ろをちょこちょこついてくる。

「拙者らが居る所は、常に強風になる……これは、大将がもうじきくるのか……?」

 足を止めて後ろに居る犬少女に尋ねる。
 すると、幼く透き通った声が辺りに響く。

「きっと……大天狗(おおてんぐ)がわたくしたちを見ている……」

 この言葉を言い終わった後に、犬少女は狼男の右袖をきゅっと掴む。
 若干耳が震えていた。

「覚悟は……決めたのに……怖い……」

 その姿は、かよわい少女にしか見えなかった。
 狼男は、そんな犬少女の頭を撫でる。

「心配することはない琥市(くいち)。なにかあれば拙者が守る……そう、約束しただろう?」

 琥市と呼ばれた少女は、少し微笑む。
 何かあれば守る。そう約束した—————
 どこか、強い思いを感じる言葉だった。
 2人はまた、足を進める。
 気がつくと、山の近くにある村へたどり着いていた。
 この強風が原因なのか、外を歩く者は居ない。
 だが、家の中には人の気配を感じる。
 少女は、どこかほっと一息する。

「拙者らが、ここから離れればこの村も強風で困ることはないか……」

 狼男は小さくそう呟くと、左手で刀の根元を持つ。
 そして、親指を刀の鍔(つば)のところへ持っていき少し前へ出す。
 そこから今度は、すぐに戻す。これにより、刀を鞘に入れた時響くあの独特な音が鳴る。

「村潟(むらかた)……」

 弱々しく、琥市は一言狼男の名前を呟く。
 そんなに自分を積めないで欲しい。そんな雰囲気を漂わせる科白(せりふ)だった。

「さて、行くか琥市」

 村潟と呼ばれた狼男は、琥市へそう一言呟き足を進める——————

「おっ〜?やっぱりその刀の音は村潟と琥市だったか〜」

 ふと、背後から明るい声が聞こえてきた。
 2人はびっくりしながら振り向く。

「そ、そなたは……野良猫ではないか?」
「覚えていてくれたありがとねぇ〜。わっちは嬉しいよ」

 まさかの再開に驚く村潟と野良猫。
 琥市はなぜか、尻尾を大きく振っていた。

「相変わらず、琥市も可愛いなぁ〜。そういえばわっち、良いお菓子持っているけど?」

 この言葉に、野良猫の傍へ向かう琥市。
 その表情は非常に、いやしかった。

「く、琥市……今はそのようなことをしている場合では……」
「はは、村潟は全く変わらないなぁ〜。こんなに可愛い琥市の願いを叶えたいと思わないのかい?」

 野良猫の言葉に、腕組をして大きく唸る村潟。

「(今はいつ天狗の大将に襲われるか分からない状況……できれば、関係ない者を巻きこませたくない……しかし、琥市は最近甘い物を食べていない……札呪術(ふだじゅじゅつ)は糖分も若干使うと言っていたからな……ううむ……)」

 眉間にしわを寄せて、深く考える。
 そして、何かを決心したのか村潟は顔を上げる——————
 だが、野良猫と琥市はもう20m先くらいで仲良く歩いていた。

「………………」

 自分は、先程まで深く考えたのはなぜだろう。そんな気持ちになる。
 とりあえず、2人の後を追う村潟だった。


            ○


「おや?新たなお客さんですか?」
「まぁ、そんな感じ」

 野良猫が村潟と琥市を家へ連れていくと、途端に琴葉が声をかける。
 楠崎は、そんなのお構いなしに本を読んでいた。

「まぁ、狭いけど適当に座ってくれ」

 野良猫はそう言って、押し入れに入っている自分の鞄の中をあさる。
 琥市は尻尾を大きく振りながら、畳の上で座っていた。
 一方、村潟は兎の女性琴葉の傍へ座る。

「とても、可愛い女の子ですね」

 笑顔で話しかけるのは琴葉。村潟もぎこちない笑顔で言葉を返す。

「拙者は正狼 村潟。あっちに居るのは犬神 琥市。ただ放浪する主と従者である。そちらの少年は……どこか、不思議な雰囲気を出しているな」
「私は箕兎 琴葉。こちらに居るのは天鳥船 楠崎と言います。独特な雰囲気は生まれつきなので気にしないでください」

 お互い慇懃(いんぎん)に自分たちの名前を言う。
 すると楠崎は、読んでいる本を閉じて、眉を動かしながらある者を見つめる。
 ——————琥市だ。
 見た目は幼い犬少女。特に、変わったような感じではない。
 しかし、少年は鋭い目つき睨みつける。
 それはまるで、敵を見つけた鷲みたいだった。

