複雑・ファジー小説

Re: 獣妖記伝録 ( No.121 )
日時: 2011/09/04 03:00
名前: コーダ (ID: d9r3SuxE)

 真っ暗な山の中。
 星空が全く見えないくらい曇った空。
 月明かりなどはなく、周りは暗かったのに山の中を覆う木々の影で、余計に暗く感じる。

 そんな場所で、3人の人が居た。
 犬のような耳と尻尾を持った、家族連れだったのだ。
 なぜ、こんな時間に山の中に居るのか甚(はなは)だ疑問に思う。

 ——————父と思われる人物は、なぜか右手に鋭い鎌を持っていた。
 草刈り用にしては、恐ろしく殺傷力がある雰囲気を露骨に漂わせる。
 傍に居た小さな娘と思われる者は、父を見て頭の中に疑問符を浮かべる。

「お父さん……?」

 透き通るような幼い声が辺りに響き渡る。娘は、可愛らしい犬歯を出しながら自分の父を見つめる。
 しかし、父は何も言わず無言を貫き通していた。

「お母さん……?」

 今度は、自分の母にメガネ越しから可愛い瞳で見つめながら、言葉をかける娘。
 だが、やはり母も無言を貫き通していた。

 だんだんこの空間に居ることが、嫌になってくる娘。
 尻尾も挙動不審に動かして、体中びくびくさせていた。
 すると、父は自分の娘と対面するように体を向かせる。

「えっ……?」

 娘は目を見開き、声を裏返らせて言葉を飛ばす。
 この瞬間、父と母の口元が上がる。

 ——————娘の首元から、鮮やかな赤い液体が吹き出す。
 なんと、父は持っていた鋭利な鎌で思いっきり斬りつけたのだ。
 娘は、言葉を残す暇もなくその場で倒れる。
 一方、返り血を浴びた父は鎌を見つめながら不気味に笑い始める。
 これにつられ、母も不気味に笑う。
 暗い山の中、自分たちの娘を一瞬のうちに殺したとんでもない両親。
 整った顔立ちは、将来綺麗な女性になる雰囲気を未だに漂わせていた娘。

 一体、何が不満だったのか——————
 もちろん、これは許されることではない。この国は、自分の子供を殺した罪はとても重たい。
 両親は、この場を後にするため足を進める。

 ——————不意に、恐ろしい殺気を感じる。
 途端に足を止めて、両親は辺りを警戒しながら見回す。
 しかし、特に誰かがいる気配はなかった。
 こんな時間に、山を歩くような人はいない。もしかすると、そこら辺を通りかかった獣かもしれない。
 両親は、勝手に自分の心にそう思わせる。
 だが、恐ろしい殺気は消えなかった。むしろ、どんどんそれはこちらに近づいている感じがした。
 この場から逃げようにも、あまりの恐ろしさに足が動かない両親。

 ——————突然、上空から鳴き声が聞こえた。
 それは、野鳥のトラツグミを連想させる。
 鳴き声はだんだん大きくなり、まるでこちらに近づいているような感覚に陥る。

 両親は、恐る恐る上空を見上げる——————
 なんと、そこには体長3mくらいある生き物が上空に居たのだ。
 頭は猿、体は狸、手足は虎、尻尾は蛇と、大量の獣が体に混合している生き物。

 ——————明らかに、この世の生き物とは思えなかった。
 両親は、あまりの恐怖に腰をぬかしてその場に座り込む。
 混合獣は、そんな2人を恐ろしい眼光で見つめ大きく吠える。

 ——————両親はその場で倒れる。
 魂が抜かれて人形のように、生命を感じない倒れ方。
 上空に居た混合獣は、地上へ降りて倒れた2人を見つめる。

「オマエタチノ、魂ハナカナカダ……」

 トラツグミの鳴き声とは程遠いくらい、恐ろしい声で呟く混合獣。
 ふと、後ろを振り向く。
 そこには、先程両親に首を斬られて倒れた娘が目に映る。
 とても、死んでいるとは思えないくらい綺麗な表情。

「……丁度良イ、コノ犬少女ヲ使ウカ」

 混合獣は、不思議な雰囲気を漂わせてトラツグミの鳴き声を出す。
 まるで、何かを詠唱するような感じだった。

 ——————「うっ……」
 なんと、死んでいる犬少女は弱々しい声を漏らして瞳を開けたのだ。
 首から流れている血は、なぜか止まっておりよく見ると傷口も塞がれていた。
 犬少女は、両手でメガネをくいっと上げて自分がどういう状況にいるのか考える。

