複雑・ファジー小説

Re: 獣妖記伝録 ( No.136 )
日時: 2011/09/14 21:59
名前: コーダ (ID: Qs8Z87uI)

 快晴の青空。秋にしては少し暑い昼。
 風も吹いておらず、夏に戻ったのではないかと思わせる。
 そう、心の中で呟く1人の旅人が居た。
 登山用の鞄(かばん)をしょって、懐から布を取り出し額の汗を拭う。

「ふ〜……街道を歩くだけでも、疲れるなぁ〜」

 思わず、弱音を吐く旅人。
 猫のように細い尻尾をふりふり動かして、本当に暑そうにしていた。
 それからまた、無言で足を進める。
 ふと、目には小さな村が映る。

「お〜……丁度良いや。あそこで一休みしよう」

 旅人は安堵の表情で言葉呟く——————
 しかし、その表情はすぐに変わってしまった。

「えっ……?」

 小さな村の中に居たのは、村人ではなく体格のいい巨漢みたいな者だった。
 頭にはなぜか2本の角みたいな物を生やしており、全ての物を壊す雰囲気を露骨に漂わせる。
 旅人は目が良かったため、200mくらい離れた所からその者たちを見ていた。

「なんだ……あれは?」

 旅人は恐怖と好奇心に身を任せて、その場で立ち止まり巨漢たちの様子を見る。
 すると、1人の巨漢が1つの家を右手で殴り木端微塵にしたのだ。

「なっ……!?」

 開いた口が塞がらない旅人。
 木造で出来ているとはいえ、拳で家を壊すのは人が出来ることではない。

 つまり、あの巨漢たちは——————

「これは危ないなぁ……あんなに妖(あやかし)が居るなんて……」

 旅人は慌ててこの場を去るため、来た道を戻ろうとする。
 その瞬間、巨漢たちの中にひときわ大きな巨漢が目に映る。
 動きにくそうな和服を着て、さらに羽織も上から着用していた。
 明らかに、他の巨漢たちとは雰囲気が違った。

「うわぁ……早く逃げよ……」

 旅人は尻尾を挙動不審に動かして、街道を走る。
 その途中に、とある看板が目に入る。
 書かれている内容は、この先に村があるということを知らせていた。
 なぜか旅人は、その看板を地面から抜いてくるっと180度回して、また地面に挿す。
 そして、鞄の中から黒い炭の塊みたいなものを取り出す。
 荒々しくそれを看板の裏に当てて、何か言葉を書く。

「これでよし……」

 旅人は砕けた炭の塊をそこら辺に捨てて、また慌てて街道を走る。
 看板には大きな字でこう書かれていた。

 ——————この先超危険。


        〜鬼と鳥獣 前〜


 山の麓にある村。
 快晴の天候に、人々は外に出て色々なことをしていた。
 主婦たちがのんびり会話したり、お店の売り子が一生懸命店番をする。
 そして、長い木の板を肩に乗せて歩く男がひときわ目立つ。
 そう、この村は木工が盛んだったのだ。
 風が吹くたびに、地面に落ちている木の粉が舞う。

「はっくしょん!」

 あまりの木の粉に、1人の美人な狐の女性が大きなくしゃみをする。
 その音量はけっこう大きかったのか、狐の女性の周りに居た主婦は目を見開いて唖然としていた。
 確かに、こんなに美人な女性が大きなくしゃみをすれば誰でも驚く。

