複雑・ファジー小説

Re: 獣妖過伝録 ( No.159 )
日時: 2011/09/28 22:06
名前: コーダ (ID: tgMaGFHR)

         〜8人の鳥獣〜

 この世は、獣人(じゅうじん)と鳥人(ちょうじん)しか居ない。
 そう思うのが普通である。
 この2種族だけで、この世の文明を築いてきたと人々は言う。
 そして、その2種族を脅かす存在である妖(あやかし)。
 なぜ、妖が現れたのかは未だに不明で、人々が1番謎に思っている。
 だが、これも良いことなのか悪いことなのか普通の日常となっている。
 妖が居る、それは当たり前、だから気をつけてすごしてくれ。
 こんな言葉で片付けられるくらいなのだ。
 しかし、全ての妖が悪いわけではない。むしろ、悪い妖の方が少ない。
 人と接したい妖も少なからず存在している。
 その最たる例は、葛の葉(くずのは)、犬神(いぬがみ)、九尾の狐(きゅうびのきつね)。
 本当に面白い世界である。ずっと人々は妖と共にすごしているのだから。

 ——————否、そんなことはない。
 獣人、鳥人、妖が居る世界が常識だという概念を、持たない者が片手で数えるくらいだが、存在する。
 なぜ、常識とは思わないのか。

 それは、今から何万年も前の話し——————


            ○


 空は全て暗い雲で覆われ、綺麗な星や月明かりが全くない状況。
 外を歩くにも、前が見えなくて思わず困り果てるほどである。
 こんな日は、黙って家の中で夜をすごし明日に備えるのが賢明。

 ——————しかし、そんなことを知らない輩(やから)は、当然居る。

「いやぁ……参ったなぁ……」
「松明(たいまつ)くらい、持ってくればよかったか?」

 暗い街道を歩く2人の男。
 黒い髪の毛を揺らし、和服を着用している。
 そして、とても困った表情を浮かべていた。

 どこかの村に居る普通の——————人間だ。

「今から戻っても意味ないし、苦しいけどこのまま山へ行こう」
「そうだな……」

 人間たちは、そのまま山の麓(ふもと)へ向かう。
 そして、険しくて暗い山の中へ姿を消す。

 ——————その様子を、鋭い目で見つめる者が居たが。


           ○


「ちょっとでも油断したら、危ないな……」
「暗くてよく見えない……」

 山の中を登る2人の人間。
 暗くて辺りの様子を把握するのがやっとな状況。

 なぜ、こんな危ないことをしてまで山の中へ行くのか——————

「でも、なんか出そうな感じはするよな」
「あぁ……」

 2人は、そう呟きながら山の中をどんどん進む。
 風も吹かず、辺りはとても静かだった。
 草木も全く揺れず、むしろ不気味に感じる。
 獣くらい居そうな感じはするが、その気配も全くない。
 男たちは、妙な気分になる。

「なんか、この山……不気味だな」
「本当に出たら、洒落にならないな」

 先から、出そうとか呟く人間。
 もしかすると、この男たちはそれが真実なのか、確かめるために来た者なのかもしれない。

「まぁ、出たら出たで逃げれば良いと思う」
「逃げられるのか?けっこう奥に行ったような感じがするけど」

 何かあったら逃げれば大丈夫。
 そう呟いた瞬間だった。

 ——————「こんな時間に山の中を歩くなんて、いけない人間だねぇ〜」
 どこからか、女性の声が聞こえてくる。
 男たちは背筋を伸ばし辺りを懸命に、見渡す。
 しかし、暗すぎてなにがなんだか分からなかった。

