複雑・ファジー小説

Re: 獣妖記伝録 ( No.140 )
日時: 2011/09/19 15:08
名前: コーダ (ID: xe6C3PN0)

         〜鬼と鳥獣 後〜

 酒呑童子。
 とても背が高く、頭には2本の鋭い角を持つ妖。
 その正体は鬼である。とんでもない力を持ち、その拳で殴られた者は1kmくらい跳ばされると妖書籍(あやかししょせき)に書いてある。
 実際に殴られた者の命が助かったことはないので、被害者からの声がなくその情報が正しいのかは謎である。
 動きにくい和服を着て、さらにその上に羽織も着ている。鬼としてはかなり違和感がある姿。
 その理由として、酒呑童子は鬼のボスだから部下の示しとして、こんな格好をしているらしい。
 その他に、強すぎる力を抑えるためにわざと動きにくい格好をしているなど、様々な説がある。
 どちらにせよ、只者ではないことがここで伺える。

 茨木童子。
 酒呑童子と同じく、頭には2本の角を持つ鬼の妖。
 当然、力の方もあるが酒呑童子と違って頭の方もかなり回り、真正面から戦うとかなり苦戦すると妖書籍に書いてある。
 特に何かを着用している物はなく、非常に動きやすい姿。
 そして、茨木童子は酒呑童子の部下でもある。
 もちろん、上司と同じくらい只者ではないことがここで伺える。

「参ったね……こうやって向かっているのは良いけど、あの妖を倒す手段が思い浮かばない……」

 5人が急ぎ足で村へ向かっている最中、鳥少年の楠崎は少々頭を悩ませて言葉を呟く。
 それに反応した兎女の琴葉はモノクルを触りながら尋ねる。

「そこまで強いのですか?その、酒呑なんとかという妖は……」

 妖に関して知識が乏しい琴葉の質問に答えたのは、楠崎ではなく狐男の妖天だった。

「我の予想だがぁ、かなり大変な戦いになりそうだなぁ……」

 凛々しい表情で、事の重さを呟く妖天。
 すると、その後ろに居た狐狼女の琶狐が疑問符を浮かべながら、

「あの土蜘蛛より厳しいのか?」

 自分が戦ったことのある1番強い妖とどれくらい強いか尋ねる。
 妖天は、眉を動かして多く唸りながら答える。

「いやぁ……あんな妖とは比較してはならないくらい強い……」

 土蜘蛛を遥かに超えた強い妖。
 琶狐は、耳をピクピク動かす。

「へぇ〜……そいつは、面白そうだな!」
「面白そうとか、そういう気持ちで行かない方が良いけどね。そんな軽い気持ちだと……死ぬよ?」

 楠崎は横から琶狐にきつい一言を飛ばす。
 強い妖と戦える。そんな気持ちで挑んだら殺されてしまう程。

「なんで、そんな妖が村に居るんだろうなぁ〜」

 ふと、4人の背後から声が聞こえる。
 放浪する猫男。山杜。
 妖天と楠崎は頭に疑問符を浮かべながら猫男に尋ねる。

「むっ?居たのかぁ、山杜」
「あれ?居たの?」

 この言われように、山杜は尻尾を大きく動かしながら叫ぶ。

「わっちは常に妖天たちと楠崎たちと居ただろう?今回も、ちゃんと居ないとなぁ」

 山杜は土蜘蛛を退治する時と大天狗を退治する時も常に一緒に居た。
 だから、今回の酒呑童子を退治する時も一緒に居ると言いだす。
 しかし、妖天はこめかみを触りながら、

「山杜ぉ……今回は本当に洒落にならないんだぞぉ?我も、死を覚悟しているくらいさぁ……」

 妖天が死を覚悟するくらいの妖。
 これには思わず琶狐は足を止めて、大きな声で尋ねる。

「貴様!それは本当か!?」
「ここまで来て、我が嘘を言うと思うかぁ?」

 凛々しい表情を浮かべて言葉を呟く妖天は、嘘を言っているようには見えなかった。
 琶狐は少し目を見開き、尻尾を挙動不審に動かす。

「……琶狐、琴葉、野良猫。逃げるなら今のうちだよ?」

 楠崎は持っている錫杖の遊環を鳴らし、3人へ言葉をかける。
 死にたくないなら、この場から去って欲しい。そんな思いが切実につまっている。
 だが、琶狐と琴葉は耳を動かして、

