複雑・ファジー小説

Re: 獣妖記伝録 ( No.105 )
日時: 2011/08/18 17:52
名前: コーダ (ID: 278bD7xE)

        〜天狗と鳥獣 中〜


 外は暗くなり、そろそろ村人が夕飯を食べている時間になった。
 風はだんだん弱くなり、昼間の強さが嘘のような状態である。
 そんな中、村の一角にある家で雑談が繰り広げられていた。

「嵐の前の静けさ……と言ったところか……?」

 腕組みをして外の様子を見ていたのは狼武士の村潟だった。

「不気味ですね」

 その後ろから声をかけるのは、長くて白い耳が印象的な兎女性、琴葉。
 2人はずっと外の様子を眺めていた。
 ——————いつ、天狗が襲ってきても良いように。

「いや〜……この村の住民は器が広くていいねぇ〜」

 そんな2人の後ろで、陽気に何かを作っている猫男。野良猫。
 居間の中央にある囲炉裏鍋(いろりなべ)に色々な材料を入れ、火で煮こむ。
 先程の野良猫の言葉で、材料などは住民から分けて貰ったことが分かる。
 しゃもじみたいな物で中をかき混ぜ、全体に火が通るようにする。

「ん〜……いい感じだなぁ」

 野良猫は、鍋の中を見て満足そうな表情を浮かべる。

「お〜い。夕飯出来たぞ〜」

 この言葉に、村潟と琴葉は外を眺める作業を中断する。
 そして、家の角で黙って本読む鳥少年。楠崎も鍋のある場所まで向かう。
 同時に、尻尾を大きく振って嬉しそうに鍋の前で待つ犬少女。琥市。
 それぞれ、囲炉裏鍋を囲むように座る。

「まぁ、大したものじゃないけどわっちの自信作だぁ」

 野良猫はそう言って、鍋の中にある料理を手ごろなお椀に入れて、皆へ回す。

「これは……?」

 村潟は、不思議そうにお椀の中に入っている食べ物を見つめる。
 すると、楠崎はモノクルを光らせて、

「長くて太いうどん。味噌を中心とした汁……そして、たくさんの南瓜(かぼちゃ)……ほうとうだね」

 簡単な説明をする。
 そして、楠崎はほうとうを啜(すす)る。
 非常にこしの強いうどんは歯ごたえが良く、味噌を基調とした汁はとても美味しかった。だが、なによりもほうとうの主役である南瓜はうどんや味噌の味をかき消すくらい甘かった。
 ほうとうは甲斐国(かいのくに)を中心とした料理で、あまり世の中には普及していない。なので、郷土料理と言った方が分かりやすい。
 人によっては、南瓜がはいっていなければそれはほうとうではないと言う人も居るくらい、南瓜は大事である。

