複雑・ファジー小説
- Re: 獣妖記伝録 ( No.11 )
- 日時: 2011/09/02 07:48
- 名前: コーダ (ID: /HF7gcA2)
闇のように暗い町。
木で出来た、昔懐かしの家がこれでもかというくらい、建っていた。
それくらい大きな町、夕方ころなら、主婦たちでとても賑わっているだろう。
だが、真夜中になれば別。
賑わっている反面、少々危ない輩も、この町には少なからず居る。
——————例えば、このように女性が歩いていたとしよう。
もちろん、危ない輩たちにとっては、そんな女性は絶好の獲物。
物陰から、気配を消して襲うタイミングを、常に考えている。
そんなことを知らずに、ただ左右に映る家を、見ながら歩く女性。
金髪で、腰まで長い艶やかな髪の長さだ。頭には、ふさふさした2つの耳がある。瞳は金色で、見つめられたら、思わず魅了されてしまうような眼光。
上半身には、女性用の和服を着て、下半身には、よく巫女がつけていそうな袴を着ていた。
そして、輝くような黄色い1本の尻尾を、神々しく揺らしていた。
危ない輩は、その女性を見て、思わず生唾をごくりと飲む。
後姿だけなのに、とても美人な雰囲気を漂わせている。
もっと言ってしまえば、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉が非常に似合っていた。
今日は、最高の獲物が居る。と、危ない輩は、物陰でいやらしい表情をして、興奮しているのか、自分の尻尾は無意識に大きく振っていた。
すると、危ない輩はなにかを決心したのか、物陰から出てくる。
気配を消して、静かに美人な女性の後ろをついて行く。
面白いことに、そのような行動をとっていたのはこの輩だけではなかったらしい。
よく周りを見ると、自分と同じように、いやらしい表情をした男が5人くらい居た。
尻尾も大きく振って、その気持ちをあらわにしていた。
だが、危ない輩たちは争う事もなく、ただ、目の前の獲物に集中する。
どうやら、美人な女性を集団で襲う事になったらしい。
危ない輩たちが集まれば、自然とそうなる。
争うくらいなら、山分けした方がよっぽど良い、という精神らしい。
何回も女性を襲っているのか、6人は忍者のように、物音と気配を消して、女性にどんどん接近する。
ふと、美人な女性は、綺麗な星空を見ていたのか止まっていた。
絶好のチャンス。すると、危ない輩の1人が走った。
おそらく、このまま押し倒すように襲えば、いけるのだろうと睨んだらしい。
他の5人は、さっと、物陰に隠れて様子を見る。
そんな状況を知らず、女性はただただ、空を見上げていた。
そして、危ない輩は獲物に襲う狼のごとく、女性を襲う——————
「ぐっ……」
危ない輩は、なぜか自分の腹に強い衝撃が走った。
そして、虚ろな瞳で何が起こったのかを見る。
——————懐には、美人な女性が居た。
どうやら、美人な女性は危ない輩の気配に気づいて、そのまま1発、腹を殴ったのだ。
だが、おかしなことに、その威力は町に居る女性には出せない物だった。
——————まるで、鍛えられたような強さ。
危ない輩は、心の中でとても後悔しながらその場で、気を失った。
物陰に隠れていた他の輩は、その光景をみて背筋をぞっとさせる。
そして、一目散に逃げて行ったという。美人な女性にバレないように。
気を失った危ない輩を見ながら、美人な女性は口元を上げる。
「あたしを襲うだなんて、500年早いんだよ。このハゲ。」
見た目に似合わない、非常に乱暴な口調。
どうやら、獣人は見かけで、判断してはいけないようである。
女性は、倒れている危ない輩をそのままにして、また道を歩き進める。
〜霊術狐と体術狐〜
人々が、縦横無尽に歩き回る大きな町。
飛脚、武士、商人、主婦など、本当にさまざまな人が居る。
商工業も活発で、最近では、株という得体のしれない物も普及する。
だが、そんな人々が居る中、とても浮いている男性が居た。
長い桟橋。ここでも、たくさんの人が早足で行ったり来たりしている。
その中央で、のんびり釣竿を持って、座っていた男性。
「釣れないねぇ……」