「はぁ?今更逃げるなんてできねぇよ!それに、あたしは妖天が無茶をしないか見張っている必要があるしな!」
「楠崎を1人にするなんてできません。私は、常にあなたの傍で戦います。死ぬ時も一緒ですよ?」

 今更、自分の信頼する人を置いていくなんてできなかった2人は、強い眼光で妖天と楠崎へ言葉を飛ばす。
 この眼差しに、2人の溜息は見事に一致する。

「はぁ……まぁ、君らしいなぁ。琶狐」
「はぁ……本当。君は物好きだね。琴葉」

 妖天と楠崎は少々2人をおかしいと思いながら言葉を呟く。

 ——————しかし、その表情はどこか嬉しそうだった。
 こんな状況でも一緒に来てくれる琶狐と琴葉。逃げろと忠告したはずなのに、逃げることを選択しない。

「うんうん。良い信頼関係だぁ〜」

 そんな4人を、山杜は腕組をしながら嬉しそうに顔を上下に動かす。

「妖天は、あたしを唯一理解してくれる狐だからな。ある意味、恩人さ!」
「むっ?勝手に恩人になっているぞぉ〜?」

 勝手に恩人にされ、妖天はこめかみを触りながらどういう反応をして良いか悩む。
 しかし、結局何も思い浮かばず小さく唸っていただけだった。

「楠崎には、藍(あい)さんというお方が居ますからね。死んだら大変ですよ」
「こ、琴葉!?なんでそれを知っているんだい!?」

 一方、琴葉の口から藍という名前が出てきて、かなり驚く楠崎。
 いつも冷静で、気難しい鳥少年とは思えない慌てぶりだった。

「えっ?よく楠崎が寝言で言っていましたよ?藍、藍……元気にしているかな?って」
「っ……」

 楠崎の顔は収穫ごろの林檎(りんご)と同じくらい赤くなっていた。

 まさか、自分が寝言でそんな恥ずかしいことを言っていたなんて、しかもそれを琴葉が聞いていたなんて——————
 そんな思いが楠崎の心をもっと慌てさせる。

「むぅ?名前からして女性のようだがぁ?」
「……巫鳥 藍(みちょう あい)。こちらの許嫁(いいなずけ)だよ」

 この言葉に、妖天は拱手をしながら驚く。

「君、許嫁が居たのかぁ……」
「いい……なずけぇ〜?」

 琶狐は頭の中に疑問符を10個くらい浮かべながら、妖天へ尋ねる。

「ふむ……許嫁を簡単に説明すると、楠崎は将来婚約することを言うんだぞぉ?」
「婚約!?貴様、結婚するのか!?」
「いや、その……まだ、正式には決まっていないよ。それに、30年くらい会ってないから藍も……考えが薄くなっていると思うし……」

 遊環を何度も鳴らしながら、言葉を呟く楠崎。
 すると、山杜が口元を上げて胡散臭い微笑みをしながら、

「いやぁ、30年も経てばきっと美人な娘になっているだろうねぇ」

 美人な娘。楠崎は思わず30年後の藍の姿を自分なりに想像してみる。

 ——————赤い顔が、もっと赤くなった。

「なぁ?ここで死ぬわけにはいかんだろぉ?琴葉と一緒に妖を退治しないとな」

 なぜか、琴葉の名前だけを出しながら言葉を飛ばす山杜。
 楠崎は、持っている錫杖を構えて鋭い眼光で、

「そうだね。藍には死なないようにきつく言われているしね」

 どこか吹っ切れた様子の楠崎。
 そんな鳥少年を妖天は温かい眼差しで見つめていた。


            ○


 5人は警戒して街道を歩く、いつ妖が来ても良いように。

「むぅ……妖の気配がどんどん強くなってきたぞぉ……」

 耳をピクピク動かしながら、妖天は言葉を呟く。
 その後に、楠崎もモノクルを光らせて、

「こちらも、その気配を感じたよ。予想通り、これは危険な感じだね」

 もう動かない翼を、風で揺らしながら言葉を呟く。

「そろそろ妖が居る村だな〜」

 山杜の言葉に、4人は身を引き締めて足を進める。
 だんだんと強くなってくる妖の気配に、琶狐と琴葉も気づき始める。
 そして、5人の目には折れた木材が山のように置かれている風景が映る。
 元が家とは思えない酷い有様。山杜はまだ家が残っていた状態の村を見ていたので、なおさら恐怖が心を襲う。