「ホウ……コレハ、ズイブント……期待デキルナ……」

 生き返った犬少女を見て、かなり胡散臭い表情をする混合獣。

「あ、あなたは……?」

 混合獣に気がついた犬少女は、体を震わせながら質問をする。
 すると、尻尾の蛇を動かしながら、

「某(それがし)ハ、妖(あやかし)ノ鵺(ぬえ)トイウ……オマエノ命ヲ助ケタ者ダ」

 この言葉に、犬少女は尻尾をビクっとさせる。
 鵺という妖が死んだ犬少女を助けた。だが、疑問に思う所がたくさんある。
 どうやって蘇生させたのか、何が目的で蘇生させたのか。
 色々あるが、今の犬少女にはそんなことを一切考えつかなかった。

「わたくしを……助けた……?」
「ソウダ。ソシテ、オマエハ某ノタメニ働イテモラワナイト困ル……」

 つまり、命を救ったのだからその分の見返りをよこせという鵺。
 勝手に蘇生させて、見返りをよこせだなんておかしい話だったが、犬少女はまだ幼いためそこまで深く考えることはできなかった。

「どういうこと……?」

 思わず尋ねる。
 鵺は胡散臭く笑って、

「何、某ノ言ウ事ヲシテイレバ良イ……」

 犬少女は、無言を貫く。
 鵺の言う事をやっていれば良い。言葉だけ聞くと簡単そうに思えたが、なにぶん相手は妖。
 何を言われるか分からなかった。

「某ハ、無言ヲ肯定(こうてい)トミナス」

 それでも、犬少女は何も言わなかった。いや、言えなかったと言った方が良い。

「サテ、オマエハ某ノタメニ働イテクレルコトニナッタカラナ……名前ヲツケナイト……」
「えっ……な、名前……?わたくしは——」
「アノヨウナ両親カラモラッタ名前ナド、捨テテシマエ!」

 突然の大声に、犬少女は体を硬直させて言葉が出せなくなる。
 妖というだけあって、威圧感は凄まじくあった。

「ソモソモ、モウオマエハ人デハナイ。ツマリ、ソレナリノ名前ガ必要ナノダ……」

 もう、犬少女の頭の中は混乱していた。
 だから、鵺の勢いに任せるしかなかった。

「オマエハ……今日カラ犬神 琥市(いぬがみ くいち)トスル」
「犬神……琥市……」

 琥市と名付けられた少女は、ようやく言葉を呟く。
 人ではない。だからそれなりの名前が必要。
 犬少女は、メガネ越しから鵺を見つめ口を開ける——————


         〜犬神 琥市〜


 人々がすごしている村。
 農業で生活する者、商売で生活する者がたくさん居た。
 その中に1人の可愛い犬少女が歩いていた。
 灰色の髪の毛で、肩にかかるくらいの長さだった。前髪は、非常に目にかかっており、四角いメガネをかけていた。
 頭には、ふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、瞳は闇のように黒かった。
 巫女服みたいな神々しい服装で身を包み、とても普通の人とは思えない雰囲気を漂わせている。
 犬少女は懐から、恐ろしい雰囲気を漂わせる1枚の札を出す。
 目を閉じて、精神を統一させる。

 ——————突然、遠くの方から断末魔が聞こえてきた。
 辺りを歩いていた人々は、慌ててその声が聞こえた方向へ行く。
 犬少女も、札を懐にしまって人々が向かう所へ静かに足を進める。


            ○


 村の中心で、人々が野次馬のように集まっていた。 その数は、100人を軽く越している。

 ——————野次馬の中心で、1人の男が悶(もだ)え苦しんでいた。
 禍々しい感覚が体を蝕(むしば)み、体内にある器官に斬られたような痛みが襲う。
 悶えれば悶えるほど、男は口から血を吐く。
 それを見ていた野次馬は、唖然としていた。

 ——————その中に居た、犬少女だけは違った。
 メガネ越しから、冷たい瞳で悶え苦しむ男を見つめる。
 可哀そう、気になる、そんな感情は全くなかった。
 犬少女は、静かに野次馬の塊から抜けだし、また懐から恐ろしい雰囲気を漂わせる札を大量に取り出す。
 そして、野次馬を囲むように地面に札を貼り付ける。