ふと、呟くが、人々の足の音で、それがかき消される。
黒くて、首くらいまでの長さがある髪の毛は、とても艶やかであった。前髪は、目にけっこうかかっている。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、瞳は黒紫色をしていた。
男性用の和服を着て、輝くような黄色い2本の尻尾を、神々しく揺らす。だが、人々がそれを見ている者は居ない。
そして、首にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれている。
極めつけに、眠そうな表情と、頼りなさそうな雰囲気を漂わせていた。
すると、獣男の耳がピクリと動いた。
どうやら、桟橋の上でなにやら、気になる会話が聞こえたらしい。
一応、耳の方は非常に良いとのこと。
獣男は、釣竿が反れているのに、目を閉じてその会話を聞いていた。
「(だから!俺たちは見たんだって!)」
「(いきなり見たと言われてもなぁ……その人は、どんな姿をしていた?)」
「(とにかく、美人な狐の姉ちゃんだ!)」
最後の言葉に、獣男の眉は動く。
ふと、その場に立ち、釣りをやめる。
——————まるで、この場から逃げるかのように。
○
とある店。
ここでは、たくさんのお客さんが割り箸を持って、勢いよく何かを啜(すす)る音が、響き渡っていた。
白く、太く、長い物。そう、うどんだった。
そんな店に、先程、桟橋で釣りをしていた獣男が居た。
目の前に置かれた、美味しそうな油揚げが乗ったうどんを見て、とても嬉しそうな表情をする。
それは体にも出ており、耳と尻尾が大きく動いていた。
右手に割り箸を持って、うどんを勢いよく啜る。
非常にコシがあって、抜群の歯ごたえ。
次に、油揚げを一口食べる。
大量に含んだ汁の味と一緒に、あの、油揚げ独特の甘さが口の中で広がる。
最後に汁を飲む。
さっぱりとした味わいで、出汁がとても効いていた。
気がつくと、獣男が頼んだうどんは綺麗さっぱりなくなっていた。
「我は……満足だぁ……」
右手でお腹を摩りながら、幸せそうな表情をする獣男。
うどん1杯で、ここまで満足した表情が出来るのは、この獣男が、ごくごく普通の食生活をしているのだろうと、伺わせる。
椅子から立ち上がり、獣男はカウンターでお金を勘定(かんじょう)する店員へ、うどん代金を渡す。
すると店員は、はっとした表情で獣男を見つめる。
獣男も、眉を動かして、どこか嫌そうな表情をする。
「あの、もしかして……昨日の事件のことについて、知っていますか?」
店員の質問に、獣男はこめかみを触りながら呟く。
「いやぁ……我は、そんなこと知らないぞぉ……」
この場から、早く抜けだしたいという雰囲気を、わざと漂わせる。
だが、それを無視して、店員はどんどん話を進める。
「そうですか……いやですね……昨日、道端に男が倒れていたんですよ。見た感じ、悪さをしている男でした。どうやら、夜中に女性でも襲おうとしたんでしょうね。だけど、返り討ちにあった……」
話を聞くだけだと、ごくごく普通な出来事。
事件になる要素が1つもない。
しかし、こうやって事件にはなっている。
これは何かあるなと、獣男は心の中で思ったが、面倒事に巻き込まれそうな感じもした。
「それがどうしたぁ……?ありふれたことじゃないかぁ……」
だるそうに呟く獣男、すると、店員は口元を上げてさらに、
「いえいえ、まだ話には続きがあります。実はですね……倒れた悪そうな男を調べたら、とても女性に襲われたとは思えない、怪我をしていたのです」
と、店員はなぜか抑揚のある声で呟く。
獣男は、眉と耳をピクリと動かす。
どうやら、獣男に興味をわかせようとしたのだろう。
女性に返り討ちにあったとは思えない怪我。
これには、2つの考えが思いつく。
1つは、ただ単に女性が普段から鍛えていて、元から強かったという考え。
2つ目は、その女性が、妖(あやかし)という考え。
できれば、後者の考えが当たって欲しくないと、思う。
だが、後者の考えが当たっていたら、大変なことになる。
これを、一瞬のうちで考え出す獣男は、非常に頭が良いという事を伺わせる。