「だ、誰だ!?」
「隠れてないで、出てこい!」

 姿が見えない女性へ、言葉を飛ばす人間たち。
 すると、また遠くの方から、

「へぇ、お前さんたちけっこう度胸あるねぇ。てことは、実力の方もあるんだよな?」

 その声はどんどん、近づいてくるような感じがしてきた。
 明るく陽気、しかしその中に不思議な威圧感がある。
 男たちは、身体から嫌な汗を流し始める。

「おい、逃げた方が……」
「逃げるだなんて、そんな面白くないことしないでくれるかい?」

 突如(とつじょ)、背後から女性の声が聞こえてくる。

「うわ——!?」

 2人は思わず、その場で尻もちをつく。
 確かに、突然背後から声をかけられればびっくりしない者は居ない。

「なんだい?あたいを化け物みたいに思わないで欲しいねぇ」

 尻もちをつく男たちに、女性は陽気な口調で言葉を呟く。

「な、なんだこいつ!?」
「あ、頭に耳?それに……し、尻尾!?」

 男たちが見たもの——————

 それは、頭の上にふさふさした2つの耳を持ち、さらには獣のような尻尾を1本つけていた女性。
 上半身は羽織を着用して、後は胸にサラシを巻いているというかなり露出の激しい姿。
 下半身には赤い袴を着用している。
 その姿は、明らかに人間ではなかった。

「お前さんたちには、理解できないだろうねぇ。この耳と尻尾……そうさ、あたいは獣人」

 まるで、狼が獲物を狙うかのような鋭い眼光で男たちを見つめる女性。
 あまりの恐怖に、男たちはその場から立ち逃げ去る。

「おやおや、逃げるのかい?」

 女性は腕組をして、独特な犬歯を見せながら慌てることなく言葉を呟く。

「どうせ、待っているのは死さ……」

 尻尾を揺らし、露出の激しい女性はその場を颯爽(さっそう)と後にする。


            ○


 一方、とても険しい山を勢いよく下る人間たち。
 少し油断したら、転がり落ちてしまう状況なのに全くそれを感じさせない走り。

 ——————恐怖から逃げるときに、発揮される潜在能力かもしれない。

 しかし、その足は突然止まってしまった——————

「な、なんだ!?あいつ!?」
「ま、また頭に耳……し、尻尾……!?」

 男たちの目には、先程の女性とは違う女性が立っていた。

 頭にはふさふさした2つの耳と獣のような尻尾。
 着物を着用して、その上に羽織も着るというかなり動きにくそうな姿。
 腰には、立派な刀をつけている。
 そして、やっぱりこの女性も人間ではなかった。

