複雑・ファジー小説

Re: 獣妖記伝録 ( No.151 )
日時: 2011/09/25 11:13
名前: コーダ (ID: 9H03YzTC)

「苦労したぞぉ……汝たち……」

 突如(とつじょ)、6人の鳥獣の横から不思議な雰囲気を漂わせた女性が現れる。

 頭には、ふさふさした2つの耳があり、なんと、黄金に輝く金色の尻尾が9本もある。
 髪の毛も、黄金に輝く金色で、腰くらいまである長さだ。
 巫女服に包んだ体は、とても神々しくて、思わず頭を下げたくなる。
 さらにその姿は、非常に女々しく、おしとやかで、艶めかしかった。

「君は……?」

 狐男はこめかみを触りながら、9本の尻尾を持った女性を見つめて言葉呟く。

「なんじゃ……やはり、わらわのことを忘れてしまったのか……あの甘い時間……もう、思い出してくれないのかのぉ……」

 この言葉に、狐男は大きく唸りながらその場で膝まつく。

「むっ……その話し方……9本の尻尾……まさか……まさか……!?」

 額から汗を流して、目を大きく見開く。
 傍に居た狐狼女は大きな声を出して、狐男を心配する。

「おい!大丈夫か!?」

 しかし、大きく唸っているだけで返事はなかった。
 すると、9本の尻尾を持った女性は狼男を見つめ、

「汝も変わったなぁ……こんなに、可愛い娘を傍に置いて……もう、心配しないで良いのじゃな」
「そ、そなたは何を言っている?拙者は……常に琥市を護衛している……」
「そうじゃ。それが武士じゃ……人を斬るのではなく、人を守る……」
「人を斬る……?拙者は、そんなことを……したことない……したことない?うっ……」

 狐男と同様に、狼男もその場で膝まつく。
 当然、傍に居た犬少女は尻尾を挙動不審に動かして心配する。

「ど、どうしたの……!?し、しっかりして……」

 大きく狼男の肩を揺らすが、返答はなかった。
 次に、9本の尻尾を持った女性は兎女を見つめ、

「ふむ……汝から、温かい気持ちを感じる……安らぎ、癒し……前までは、恐怖と威圧感しかなかったのにのぉ……」
「恐怖と威圧感ですか……?私は、いままでそんな雰囲気を漂わせたことは……漂わせたことは……あっ……」

 兎女は手に持っていた大きな弓を落として、狐男と狼男と同じようにその場で膝まつく。
 この状況に、鳥少年はモノクルを光らせて9本の尻尾を生やしている女性へ言葉を飛ばす。

「あまり、この状況を混乱させないで欲しいね。話しなら、もうちょっと穏便にしない?」

 錫杖の遊環を鳴らし、嘲笑(あざわ)うかのような表情を浮かべる。

「ふふっ、その笑い方……微(かす)かに、あの者と似ているのぉ……」
「それはどうも。九尾の狐——————」

 鳥少年の口からは——————という名前が出てくる。
 膝まついている3人は、耳をピクリと動かして一言呟く。

「ま、まさか……君は——————なのか?」
「その名前……拙者の頭に……残っている……」
「あぁ……なんでしょうか……この感じ……」

 この反応に、九尾の狐は口元上げて少し喜ぶ。

「少しくらいは思い出してくれたようじゃな……」

 拱手をして、3人を見つめる。
 すると、狐狼女は独特な犬歯を見せて叫ぶ。

「おい!——————と言ったか!?貴様、何がしたい!?」

 今にでも殴りかかってきそうな雰囲気を出す。

 ——————は優雅に9本の尻尾を動かして、言葉を飛ばす。

「わらわは……真実を伝えに来た……そう、この3人の真実を……じゃ」

 この言葉に、楠崎は自嘲(じちょう)した表情を浮かべる。
 犬少女は、メガネ越しからどこか禍々しい瞳で九尾の狐を見つめる。


         〜鳥獣と真実〜


 木の粉が大量に舞う町。
 慣れない人がこの町へ来ると、くしゃみをして歩き回ると言う。
 だが、この町に住んでいる住民は慣れているのか、木の粉なんて気にせず悠々と歩く。
 若い者は、肩に木の板を乗せて走りまわる。
 ここは、木工が盛んな場所。
 近くの山に生えている木は、加工するのにとても優れている物ばかり。
 そのため、この町に建てられている家はどこか他のより丈夫そうで綺麗な作りである。