「はっくしょん!ちっ……鼻がムズムズする……」

 もう1回、大きなくしゃみをして舌打ちをする狐の女性。
 すると、その後ろから狐の男性が浅い溜息をして、

「君はぁ……本当に、狐らしくないねぇ……いや、それ以前に女性らしくない……」

 右手で頭をかきながら、狐の女性は言葉を飛ばす。

「はぁ?それがあたしの生き方だ!狐らしくない?女性らしくない?んなもん、上等だ!」

 狐の女性は、胸を張って言葉を飛ばす。
 狐の男性は思わず微笑み、

「ふむ……さすがは琶狐(わこ)。我は、そういう生き方嫌いではないなぁ〜」

 意外な言葉を呟く。
 琶狐と呼ばれた狐の女性は、少々赤面する。

 首くらいまで長い黒い髪は、とても艶やかで前髪は目にけっこうかかっている。
 頭にはふさふさした2つの耳と2本の神々しい金色の尻尾が揺れていた。
 眠そうな表情から見える黒紫色の瞳は、どこか怪しさと不思議さを持っていた。
 男性用の和服を、微妙に崩して着用していて、とても頼りなさそうな雰囲気を漂わせる。
 履いている下駄はとても汚れていて、至る所を放浪したと伺える。
 極めつけに、首にはお札かお守りか分からない物が、紐で繋がれている狐の男性。詐狐 妖天(さぎつね ようてん)。

 腰まで長い金髪の髪の毛は1本1本繊細で、前髪は目にかかっていない。
 頭にはふさふさした2つの耳と、金色に輝く1本の尻尾が揺れている。
 金色の瞳は、見つめられただけで魅了されてしまうが、どこか力強い威圧感も混じっていて、それは狼に睨まれている状況を連想させる。
 女性用の和服を上に着用して、下半身には巫女がつけていそうな袴を着ている。
 時々見える肌はとても白くて、触るとすべすべしていそうな感じがする。
 履いている下駄は、傷と汚れが目立ち日頃から激しい動きをしているのが分かる。
 極めつけに、何か言葉を言うたびに見える独特な犬歯が、印象的な狐の女性——————いや、狐狼(ころう)の女性。神麗 琶狐(こうれい わこ)。

 2人は、共に放浪する仲だった。

「ったく……いきなりなんだよ……あ、あたしにそんなこと言っても何もないぞ!?妖天」

 琶狐は照れ隠しをしていたが、尻尾が挙動不審に動いていたので、気持ちがだだ漏れだった。
 当然、妖天はその尻尾をじっと見つめていた。

「ふむ……そうかぁ……君はぁ、難しいなぁ……」

 こめかみを触りながら、分かっていない振りをする狐男。
 狐は騙すことは得意なので、狼の血が流れている琶狐は、妖天が分かっていない振りを素直に信じる。

「……貴様だけかもな。あたしのことをこんなに気にしてくれる奴は」

 ふと、琶狐はどこか寂しそうに言葉を呟く。
 妖天は彼女の豹変ぶりに、拱手をして、

「よさんか……そうやって、自分自身を自虐する琶狐を我は見たくないぃ……君はぁ、罵声を飛ばす姿が1番君らしいのにねぇ……それに、我は気にしないと、前に言っただろう?」