「ひ、酷いですねこれ……」

 琴葉は、生唾を飲み言葉を呟く。

「妖は……居ないみたいだね」
「だがぁ、いつ現れてもおかしくはないぞぉ?」

 辺りを見回しても、妖が居なかったので楠崎が思わずこんな言葉を呟く。
 そんな鳥少年に、妖天は拱手をしながら警告をする。
 あまりに強い妖の気配で、どこから襲ってくるか分からないからだ。

「………………」
「むっ?どうした琶狐ぉ?」

 先から黙って尻尾を動かす琶狐。
 妖天はこの豹変ぶりが気になり、思わず尋ねる。

「いや、ちょっと胸が……」

 琶狐は自分の大きな胸を、とても邪魔そうに思っていた。
 確かに、今から妖と戦うのに万全な態勢ができないのは痛手だった。

「だろうねぇ……だが、大丈夫さぁ。ほら、これを見てくれぇ」

 妖天は懐からある物を取り出す。それを見た琶狐はとても驚き、耳をピクリと動かす。

「それはサラシ!?貴様、まさか……」
「……深い意味はないぃ。ただ、買ってきただけさ」

 そう言葉を言う妖天だったが、明らかに目は泳いでいた。

 ——————琶狐の事を思って買ってきたサラシ。
 狐狼女は、独特な犬歯を見せながら、

「ったく、貴様は気がきくよなぁ。まぁ、あたしはそういうの嫌いじゃねぇけど」

 妖天が持っているサラシを乱暴に取り上げる。

「(そういうのはぁ、素直じゃないねぇ……だがぁ、身体は正直だなぁ)」

 嬉しそうに尻尾を揺らす琶狐を見ながら、右手で頭をかきながら心の中で呟く妖天。

「(まぁ……我の方が、素直になった方が良いかも知れんがなぁ……)」

 自分が素直じゃないのは自覚していた妖天。
 よく琶狐に素直だとか言っているのに、言っている本人は素直じゃない。
 狐らしいと言えば狐らしいが、誠に言語道断である。