「うん。さすがはほうとうだね」

 楠崎は、満足そうに言葉を言う。
 村潟も初めて食べる料理だったが、すぐに気に入った。

「うむ……こんなに美味しい料理が世の中に眠っているとは……不覚だった」

 白旗を上げる村潟の横で、琴葉は微笑みながらほうとうを食べ進める。

「たくさんあるから、どんどん食べてくれなぁ〜」

 野良猫がそう言った瞬間、1つのお椀が出された。
 尻尾を大きく振って、おかわりを催促する琥市が目に映った。

「おっ?琥市は本当に食べるなぁ〜」

 そう言って、琥市のお椀を取り、鍋の中にあるほうとうを入れる。
 村潟は眉を少し動かして、恐る恐る尋ねる。

「く、琥市……それは何杯目だ?」

 この言葉に、少女は右手の人差し指、中指、薬指を上げて答える。
 ——————もう、そんなに食べたのか。そんな表情を露骨に出す狼男だった。

「まぁ、良いじゃないですか。よく食べる子は育ちますよ?この少女は、いつか綺麗になりそうですし」

 横に居た琴葉は、村潟へ言葉を飛ばす。
 すると、腕組みをして、

「だが、それで肥えたら意味がないぞ?」

 この言葉に、琥市はむっとした表情で狼男を見つめる。
 そんなことない。そう言いたげな感じだった。
 村潟は深い溜息をして、ほうとうを食べ進める。

「楠崎も、これくらい食べてくれれば良いんですけどね」

 兎女は小さく呟くと、楠崎の翼はピクリと動く。

「こっちはそんなに食べなくて良い体をしているからね。それに、食べ過ぎると空を飛べなくなるし」

 鳥人の背中についている大きな翼は、ただの飾りではなく飛ぼうと思えば飛べる。
 実は歩くよりも、体力消費が少なく快適である。しかし、楠崎はあまり飛ぼうとはしない。
 翼を使わないでいると、だんだん衰えていき本当に飛べなくなることがある。
 それを覚悟で歩く楠崎。なぜ、飛ばないのだろうか。

「でも、楠崎が飛んでいる姿1度も私見たことないですけどね」

 この言葉に、楠崎は箸を止めてどこか遠くの方を見つめながら、

「まぁ、飛べない君の横で飛ぶわけにはいかないでしょ?」

 やや恥ずかしそうに、言葉を飛ばす。
 楠崎が飛ばない理由。それは、常に一緒に居る琴葉のことを思っているからだ。
 飛べない彼女を置いて、自分だけ飛ぶことはしたくない。
 それなら、自分が地面を歩いて琴葉と同じ苦労をする。
 山の中でも、坂が急な街道でも、萌えている草むらの中でも——————

「ふふっ……」

 琴葉は、唐突に微笑む。
 どうやら、彼女はそんな少年の気難しい思いを理解したようだ。

「何かおかしいことを言ったかな?」

 当然、楠崎は微笑む彼女へ言葉を飛ばす。

「いえ、嬉しくて……」

 琴葉が小さく言葉を呟くと、少年はぎょっとする。
 そして、お椀の中に入っているほうとうを思いっきり啜り、なんとかその場をしのごうとする。
 ——————味噌の汁が、楠崎の気管に入る。

「うっ……ごほっ、げほっ……」

 咄嗟にお椀を畳の上に置いて、激しくむせる少年。
 これには慌てて琴葉は楠崎の傍へ寄り、背中を優しく擦る。

「だ、大丈夫ですか!?」
「い、一応……ごほっ、げほっ……」
「慌てて食べるからですよ」

 琴葉は、やれやれと言った表情を浮かべる。
 村潟も、少し心配したのか琥市の様子を見る。
 ——————可愛い犬歯を出しながら、黙々とほうとうを食べていた。

「はぁ……」

 心配した自分が馬鹿だった。そんな気持ちを露骨に出す溜息をする。

「いやぁ〜……楽しい雰囲気だなぁ〜」

 野良猫は、この雰囲気をのんきに楽しんでいた。
 気が付くと、鍋の中に入っているほうとうは全てなくなっていた——————


            ○


 5人は夕飯を食べ終わり、それぞれの持ち場に居た。
 鞄の中をあさる野良猫、天狗のことについて話す村潟と琴葉、黙って本を読む楠崎、眠そうな表情を浮かべてこっくりする琥市。
 ——————鳥少年は、本を閉じてその場で立ち上がる。
 右手に錫杖を持ち、鋭い目つきをして、