 凛々しい表情で言葉を囁く。
 琶狐は耳をピクピク動かして、小さな声で、

「そっか……悪かった。自分らしくねぇ言葉を言って」

 先程の言葉を撤回する琶狐。
 妖天は、そんな彼女を見て、

「(我の胸が躍っている……?ふむ……まさか、無意識で琶狐の事を……)」

 どこかくすぐったい気持ちになる。
 思わず2本の尻尾を動かして、琶狐を眼中に入れないようにする。

「むっ?どうした?」

 途端に、違和感のある行動をしたので琶狐は思わず尋ねる。

「い、いやぁ……なんでもないぃ……」

 妖天は自分のこめかみを強く押して、変な気を紛らわせる。

「なんだ!?あたしに何か言いたいことがあるなら遠慮なく言え!」

 この言葉に、妖天は目を泳がせる。
 すると、なぜか彼女の胸に目が行った。

「そういえば、今日はサラシを巻いていないのかぁ?琶狐」

 そう、今日の琶狐は和服の上から胸の膨らみが目立っていたのだ。
 普段はサラシを巻いて、邪魔にならないようにしているが、それでも若干膨らみはある。

「あぁ、新しいサラシを買うために前の奴を捨てたのさ」

 腕組をする琶狐だが、胸の膨らみでとてもぎこちなかった。
 そんな彼女を見て妖天は、

「ふむ……では、しばらく別行動をしようかぁ……」

 そう一言呟き、どこかへ向かってしまった。
 琶狐は頭の中に疑問符を浮かべながら、近くの和菓子屋へ入っていく。


            ○


「くしゅん……」

 一方、この村の別の場所では1人の兎女と1人の鳥少年が歩いていた。

 腰にかかるくらい長い白い髪の毛で、前髪は若干目にかかっていた。
 右目には片メガネのモノクルをつけて、瞳はとても真っ赤だった。
 兎のように長くて白いふさふさした耳は、辺りの気配を察知するために常に動いていた。
 女性用の和服を崩すことなく着用して、とても礼儀正しい雰囲気を漂わせる。
 右手にはとても大きな弓を持っており、それは猪くらいなら即死させてしまう威圧感があった。
 それに伴い、左肩には矢を入れる箙(えびら)をつけている。
 履いていた下駄はとても汚れていて、長年色々な所へ放浪したことを伺わせる。
 極めつけに、首にはお守りかお札か分からない物が紐で繋がっている兎女。箕兎 琴葉(みと ことは)。

 肩までかかるくらい長い黒い髪の毛で、前髪は目にかかっており、ぱっと見た感じ少女に見える顔立ち。
 左目には片メガネのモノクルをつけていて、少々知的な感じを受ける。
 背中には灰色の大きな翼をつけていたが、それはもう空を飛べる生気を感じさせない。
 右目の瞳は深海みたいに青色で、左目は血を連想させるように赤かった。
 男性用の和服の上に羽織を着ていて、その姿は思わず拝みたくなってしまうくらいだ。
 空を飛んだことがないのか、履いていた下駄は非常に汚れていた。
 極めつけに錫杖(しゃくじょう)を持ち、遊環(ゆかん)を鳴らして妙な雰囲気を漂わせる鳥少年。天鳥船 楠崎(あめのとりふね くすざき)。