「ふぅむ……誠に、興味深い……だがぁ、我は面倒事に巻き込まれるのは非常に嫌いだぁ……とりあえず、妖退治を出来る者を近々、雇った方が良いと思うぞぉ?」
拱手をしながら、のんびり呟く。
すると、店員はニヤリと笑う。
「私は……あなたが、1番そういうのに慣れていると……思いますけどねぇ……」
突然、雰囲気を変えて言葉を言う店員。
この豹変ぶりに、獣男は少しびっくりする。
ふと、店員の尻尾がカウンター越しから見えた。
自分と同じような、神々しい黄色い1本の尻尾。
毛並みも艶やかで、毛1本1本が肉眼で見えるくらいだった。
どうやら、店員も狐だったのだ。
思わず、獣男は右手でこめかみに触れる。
「うぅむ……君も狐だったとはねぇ……我は、詐狐 妖天(さぎつね ようてん)。放浪する狐さぁ……」
妖天は、突然、自分を名乗る。
すると、今度は狐目になって店員が、こう呟く。
「詐狐……?はて、どこかで聞いたことあるような……」
「それは、気のせいだぁ……それに、今は……謎の女性の話しではないのかぁ……?」
妖天は、眉間にしわを寄せて、話の話題を女性に戻そうとする。
しかし、ここで思わぬ地雷を踏んでしまった。
「おや?女性の話しに、興味がおありなのですね」
「むっ……君……謀ったねぇ……」
妖天は、やれやれと言った表情をして白旗を上げる。
店員は、勝ち誇った表情をする。
「ふふっ……自分の正体を喋られるくらいなら、女性について調べた方が、よっぽど良かったのですね。詐狐……妖天」
「よさんか……」
妖天は、凛々しい表情をして、店員に言葉を強く言う。
頼りなさそうな雰囲気と、眠そうな表情はもうなかった。
「まぁ……良いですよ。今回は、女性に免じて喋るのはよしましょう」
「これだからぁ……同族はいやなんだぁ……」
胡散臭い頬笑みをしながら、店員は妖天に言う。
それに、深い溜息をして返答する。
「さて、どうやら女性は、この町にまだ滞在しているようですよ。しばらく、出ていかないとか、なんとやら……」
店員の情報を聞く妖天。
これで、拒否をするということは完全にできなくなった。
やはり、狐は本当に狡猾である。
「女性が主に現れる場所は、ここから1kmくらい離れた所。そうだなぁ……たくさん、木でできた家が目印だったかなぁ……」
店員は、お金を勘定しながら妖天へ呟く。
すると、ふと、こんなことを言われる。
「そんなに……情報を知っていて……君は、なにもしないんだねぇ……まぁ、その気持ちはよく分かる……我も、面倒事には巻き込まれたくない性格だからねぇ……」
拱手をしながら、頼りない雰囲気を出して呟く。
店員は笑いながら、言葉を返す。
「いえいえ、面倒事が嫌いとかではなくて、ただ単に実力がないだけですよ……あなたと違って……」
「だから、よさんか……!」
妖天の鋭い眼光に、店員は石のように固まる。
あの眠そうな表情から、一気に豹変する瞬間が、非常に恐ろしかったのだ。
わずかながら、殺気も感じる。
これ以上、無駄口を叩いたら殺されると悟った店員は、すまなそうに頭を下げる。
すると、妖天は黙って店から出て行った。
○
人々が忙しく走り回る町の中で、妖天は拱手をしながら、ゆったりと歩いていた。
その表情はどこか険しく、いつもの頼りなさそうな雰囲気は、一切漂わせていなかった。
とても、近寄りがたい雰囲気。気がつくと、町を走っている人々は自分を避けるかのように離れていた。
あの時の店員の話。とても、嫌な思いをした。
妖天は、近くにあった団子屋へ入り、店員に餡子のついた串団子を3本頼む。
案の定、店員の種族は、猫だったのでほっと一息する。
——————狐だったら、殺しそうになったから。
外へ出て、赤いシートがかけられた長椅子に、拱手をしながら座る。
地面に刺さる和傘の影に入り、こめかみを触りながら深く、何かを考える。
——————「ただ単に実力がないだけですよ……あなたと違って……」
脳内に流れる、狐店員の言葉。
皮肉を言うような口調と、とても妬ましいという思いが伝わる言葉。
実は、狐というのはそんなに力を、持つことができない種族なのである。