 ——————「……滅(めつ)」
 幼さが残る透き通った声なのに、やけに抑揚のない一言。
 その途端、野次馬は一斉に中心の男と同じく悶え苦しむ。
 老若男女の体は、禍々しい何かに体を蝕まれる。
 口から血を吐く者もたくさん居て、野次馬が悶え苦しんでいる地面はとても気色悪い色になっていた。

「………………」

 犬少女は、やはり冷めた眼差しで悶え苦しむ野次馬を見つめる。
 そして、空を見上げてこの場を後にする。


            ○


 ミズナラやシラカバなどの木々が多く生えている山の中。
 左右に萌えている草むらを目に、険しい道を歩くのは先程村に居た犬少女。
 耳と尻尾をピクピク動かして、ひたすら歩き続ける。
 すると、目の前に大きな楓の木が映る。
 犬少女は楓の根元で足を止めて、そのまま静かに待機する。

 ——————上空から、トラツグミの鳴き声が聞こえてきた。
 これを合図に、楓のそばから離れる犬少女。

「今日は……早いね……」

 上空を見上げながら、透き通るような声で呟く。
 そこには頭は猿、体は狸、手足は虎、尻尾は蛇と、大量の獣が体に混合している生き物が居た。

「タマニハ……某モ早ク来ル……」

 謎の生き物は、犬少女の傍へ降りる。
 そして、なぜか満足げな表情を浮かべる。

「今日ハ大量ノ魂ヲ体内ニ入レルコトガ出来タ……サスガダ、琥市」

 琥市と呼ばれた犬少女は謎の生き物と目を合わせず、無言を貫き通す。

「オマエハ、ヤハリ犬神トシテノ素質ガアッタヨウダナ……某ノ目ハ正シカッタ」

 この言葉に、琥市の耳と尻尾はビクっと動く。
 そう、犬少女は大量の呪術を得意とする犬神だったのだ。
 人を殺す呪い、人を病気にする呪いなど色々と使える。
 つまり、あの時村人が一斉に悶えていた原因は琥市の呪いだったのだ。

「そんなに……魂が欲しい……の……?」

 ようやく、琥市は言葉を呟く。
 この質問に、謎の生き物は、

「某ハ鵺。魂ガナイト生キルコトガデキナイ」

 生きるためには人の魂が必要だと、鵺という生き物は言う。

 鵺。
 普段は上空に居て、雲の中に隠れてすごしている妖。
 鳴き声はトラツグミを連想させるが、頭は猿、体は狸、手足は虎、尻尾は蛇と見た目は非常におぞましい。
 たまに、地上へ降りて人の魂を体内に取り入れて生命を保っている。
 同時に魂を自由自在に操ることも出来る能力を持っている。
 鵺が吠えるだけで生きている人の魂は抜け、鵺が鳴けば死んだ人の魂が宿る。
 つまり、人の生死を簡単に操作できる妖なのだ。
 さらに説明すると、鵺は妖の犬神を生ませることもできる唯一の存在である。

「サテ、某ガ地上ニ居ルコトハ少々マズイ。シバラク、琥市ハ休ンデ良イゾ」

 鵺はそう言って、この場を後にする——————

「わたくしは……いつ、解放されるの……?」

 琥市の言葉に、鵺は尻尾の蛇を動かしながら、

「解放ダト……?オマエハ何ヲ言ッテイル。誰ノオカゲデ救ワレタ命ダ?一生、某ト付キ合ッテモラウゾ」

 恐ろしい声で琥市に言葉を飛ばし、鵺は上空へ帰っていく。
 一生付き合ってもらう。この言葉に犬少女は耳と尻尾を落としていた。

「………………」

 そして、琥市は楓の木の根元まで歩きその場に座る。

 ——————なぜか、目の端には涙が溜まっていた。
 声を殺して、黙って悲しい気持ちをあらわにする琥市。
 いままで冷たい眼差ししかしていなかった犬少女が、今だけその瞳を崩している。
 どうして、自分はこうなってしまったのか。そんな雰囲気がどんどん漂ってくる。

 ——————不意に、どこからともかく鞘に刀を入れる音が聞こえる。
 琥市は、耳とピクリと動かしその音が聞こえた方向へ顔を向かせる。
 そこには、1人の男性が立っていた。

「……誰?」

 特に怯えることなく、犬少女は男性へ言葉を飛ばす。
 灰色で、とてもさっぱりするくらい短い髪の毛。前髪は、目にかかっていなかった。
 頭には、ふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、瞳は青緑色をしていた。
 男性用の和服を着て、腰には刀をつけておりその鞘には、お札かお守りか分からない物が紐で繋がれている。
 武士みたいな雰囲気を漂わせ、狼のように勇ましい眼光が1番印象に残る男性。