「さて、せっかくサラシを貰って気分が上がっている所申し訳ないけど……来たみたいだよ?」

 楠崎は錫杖の遊環を鳴らし、2人へ警告する。

 5人が見つめる先——————3匹くらいの妖が居た。
 頭には2本の角を持ち、その肉体は全ての物を壊す雰囲気を露骨に漂わせていた。

「あれはぁ、茨木童子か」

 拱手をしながら、妖天は3匹の妖の名前を呟く。
 琶狐、琴葉、山杜はその恐ろしい姿に少し腰を抜かす。

「うひゃ〜……殴られたら骨折どころじゃ済まなそうだなぁ……」
「何当たり前のことを言っているんだ!?」
「1発でも攻撃を受けたら、致命傷……油断できませんね」

 それぞれ妖に言葉を飛ばす。
 すると、茨木童子の1人がこの場から急いで離脱する。

「なんだ?1匹逃げたぞ?」
「いやぁ、茨木童子は狡猾だからねぇ……きっと、酒呑童子にこのことを伝えに行ったんだろう」

 離脱した理由を聞いて、琶狐は小さく舌打ちをする。

「賢明な判断だと思うけどね。さて、どうするの?妖天」

 モノクルを光らせながら、楠崎はこれからどうするかを尋ねる。

「言うまでもないと思うがぁ……この2匹を退治するしかない」

 拱手を解き、凛々しい表情で言葉を飛ばす。
 楠崎は口元を上げて、

「やっぱりね。じゃぁ、そっちの1匹は任せたよ」
「ふむ、ではこっちの1匹は任せろぉ……」

 2人は後ろに居る琶狐と琴葉に目で合図をする。

「はい。任せてください」
「任せろ!」

 琴葉は箙から矢を出し、弓を構える。
 琶狐はとりあえず、サラシを鉢巻(はちまき)みたいに頭に巻いて戦闘態勢に入る。

 ——————残った山杜は、物陰に隠れて4人の様子を見守る。

「先手は貰いますね」

 琴葉はそう言って、矢を放つ。
 独特な風切り音が辺りに響き、それは合戦を連想させる。
 あまりの速さに、茨木童子の身体に矢が刺さる。

「ほう……今時珍しいねぇ、鏑矢(かぶらや)かぁ……」

 鏑矢を放つ琴葉を、物珍しく見る妖天。

「あたしも負けてられんな!」

 琶狐も琴葉に負けないように、素早い動きで茨木童子の懐へ向かう。
 その姿は獲物を狙う狼と同じだった。楠崎はそんな琶狐を見つめ嘲笑うかのような表情を浮かべる。

「はっ!」

 懐に入り、琶狐は思いっきり茨木童子の腹を殴る。それは、正拳突きを連想させる動きだった。
 素の力と勢いに茨木童子は、後ろに3mくらい跳ばされる。

「ちっ……邪魔だ……」

 自分の大きな胸のせいで、普段通りの力が出せないことに苛立つ琶狐。
 だが、巻いている暇は今のところない。

「(なんとかできないかねぇ……)」

 妖天も、そんな琶狐を見つめながらなんとかサラシを巻くタイミングを作ろうと考える。

「参りましたね……身体に矢が刺さっているのにびくともしません」

 琴葉は身体に矢が刺さっても、特に苦しい表情を浮かべずゆっくりこちらに向かってくる茨木童子に困っていた。

「ああいう妖には、物理的な攻撃はほぼ皆無。琴葉、一割破魔矢(いちわりはまや)の使用を許可するよ」

 楠崎は赤く染まる左目の瞳を輝かせて、言葉を飛ばす。
 そして、琴葉の左肩にかかっている箙に手を添えて、

「我らの行く手を遮る妖を退治する力。天鳥船 楠崎の名において解放せよ」

 呪文みたいな言葉を詠唱する。
 すると、箙の中に入っている矢はどこか不思議な雰囲気を漂わせるようになった。

「普通の破魔矢より、力は劣るけど……なんとか、なると思う」

 楠崎は酒呑童子戦に備え、霊力消費を出来るだけ少なくするために破魔矢に宿らせる力を弱める。

「せっかくの破魔矢ですからね。私はそれでなんとかする義務があります」

 琴葉は強くそう呟き、不思議な力が宿った矢を箙から1本取り出し、

「さぁ、覚悟してくださいね」

 茨木童子に矢を放つ。先程と同様独特な風切り音が辺りに響き渡る。

 ——————「天鳥船の力が宿った矢に、我の狐火をさらに付加しよう……」
 突如、風切り音の中に指の鳴る音が横から入る。

 琴葉が放った矢は、茨木童子の身体に刺さる——————その瞬間、矢はいきなり燃えだした。

「へぇ〜……こちらの聖なる力に火をつけるなんて……さすがだね」

 楠崎は思わず口元を上げながら、傍に居た妖天に言葉を飛ばす。
 琴葉の矢には聖なる力が宿っていた。
 そして、その矢を燃えるように細工する。

 つまり、聖なる炎が生まれる——————
 よく厄を払うために火を使うお坊さんを見かける。
 その火が聖なる力なら、なおさら効果がある。
 厄=妖。
 妖天は妖を払うために、聖なる矢に火を宿らせたのだ。