「琴葉?どうしたの?」

 楠崎は、くしゃみをした琴葉を心配してこんな言葉で尋ねる。

「いえ……木の粉が風で……」

 目に涙を溜めながら、言葉を呟く琴葉。
 楠崎は、もっている錫杖の遊環を鳴らし、

「確かにね。肉眼で木の粉が浮いているのが分かるくらいだし、くしゃみくらいして当然か……」

 モノクルを光らせて、鳥のように鋭い眼光で浮いている木の粉を目に入れる。
 しかし、それは琴葉の目には映らなかった。

「楠崎は、目が良いんですね」

 少々羨ましそうに、鳥少年へ言葉を飛ばす。
 すると、眉を動かして、

「腐ってもまだ鳥だからね、こちらは……視力には自信はあるよ」

 腐ってもまだ鳥。それは遠まわしに自分の事を自虐していた。

 空を飛べる生気を感じさせない翼——————琴葉は、少し目を地面に落とす。

「まぁ、今更どうこう言っても仕方ないけどね。こちらが選んだことだし」

 楠崎は自嘲(じちょう)した表情を浮かべ、どこかへ行ってしまった。
 残された琴葉は、鳥少年の後へついて行くことはせず、しばらく黙って立っていた。


            ○


「お〜い!金鍔(きんつば)はまだかぁ〜?」

 一方、和菓子屋で大きな声が響く。
 美人な狐狼の女性。琶狐だった。
 尻尾を大きく動かして、金鍔が来るのを待っていた。

「す、すみません!今持ってきました!」

 若い猫の店員が、金鍔と熱いお茶を持ってくる。
 琶狐は耳をピクピク動かして、喜びをあらわにしていた。

「やっと来たかぁ!これは、美味そうだ!」

 金鍔の傍に置いてある、黒文字楊枝(くろもじようじ)を使うことなく、手づかみで食べる琶狐。
 あまりにも野生的な食べ方に、お店の中に居た人たちは唖然とする。

「美味い!なんだこの味は!?いままで食べた金鍔の中で1番美味いぞ!」

 琶狐は、独特な犬歯を見せながら言葉を飛ばす。
 金鍔のあまりの美味しさに、耳と尻尾を動かしてとても幸せそうだった。

「これは、いくらでも食べられる……ん?」

 店の中を見回して、ある物を見つける琶狐。

 白くて長方形の食べ物——————外郎(ういろう)だ。

「そういえば、あいつ外郎が好きだったなぁ」

 小さくそう呟き、琶狐は考える。

「……まぁ、世話になっているしな。土産に買っていくか」

 大きく頷き、店の人に外郎を土産に注文する。
 あいつのため——————つまり、妖天のことだった。

 いつも眠そうな表情をして、酷い時はあくびを何回もする。極めつけに頼りなさそうな雰囲気も露骨に出す。
 非常に面倒なことが嫌いで、出来れば関わりたくないといつも心の中で思っている。
 何を考えているのか全く分からず、それを人前で言う事はほとんどない。正に、狐みたいな性格。
 だが、ひとたび状況が変わればその頭の良さで数々の危険を乗り切る。
 冷静な状況分析、的確な処置。凛々しい表情を浮かべながら、行う妖天はとても魅力的だ。

「(あたしの胸が躍っている……喜んで外郎を食うあいつの表情を思い浮かべるだけで……な、なんだ!?このくすぐったい気分は!?)」

 顔を赤面させて、どこか落ち着きをなくす狐狼女。

「はい。外郎です」

 不意に、店員に声をかけられ声を出して驚く琶狐。
 あまりの驚き方に、店員は唖然とする。

「す、すまん!じゃ、あたしはこれで!」

 外郎を受け取り、琶狐は慌てて和菓子屋を後にする。

「あ〜……なんだこの気持ちは!」

 眉を動かして、胸の鼓動を抑えようとする琶狐。
 傍から見れば、少々怪しい人に見える。

 ——————「あの狐は、何をしているのかな?」


           ○


「むぅ……意外と種類があるのだなぁ……」

 別の場所では、こめかみを触りながら頭を悩ます狐男。妖天が居た。
 大量の布などを売っているお店。妖天の目にはたくさんのサラシが映っていた。

「長さが、若干違うのかぁ……はて、琶狐はどれくらい長い方が良いのかぁ……」

 そう、妖天は琶狐のサラシ買おうとしていたのだ。

「……やっぱり、未だに我の胸が躍っている」

 妖天の胸の鼓動は、なぜかいつもより激しく動いている。
 サラシを受け取って嬉しそうに言葉を飛ばす琶狐。余計なお世話だと言って言葉を飛ばす琶狐。どちらもありえそうな状況だったが、狐男的にはどちらでも良かった。
 琶狐のために、なにかしてあげたい。妖天の気持ちはそれでいっぱいだった。

「……まぁ、この1番長いので良いかぁ〜」

 とりあえず、このお店で売られている1番長いサラシを買う妖天。
 そして、それを大事に持って琶狐と合流するため町の中を歩く。

「琶狐かぁ……あの時偶然出会ってから、いつの間にかかなり時が経っている……」

 初めて琶狐と会った、あの星空が綺麗な夜を思い出す妖天。
 金縛りをして、それを解き。気がつくと後をつけられ、いつの間にか一緒に放浪する仲になっている。

 狐とは思えない行動と言葉。その理由は、琶狐の体には狼の血が流れているから。
 黙っていればとても美人で、そこら辺の男からすぐに声をかけられそうな容姿。しかし、1回口を開けば罵声ばかり飛ばす。
 平気で、人のことを殴ったり蹴ったりして、無理矢理どこかへ連れて行かれる時も多々ある。
だけど、たまに自分から墓穴を掘って耳と尻尾を落としたりする。その時は、非常に女性らしくて可愛らしい。

「……我は、何を考えているんだぁ?」

 琶狐の特徴を頭の中で考える妖天。
 しかも、それを10秒も経たずに思い浮かべられる辺り、相当琶狐のことを見ている。

「(……我は、もしかすると琶狐のことが好きなのか?)」

 自分でも驚くほど、人の事を考えている。
 つまりそれは、好きという感情がなければできない。
 妖天は、ようやく自分の気持ちが見えてきた。

「(ふむ……)」

 眉を動かして、考える妖天。
 自分は琶狐の事が好き。その気持ちに偽りはなかった。
 だが、これからどうするかは考えていなかったのだ。
 このまま気持ちを伝えるか、それとも伝えないか。