「拙者は、ただの放浪する狼だ」

 狼男はそう言って、犬少女の元へ近づく。
 その際、腰につけている刀の根元を左手で握り、親指を鍔に乗せる。少し前に出してすぐ元に戻す。
 これにより、鞘に刀をしまうあの独特な音が鳴る。

「そなたは、なぜ泣いている?」

 狼男の言葉に、犬少女は何も答えなかった。
 きっと何かあったに違いない。そう察した男は、なぜかその場に座る。

「えっ……?」

 当然、琥市は頭に疑問符を浮かべて言葉を呟く。
 狼男は腕組をしながら、

「誰にでも、知られたくないことはある。しかし、それを告白することで吹っ切れることもある……」

 犬少女へ言葉をかける。
 すると、透き通るような声が辺りに響き渡る。

「わたくしは……妖の犬神……1度、この世から死んで蘇生した……だから……悲しい……」

 琥市の言葉に、狼男は頭を悩ませる。
 犬神、死んだ、蘇生した。話の規模がとんでもなかったからだ。

「そなたは、とんでもない人生を歩んでいるのか……」

 この言葉に、琥市は冷たい眼差しで狼男を見つめる。

「あなたに……なにが分かるの……?わたくしみたいな人生を、送ったこともなさそうなのに……」

 抑揚のない言葉だったが、非常に強い思いが込められている言葉。
 狼男は、腕組を解きなぜか上空を見上げながら、

「拙者は……自分の過去が分からぬ」
「……えっ?」

 思わず驚く琥市。
 自分の過去が分からない人が今、目の前に居る。
 とても気になった犬少女。

「あなたは……その刀をなんで持っているの……?」
「……気がつくと持っていた」

 もしかすると、この狼男は記憶喪失かもしれない。
 琥市は最初にその考えが生まれる。

「あなたの名前は……?」
「拙者の名か?正狼 村潟(せいろう むらかた)だ」

 かろうじて、自分の名前は言えることにほっと一息する琥市。
 すると、村潟は、

「そなたの名はなんという?」

 思わず尻尾をビクッとさせる。
 自分の名前——————
 琥市は少々悲しそうな表情を浮かべる。

「わたくしは……犬神 琥市……」

 口を震わせながら、自分の名前を呟く。
 村潟は頭の疑問符を浮かべる。

「そなたは犬神で、名にも犬神とつくのか……」
「そう……この名前は……蘇生した時にもらった名前……死ぬ前の名前は……もう……捨てたの……」

 まさかの言葉に、村潟は眉間にしわを寄せる。
 一体、この犬少女に何があったのかどんどん興味を示すようになる。

「そなたは……死んで蘇生したと言っているな?拙者には、それが1番理解できないのだが……」
「……わたくしは、自分の両親に殺された……そして、妖の鵺がわたくしを蘇生させる……そして、この名前をもらう……」

 琥市の言葉に、1番疑問を思ったのは鵺という名前だった。
 村潟は放浪している身なので、ある程度妖と戦ってはいるが、蘇生をさせるほどの力を持った妖には、未だに会ったことがなかった。

「ふむ……鵺か……」
「でも、わたくしは……勝手に蘇生されて……鵺に利用されている……」

 蘇生されて、良いように使われている琥市。
 村潟はまた腕組をして一言言葉を呟く。

「そなたは……それで悲しいのか?」

 犬少女は大きく頷く。

 ——————その際に、目の端に溜まっていた涙が落ちる。

「一応、そなたは鵺からどのように利用されているか聞いておく」
 村潟の言葉に、琥市はゆっくり口を開ける——————


            ○


 犬少女は、メガネ越しから鵺を見つめ口を開ける——————

「あなたは……わたくしに……何をさせるの……?」
「某ハ……非常ニ、人ノ魂ガ欲シイ……ダカラ、オマエニハ人ヲ殺シテ欲シイ……」

 鵺の言葉に、琥市は驚いた表情を浮かべる。

「何……オマエニハモウ、ソレクライノ力ガアル。犬神ノ力……」

 これには、犬少女は顔を横に大きく振る。
 自分にはそんなことできない。と言うように。

「拒否ヲスルノカ?ソウカ、ソウカ……ソンナニ命ヲ捨テタイカ……」

 鵺は威圧感を出しながら、琥市を脅す。
 これには、さすがに口答えできずただ黙りこむ犬少女。

「ソウダ……ソレデ良インダ……フフフ……コレデ、某モ……」

 この言葉を境に、鵺と犬神は山の奥深くへ姿を消す。


           ○


「なるほど……これは非常に重たいな……」

 琥市の話が終わった瞬間、村潟は眉を動かして言葉を呟く。
 勝手に蘇生されて、人を殺すように利用される。しかも、拒否をすればまた命を失う。
 なら、人を殺すしかない。犬少女は逃げ場のない状況に苦しみ、悲しんでいたのだ。