 その証拠に、茨木童子の全身は燃え盛り身体を蝕(むしば)んでいたのだから——————

「後は、あの1匹だけだね」

 楠崎は、右目の深海を連想させる瞳で琶狐が相手している茨木童子を見つめる。

「琶狐ぉ。無理はするなよぉ?」
「分かっている!だけどこいつ、意外と素早く動けねぇからかく乱すればなんとかなる!」

 茨木童子の周りを素早い動きでかく乱する琶狐。
 適度に逃げて、適度に蹴りを入れる戦法。そのたびに、金色に輝く長い髪が揺れる。

 すると、この行動に茨木童子の堪忍袋が切れたのか拳を地面に向かって振り落とす——————

「うわっ!」

 琶狐は思わず後ろ向きに、側方倒立回転をして茨木童子から離れる。

「えぇ!?」

 琴葉は開いた口が塞がらなかった。
 なんと、茨木童子を中心に直径8mくらいの地面が割れたのだから。

「予想していたよりも、かなり力があるね……こんなので殴られたら1発であの世行きの券が貰えるね」

 楠崎も、モノクルを光らせながらその恐ろしさを感じる。

「危なかったなぁ、琶狐。だが、あの攻撃を避けるとは……さすがだなぁ……」

 妖天は指を鳴らし、茨木童子の足元から狐火を出す。
 そして、追い打ちとして琴葉が破魔矢を放つ。

「……なんとかなったけど、酒呑童子と戦えるのかな?」

 眉を動かして、今の戦力で酒呑童子と戦えるのかを考える楠崎。

 だが、もうその必要がなくなった——————

「もう、なにを考えても無駄さぁ……」

 妖天は辺りを見回して、言葉を呟く。

「うわぁ——!」

 物陰に隠れていた山杜は突然大きな声を出して、4人の傍へ寄る。

「ちっ……まさか、こんなことになるなんてな……」
「絶体絶命……でしょうか?」
「琴葉の言うとおり、限りなく絶体絶命だね」

 絶体絶命の状況。そう、5人の周りには——————大量の茨木童子が居たのだ。
 囲まれていて逃げることも不可能、妖天はその中で特に目立つ妖を見つける。
 動きにくそうな和服を着て、さらに羽織を上から着用している。