「君、ちょっと良いかな?」

 眠そうな琥市に言葉を飛ばす。
 少女は、両手でメガネをくいっと上げてこくりと頷く。
 そして、2人は外へ出て行ってしまった。

「むっ……?一体なんだ?」

 村潟は、この一連の流れに疑問を浮かべる。
 すると、琴葉は微笑みながら、

「同じくらいの歳の人と話したいんですよ。楠崎もなんだかんだ言って、まだまだ子供です」
「そうか……まぁ、それもよかろう」

 村潟は、納得して疑問を失くす。

「そういえば、琥市って何歳なんだ?」

 その横から、野良猫が入って来る。
 村潟は腕組みをして、

「琥市は……120歳くらいだったな」
「120歳ですか!?お、幼いですね……」

 この言葉に琴葉はとても驚く。
 ちなみに、この国の120歳は12歳くらいの子供と同等である。

「そちらの少年は?」
「楠崎は160歳くらいです」

 次は、この言葉に村潟は驚く。

「なんと……あの落ち着きで、まだ大人としての階段をのぼっている途中なのか……」
「少しおませな少年という解釈もできますけど?」

 琴葉の言葉に、野良猫は大きく笑う。

「どうしましたか?」
「いや〜……琴葉って、あんな気難しそうな楠崎のことを普通にそう言えるなんて、相当一緒に居るんだなって……」
「まぁ……もうかれこれ、30年以上経ちますからね……楠崎と一緒に居るのは」

 そんなに一緒に居るのか。そんな表情をする村潟と野良猫。
 確かに、そんなにいればお互いのことも分かる。
 村潟は、大きく唸り、

「う〜む……拙者と琥市は10年くらい一緒に居るだけだ。そなたら以上の絆はないな」

 白旗を上げる。
 しかし、野良猫は驚いた表情を浮かべながら村潟へ言葉を飛ばす。

「いや、10年も居れば十分じゃないか!?」

 耳をピクリと動かして、村潟は腕組みをして黙る。

「10年も30年もそんなに変わらんって、それにお互いのことを知り尽くして嫌になる時じゃないのか?」

 この言葉に、村潟と琴葉は同時に耳を動かして、

「拙者は、琥市を守らなければならないからな、今更嫌になることはない」

「私は、楠崎と約束しましたから……離れたくないです」

 見事に、2人言葉が合わさる。
 野良猫は、尻尾をふりふり動かして深く考える。
 ——————この村潟と琥市、琴葉と楠崎。
 この2人組には、きっと過去に何かあった。
 そう思わせる言葉だったからだ。

「野暮な質問だけど、琥市と楠崎の出会いって何がきっかけだったんだ?」

 しかし、2人は黙ってしまう。
 まるで、聞いてはいけないことを聞いてしまったかのような感じ。

「あっ、先の言葉なしね」

 野良猫は、慌てて先程の言葉を撤回する。

「まぁ……拙者と琥市の出会いは……う〜む……いや、言わないことにする」
「私もそうします。大したことないというか、どうでもいいというか……」

 何か隠している。そんな表情をする2人。
 だが、深く問い詰めなかった野良猫だった。

「放浪していたら、偶然出会った。そういうことにしてくれ」
「私も、そういう風にしておいてください」

 放浪しているときに出会った琥市と楠崎。
 そこから、どういう発展があったのか気になる野良猫。

「へぇ〜……そっか、わっちもそういう出会いがあったらいいなぁ〜」

 両手を頭の裏で組んで、羨ましそうに言葉を呟く野良猫。

「いい出会いがあれば良いですね」

 琴葉は、微笑しながら野良猫はそう言う。
 一方、村潟は腕組みをしながら外の方向を見ていた。
 ——————琥市と楠崎はまだ話しているのか。そんな表情で。


             ○


「さて、ここなら邪魔が入らないね」

 時は少し遡る。
 琥市と楠崎は家から少し離れて、山のふもとへ移動していた。
 錫杖の遊環を鳴らし、琥市と対面するように身体を向かせる。
 微妙に変な威圧感も出す。これには少女は少しびくっと尻尾を動かす。

「君をこんな所へ呼んだ理由……わかるかい?」

 突然の質問。琥市は、顔を横に振って答える。
 すると、楠崎は嘲笑うかのような表情をして、

「ふ〜ん……本当にわかんないのかい?こっちは、妖退治をする者って言わなかったけ?」

 この言葉で、ようやく理解する琥市。
 そして、どこか禍々しい雰囲気を出しながらメガネ越しから少年を見つめる。

「わたくしが……村潟と行動している……理由ですか?」

 幼さが残り、透き通るような言葉が辺りに響く。
 楠崎は大きな翼をゆっくり動かして、錫杖を少女の目の前まで構える。

「いや、全てだよ。犬神(いぬがみ)」

 少年の言葉に、少女は耳と尻尾をびくっとさせる。
 しかし、特に慌てた素振りはせず黙っていた。

「そんじゃそこらの妖よりも、妖力を持っている犬神……なんで、こんな所でうろついてるんだい?何か、良からぬことを企んでいるの?」

 楠崎は、琥市と出会った瞬間に彼女が妖の犬神だということを見破っていたのだ。
 人にはない禍々しい雰囲気。妖退治をする楠崎にとってはこれくらい普通に感じ取れる。
 普通の人はそういう意味で敏感ではないので気が付かず、ただの犬少女としか見られない。