「もう……人を殺したくない……これ以上……やめて……」

 琥市の切実な願いが言葉で出る。
 村潟はしばらく黙っていた。

「そもそも、こんな性格だから……わたくしは、両親に殺されたと思う……何も言わない、言えない娘なんて……居ないようなものだから……」

 あの時、両親に殺されるようなことをしなければ、このようなことには至らなかった。
 どんどん、自分で自分を追い詰める琥市。
 肝心な時に言葉を言えない自分。人の表情を伺って言葉を出す自分。攻められると無言になる自分——————
 不意に、村潟から質問される。

「そなたは……自由に生きたいか?」

 琥市は、涙を流しながら大きく頷く。
 すると、村潟は犬少女の頭を撫でる。
 意外と艶やかな髪の毛は手に絡まることを知らず、可愛い2つの耳も当たる。

「なら、拙者に任せてくれないか……力になれるかどうかは分からないが……この刀で、鵺を斬る……!」

 狼のように鋭い眼光で、琥市へ言葉を飛ばす村潟。
 もしかすると、自分を救ってくれるかもしれない。犬少女はまた大きく頷く。

 ——————「フフフ……何ヲヤッテイル?」
 突然、上空から恐ろしい声が聞こえてきた。
 2人は、尻尾をビクッと動かして上空を見上げる。

「鵺……」
「むっ……あれが、鵺か……」

 琥市を好き勝手に利用する黒幕、鵺。
 非常に禍々しい雰囲気を漂わせながら地上へ降りてくる。
 同時に、村潟は鞘から刀を抜き両手で握る。

「琥市……先マデノ会話ハ全テ聞カセテモラッタ……自由ニ生キタイダト?ソレハ、ドウイウ意味カ分カッテイルダロウナ?」

 いままでにないくらい、威圧感を出す鵺。
 琥市は耳と尻尾を挙動不審に動かして、屈する。
 そんな犬少女を、村潟は力強い言葉で、

「心配するな。そなたは……なにがなんでも拙者が守る……そして、自由にさせる!」

 狼らしい真っすぐな言葉。これには思わず、琥市はいままで蓄積していた悲しみを涙という形で流す。

「オマエニ……ソレガデキルト思ッテイルノカ!?」
「できる、できないではない……やるしかないんだ……」

 刀を構えて、村潟は鵺の懐へ颯爽と向かう。
 だが、鵺も虎の鋭い爪でそれを受け止める。

「くっ……」
「ヌッ……凄マジイ力ダ……コノママデハ……」

 意外と、鵺の方が押されている状況になっていた。
 妖に負けないくらいの力を持つ種族。それが狼。
 村潟は後ろに居る琥市を助けたいという思いもあって、なおさら力が入る。

「蘇生をさせたのは大いに評価しよう……しかし、それで琥市を悪の道へ利用するなど言語道断!そんな腐った根性。拙者の刀で斬るのみ!」

 そう大きく叫んで、村潟は鵺の鋭い爪を弾き飛ばす。
 そして、深い一閃を繰り出す。

「ウグッ……」

 鵺の体からは、禍々しい雰囲気を漂わせる血が流れ出る。
 ひとまず、村潟から距離を離して苦痛な表情を浮かべていた。

「オ、オマエハ……只者デハナイナ……」
「拙者は、ただの放浪する狼。正狼 村潟……刀を持った普通の狼だ!」
「正狼……村潟ダト……?ナ、ナゼ……オマエガコノ世デ生キテイル!?」