「私たちの姿を見てしまった以上、生かすわけにはいきませんね……」

 とても落ち着いた口調と鋭い眼光で、言葉を呟く女性。
 男たちはあまりの恐怖に、その場に尻もちをつく。

「好奇心は人を殺しますよ?」

 女性はそう呟き、颯爽と1人の男へ近づき持っている刀で首を斬る。
 しかし、斬られた本人はなにが起こったか分からずただ唖然とする。

「えっ……?先、斬られたよな……?」
「ど、どうなっているんだ?」

 男たちがそう呟いている間に、女性は刀を鞘に入れる。

 ——————男の首は血を出して、地面に落ちる。

「ひぃ——!」

 傍に居た男は、首をなしの状態で倒れる。
 突然の出来事に、斬られていない人間は悲鳴を上げる。

「私の刀は、切れ味が良くて時間差で傷がつく……」

 冷たい口調で、女性は悲鳴をあげる男へ言葉を飛ばす。
 そして、また刀を鞘から出して首を斬りつける。

「……さて、もう用はないです」

 刀を鞘に入れて、この場を颯爽と後にする女性。

 ——————首がなくなった2人の人間は、見るも無残に山の中に取り残されるのであった。


            ○


「……悲鳴か」

 山の中、同時刻。

 兎のように白くて長い耳を動かして、一言呟く男。
 その姿は忍者を連想させる。

「けっ、山の中に入る馬鹿が……いい気味だ」

 兎忍者の言葉に、乱暴な口調で言葉を飛ばすのは狸みたいな耳を頭についている男。

 特に目立ったような姿はしておらず普通の和服を着用している。あえて例えるなら商人みたいな雰囲気を漂わせる。
 なぜか、尻尾はなかった。

「いい気味です」

 狸商人の言葉を真似するように、言葉を飛ばす女。

 鼠を連想させるとても細い尻尾と頭に灰色の耳を頭の上につけている。
 目が悪いのか、四角いメガネをかけていて、片手に巻物を持って妙に知的な雰囲気を漂わせる。

「まぁ、山の中に入った人間の悪口は、そこまでにしておきましょう」

 狸商人とメガネ鼠へ優しく言葉を飛ばす男。

 背中に大きな翼が生えており、今にでも空を飛びそうな雰囲気。
 左目にはモノクルをつけ、右手には錫杖(しゃくじょう)というよく僧侶が持つような杖を持っている。

「そうじゃ。あまり悪口を言うと祟(たた)られるかもしれんぞ?」

 鳥僧侶の言葉に、恐ろしいことを付け加える女。

 狐を連想させる金色の2つの耳と9本の尻尾を神々しく揺らす。
 巫女服を着用しており、おしとやかで女々しく、さらには艶(なま)めかしい雰囲気を露骨に漂わせている。

「そんなこと気にしていたら、いつまで経っても計画は実行されない……」

 九尾の狐の言葉に、凄まじい威圧感を出して言葉を呟く男。

 猫みたいな尻尾を2本つけて、頭の上にも2つの耳をつけている。
 とても不思議な雰囲気を漂わせており、とても大物みたいな感じ。

「いやぁ〜……参ったねぇ、あたいの出る幕がなかった」

 突如、木の上から女の声が聞こえてくる。

「おや?早めの帰還ですね」

 鳥僧侶がそう呟くと、木の上から1人の女が降りてくる。

 狼を想像させる力強い眼光、頭の上にふさふさした2つの耳と1本の尻尾。
 非常に露出の激しい姿が、印象的だった。

「お姉さま。私を置いて行かないでください」

 少し遅れて、別の木から別の女が降りてくる。

 真っすぐな瞳は犬を連想させ、頭の上にふさふさした2つの耳と1本の尻尾。
 着物の上に羽織という、かなり動きにくそうな格好で、腰には刀をつけている。

「……気を取り直して、これからのことを再度話そう」

 犬女が来たと同時に、猫男は周りに居る者たちへ言葉をかける。
 今この場に居るのは、全員人間とかけ離れている者たち。

 犬、猫、狼、狐、兎、鼠、狸、鳥——————

「これからつってもよ、しばらく普段通りと変わらんだろ?」

 狸商人は、ぶっきらぼうに猫男に言葉を飛ばす。
 それに何人かの人は頷く。

「確かに一部の者はそうだが、一部の者は違う……」
「一部ですか?」

 鳥僧侶は、頭に疑問符を浮かべて隣に居る九尾の狐に言葉と飛ばす。

「なぜ、わらわを見ながら言葉を言うのじゃ?」
「いえ……こちらと同じ思いを持っていそうでしたから」
「汝と同じ考え?まぁ、否定はしないでおこうかのぉ」

 この発言に、鳥僧侶は薄く笑う。

「とりあえず、ここにずっと居るのは危険です。早く話をするのです」

 メガネ鼠は猫男に早く話をするように、催促させる。

「……分かった」

 猫男は小さく頷き、最初に狸商人と兎忍者を見つめる。

「欺 堪狸(あざむ たんり)、忍兎 影智(にんと かげさと)。引き続き人間たちの情報を探ってくれ」
「……了解」
「ちっ、またあっしはこの仕事か……」

 堪狸と影智は一言呟き、この場を後にする。
 次に、猫男はメガネ鼠と狼女、犬女を見つめる。

「知野宮 佳鼠(ちのみや かそ)、狼討 神楽(ろうとう かぐら)、犬浪 東花(けんろう とうか)。各地に居る獣人と鳥人の護衛を頼む」
「佳鼠に任せるのです」
「あいよ〜」
「神楽お姉さま。行きましょう」

 佳鼠、神楽、東花も一言呟きこの場を後にする。

「さて、残った者は私と共に少し動いてもらう……良いな?天鳥船 須崎(あめのとりふね すざき)、宮神 九狐(ぐうじん きゅうこ)」
「分かりました。津川 怪猫(つがわ かいねこ)」
「うむ……」