「酒呑童子も居るなぁ……」

 こめかみを触りながら、酒呑童子を見つめる妖天。
 同時に、酒呑童子も妖天をじっと見つめていた。

「……でも、これは良い機会かもね」

 楠崎は遊環を鳴らし、口元を上げて言葉を呟く。

「何か策があるのかぁ?」
「こんなに大量に居る茨木童子を相手にするなんて無理。だから、それを纏めている大将を倒せば良いんじゃない?」

 確かに、鳥少年の言っていることは一理ある。
 だが、酒呑童子を退治するにも茨木童子の邪魔が入る。

「簡単に言うがぁ……」
「その他に、何か良い策はあるのかな?詐狐 妖天」

 そう言われると、何も言い返せない妖天。
 楠崎の出した案以上の案が出ないからだ。

「決まりだね。皆、今からあの酒呑童子を退治するよ……!」

 錫杖を構えて、5人は酒呑童子を鋭い眼光で見つめる。

「先制攻撃は任せろ!」
「琶狐!?」

 琶狐はそう言って酒呑童子の真上に向かって鋭角上に飛翔する。

 そして、空中でくるっと360度回転して酒呑童子の脳天に右足でかかと落としをする——————
 だが、その右足はがっしりと掴まれてしまった。

「なっ!?」

 予想もしなかった結果に、思わず言葉を漏らす琶狐。
 酒呑童子は右手を高く上げ、狐狼女を宙ぶらりんの状態にする。

「離せ!頭に血が上るだろ!?」

 掴まれていない左足で抵抗するが、酒呑童子の硬い肉体はびくともしなかった。

「琴葉!」
「はい!」

 琴葉は酒呑童子の右腕目がけて、矢を放つ。
 しかし、その矢は刺さらず情けなく弾かれる。

「なんだぁ!?あの肉体は!?」

 山杜は矢を弾いた肉体に、思わず言葉を飛ばす。

「あれはもう、肉体と言う名の岩石だね……」

 さすがの楠崎も、眉間にしわを寄せて苦悶そうな表情で呟く。

 その刹那、酒呑童子は右手で持っている琶狐を勢いよく地面に叩きつける——————
 辺りに響く、とても大きな地鳴り。
 4人の目はこれでもかというくらい見開く。

 地面に叩きつかれた琶狐——————口から血を出して、意識を失っていた。
 これに真っ先に声を出したのは、

「わ、琶狐……」

 凛々しい表情を失くして、意識を失う琶狐を見つめる妖天。
 耳と2つの尻尾は激しく動く、それは悲しみ、怒りなどの感情が露骨に出ていた。

「我が、勝手に突撃するのを止めていれば……我が、酒呑童子の右腕を傷つけるくらいの力があれば……こんなことには……」

 身体を震わせて、自分の力のなさを改めて実感する。
 確かに、いままでの戦闘を見ていると妖天自身が妖を退治したことは少ない。

 大抵は力のある者へ支援をする形、もしくは血を飲んで一時的な妖力と霊力の上昇で倒した形のみ——————

「妖天!今は前を向けぇ——!」

 背後から、山杜の叫び声が響き渡る。
 だが、その声は届かず狐男はずっと身体を震わせていた。

「妖天、野良猫の言うとおりだよ。彼女を助けるために、君の力は居るんだから……!」

 楠崎にしては珍しい言葉だった。
 しかし、それでも妖天は前を向かなかった。

「我に力があれば……あの時のようにならなかった……あの時……?あの時?」

 眉間にしわを寄せて、額に汗を流しながらその場に膝をつく妖天。

「なにやってんだぁ!?立てぇ——!」

 山杜は膝をつく妖天を激しく揺らす。
 楠崎と琴葉は、周りから襲いかかる茨木童子の動きを止めることに集中していた。

「あの時……あの時?我は一体……あの時?そうだ……我は、あの時妖に……」

 大きく唸りながら、謎の言葉を呟く妖天。

 あの時——————自分に力があればあんなことにならずに済んだ。

「この状況を……脱する力が欲しい……もう、あの時と同じようなことは……繰り返したくない……」

 大きく深呼吸をする妖天。
 そして、瞳を閉じて何かを考える。

「(今の状況は絶体絶命……だが、必ず解決策はあるはず……)」

 ——————「そうじゃ、どんな状況でも拾割はない。必ず、穴があるはずじゃ」

「(!?……この声は、九狐(きゅうこ)?)」

 ——————「汝の力は、どうすれば最大限に引き出せる?」

「(最大限だと……?)」

 ——————「汝は、自分の力で退治したいと拘る傾向が強いのじゃ。もっと、視野を広げて……見てみるのじゃ」

「(視野を広げる……)」

 ——————「汝には、心強い仲間がたくさん居るではないか。その者に、さらに力を与える……妖天。汝の強みはわらわよりも強い憑依(ひょうい)能力じゃ」

「(憑依能力……)」

 ——————「忘れるな。自分だけで世の中が動いているわけではないと……」

「(………………)」

 妖天は黙ってその場から立ち上がる。
 そして、ゆっくり瞳を開けて周りを見る。
 茨木童子の動きを懸命に止める琴葉と楠崎。
 戦えないけど、周りを支えてくれる山杜。
 未だに、意識を戻さない琶狐。

 この状況を何とかしたい——————
 狐男は、いままでにないくらい凛々しい表情をして口を開ける。

「琴葉。我の力を憑依する」
「えっ?」

 突然言葉に、琴葉は長い耳を動かして慌てる。
 すると、楠崎は口元上げて、

「琴葉!妖天の傍へ!」

 そう叫ぶ。
 何が何だか分からない琴葉は、とりあえず妖天の傍へ行く。

「その破魔矢、我の力を送れば……」

 妖天は琴葉の両肩を触り、瞳を閉じてぶつぶつと言葉を囁く。
 その瞬間、箙の中に入っていた矢からとても神々しい雰囲気を漂わせ始めた。

「これは!?」
「地面へ放て。そして、光の衝撃波で茨木童子の動きを止めてくれ」

 とても威圧感のある口調。とても、あの狐男とは思えなかった。
 琴葉は大きく頷き、1番近くに居た茨木童子に向かって鋭角上に跳ぶ。
 さらに、そこから茨木童子の頭を蹴りさらに鋭角上に跳ぶ。

 空中で弓を構え、地面に向かって神々しい矢を放つ——————
 独特な風切り音を響かせ、矢は地面に刺さる。
 その瞬間、凄まじい光の衝撃波が発生して周りに居た妖たちを襲う。