「くしゅん……」

 町の一角で、可愛らしいくしゃみが響き渡る。
 耳をピクピクさせて、ちょっと涙目になりながら歩く——————犬少女。

 肩にかかるくらい長い灰色の髪の毛で、前髪は非常に目にかかっている。
 目が悪いのか、四角いメガネをかけており、その瞳は闇のように黒い。
 頭にはふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、とても可愛らしい容姿をしている。
 幼いため、大人と比べて歩幅が小さく履いていた下駄を小刻みに鳴らす。
 巫女服みたいな神々しい服装で身を包んでいたが、なぜか人とは思えない禍々しい雰囲気を漂わせ、それは呪術を操る犬神(いぬがみ)を連想させる。
 可愛らしい眼差しの裏に、何か隠している。そんなことを伺わせる。

「ふむ、ここは木の粉が大量に舞っているのか……」

 犬少女の傍に立っていたのは、勇ましい狼男。

 さっぱりするくらい短い灰色の髪の毛。当然、前髪は目にかかっていない。
 頭にはふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、青緑色の瞳はとても力強い眼光を飛ばしていた。
 男性用の和服を乱れなく着用して、普段から律儀で真面目な雰囲気を漂わせていた。
 履いている下駄は、とても汚れていてどこか色々な所を放浪していたことを伺える。
 腰には立派な刀をつけており、その鞘にはお札かお守りかよく分からない物が紐で繋がれている。
 誰がどう見ても、武士を思わせる容姿だった。

「琥市(くいち)には酷かもしれないが、我慢してくれ」

 琥市と呼ばれた犬少女は弱々しく頷く。
 かなり、木の粉でやられている様子だ。

「どこか休める場所はないものか……」

 狼男は犬少女の為にどこか休める場所を探し回る。
 琥市は、ずっと狼男の右袖をきゅっと握っていた。

「くしゅん……」


            ○


「つくづく、あたしは運が良かったなぁ……」
「あの衝撃で打撲だけとはな……さすが、鍛えているだけある」

 同時刻。とある家の中では2人の男女が会話をしていた。

 首くらいまで長い黒い髪、とても艶やかで前髪は目にけっこうかかっている。
 頭にはふさふさした2つの耳と2本の神々しい金色の尻尾が揺れていた。
 凛々しい表情から見える黒紫色の瞳は、どこか怪しさと不思議な威圧感を持っていた。
 男性用の和服を、微妙に崩して着用していたが、頼りなさそうな雰囲気は全く漂わせていない。
 履いている下駄はとても汚れていて、至る所を放浪したと伺える。
 極めつけに、首にはお札かお守りか分からない物が、紐で繋がれている——————狐男。

 腰まで長い金髪の髪の毛は1本1本繊細で、前髪は目にかかっていない。
 頭にはふさふさした2つの耳と、金色に輝く1本の尻尾が揺れている。
 金色の瞳は、見つめられただけで魅了されてしまうが、どこか力強い威圧感も混じっていて、それは狼に睨まれている状況を連想させる。
 女性用の和服を上に着用して、下半身には巫女がつけていそうな袴を着ている。
 時々見える肌はとても白くて、触るとすべすべしていそうな感じがする。
 履いている下駄は、傷と汚れが目立ち日頃から激しい動きをしているのが分かる。
 極めつけに、何か言葉を言うたびに見える独特な犬歯が、印象的である——————狐狼(ころう)女。