 須崎、九狐、怪猫はこの場を後にする。

 先まで賑やかだった場所は、いつの間にか静かな所へ変わり果てる——————


            ○


「須崎?先から何を考えているのじゃ?」
「あっ、いえ……これから執筆する内容を考えていました……」
「なんじゃ、それは……」

 暗い山の中を歩きながら、雑談をする須崎と九狐。
 どうやら、須崎は何かを執筆するために色々考えていた。

「執筆した物が、これからのためになるなら……良いがな……」

 横から首を突っ込む怪猫。

 これからに役立つ執筆——————少々、意味が分からなかった。

「ふむ、よくわからんのぉ……」
「君の喋り方の方が、よくわかりませんけどね」

 須崎は九狐の喋り方に、薄く笑う。

「な、なんじゃ!?わらわの喋り方のどこが分からないのじゃ!?」
「……婆さん」
「うぐっ……だ、誰が婆さんじゃ——!?」

 九狐は9本の尻尾を大きく揺らし、動揺していた。
 いきなり女性に婆さんというのは、失礼に値する。

「わ、わらわは……ま、まだ……328歳じゃぞ……」

 この言葉に2人は沈黙する。

 どう反応して良いか分からなかったからだ——————

「な、なんじゃ……?」

 とても不満そうな表情を浮かべながら、九狐は2人を見つめる。

「あっ、いえ……確かに、あの8人の中では若い方ですね」
「1番若いのは東花で327歳……たいして、変わらんな」

 怪猫がそう呟くと、九狐は少々艶めかしい目つきで、

「だがぁ……あの娘は、少々胸がなさすぎるぞ?それに比べ、わらわはまだ張りのある大きな胸じゃ……」

 巫女服をはだけさせ、肩を見せる九狐。
 元々、九尾の狐は妖艶(ようえん)な容姿で様々な男性を堕とすことで有名だ。

 確かに、今の九狐なら男性を堕せそうだが——————

「全く興奮しないな……」
「そうですね。やはり、その喋り方では……」

 2人の男は腕組をして、眉間にしわを寄せる。
 九狐はあまりの衝撃に、少し耳を落とす。

「………………」

 しばらく、九狐は無言で山の中を歩く。
 須崎と怪猫は少し心の中で悪いことをしたなと呟いたのは言うまでもない。


            ○


 3人は山から下山して、麓を歩く。
 雲は若干晴れていて、月明かりが少し3人を照らす。

「所で、例の計画はどうなんじゃ?」

 九狐は怪猫にそう尋ねる。

 例の計画——————須崎はモノクルを光らせて、持っている錫杖を鳴らす。

「九狐、今はその話に触れないでおきましょう」
「なんじゃ……まだ、実行段階にも移せないということか?」

 九狐の言葉に、怪猫は不気味に笑う。

「くっくっく……何、いずれは実行段階まで持っていく……」

 この言葉に、九狐はこめかみを触りながら小さく唸る。

「(わらわは、別にしなくても良いと思うのじゃがなぁ……)」

 しばらく、3人は黙って歩き続ける。
 麓から離れ、気づくと普通の街道を歩いている。

 ——————不意に、怪猫の尻尾が動く。

「……誰か居るな」

 なにやら、この付近に誰かがいる気配を感じ取ったようだ。
 同時に、須崎は錫杖を構え九狐は拱手(きょうしゅ)をする。

「警戒して歩きましょう」

 3人は大きく頷き、警戒しながら歩く。

 すると、街道に倒れている者が目に入る——————
 かなり傷だらけで血も出ている。頭にはふさふさした2つの耳と1本の尻尾。

「むっ……あれは、狐じゃな……」

 同族ということだけあって、1番最初に反応したのは九狐だった。

「これは酷いですね。生きているかどうかも怪しいくらいでしょう……」
「……放っておくわけにはいかん。九狐行ってやれ」

 怪猫の言葉に九狐は倒れている狐の傍へ向かう。
 その間、2人は辺りを警戒するように見渡す。

 ——————あの狐を傷だらけにした者が近くに居るかもしれないから。

「……ふむ、息はしているようじゃ。しかし、早くしないと手遅れになるのぉ」

 倒れている狐の脈を測る九狐。
 だが、早く処置をしないと命がなくなる危険性があった。

「応急処置として、わらわの妖力でも憑依(ひょうい)しておこうかのぉ……」

 瞳を閉じて、傷だらけの狐に妖力を送る九狐。

 妖力。
 その名の通り妖が身体の中に持っている力。別の言い方をすれば命の源。
 普通の人は、これを持つことが出来ない。だが、似たような物で霊力は持つことが出来る。

 ——————つまり、九狐は妖の九尾の狐。

 そして、その妖力を傷だらけの狐に送ると言う事は——————

「おや?霊力ではなく、妖力を送ったのですか?」

 須崎はモノクルを光らせて、九狐に尋ねる。

「霊力だけでは助からん……だから、わらわは妖力を送ったのじゃ。同族を死なせるわけにはいかんからのぉ」
「そうですか……」
「汝も、鳥人が倒れていたらわらわと同じようなことをするだろう?」
「こちらは霊力しかありませんからね……それに、憑依もできません」