だから、先の店員のように、狡猾に生きて生計を立てて行かなければならない。
——————つまり、妖天は特殊な狐なのだ。
幾度(いくたび)も、妖を退治したり、説得できる力。
本人は、非常にそれが嫌だった。
自分は、普通に生きたいと願ったのに、力を持ってしまった。
——————ある、出来事のせいで。
妖天の傍には、気がつかないうちに、餡子のついた串団子とお茶が置いてあった。
けっこう時間が経っていたのか、お茶からは湯気が出ていない。
一旦、脳内をまっさらにして、ぬるいお茶を飲みながら串団子を食べる。
だが、喉の通りは悪かった。
せっかくの食後の口直しが、台無しになっていると感じた妖天は、浅い溜息をする。
あっという間に、串団子を全て食べる。
しかし、団子の味は覚えていない。無意識に食べていたからだ。
妖天は、店に入り、団子の代金を猫店員に無言で渡しては、その場をすぐに後にする。
○
町は、のんべぇたちで盛り上がる夜になった。
今度は、町の外ではなくて内の方が盛り上がっていた。
濁った酒を飲む一般庶民と、透き通った酒を飲む商人が居る居酒屋。
これで、貧富の差があるということに、一瞬で判断できる。もちろん、透き通った酒の方が高い。
その中に、妖天が1人で酒を飲んでいた。
机の上には3提(ちょう)の徳利(とっくり)が無造作に置かれており、小さな盃(さかずき)を右手に持っていた。
白く濁る酒。それを口に入れて飲む。
昼間よりは、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。どうやら、少し落ち着いたのだろう。
妖天は、鼠の店員に徳利を、さらに2提追加してくれと頼む。
かなり、酒を飲んでいるように見えるが、妖天にとっては、まだ足りないらしい。
この狐。かなりの酒豪であることが分かる。
鼠の店員は、にこやかに頬笑みながら妖天に徳利を追加する。
首を下げて礼をする妖天。そして、徳利の中から出てくる白く濁った酒を盃に入れる。
ぐいっと、飲みほし、また徳利から酒を入れる。これを4回ほど繰り返す。
盃を机の上に置き、こめかみに触れて何かを考える。
だが、10秒くらい経った頃には、考えるのをやめて、また盃に酒を入れて飲む。
「君たちもぉ……こうやって、酒を飲んでいるのかねぇ……」
ふと、小さく言葉を呟く妖天。
“君たち”。突然出てきた謎の言葉。
すると、なぜか妖天は頭の中に疑問符を思い浮かべる。
「はて……君たち……?我に、そんな飲み仲間居たかぁ……?」
眉間にしわを寄せて、自分が言った言葉に違和感を覚える。
なぜ、こんな言葉が出てきたのか、理解できなかったのだ。
妖天は、ずっとあちこちを放浪している。飲み仲間を作るなど決してない。
だから、この言葉は非常におかしかったのだ。
「………………」
盃を机に置いて、妖天は徳利のまま豪快に酒を飲む。
口に入りきらず、隙間から漏れる酒は、和服を濡らす。
しかし、そんなこと気にせず、徳利の中に入っている酒を飲み干す。
2提目の徳利も同じ要領で一気に飲み干す。
鼠の店員は、少し唖然とする。
妖天は、頬をやや赤くしてその場から立ち、カウンターに居た兎の店員にお金を渡す。
そして、冷たい風が吹く外へ出る。
酔い覚ましには丁度良い冷たさ。妖天は、拱手をしながらどこかへ向かったという。
○
闇のように暗い場所。
木で出来た、昔懐かしの家がこれでもかというくらい、建っていた。
いつ、危ない輩に襲われてもおかしくない、雰囲気。
——————そこに、1人の女性が歩いていた。
金髪で、腰まで長い艶やかな髪の長さだ。
頭には、ふさふさした2つの耳がある。瞳は金色で、見つめられたら、思わず魅了されてしまうような眼光。
上半身には、女性用の和服を着て、下半身には、よく巫女がつけていそうな袴を着ていた。そして、輝くような黄色い1本の尻尾を、神々しく揺らしていた。
後姿だけなのに、とても美人な雰囲気を漂わせている。
もっと言ってしまえば、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉が非常に似合っていた。