「酒呑なんとかっていう奴をあなどっていた。本当にあの時は悪かった……」

 狐狼女は狐男に頭を下げる。
 あの時、勝手な判断で動き皆に迷惑をかけたことに罪悪感を持っていたのだ。

「いや、琶狐(わこ)が悪いわけではない。あの時、我がきちんと止めていればあんなことにならなかった……」

 悪いのは全て琶狐という狐狼女ではない。自分も悪いと呟く狐男。
 これには、思わず尻尾を挙動不審に動かして、

「妖天(ようてん)……悪いな……」

 再度頭を下げる。

「よさんか、そんな琶狐を我は見たくない……いつも通り、明るい君で居てくれ」

 妖天と言われた狐男は、拱手(きょうしゅ)をしながら優しく囁く。
 すると、琶狐は頭を上げてどこか顔を赤くする。

「な、なんだよ……まるで、暗いあたしが似合わないみたいな言い方は……」
「その通りだと思うが?君は、明るくて素直でまっすぐな姿が1番似合う」
「う、うるさい!そんなこと言っても無駄だ!」

 何が無駄なのか疑問に思ったが、今は置いておく妖天。
 しばらく部屋の中は沈黙になる。

 ——————すると、琶狐があることに気がつく。

「そういえば、喋り方変えたのか?」
「むっ?我はいつも通りの口調だが……?」

 本人はそう言っているが、明らかに前の口調と違っていた。
 前までは頼りなさそうな感じだったのに、今はとても威厳があり頼りがいのある感じ。

「いや、絶対に違う!」
「何を言っておる……訳が分からないぞ?琶狐」

 妖天はこめかみを触りながら言葉を飛ばす。

 ——————明らかに、嘘をついているような雰囲気ではなかった。
 琶狐は眉を動かして、とりあえず今はそっとしておくことにする。

「所で、貴様はあたしが目を覚ますまでずっと傍にいたって聞いたが?」
「そ、そうだが……?」

 妖天は2本の尻尾を不自然に動かして、琶狐にそう言う。
 怪我を負った狐狼女を、ずっと傍で見守っていた狐男。
 まさかの事実に、琶狐は耳をピクピクさせて嬉しさを露骨に出す。