 鵺は狼男の名前を聞いた途端に、体を震わせる。

 ——————先までの威圧感が全く感じられなくなった。
 村潟は、両手で刀を握り今度は尻尾にめがけて颯爽と向かう。

「拙者は、この世で放浪する狼だと言っているだろう!」

 尻尾の蛇は、見事に刀で斬られる。
 体と尻尾を斬られた鵺は、そろそろ命の危険を悟る。

「コレハ……マズイ……ダガ……」

 鵺は胡散臭い表情を浮かべて、村潟を見つめる。
 すると、後ろに居た琥市は目を見開いて、

「鵺を吠えさせたら……魂を持っていかれる……」

 この言葉を聞いた村潟は、吠えさせないように刀で一閃をしようとする——————

「モウ遅イ……」

 鵺は恐ろしい眼光で村潟を見つめ、大きく吠える。

 ——————地面へ倒れたのは鵺だった。
 吠えた瞬間、なぜか自分の体にとても深い傷が生まれる。
 琥市も、この状況に混乱する。

「そなたは……一体、何をしようとした?」

 一方、鵺に致命傷を与えた村潟は、何事もなかったように言葉を呟く。
 とてもおかしな展開に、倒れた鵺は村潟を見つめる。

 ——————なぜか、鞘に繋がれたお札かお守りみたいな物が目に入った。

「ソ、ソレハ……ナ、ナントイウコトダ……ココマデ来テ、某ノ邪魔ヲスルノカ……九狐(きゅうこ)……」

 謎の言葉を言い終わった瞬間、鵺は息を引き取った。
 村潟は刀を鞘に戻して、すぐに琥市の傍へ向かう。

「これで、そなたも自由になったな」

 あの鵺を退治してしまった。
 琥市はどこか嬉しそうな表情を浮かべて、涙を流していた。
 やっと悲しい思いをしなくて良い。そんな雰囲気を露骨に出していた。

「(鵺の最後に言った言葉……どこか、胸に引っかかる……)」

 村潟は、腕組をしながら鵺の言葉に頭を悩ませる。
 そして、5分くらい経って琥市は涙を流すことをやめる。

「さて……拙者はまた、放浪する……そなたも、元気に生きていくんだぞ」

 体を180度回し、村潟はこの場を後にするため足を進める——————

 なぜか、その足は止まってしまった。
 咄嗟(とっさ)に、村潟は首だけ後ろを振り向かせる。
 そこには、狼男の右袖をきゅっと握る犬少女が居た。

「………………」

 しかし、琥市は何も言わなかった。
 村潟はどうしたら良いのか分からず、一瞬慌てるがそれはすぐになくなった。

 ——————琥市の尻尾が、大きく動いていたのだ。
 自分もついていきたい。そんな思いを尻尾から出していた。

「そうか……分かった。拙者と共に放浪でもするか?」

 この言葉に、琥市は可愛らしい犬歯を出して笑顔になる。
 いままで冷たい瞳しか見たことない村潟にとっては、かなり微笑ましいことだった。

「わたくしのこと……守って……くれる……?」

 犬少女は赤面させて、村潟へ言葉を呟く。
 もちろんこの言葉に、

「御意(ぎょい)」

 こうして、2人は共に放浪する仲になる。
 村潟が偶然、ここで放浪していたから自分は救われた。そんな思いを、ずっと胸に刻む琥市だった。


            ○


「むっ……?どうした琥市?」

 あれから、時は10年くらい経つ。
 後ろに居た琥市は懸命にある所を指でさしていた。

 ——————団子屋だった。

「ふむ、拙者も小腹がすいてきた頃だし……丁度良いか」

 団子屋へ行くことにする村潟と琥市。
 特に、犬少女は尻尾を大きく振って可愛らしい笑顔をしていた。

「また、みたらし団子を10本食べるのか?」

 この言葉に、琥市はむっとして村潟の左袖をぺしぺし叩く。

 ——————あの頃より、ずいぶん表現や表情が豊かになっていた。

「冗談だ」

 村潟は笑いながら、琥市へそう言葉を飛ばす。
 すると、突然、

「村潟……」

 幼さが残り、透き通る声が響く。
 村潟は足を止めて、琥市をじっと見つめる。

「その……あ、ありがとう……そして、これからも……守って……ね……?」

 まさかの言葉に、村潟は少々困った表情をする。
 しかし、それはすぐになくなり思わず出た言葉が、

「御意」

 ——————同じだった。
 琥市は心の中でそう呟き、満面な微笑みを浮かべる。
 なにがなんだから分からない村潟は、とりあえず勢いに任せるしかなかった。
 今も昔も変わらぬ信念。1人の犬少女をなにがなんでも守るということ。
 それは、使命でも命令でもない。自分の意思で決めた。
 琥市を悲しませないこと、それが村潟の活力となっている。

 犬少女が喜ぶ姿は、狼男にとって至福の一時だった——————