「悪いことは一切……企んでいません……わたくしは、ただ村潟と共に放浪しているだけ……」
「ふ〜ん……でも、それでこっちは納得しないよ。犬神は大量の呪術を使いこなす妖だからね。下手したら、この世の人たちを殺してしまう力もある……詳しい話を言わないなら、今から退治してもいいくらいだからね」

 楠崎の言葉は冗談ではなかった。実際に、琥市へ言葉を言っているときに若干の霊力を出していたからだ。
 だが、少女はそれでも落ち着いて話す。

「確かに……犬神は、人々から恐れられる妖の象徴です……わたくしも、前までは呪術を使って人々を呪っていました……ですが、今はそんなことしたくないです……それなら、この呪術を使って……妖退治した方がいいです……」

 琥市の言葉に、楠崎は遊環を鳴らして、

「妖が妖を退治する?一体何を企んでいるんだい?どんどん疑問がわいてくるよ?」

 疑問を飛ばす。

「わたくしは……何も企んでいません……わたくしは、この世の中は平和にしたい……そのために、悪い妖を退治する……それだけ……です」

 この言葉を境にしばらく黙る2人。
 妖が妖を退治する理由——————
 それは、この世の中を平和にしたい。
 ただ、それだけの理由だった。
 すると、楠崎は錫杖を琥市の元から離す。

「君の考えとこっちの考えが同じだなんて、非常に嬉しくないね。でも、同業者は多い方がいい。ただ、君が本当にこの世の中から悪い妖を退治したいという気持ちがあるのか、まだ信じられないけどね」

 大きな翼をゆっくり動かして、嘲笑うかのように言葉を呟く。
 琥市は両手でメガネをくいっと上げて、

「今は……そうかもしれませんけど、いつか……あなたを納得させます……わたくしは、もう悪い妖と居るのは……こりごりです……」

 最後の言葉に、計り知れない思いがある。そう察した楠崎はモノクルを光らせて、この場を黙って後にする。
 1人残された琥市は、山の方向を見つめる。

「(大天狗……退治しないと……)」

 大きく頷き、この場を後にする少女。
 妖が妖を退治する理由——————
 それが語られるのは、きっともうしばらく後だろう。


            ○


 人々が寝静まる時間。
 野良猫の家でも、当然眠る人は居る。
 ——————ただし、この2人は除いて。

「そなた、その首にあるお札かお守りみたいなものは一体……?」
「あぁ、これですか?」

 狼男の村形。兎女の琴葉は、皆が寝てい居る中静かに雑談をしていた。
 畳の上で大の字に寝る野良猫。自分の尻尾に抱き着いて可愛く眠る琥市。琴葉に密着して、どこか落ち着いて眠る楠崎。
 2人は、3人を起こさないようにずっと話す。

「拙者の鞘にも、同じような物があるのだが……」
「そうみたいですね。ですが……これは、気が付いた時にあったんですよね……」

 村潟と琴葉は眉間にしわを寄せて呟く。
 このお札かお守りみたいな物は、どうやって手に入れたのか全く見当つかいのだ。

「拙者もだ……気が付いた時には鞘にあって……どこか手放したくない……」
「私もです。手放したくない……もし手放したら、恐ろしいことになりそう……そんな気持ちになります」