「こ、こんなことを聞くのは野暮かもしれねぇけど、なんでだ?」

 まさかの質問に、妖天はこめかみを触りながら小さく唸る。

 琶狐を見守る理由——————ただ、心配だったから。
 こんなに簡単な理由を、なぜか言えない狐男。
 いや、言うのが恥ずかしいと説明した方が分かりは良い。

「別に、無理して言わなくても良い……あたしは、その気持ちだけで十分嬉しい」

 何かを察したのか、琶狐は妖天へそう言葉を飛ばす。

「琶狐……我は、ただ君の事が心配で見守っていただけさ……」

 妖天は小さくそう呟く。
 これを聞いた狐狼女は耳と尻尾をびくっとさせて驚く。

「あ、あたしのことが心配……?な、なんだ……そういうことか……」

 顔を赤くして、恥ずかしそうに言葉を呟く琶狐。

 ——————ふと、狐狼女の右手が握られる。

「は、はぁ!?」

 当然、突然の出来事に大声を出す琶狐。
 彼女の手はとてもすべすべしていて、普段から鍛えているため肉のしまりが良く、その上柔らかい。
 不思議な感触だった。

「聞いてくれ琶狐……我は、君の事を考えると胸が激しく躍るのだ」
「……ど、どういうことだ?」
「我は、もしかすると……君の事が好きなのかもしれん」
「えっ……」

 まさかの告白に、琶狐は目を見開き戸惑う。

「ちょ、ちょっと待て!と、突然すぎないか!?あ、あたしの心の準備をする猶予も与えないで!」
「むっ……それはすまなかったなぁ……」

 妖天はこめかみを触りながら、その場で立ち上がる。
 そして、首だけを後ろに振り向かせて、

「君は我の事をどう思っているかは、後で聞く……猶予が欲しいんだろぉ?」

 琶狐に一言そう言って家を出ようとする——————

「待て!」

 その刹那、狐男の尻尾が思いっきり握られる。
 妖天は全身をびくっとさせて、仰向(あおむ)けの状態で倒れる。

「むっ……どうした?」
「やっぱり猶予なんていらねぇ……あたしも……貴様に惚れているからな……」

 この言葉に、狐男は口元を上げる。

「相思相愛……か?」
「な、何言ってんだ!ったく……貴様は……恥ずかしいからやめろぉ……」

 琶狐はむっとした表情をして、どこか遠くを見つめる。
 その顔は熟れた林檎(りんご)みたいに赤かった。

「……さて、少し散歩でもしてくるか?」

 妖天はその場で立ち上がり、琶狐の右手を握り外へ向かう。

「お、おい!そんなことしなくても1人で歩ける!」

 琶狐は大声でそう言うが、その手を離さなかった。

 むしろ、離さないように妖天より強く握っていた——————


            ○


「木の粉に慣れて、くしゃみが一切でなくなりましたね」

 その頃、町の中で1人の女性と1人の少年が歩いていた。

 腰にかかるくらい長い白い髪の毛で、前髪は若干目にかかっていた。
 右目には片メガネのモノクルをつけて、瞳はとても真っ赤だった。
 兎のように長くて白いふさふさした耳は、辺りの気配を察知するために常に動いている。
 女性用の和服を崩すことなく着用して、とても礼儀正しい雰囲気を漂わせる。
 右手にはとても大きな弓を持っており、それは猪くらいなら即死させてしまう威圧感があった。
 それに伴い、左肩には矢を入れる箙(えびら)をつけている。
 履いていた下駄はとても汚れていて、長年色々な所へ放浪したことを伺わせる。
 極めつけに、首にはお守りかお札か分からない物が紐で繋がっている——————兎女。

 肩までかかるくらい長い黒い髪の毛で、前髪は目にかかっており、ぱっと見た感じ少女に見える顔立ち。
 左目には片メガネのモノクルをつけていて、少々知的な感じを受ける。
 背中には灰色の大きな翼をつけていたが、それはもう空を飛べる生気を感じさせない。
 右目の瞳は深海みたいに青色で、左目は血を連想させるように赤かった。
 男性用の和服の上に羽織を着ていて、その姿は思わず拝みたくなってしまうくらいだ。
 空を飛んだことがないのか、履いていた下駄は非常に汚れていた。
 極めつけに錫杖(しゃくじょう)を持ち、遊環(ゆかん)を鳴らして妙な雰囲気を漂わせる——————鳥少年。

「むしろ、この木の香りが心地良く感じます……」

 兎女は目を閉じて木の香りを楽しむ。
 しかし、傍に居た鳥少年は何も言葉を返さなかった。

「あ、あの……楠崎(くすざき)……?」

 楠崎という鳥少年は眉間にしわを寄せて、どこか深刻そうに考えていた。

「(……妖天の喋り方、あれはもう記憶が戻っていると思った方が良いね。でも、完全とは言えない……どこか、欠けた記憶がある。それに、妖天が戻ったんだから……後2人も戻って良い頃だと思うけど……やっぱり、きっかけがないとだめなのかな……?あの時は、妖天の過去と同じような状況だったから記憶が戻った……)」

 顔を真下に落として、前を向かずに歩く楠崎。
 その雰囲気は、決して声をかけないでくれと言わんばかりだった。

「………………」

 当然、兎女はその雰囲気を察して声をかけないように一緒に歩く。

 ——————目の前に、家の壁が目に映る。
 このまま真っすぐ歩いてしまうと、壁に激突する。
 避ける方法は右か左に行くという簡単な選択。
 兎女は右へ足を進める。
 鳥少年はそのまま真っすぐ歩く。

「あ、あの……?」

 右も左へ行かずに家の壁へ直行する楠崎を、少し心配する兎女。

 ——————情けない音が辺りに響く。
 楠崎は頭から家の壁に突っ込んで、言葉を言わずにそのまま仰向けの状態で倒れる。
 あまりの出来事に、兎女は深い溜息をする。

「はぁ〜……素ですか……」

 とりあえず、仰向けの状態になっている楠崎の元へ向かう兎女。

「むっ……?情けなく倒れたのは楠崎だったのか……」

 ふと、背後から聞き覚えのある声が響く。
 兎女は長い耳を嬉しそうに動かしながら、身体ごと後ろを振り向かせる。
 そこには、武士のような狼男と可愛らしい犬少女が立っていた。