 ——————不意に、妖天の頭の中に9本の尻尾を持った女性が思い浮かぶ。

「(……!?)」

 記憶に存在しない女性。なぜか、自分の脳内に出てくる。
 その姿は、おしとやかで女々しく、さらに艶めかしい雰囲気を露骨に出していた。正に、狐女を象徴とする姿だった。

「君はぁ……誰だぁ……?」

 頭を悩ませて、妖天は狐女の正体を思い出そうとする。
 しかし、思い出そうとすればするほど頭は痛くなってきて、いつの間にか激痛が走るようになった。

「うっ……君はぁ……だ、誰だぁ……お、教えてくれぇ……」

 その場でひざまつき、苦悶な表情を浮かべる妖天。
 額から汗を出して、明らかに危ない状況。

 ——————「大丈夫ですか!?」

 不意に、背後から声をかけられる。
 妖天はゆっくり首だけ後ろに振り向かせる。
 そこには、兎の女性が心配そうな表情を浮かべて見つめていた。

「き、君はぁ……?」
「今は、そんなこと気にしている場合じゃないですよ。とりあえず、少し休みましょう」

 兎の女性は、妖天に肩を貸して休める場所を探す。

 ——————狐男のお札かお守りみたいな物は、今だけ変な雰囲気を出していた。


            ○


「さて、君はあからさまに怪しかったけど……?」
「あたしが何をやったか知らねぇが、貴様から見ればあたしは怪しかったのか。それは悪かった」

 妖天が倒れている頃、琶狐は鳥少年に捕まっていた。
 モノクルを光らせて、事情聴取をする人とされる人を連想させる風景。

「まぁ、こちらはあれこれ言える立場じゃないから、これ以上しないけど……気をつけた方が良いよ?」

 偉そうに言葉を飛ばす鳥少年。
 すると、琶狐は耳を動かして、

「なんか貴様の言い方は気にくわんな。その偉そうな態度、人を嘲笑うかのような表情……何様のつもりだ!?」

 まさかの言葉に、鳥少年は口を開けて唖然とする。
 実は、いままでこんな言葉を言われたことがなかったのだ。
 鳥少年の不思議な威圧感で、なぜか言葉を返してはいけない衝動にかられるからだ。
 そんな威圧感を払いのけて、言葉を飛ばした琶狐は相当な度胸を持っている。

「君は……狐らしくないね」

 開いた口を塞いで、鳥少年は思ったことを率直に言う。
 琶狐はぎこちなく腕組みをして、

「よく言われる!」

 独特な犬歯を見せながら、大きな胸を張る。
 鳥少年は眉を動かして、頭の中で少し考える。

「(あの犬歯……とても狐とは思えないね……ということは……)」

 鋭い眼光で、琶狐を見つめる鳥少年。
 これには思わず、尻尾をビクッと動かす。

「な、なんだい?」
「いやぁ、まさか君が狐狼だなんてね……確かに、狼の血が混ざっていれば狐らしくないのは当然だね」

 鳥少年の言葉に、琶狐は黙る。
 何も言い返せなかった。安易に独特な犬歯を見せた自分が悪かったのだから。

「これは……さて、どうしようかな?」

 持っていた錫杖の遊環を鳴らして、鳥少年は嘲笑うかのような表情を浮かべて考える。

「(このまま国に報告すればこの狐狼女は即死刑……だけど、それを報告したのが天鳥船だとなると……少々面倒なことになりそうだね……それに、藍(あい)になんて言われるか分からないし……)」