「こ、これは……」

 楠崎はモノクルを外して、今の状況にとても驚く。
 いままで見たことのない光の衝撃波。

「す、すげぇ……」

 山杜は開いた口が塞がらなかった。

「だが、まだ終わってはいない」

 光の衝撃波が消えた瞬間、妖天はこめかみを触りながら言葉を呟く。
 茨木童子は、衝撃波の聖なる力に身体を蝕まれて動きを止めていたが、肝心の酒呑童子はまだ動ける状態だった。

「楠崎、今度は君に我の力を送る。それで、退治してくれ」
「……あんなに憑依したのに、まだ霊力と妖力が残っているなんてね、さすがだよ。詐狐 妖天」
「……我には、これくらいのことしかできないからな」

 狐男は、鳥少年の肩に触れ先程と同じくぶつぶつと言葉を囁く。

「うっ……こ、この力……一体どこから?」

 あまりに強すぎる霊力と妖力に楠崎は苦悶な表情を浮かべる。

「手加減したいところだが、今はそんな状況ではない。送れるだけ送るぞ……」
「そ、それで良いよ……この力なら……無理はきく……」

 楠崎は持っている錫杖を両手で持ち、くるっと360度回転させ地面に突き刺す。
 瞳を閉じて、とても神々しい雰囲気を漂わせ詠唱する。

「我らの道を妨げる妖。酒呑童子を退治し、人々が妖に恐れることのない世界へ1歩進ませる。それを、天鳥船 楠崎と詐狐 妖天の名において解放する。天鳥船流最終妖退治術『聖矢昇天爆破五月雨打ち(せいやしょうてんばくはさみだれうち)』!」

 楠崎が長い詠唱を言い終わった後、酒呑童子を中心にとても大きな紋章が現れる。

 あまりの神々しい雰囲気に、動きを止める——————
 その瞬間、酒呑童子の身体に痛みが走る。
 どこからともかく現れた光の矢が刺さっていた。
 それは、とても不思議な力が宿っていて身体全体を蝕む。

 ——————またそれが1本刺さる。

 ——————次に、3本刺さる。

 ——————気付いた時には8本刺さる。

 ——————苦悶そうな表情を浮かべた時には20本刺さる。

 ——————倒れた時には50本刺さる。

 気がつくと、酒呑童子の身体には隙間なく光の矢が刺さっていた。
 もう、その姿を捉えることができないくらいに。

「……破邪(はじゃ)」

 遊環を鳴らし、楠崎がそう言った刹那——————光の矢は一斉に爆発する。
 琴葉と山杜はあまりの凄さに、黙ってその様子を見つめることしか出来なかった。

「紋章の中で生まれる大量の光の矢が妖を襲う……その力は、閻魔(えんま)も昇天する力だよ」

 額に汗を流しながら、楠崎は先程の術の説明をする。

「ふむ……さすがだ、天鳥船。伊達に妖退治に力を入れている一族だけある」

 妖天は拱手をしながら、楠崎にそう呟き辺りを見回す。

 ——————もう、妖の姿はなかった。

「よし!早く琶狐を町へ連れていくぞ!」

 山杜は意識を失っている琶狐の傍へ向かう。

「1人で大丈夫ですか?私も手伝います」

 続いて琴葉も、琶狐の傍へ寄る。

「よっと……そっちの肩は任せたぞぉ〜」
「は、はい……良かった、一応呼吸はしているみたいですね……」

 山杜と琴葉は自分の肩に琶狐を預けて町へ向かう。

「……ちょっとは、思い出したのかな?」

 一方、楠崎と妖天は周りに聞こえないくらい小さな声で会話をしていた。

「……そうだ」
「さすがだね。詐狐 妖天」
「だが、まだ全て思い出してはいない。なにかきっかけがあれば良いのだが……」
「どこまで思い出したかはあえて聞かないでおくよ」
「……なぜだ?」
「今聞いたら、面白くないからだよ」
「面白くない?」

 妖天の言葉に、楠崎は嘲笑うかの表情を浮かべる。

「そう、面白くない。なんだったら一気に聞きたいしね。歴史的大犯罪者から」

 胡散臭い微笑みを浮かべて、楠崎はこの場を後にする。
 妖天は耳と2つの尻尾を動かしながら言葉を呟く。

 ——————「歴史的大犯罪者か……」