「あっ……お久しぶりです。村潟(むらかた)さん、そして琥市」

 慇懃(いんぎん)に挨拶をする兎女。
 そう、彼女の目の前に居たのは大天狗(おおてんぐ)の件で世話になった、正狼 村潟(せいろう むらかた)と犬神 琥市(いぬがみ くいち)だった。
 琥市は小さく会釈をして、なぜか狼男の傍から離れてどこかへ向かう。

「琴葉(ことは)も相変わらずだな。所で、楠崎は良いのか?」

 琴葉と呼ばれた兎女は、はっとした表情で倒れた楠崎へ目を移す。
 そして、なぜか琴葉は手で口を押さえて笑う。

「ふふっ……」

 なぜ笑ったのか理解できなかった村潟は、思わず琴葉と一緒に楠崎を見つめる。

「く、琥市……」

 村潟も浅い溜息をして、その状況を見つめる。
 仰向けに倒れた楠崎を、琥市はしゃがんで物珍しそうな表情を浮かべ、右手で鳥少年の右頬をつんつん突いていたのだ。
 しかも、それに対して何も言わない楠崎だったので、さらにおかしな雰囲気を漂わせていた。

「……はっ!?」

 楠崎は突然その場で立ち上がり、今自分がどんな状況に居るのか考える。

 ——————どうやら、本当に考えることに集中していたようだ。

「確か……琴葉と一緒に歩いていて……そこから……えっ?君は、琥市……?あれ……?あれ?どうなっているの……?えっ……?壁?」

 珍しく、頭の中がごちゃごちゃになって慌てる鳥少年。
 自分の傍には、琴葉ではなく琥市が居る。
 なぜか自分の目の前には家の壁。

「そろそろ、訳を言った方がいいのではないか?」
「いえ……もうしばらくそっとしておきましょう。あんな楠崎を見られるのは珍しいですからね……可愛いです」

 琴葉はモノクルを触りながら、慌てる楠崎を見守る。

「そなたには……そういう趣味もあったのか……」

 やれやれと言わんばかりの表情で、村潟は言葉を呟く。

「落ち着いて考えよう……こんな所で取り乱すなんて情けない……」

 モノクルを光らせて、楠崎は瞳を閉じる。
 琥市はその言葉に、顔を上下に振って頷いていた。

「……所で、琥市はなんでここに居るんだい?」

 とりあえず、自分の傍に居る琥市が気になる楠崎。
 犬少女は尻尾を大きく振って、小さく呟く。

「楠崎さんが……倒れていたから……」
「そう……つまり、こちらはこの壁にぶつかって倒れたと……これは、情けないね……」

 持っている錫杖の遊環を鳴らし、楠崎は少し顔を赤くする。
 琥市は耳をピクピク動かして、その顔をずっと見つめていた。

「……あまり見ないでくれる?」

 だが、琥市はもっと顔を見つめる。
 これには困った様子で、辺りを見回す楠崎。

「こ、琴葉!見ているならこっちに来て欲しいんだけど……!」

 大きな声で、琴葉を呼ぶ楠崎。

「あれ、もう少し見ていたかったのですけど、ご指名されてしまいましたね」
「ご指名……か……」

 琴葉と村潟は2人が居る場所へ向かう。
 その際、琥市は村潟の右袖をきゅっと握って後ろへ回り込み、楠崎は琴葉に鋭い目つきをして睨みつける。

「琴葉……どうして、あんな状況なのに来てくれなかったのかな?」
「いえ、楠崎なら1人で出来ると思ったのですが……」
「期待されているのか、馬鹿にしているのかよく分からない一言だね……まぁ、良いや……」

 呆れた表情で、楠崎は琴葉に言葉を飛ばす。

「むっ?なんだこの集まりは?」
「おっ!?あれは!?」

 ふと、4人の耳には聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「むっ……?」
「あれは……」

 村潟と琥市は声が聞こえた方向を見つめる。

 そこには、仲良く歩く2人の男と女——————妖天と琶狐だった。

「あれ?散歩でもしていたのでしょうか?」
「(へぇ……これは珍しい状況だね。まさか、こうやって集まるなんて……)」

 琴葉と楠崎もそれぞれ言葉を呟く。
 土蜘蛛(つちぐも)、大天狗、酒呑童子(しゅてんどうじ)を退治するときに共に戦った仲間たち。
 こうして、6人が集まるのは何かの縁があるのかもしれない。