だが、そんな女性が歩いていたのに、危ない輩は1人も物陰には居なかった。
——————しかし、酒臭い男は居たが。
女性の後ろ100mくらい離れた場所で、拱手をしながら歩く獣男。妖天だった。
どうやら、最近騒がしている女性について、正体を確かめようとしていたのだ。
本当に、鍛えられた女性なのか、はたまた、女性の姿をした妖なのか。
それを、知りたい。妖天は、そんな気持ちで後ろから気配を消して女性に近づく。
すると、美人な女性は綺麗な星空を見ていたのか、歩みを止めていた。
絶好のチャンスだと、妖天は思ったが油断はしなかった。
距離は、もう20mくらい。いつバレてもおかしくなかった。
酔っているせいか、妖天の瞳は少しトロンとしている。そんな虚ろな状態で、女性を見る。
——————酔いが一気に覚めた。
眼中に映ったのは、自分と同じ神々しい尻尾を持った狐。
妖天は、これで女性の正体が、妖ではないということに安心をする。
だが、面倒なことが増えてしまった。
鍛えられた女性は、よりにもよって自分が嫌いな同族。
一応、女性なので手荒な真似はできないなと、心の中で呟く。
すると、何を思ったのか、妖天はくるっと180度体の向きを変えて、この場から去ろうとする。
——————「貴様。なぜ帰る?あたしが狙いだったんじゃないのかい!?」
ふと、後ろの方から聞こえてくる威勢の良い声。
どうやら、美人な狐の女性が出していた。
見た目に似合わない乱暴な言葉使い。妖天は、体を振り向かせて、眠そうな表情をして、
「ん〜……気が変わっただけさぁ……」
と、言う。
のんびりした口調に、女性は少し苛立ったのか、思わず叫ぶ。
「貴様!?男ならもう少しハキハキと喋れないのか!?こんの、根性無しの鶏(にわとり)野郎が!」
妖天に罵声を言う女性。
すると、こめかみを触りながら、浅い溜息をする。
「我は……鶏ではない……狐だぁ……」
間違っている所を訂正する妖天。
この発言も地雷だったのか、女性の怒りはどんどん上がってくる。
「貴様……あたしをなめてんのかい!?」
女性は突然、妖天の懐めがけて走る——————
「くっ……」
身構えた時には、もう女性は懐に入っており、そのままモロに腹を殴られる。
妖天は、その場から5mくらい跳ばされる。
酒が入っていて、判断力も低下している。非常に不利な状況。
「貴様。酒臭いな。」
女性は眉間にしわを寄せて呟く。
妖天は、大の字で仰向けの状態で質問する。
「君ぃ……狐で女性なのに……かなり、力を持っているねぇ……」
狐というのは、元々戦闘するのは苦手。
戦闘ができる狐は、1000人に1人くらいしか居ない。
それが、女性となればもっと確率が減る。
この質問に、女性は腕組をしながら、
「あたしが力を持っている理由?そんなの、考えれば分かるだろ!?鶏野郎。」
——————鍛えたから。
そんな簡単な理由で、狐は強くならないことくらい、妖天は知っている。
では、それ以外で簡単な理由とは一体何か。
妖天は思いつかなかった。
「ん〜……我には、鍛えたことくらいしか考えられないねぇ……」
だめもとで、とりあえず自分の考えを言う。
「そうだ!あたしは鍛えたから、強いんだ!」
——————違う。
そんなこと絶対にありえない。狐の体は、そんな単純に出来ていない。
妖天は、ようやくその場から立ち上がる。
すると、とても怪しい瞳で女性を見つめた——————
「うっ……」
突然、女性は何かに縛られるような感覚に襲われる。
まるで、全身に固い紐でぐるぐる巻きにされた状態。
動くことも出来ず、ただそこで立っていることしか出来なかった。
「君ぃ……金縛りを……知っているかぁ?」
「かな……しばりぃ?」
間抜けな女性の声を聞いて、妖天は深い溜息をする。
なんと、狐なら絶対に知っているはずの金縛りという言葉を知らなかったのだ。
これは、何かあるなと睨む。
「君ぃ……それは、本当に言っているのかい?」
「あたしは嘘なんてつかないぞ、このボケ!」
この言葉を聞いて、さらに驚く妖天。
狐とあろう者が、嘘をつかない。
それは、狐の個性が無い状態である。嘘=狐というのは、常識なのに。
眉と耳を動かしながら、こめかみに手を触れる妖天。