 まさかの言葉に、九狐は眉を動かして大きく唸る。
 怪猫はそんな九尾の狐を横目で見つめる。

「さて、その狐はどうするのですか?」
「……傷が治るまでわらわが見守ろう。この狐は、見た感じまだまだ少年らしいのじゃ」
「これからを担う若者ですね」

 須崎は薄い微笑みをして、怪猫の傍へ向かう。

「と、九狐は言っておりますが?」
「……かまわん、九狐はその狐に専念していろ」

 怪猫はぶっきらぼうに九狐へ言葉を飛ばす。
 須崎は大きな翼をゆっくり動かし、頭の中で何か考える。
 そして、鳥と猫はこの場を後にする。

「……ふむ、しばらくわらわは別行動じゃな」

 1人残された九狐は、倒れた狐の少年を見つめながら言葉を呟く。

「……よく見ると、けっこう可愛い狐じゃ」

 9本の尻尾を動かしながら、口元を上げる九狐。
 確かに、彼女の言うとおり少年らしい幼さが残る顔立ち。

「っと、わらわは何を言っておるのじゃ……今はこの狐の傷を直さなければのぉ……」

 変な気持ちを抑えて、九狐は傷だらけの狐を安全の場所へ連れて行こうとする。
 だが、ここで問題が起こる。

「さて、どう連れていけばいいのじゃ……?」

 そう、この狐を安全な場所へ連れていく方法が分からなかったのだ。
 九尾の狐と言っても、所詮は女性。少年狐を抱えるほどの力はなかった。

 九狐はこめかみを触りながら、困り果てる——————

「うっ……」

 突如、少年狐の耳が動く。
 同時に、九狐の耳も動く。

「むっ?もう妖力が身体中を回ったのか……恐ろしい循環力じゃ……」

 送った妖力が、身体全体に循環することによって意識を取り戻す少年狐。

 しかし、その循環は通常ありえない速さで回った——————普通なら、1日はかかるものなのに。

「わ、我は……こ、ここは……?」

 少年狐はゆっくり辺りを見回しながら、弱々しく言葉を言う。
 そして、9本の尻尾を持つ女性が目に入る。

「き、君は……?だ、誰だ……?」
「わらわは汝に危害を加えない狐じゃ」

 拱手をしながら、九狐は優しく少年狐へ囁くように言う。

「我は……君に助けられたのか……?」
「同族を見捨てることはできんからのぉ……自力で立てるか?汝?」

 とりあえず、この場から安全な場所へ行くことを優先する九狐。
 少年狐はふらふらと立ち上がり、ゆっくり足を進める。

 ——————だが、4歩くらい歩いた時に九狐に向かって倒れる。

「な……し、しっかりせい!」

 少年狐を支える九狐。やはり、自力で歩くのはまだ無理があったようである。

 なぜか、九尾の狐の尻尾は大きく揺れていた——————

「はぁ……だ、だめだ……足に力が入らん……」
「ううむ……仕方ない、このまま山のなかへ行くぞ?」

 九狐はなんとか少年狐を支えながら、山の中へ向かう。
 傍から見れば、とても情けない状況。

 当然、これをみっともないと思うのは——————少年狐だ。

「我に……我に、力があれば……」

 九尾の狐に支えられながら、少年狐は悔しそうに言葉を呟く。
 よく見ると、目からは少し涙も流れている。
 九狐は眉を動かして、小さく唸る。

「(汝は一体何があったのじゃ……)」

 少し困り果てる九尾の狐。
 そして、同時に好奇心も沸いてくる。

「汝、名はなんというのじゃ?」

 突然、九狐は少年狐の名前を尋ねる。
 いきなりの出来事だったが、彼は涙を流しながら、

「……詐狐 妖天(さぎつね ようてん)」
「そうか。わらわは、宮神 九狐……力のある九尾の狐じゃ」

 この言葉に、妖天は目を見開く。
 力という単語に反応したようである。
 九狐は胡散臭い微笑みを浮かべながら、心の中で呟く。

「(詳しく話を聞いてみる価値はありそうじゃ……)」