 同じ悩みを持つ狼男と兎女。
 気が付いた時には持っていて、なぜか手放したくない。
 深い思い入れもないのに、なぜこのような気持ちになるのか非常に疑問を呼ぶ。

「そういえば、拙者はそのような者を1人見たことある……確か、狐の詐狐 妖天(さぎつね ようてん)と言ったか……?」

 腕組みをして、同じ悩みを持つ人が居たことを伝える。
 琴葉も腕組みをして、もっと考える。

「詐狐……妖天……?どこかで……聞いたような……?いえ……そんなことないですよね……?あれ……詐狐……?」
「はて、拙者も今思ったが……あの妖天という者とは、もっと昔に会ったことがあるような……いや、そんなことない……拙者は……詐狐など聞いたことないぞ……?むっ……?それは真(まこと)か……?」

 2人は、気が付くと額(ひたい)から汗を出して考えていた。
 呼吸もだんだん荒くなり、どこか危ない雰囲気も出す。

「詐狐……詐狐……?考えれば考える程……どこかで会ったような気がします……ですが、どこで……?どうやって……?いえいえ、私はやっぱりそのような方とは会っていない……会っていない……?」
「むっ……詐狐……むっ?そういえば、詐狐の傍に他の狐も居たような……?気のせいか?9本の尻尾を持っていて……神々しく……むっ……?なぜ、そのような者を拙者が知っている……?」

 頭を抱えて、必死に思い出そうとする2人。
 苦悶な表情を浮かべ、苦しそうな声を出す。
 ——————当然、眠っていた3人は起き上がる。

「う〜ん……?どうしたぁ?なんかあったかぁ?……ん!?」
「………………!?」
「琴葉……話すなら、少し音量を……!?」

 寝起きで意識がもうろうとしている3人。
 しかし、村潟と琴葉の様子を見て一気に眠気が覚める。

「な、なんだ!?どうした!」
「村潟……!」
「もしかして、また……!?」

 3人は慌てて2人の傍へ行く。
 荒い呼吸、大量の汗、苦悶そうな表情、身体も若干痙攣(けいれん)していた。
 これは危ない。3人はそう察する。

「詐狐の傍に居た……狐……9本の尻尾を持った狐……私も、なんか見覚えがあるような気がします……でも、でも……どこで見たのか……きゅ、九狐(きゅうこ)……?あぁ……だ、誰です……か……?」
「ぬっ……思い出せん、思い出せん……なぜ、拙者は知っている……きゅ、九狐……だと?一体……そなたは……だ、誰……だ……?」

 村潟と琴葉はその場で意識を失ってしまった。
 あまりの出来事に、琥市と楠崎は大きく、

「村潟……!」
「琴葉!」

 自分を支えてくれる人の名前を叫ぶ。
 野良猫はどうしていいかわからず、ただただ尻尾を共同不審に動かしていた。
 ——————2人がつけているお札かお守りみたいなものは、今だけ変な雰囲気を出していた。


            ○


「全く……あの2人は本当に熱いな」
「こんな時に色恋沙汰などしている場合ではない」

 2人は呆れた表情で言葉を呟く。
 1人は頭の上に長くて白い耳があり、腰まで長い白い髪の毛が印象的だった。
 左肩には箙(えびら)もつけており、右手には大きな弓を持っていた。
 そして、非常に冷たい雰囲気を出していた。
 もう1人は、頭の上にふさふさした2つの耳と1本の尻尾があった。
 髪の毛は短く、とても邪魔にならない感じだった。
 腰には立派な刀をつけていて、どんなものでも斬りそうな雰囲気を出す。

「一体、なにがあったんだあの2人に?」
「拙者は知らん。ただ、あの2人は拙者らより共に居た期間が長いだけしかわからん」

 腕組みをしながら、会話をする。その雰囲気は、どこか近寄りがたかった。

「だが、こうやっている間に私たちは黙って外を出られる」
「そうだな。さて、拙者はまた血でも見てこよう……」
「ちょっと待て、私もついて行く」

 2人は颯爽とこの場を後にする。
 その表情は嬉しそうだったが、どこか恐ろしい雰囲気を出していた——————


             ○


 翌朝。
 1番最初に目が覚めたのは、気を失った村潟と琴葉だった。

「むっ……」
「う〜ん……」

 それぞれ、寝起き後の第一声を呟く。
 そして、自分の身に起こっていることを確認して驚く2人。

「く、琥市……?」
「く、楠崎?」

 村潟はどうやら琥市に膝枕をされていたのだ。
 少女の小さな太ももは、非常に頼りがいがなかったどこか、安心できる。
 琴葉の隣には、楠崎はこれでもかというくらい密着していた。
 いつも偉そうな少年が、彼女の左袖をぎゅっと握っている所は、なぜか微笑ましかった。