「おぉ!相変わらず琥市は可愛いなぁ〜!」
「琶狐さん……久しぶりです……」

 お互いの独特な犬歯を見せながら、喜び合う琶狐と琥市。

「久しぶりだな、村潟……」
「妖天か……ふむ、前より凛々しい表情になっているな……」

 一方、妖天と村潟はしんみりと再会を喜ぶ。
 しばらく、6人は楽しい雰囲気を出して雑談をする。
 琶狐に肩を叩かれながら、どつき漫才のような会話。
 琥市が無口だということを良いことに、からかいながら会話。
 楠崎の嘲笑うかのような表情で、玉砕されながら会話。
 妖天の謎が深まり、頭が混乱する会話。
 村潟の面白みのない、和菓子に関する会話。
 琴葉が持っている弓について会話。

 ——————傍から見ても、本当に楽しそうな会話だった。
 やはり、互いに命をかけた戦いをしたからこそ生まれた絆なのか。

 はたまた、ただ話があうだけなのか——————

「ふむ、こんな所で立ち話をすると日が暮れていきそうだなぁ……」

 妖天がそう呟くと、5人は大きく頷く。

「では、何かお茶菓子を買って家の中で話しましょう」

 琴葉は長い耳を動かして、5人へ言葉を飛ばす。

 そして、6人がこの場を去ろうとする——————

「苦労したぞぉ……汝たち……」

 突如(とつじょ)、6人の鳥獣の横から不思議な雰囲気を漂わせた女性が現れる。

 頭には、ふさふさした2つの耳があり、なんと、黄金に輝く金色の尻尾が9本もある。
 髪の毛も、黄金に輝く金色で、腰くらいまである長さだ。
 巫女服に包んだ体は、とても神々しくて、思わず頭を下げたくなる。
 さらにその姿は、非常に女々しく、おしとやかで、艶めかしかった。

「君は……?」

 狐男はこめかみを触りながら、9本の尻尾を持った女性を見つめて言葉呟く。

「なんじゃ……やはり、わらわのことを忘れてしまったのか……あの甘い時間……もう、思い出してくれないのかのぉ……」

 この言葉に、狐男は大きく唸りながらその場で膝まつく。

「むっ……その話し方……9本の尻尾……まさか……まさか……!?」

 額から汗を流して、目を大きく見開く。
 傍に居た狐狼女は大きな声を出して、狐男を心配する。

「おい!大丈夫か!?」

 しかし、大きく唸っているだけで返事はなかった。
 すると、9本の尻尾を持った女性は狼男を見つめ、

「汝も変わったなぁ……こんなに、可愛い娘を傍に置いて……もう、心配しないで良いのじゃな」
「そ、そなたは何を言っている?拙者は……常に琥市を護衛している……」
「そうじゃ。それが武士じゃ……人を斬るのではなく、人を守る……」
「人を斬る……?拙者は、そんなことを……したことない……したことない?うっ……」

 狐男と同様に、狼男もその場で膝まつく。
 当然、傍に居た犬少女は尻尾を挙動不審に動かして心配する。

「ど、どうしたの……!?し、しっかりして……」

 大きく狼男の肩を揺らすが、返答はなかった。
 次に、9本の尻尾を持った女性は兎女を見つめ、

「ふむ……汝から、温かい気持ちを感じる……安らぎ、癒し……前までは、恐怖と威圧感しかなかったのにのぉ……」
「恐怖と威圧感ですか……?私は、いままでそんな雰囲気を漂わせたことは……漂わせたことは……あっ……」

 兎女は手に持っていた大きな弓を落として、狐男と狼男と同じようにその場で膝まつく。
 この状況に、鳥少年はモノクルを光らせて9本の尻尾を生やしている女性へ言葉を飛ばす。