 このまま報告しても良いが、その報告した者を公に発表されると、動きにくくなると判断する鳥少年。

「この件は、黙っておくよ。運が良かったね」

 やれやれと言った表情で言葉を呟く。
 すると、琶狐は目を見開き笑顔で、

「貴様、案外優しいな!」

 いきなりの発言に、鳥少年はどこかくすぐったい気持になる。
 優しいと言われて嫌な人はあまり居ない。この鳥少年もそうだった。

「あくまでこれは、こちらのことを考えた上での処置だからね?決して、君を思ってのことじゃないよ」
「それでも良いんだ!あたしは、まだこの世界を放浪したいしな」

 また独特な犬歯を見せて、言葉を飛ばす琶狐。

「君は……とても強いね。過去に何があったか聞きたいくらいだよ」

 左目の赤い瞳を輝かせて、鳥少年は小さく言葉を呟く。
 琶狐は苦虫を噛んだかのような表情を浮かべて黙る。

「まぁ、良いや……所で、君……名は?」
「ん?あたしは神麗 琶狐だ!」

 突然名前を聞かれて疑問を思わずに、すぐに自分の名前を言う琶狐。
 これには、本当に狼らしいなと心の中で呟く鳥少年。

「こちらは天鳥船 楠崎」
「楠崎か。良い名前だな!」

 ——————妖退治で有名な天鳥船の名を聞いても、驚かなかった琶狐。
 楠崎はとても不思議そうな表情を浮かべていた。


            ○


「だいぶ落ち着いてきましたね」

 妖天と兎の女性は近くの和菓子屋で休んでいた。
 額の汗はなくなり、呼吸も整ってきた狐男の様子を見てとりあえず、大丈夫と判断する。

「すまないねぇ……わざわざこんなことをしてくれて……」

 本当にすまなそうに、妖天は兎の女性へ言葉をかける。

 ——————その際、兎の女性の首元にあるお札かお守りみたいな物が目に映る。

「いえいえ、そんなことありません。あのまま放っておくのもなんだか、心が痛みますし」

 優しい微笑みを浮かべながら、妖天へ言葉を送る。
 この兎の女性は普段から、こういう人なのだろう。そう心の中で呟く狐男。

「ふむ……所で、君ぃ……名前はなんという?」

 拱手をしながら、妖天は兎の女性の名を尋ねる。

「私は箕兎 琴葉と言います」

 慇懃(いんぎん)に自分の名前を言う琴葉。
 この立派な態度に、思わず妖天は耳をピクリと動かす。

「我は、詐狐 妖天。放浪する狐さぁ」

 拱手をしながら、妖天も琴葉に自分の名前を言う。
 その際、首につけているお札かお守りみたいな物が揺れ動く。

「そのお札かお守りみたいな物は、どこで手に入れたのですか?」

 琴葉は、自分と同じ物を首につけている妖天へどこで手にいれたかを尋ねる。

「む?これは……我が気がついたときにはあったものだぁ」
「気がついたときですか?実は、私も気がついたときにはこれがありました」

 2人は頭を悩ませる。
 気がついたときには、もうお札かお守りみたいなものがあった。
 どこかで手に入れたという記憶は全くない。

「ん〜?最近、このお札かお守りみたいな物をつけている人に会うなぁ……前は、狼の男がつけているのを見たぞ?」
「狼の男ですか?もしかしてその人、鞘につけていませんでしたか?」
「そうそう、鞘についていたなぁ……確か、正狼 村潟(せいろう むらかた)と言ったか?」
「やはりそうですか……私も、会ったことあります」