「さて、拙者はどうすれば……?」
「このまま、寝たふりでもしましょう」

 この状態から下手に起き上れば、なんか失礼だと感じる2人。
 とりあえず、琴葉の提案を採用して寝たふりをする。
 しばらく時間が経つと、誰かが起きた。
 声を聞く限り、楠崎だった。

「……まだ、皆寝ているんだね」

 2人が寝たふりをしていることに気が付かない少年。

「琴葉……あまり、こちらのことを……心配させないで欲しい……君が居ないとね……出来ることも出来なくなってしまう……まだまだこっちは、天鳥船家で見たら半人前の力しかない……だから、君が支えてくれないと……いつ、死んでもおかしくない……」

 自分しか起きてないことを良いことに、楠崎は琴葉に対する思いを暴露する。
 彼女が居ないと、自分は生きていけない。そう解釈できる言葉だった。
 もちろん、寝ているふりをしている村潟と琴葉は、この言葉を一言一句聞いていた。
 だが、ここで起き上ってしまうと、何を言われるかわからなかった。
 しかし、このまま寝ているふりをすると、もっと少年の深い思いを聞いてしまう。
 変な葛藤が2人を襲っていた。

「悪い妖を退治する。もちろん、恐ろしい妖にだって会う可能性がある。それでも君は、ついてくるって言ったね……あの時は、本当に嬉しかった……」

 おそらく、村潟は何も思わず寝たふりをしているが、琴葉はそんな状況じゃないと思う。
 いつも偉そうな態度と言葉を言う楠崎が、今だけ本当に“少年”だったからだ。
 自分が寝ているときに、そんなことを思ってくれる。それを知ってしまって胸が躍る琴葉。

「でも、今の琴葉は……琴葉……じゃない……だからこそ、こちらが見守らな……」
「ふわぁ〜……」

 楠崎が何かを言おうとした瞬間、大きなあくびが聞こえてきた。
 ——————野良猫が、目を覚ましたようだ。
 少年は、先程までの態度から一気にいつもの態度に戻す。

「おや、君は意外と早起きなんだね」

 鋭い眼光で睨みつけ、さらに馬鹿にしたような口調で野良猫へ言葉を飛ばす楠崎。

「う〜ん……わっちは、猫なのに昼夜逆転してなぁ……それに、いつまでわっちのことを怪しんでいるんだ楠崎?」

 野良猫は頭をかきながら、楠崎へ言葉を言う。
 未だに、信用して貰えないのに納得いかないらしい。

「どうも、猫は好きなれないんだよね」

 楠崎はその場で立ち上がり、遊環を鳴らして錫杖を野良猫へ構える。
 この遊環の音で、村潟と琴葉は目を覚ます。

「むっ……?」
「ど、どうしましたか……?」

 出来るだけ、寝起き口調で言葉を呟く2人。
 意外にも、誰も疑問に思わなかった。

「起こしたようだね。ちょっと、ごたごたがあって……」
「そ、そうですか……」

 とりあえず、これでこの場はなんとかなったと心の中で思う琴葉だった。
 一方、村潟もその場で起き上り琥市を起こす。
 ——————外は、若干風が吹いていた。


            ○


 5人が家から出ると、いきなり強風が襲ってくる。
 まるで、天狗たちが待ち伏せしているかのように——————

「さて、行こうか……」

 村潟の合図で、5人は山へ向かう。
 これから、生きて帰って来れるかわからない戦いになるだろう。
 だけど、それでも大天狗を退治する。

 そんな気持ちで1歩1歩足を進める5人だった——————