「あまり、この状況を混乱させないで欲しいね。話しなら、もうちょっと穏便にしない?」

 錫杖の遊環を鳴らし、嘲笑(あざわ)うかのような表情を浮かべる。

「ふふっ、その笑い方……微(かす)かに、あの者と似ているのぉ……」
「それはどうも。九尾の狐、宮神 九狐(ぐうじん きゅうこ)」

 鳥少年の口からは宮神 九狐という名前が出てくる。
 膝まついている3人は、耳をピクリと動かして一言呟く。

「ま、まさか……君は……九狐なのか?」
「その名前……拙者の頭に……残っている……」
「あぁ……なんでしょうか……この感じ……」

 この反応に、九尾の狐は口元上げて少し喜ぶ。

「少しくらいは思い出してくれたようじゃな……」

 拱手をして、3人を見つめる。
 すると、狐狼女は独特な犬歯を見せて叫ぶ。

「おい!九狐と言ったか!?貴様、何がしたい!?」

 今にでも殴りかかってきそうな雰囲気を出す。
 九狐は優雅に9本の尻尾を動かして、言葉を飛ばす。

「わらわは……真実を伝えに来た……そう、この3人の真実を……じゃ」

 この言葉に、楠崎は自嘲(じちょう)した表情を浮かべる。
 犬少女は、メガネ越しからどこか禍々しい瞳で九尾の狐を見つめる。

「妖天、村潟、琴葉……汝らの命……後、もうしばらくで滅びることじゃろう……」

 突然の言葉に、この場がしばらく沈黙する。
 妖天、村潟、琴葉の命はもう長くない。あまりにおかしい一言を飛ばすので琶狐は腕組をして、

「はぁ!?訳が分からん!貴様に妖天の命が分かるのか!?」

 大きな声で叫ぶ。
 すると、九狐は口元を上げて胡散臭く返す。

「分かるから言っておるのじゃ。わらわの身体には、汝らの魂が宿っているのじゃからな……」

 耳を動かして言葉を聞く琶狐。

 ——————次元が違いすぎる。
 九狐の言葉はあまりにも非現実的だ。
 3人の魂がこの九尾の狐の身体に宿っているなんて、誰が思うか。

 琶狐は納得しない表情を浮かべて口を開ける——————

「琶狐。君の言いたいことは分かる。だけど、これは真実なんだよね……」

 横から言葉で乱入したのは、なんと楠崎だった。

「く、楠崎さん……?」

 琥市は唖然としながら、楠崎へ言葉を飛ばす。

「妖天、村潟、琴葉の命はもうしばらくしたら消える。それは真実なんだよね……だって、九狐の寿命が来るからでしょ?」
「ふむ。その通りじゃ……天鳥船(あめのとりふね)」

 なんと、九狐の口からは楠崎の名字が出てくる。
 あまりの出来事に、琶狐は尻尾を大きく動かして尋ねる。

「な、なんだ!?お前たち知り合いか!?」
「直接的に会ったのは2回目だよ。そこまで、仲は良くない」
「そうじゃ。わらわと“この”天鳥船は特別仲など良くない」
「では……なぜ、そういう事情を知っているの……?」

 琥市の質問に、楠崎は自嘲した表情を浮かべて、

「本に書いてあったからだよ」
「本……?」
「そう、歴史的大犯罪者が暴れまわる本にね……」
「歴史的大犯罪者か……確かに、そう言われてみればそうじゃな」

 もう訳が分からないことになっている。
 琶狐と琥市は頭の中が混乱していた。

「2人には悪いけど、妖天と村潟は歴史的大犯罪者の1人だよ。もちろん、琴葉もだけど」
「なっ……!?」
「ど、どういうこと……?」

 さらに、頭の中が混乱する2人。
 あまりにも可哀そうだと判断した九狐は、こめかみを触りながら楠崎へ言葉を飛ばす。

「ふむ、これは説明した方が良いようじゃな……」
「そうだね。全てを話す時が来たんだね……」

 楠崎と九狐は混乱する2人に全ての事実を話すため、ゆっくり口を開ける——————