「………………」
ふと、妖天は顔を下げる。
これにより、女性の金縛りがとかれた。
「貴様!?何の真似だ!?」
当然、疑問に思う女性。
だが、妖天は黙って、くるっと180度に回り。黙って、この場から去ったのだ。
「お、おい!貴様!?」
女性は、この場を去ろうとする妖天を追いかける。
○
翌日。
朝霧が視界を遮らせるような時間帯。
もちろん、こんな時間に人々が歩いていることはない。
しかし、桟橋の上には2人程の姿があった。
1人は、釣竿を持って座りながら、のんびり釣りをする狐。妖天。
そして、もう1人は妖天の後ろで腕組をしながら、立っていた女性。
どうやら女性は、ずっと妖天を追いかけていたのだ。
タチの悪いストーカーでもそこまではしない。
だが、妖天も妖天で、そんな女性が居るのに何も言わない。
——————竿が反れる。
妖天は突然、その場から立ちあがり、足と手に力を入れて一気に竿を引く。
すると、水の中から出てきたのは四角形の物体。
——————下駄だった。
「むぅ……」
悔しそうな表情と声で、妖天は釣り針に引っかかった下駄を取る。
しかし、水の中に捨てるのもなんだかあれだったので、とりあえず、持っておくことにする。
後で、質屋にでも入れるのだろう。
すると、後ろに居た女性が笑った。
「釣れたかと思えば下駄か!鶏野郎にお似合いだな!」
朝からきつい罵声。
だが、妖天はびっくりして後ろ振り向く。
まるで、そこに居たのですか。と言わんばかりに。
「君ぃ……居たのかぁ……」
こめかみを触りながら呟く妖天。
すると、女性はむっとした表情をする。
「はぁ!?あたしはずっと貴様の近くに居たんだぞ!?それすら忘れるとは、やっぱり鶏野郎だな!」
ずいぶん酷く言われている妖天。
だが、そんなこと気にせず、拱手をしながら、
「う〜ん……君ぃ……なんで、我についてくる?」
と、尋ねる。
「あたしはね!貴様がなぜあの時……か、かな……しばりぃ?って、いうのを解いたのが気になっているんだ!」
なるほど、と心の中で呟く妖天。
だが、納得しただけで理由は言わなかった。
「なんだ!?だんまりか!?貴様は本当に、良く分からない奴だ!あの時、あたしを解放しなければめちゃくちゃに出来たのに、それをしなかった。その行動に理由がないとは言わせないぞ!」
確かに、女性の言っていることは正しい。
あのまま、金縛りを解かなければ、色々と聞き出せてめちゃくちゃにも出来た。
だが、それをしないで開放する。
何かしらの理由がないと、出来ない行動である。
すると、妖天はこめかみを触りながら、
「君ぃ……名前は、なんという?」
「はぁ!?」
全く、話と噛みあっていない言葉。
よく、言葉のキャッチボールをしっかりするように言われているのに、妖天は、投げられたボールをキャッチせず、違うボールを投げつけた。
女性が、こんな反応するのは当たり前。
むしろ、平然と名前を言う方がおかしい。
しかし、妖天は眠そうな目で、名前を言ってくれと訴える。
もう、訳が分からない女性はやけくそになって、
「あたしは神麗 琶狐(こうれい わこ)。体術が得意な狐だ!」
「琶狐かぁ……我は、詐狐 妖天……放浪する狐さぁ……金縛りを解いた理由は……我の気が変わったからさぁ……」
やはり、意味のわからない言葉。
琶狐は、そんな妖天の言葉に苛立ち、大声で、
「あぁ〜!意味が分からん!貴様は、一体何を考えている!?」
妖天に尋ねる。
頭を右手でかきながら、だるそうに呟く。
「我はぁ……最初は、君のことが気になっていた……だが、それがなくなった……それだけさぁ……」
そう言って、妖天はこの場から逃げるように去る。
だが、琶狐は納得かない様子で後を追う。
「途中で気にならなくなった!?それはどういう意味だ!?おい!待て、鶏野郎!」
罵声を飛ばしながら、琶狐は妖天の後ろを、まるでストーカーみたいについてくる。
そんなの気にせず、ずっとどこかへ足を進める妖天。
町を離れ、林の中へ入る。
しかし、それでも琶狐はずっと後ろに居た。
この時、妖天は、歩きながら小さな溜息をする。
——————「(面倒なことになったなぁ……)」