「あった、あった。ほら琥市。饅頭(まんじゅう)だ!」

 野良猫は箱の中に入った饅頭を、琥市の元へ優しく投げ渡す。
 当然少女は、箱の原型を留(とど)めないくらい急いで開けて、中に入っていた1つ目の饅頭をかぶりつく。
 白い生地は薄く、中にはたっぷりの餡子が入っていた。一口かじっただけで口の中で広がる餡子の程良い甘さ。琥市は両頬を膨らませ、可愛い犬歯を見せながらひたすら食べ進める。
 あっという間に1つ目の饅頭を食べ、2つ目の饅頭も頬張る。
 尻尾も大きく動かして、とても満足していた。
 この姿を見ていた琴葉と野良猫は微笑み、村潟は浅い溜息をする。
 ——————楠崎は、相変わらず鋭く睨みつけていた。

「こんなに可愛い子と一緒に放浪しているなんて、羨ましいです」
「拙者は、そこの鳥少年みたいに静かな者と一緒に放浪したかった……」

 この2人の言葉に、琥市はむっとした表情で村潟を見つめ、楠崎は嘲笑うかのような表情で琴葉を見つめる。
 野良猫は思わず大声で笑う。

「ははは!苦労しているんだねぇ〜。村潟も琴葉も……まぁ、わっちはずっと1人で放浪しているから羨ましいけど」

 両手を頭の後ろで組みながら、寂しげに言葉を言う。
 これには思わず、村潟と琴葉は慌てて、

「いや、拙者は冗談で言っただけであって……決して琥市が嫌とは言っておらん」
「そうですよ。私には楠崎しか居ません」

 先程の言葉を訂正する。
 すると、琥市は饅頭を食べる作業に戻り、楠崎は本を読む作業に戻る。
 村潟と琴葉は深い溜息をする。
 ——————外の風の勢いが弱まっていく。
 耳と翼を動かして、この些細な変化に気がつく5人。
 不意に、村潟は小さく言葉を呟く。

「大将は、拙者らに時間を与えたか……」

 もちろん耳の良い兎女。琴葉は、この言葉を一言一句聞き逃さなかった。

「大将?一体、なんのことですか?」

 モノクルを触りながら、大将について質問する。
 村潟は腕組をしながら、

「うむ。拙者らは少々事情があって天狗の大将に狙われている」

 さらっと、とんでもないことを言う。
 その途端、楠崎はモノクルを光らせて畳の上に置いてあった錫杖を持つ。

「へぇ〜……それはまた、面白いことになってきたね……烏天狗の大将。大天狗(おおてんぐ)の報復……君たちは、ずいぶん重たい荷物を背負っているんだね」

 大天狗。
 全ての烏天狗へ命令できる天狗の中でもかなり偉い立場。
 背中には黒くて大きな翼を持ち、顔は真っ赤で、鼻はとても長い。
 当然部下よりも風を操ること、刀の扱いはとても上手い。
 下手すれば、その風は風神(ふうじん)と対等とも言われる。
 そんな神並みの妖に命を狙われている2人。
 楠崎は、非常に興味があった。

「これは、こちらとしても放っておけないことだね、琴葉」
「そうですね」

 気がつくと、2人の士気は上がっていた。
 だが、村潟はそれを抑制する。

「いや、これは拙者らの問題である。あまり関係ない者を巻きこみたくない」

 しかし、この言葉に楠崎はモノクルを光らせてこれでもないくらい嘲笑うような表情をして、

「関係ない?それは、君たちの考えでしょ?こっちは悪い妖を退治するために放浪している。大天狗もいつか退治しないといけない存在。勝手にそっちの都合を押し付けないでくれる?」

 偉そうに言葉を飛ばす。
 すると、琴葉は浅い溜息をして、

「はぁ……楠崎はこんなことを言っていますけど、ただ一緒に退治しましょうと言っているだけなので気にしないでください」

 少年のきつい言葉を、柔らかく訂正する。
 村潟は腕組をして、どこか申し訳なさそうに一言呟く。

「すまぬ、そしてかたじけない」
「いえいえ、そんなことないですよ」

 この言葉を境に、5人は静かになる。
 外はだんだん暗くなっていく。
 いつ、大天狗が来てもおかしくない状況。
 
 家の中でも、警戒する鳥獣たちだった——————