 なんと、2人はもう1人自分と同じ物をつけている人を見たことがあった。
 これは偶然という言葉では片づけにくい出来事、妖天と琴葉はもっと頭を悩ませる。

「これはぁ……どういうことだぁ?」
「……何かあるのでしょうか?」

 しばらく、2人は黙る。
 改めて、自分の身についている謎の物について真剣に考える。
 気がついたときにはつけていて、それをはずしてはいけない衝動にかられる。

「……不気味だねぇ」
「はい」

 とりあえず、2人はこの和菓子屋を後にする。

 そして、町の中を歩いていると——————

「やっと見つけたぞ!」

 突如、大きな声が背後から聞こえる。
 2人は後ろへ振り向き、声をかけた人を見つめる。

「わ、琶狐?」
「あれ?楠崎も居ますね」

 妖天と琴葉は、少々驚きながら言葉を呟く。
 まさか、こうやって琶狐と楠崎に会うとは思っていなかったから。

「あの狐の男は君の知り合いかい?」
「あぁ、あたしと共に放浪する詐狐 妖天さ!」

 琶狐の言葉に、楠崎は眉を動かしてモノクルを光らせる。

「(詐狐 妖天……へぇ〜、これはもしかすると面白くなってきそうだね)」

 口元を上げて、胡散臭い微笑みをする楠崎。
 妖天、琶狐、琴葉、楠崎は一か所に合流して色々と話す。

「色々聞きたいことはありますが、まずは軽い自己紹介でもしましょうか?」

 まず琴葉が、お互いの自己紹介をした方が良いと催促する。
 すると琶狐は、

「あたしは神麗 琶狐だ。隣に居るのは、天鳥船 楠崎さ!」
「なっ、勝手にこちらの名前も!?」

 自分の名前と、ついでに隣に居た楠崎の名前を言う。
 鳥少年は、とてもまずそうな表情を浮かべて珍しく叫ぶ。

「なんだ?まずかったのか?」
「……いや、もう取り返しはつかないね(参ったね……さすがに、あの狐男なら勘づくかな?)」

 錫杖の遊環を鳴らし、顔を左右に振る楠崎。
 琶狐は頭の中に疑問符を浮かべるしかなかった。

「えっと、こちらは箕兎 琴葉と言います。隣に居るのは……?」

 琴葉は隣に居る妖天を見つめる。

 ——————凛々しい表情で、こめかみを触って何かを考えていた。

「(天鳥船……?確か、この世で1番妖退治に力を入れている一族だったなぁ……う〜ん?この名前は以前に聞いたことある気がするぞぉ……はて?なんでだぁ?)」

 小さな唸り声を上げて、深く考える。
 すると、楠崎もなぜか唸り声を上げる。

「(ちょっとまずい気がするね……琴葉、村潟は大丈夫でも、さすがに妖天は無理かな?)」

 琶狐と琴葉はどうして良いのか分からず、耳を動かしてそわそわしていた。

「(思い出せん……きっと何かあるに違いないがぁ……むぅ……今回の所は、諦めようかぁ……)」
「(苦し紛れに、良いわけでも考えておこうかな……?)」

 そして、2人は顔を上げる。

「我はぁ、詐狐 妖天。ただの放浪する狐さぁ〜」

 考えに考えて、まさかの普通に自分の名前を言う妖天。
 琶狐と琴葉は予想外の出来事に、妖天へ一言呟く。

「先の無駄に考えた時間はなんだ!?」
「えっと……まさか、面白い自己紹介をしようとして結局まとまらず普通にしたんですか?」

 散々な妖天。しかし、楠崎は安堵の表情を浮かべていた。

「(どうやら、助かったようだね……でも、油断はできない。相手は狐だから……)」
「(だが、我は諦めないぞぉ……天鳥船……)」

 2本の尻尾を動かして、心の中で天鳥船について思い出そうと刻む妖天。
 しばらく、琶狐がお土産として買ってきた外郎を食べながら軽い雑談を楽しむ4人。
 もちろん、妖天はその外郎を嬉しそうに食べていた。

 ——————「お〜い!そこの4人離れてくれ——!」

 突然、どこからともかく叫び声が聞こえてくる。
 4人は疑問符を浮かべて、辺りを見回す。

「あれ?もしかしてあの人ですか?」

 琴葉は、こちらに目がけて走ってくる猫男を目に入れる。
 続いて妖天と楠崎もその姿を確認して、今立っている場所から離れる。琶狐はずっと反対方向を見つめていたので3人が離れたことに気がつかなかった。

 ——————走る猫男は琶狐に思いっきりぶつかった。

 お互い離れるように倒れることはなく、猫男が琶狐を押し倒すような形で倒れた。

「痛っ……あれほど離れてくれといったのにぃ……まぁ、この柔らかい物があって助かったけどなぁ〜」

 猫男は右手で頭を押さえながら、左手で柔らかい何かを触る。
 3人は目を見開き、言葉を飛ばす。

「山杜(さんと)かぁ?」
「野良猫さん?」
「……また君?」

 山杜、野良猫——————そう、3人が見た猫男は世界を放浪することで有名な猫崎 山杜(ねこざき さんと)だった。
 放浪する理由は未だに不明で、特に山の中を散策するのが好きな猫。

「おぉ〜!誰かと思えば妖天に琴葉、楠崎かぁ〜!いやぁ〜……こんな偶然があるなんてねぇ」

 陽気に3人へ声をかける山杜——————

「おい……早くそこからどけろ!」

 突如聞こえる大きな声。
 山杜は辺りを見回して、声の行方を探る。
 ふと、顔を下げる。

「あっ……」

 そこには目で威嚇する琶狐が居た。
 狐とは思えない眼光に、山杜は硬直する。

「あ、あれ……もしかして、この柔らかい物は……」

 猫男は自分の左手を見つめる。
 無意識に、琶狐の豊満な胸を触っていたのだ。

「き、貴様——!」

 ——————その場で思いっきり立ち上がり、猫男にとても重たい蹴りをする狐狼女。
 あまりの衝撃に、山杜は3mくらい跳んで行った。

「い、痛そうですね……」
「まぁ、自業自得じゃない?」
「我はぁ、何度も蹴られているから慣れている……」

 その様子を見ていた3人は、好き勝手に一言呟いていた。
 当の琶狐は、尻尾を激しく動かして怒りをあらわにしていた。


            ○


「さて、なんでこうなったか説明してもらおうかな?」

 錫杖の遊環を鳴らして、楠崎は山杜へどうしてこうなったか質問する。
 琶狐は妖天の傍で、猫男を鋭く見つめる。

「一大事だ、一大事!ここから3kmくらい離れた村に妖が居たんだ!」

 何を言っているのかよく分からなかったが、最後の妖という言葉だけは聞き取れた。
 4人は眉を動かして、さらに問い詰める。

「村に妖かぁ……面倒なことになりそうだねぇ……」

 妖天は拱手をしながら、本当に面倒そうに言葉を呟く。

「村に妖が居る時点で一大事ですね……どうしますか?」
「当然行くよ」

 琴葉の言葉に、楠崎は即答する。
 しかし、山杜は慌てて、

「そんな軽い感じで行かない方がいい!なんせ、拳で家を木端微塵にしたんだからなぁ!」

 4人は背筋をピクリと動かす。

 拳1つで家を壊す妖——————
 この言葉が非常に引っかかったのだ。

「拳1つで家を……だと?」

 琶狐は思わず、1本取られたような口調と表情で言葉を呟く。

「いやぁ……君が対抗心を持つ理由が分からんのだがぁ……それに、拳で家を壊す君は見たくない……」

 こめかみを触りながら、妖天は琶狐に突っ込みを入れる。

「興味深いね……その妖は、どんな姿をしていたの?」

 楠崎の質問に、山杜は頭を悩まして、

「う〜ん……確かぁ、頭に角が生えていて……なんか、その妖の中に1人だけ和服と羽織を着ていた奴も居たなぁ……」

 この少ない情報だけで、楠崎はどんな妖が村に居るのか推定する。
 すると、凛々しい表情をした妖天が、

「頭に角かぁ……それに、1人だけ和服……うむ……思い当たる節があるなぁ」

 この言葉に、琶狐と琴葉は驚いて妖天を見つめる。

「へぇ〜……丁度こちらも思い当たる節を見つけたところだけど……しかも、2体ね」
「気が合うなぁ……我も、2体ほど推定できた」

 琶狐、琴葉、山杜は唖然として2人を見つめる。
 あんな少ない情報で2体も妖を推定できる知識。

 ——————只者ではなかった。

「勿体ぶっていないで、とっとと言え!」

 琶狐は尻尾を振って、2人に妖の名前を言うように催促させる。
 そして、妖天と楠崎の口が同時に開く。

「酒呑童子(しゅてんどうじ)と茨木童子(いばらぎどうじ)さぁ……」
「酒呑童子(しゅてんどうじ)と茨木童子(いばらぎどうじ)だね」

 2人の推定していた妖は見事に合致した。
 すると、妖天と楠崎はお互いを見つめて、

「君はぁ……ずいぶんと妖の知識を持っているようでぇ……」
「そっちこそ、なかなかやるね」

 言葉を飛ばす。
 意外とこの2人は気が合うようだ。

「琴葉、早くその村へ行こう」
「あっ、はい!」

 楠崎は急いで妖の居る村へ向かう。後から琴葉も慌ててついていく。

「琶狐ぉ……我らも行くぞ」
「当然だ!」

 続いて、妖天と琶狐も妖の村へ向かう。

 残された山杜もとりあえず、4人の後を追う——————