複雑・ファジー小説

Re: 獣妖過伝録 ( No.165 )
日時: 2011/10/27 18:30
名前: コーダ ◆ZLWwICzw7g (ID: hpZBxX8P)

            〜修行をする者〜

 獣人と鳥人。実は人間が誕生したと同時に誕生されている。
 しかし、人間は自分たちにはない耳と尻尾を持つ者を偏見した。
 そして、偏見から差別へと移り獣人と鳥人は、森や山の中で隠れてすごすしかなくなった。
 非常に悲しい出来事である。同じ時に生まれた者同士なのに——————

 なら、今度は自分たちが人間を差別すれば良い。そう考える者が生まれる。
 だが、獣人と鳥人には多種多様な種族が居るためなかなか考えが一致しない。
 犬や狼は積極的だが、兎や鳥は否定的。猫と鼠は無関心で狐と狸はどこか胡散臭い。

 ——————非常に団結力はかけていた。
 当然この状態は何年も続き、気がつくと人間は数を増やして手に負えない状況となる。
 そんな中、1人の狐が現れた。
 妖艶な容姿、9本の尻尾が特徴的な女性。とてもこの世に居る獣人とは思えない雰囲気。

 彼女は言う。“わらわは妖(あやかし)”と——————


            ○


「あの……これで3日間くらい経ちますが……?」

 空から降る雨の音を聞きながら、古めかしい建物で会話をする白狐——————葛の葉(くずのは)。

 傍に居たのは、とても神々しい雰囲気を妖艶な容姿を持つ女性狐——————宮神 九狐(ぐうじん きゅうこ)。

「妖力と霊力をつけるには、あの空間でじっとしていることしか方法はないからのぉ……」

 拱手をしながら、葛の葉へ言葉を飛ばす九狐。
 その表情は、とても面倒という言葉が現れている。

「霊力ならともかく……妖力もですか?」
「力が欲しいと言ったのは本人じゃ。わらわはただ望みを叶える狐にすぎん」

 九狐は部屋の中を歩き、縁側へと向かう。
 葛の葉は黙ってその後をついてくる。

「じゃが、あんなに霊力を持たない狐は初めてじゃ……狐ともなれば、霊力くらいあるものだがのぉ……」

 こめかみを触りながら、空から降る雨を見つめる九狐。

「そんなに……ないのですか?」
「全くと言っていいほどじゃ……あれは、相当時間がかかるぞ……もしかすると、直接的にやる必要もあるかもしれん……」

 直接的という言葉をやけに強調する九狐。
 葛の葉は浅い溜息をして、

「何があったのでしょうね。妖天さん」

 白い尻尾を落としながら、小さく呟く。

「わらわはあまり深く追求しない。本人が言ってくれるのを待つだけじゃ」

 眉を動かして、9本の尻尾を動かす九狐。

 ——————その表情は、どことなく違和感があった。

「……たまには、九狐様が様子を見に行ってあげたらどうでしょうか?」

 葛の葉は優しい微笑みで、九尾の狐へ言葉をかける。

「う、うむ……そうじゃな……」
「では、早速いきましょうか?」

 九狐の背中を押す葛の葉、当の本人は非常に困った表情を浮かべていた。


             ○


 同時刻、とある森。
 草木が萌える森は、空から降ってくる雨さえも遮るほど。
 そんな中、1人の翼を持った男が巻物に何かを執筆していた。

「……まぁ、これくらいで良いでしょうか」

 真剣な顔つきから、一気に優しそうな表情を浮かべる男性。
 どうやら、満足な執筆ができたようである。

「やはり、執筆は良いですね……」

 巻物を懐に入れて、翼をゆっくり動かす。

 一体、何を執筆しているのかは不明だったが——————

「須崎(すざき)。また執筆をしていたのか……」

 不意に、背後から低い声で言葉をかけられる。
 須崎と呼ばれた男性は、モノクルを光らせながら身体を振り向かせる。

「おや?もう終わったのですか、怪猫(かいねこ)」
「くっくっく……いや、もういい……十分だ……」

 どこか不気味な笑い声を出す、怪猫という男。
 須崎は赤色の瞳と青色の瞳を輝かせながら、見つめる。

「さすがは、尻尾を2本持つ猫ですね。尊敬します」

 怪猫は2本の尻尾を動かし、胡散臭い微笑みを浮かべる。

「これも全部……九狐の知恵……有効に使わせてもらっただけだ」
「九狐の知恵……?」
「忘れたとは言わせないぞ……九狐は、我々と違う存在ということを」

 須崎はモノクルを光らせて、真剣な顔つきをする。
 しかし、特に言葉を漏らさず無言を貫く。

「くっくっく……言葉にするのが嫌なのは分かる……だが、これは現実。九狐はこの世の裏側に住んでいる妖怪なのだからな」

 怪猫はどこか不思議な雰囲気を醸し出しながら、言葉を飛ばす。

「……怪猫はこれからどうするつもりでしょうか?」

 少々話題と離れた言葉。怪猫は口元を上げ、

「なぜ、その質問をする?須崎」
「いえ、深い意味はありませんよ」

 持っている錫杖(しゃくじょう)の遊環(ゆかん)を鳴らし、言葉を呟く須崎。

「……その何を考えているか分からない表情と言葉、未だに慣れん。須崎から生まれる子供たちが不安だ」
「おや?こちらはいたって正直にしているつもりですけどね」

 須崎の言葉に辟易(へきえき)する怪猫。わずかな溜息をして、

「私はまだ本格的に動こうとは思わない。九狐の件があるからな……」
「……そうですか、その言葉が聞けて嬉しいですよ」

 須崎は怪猫に背中を見せる。そして、大きな翼を羽ばたかせながら、

「では、こちらも少々用事があるのでこれで失礼しますよ」
「そのうち集合する。その時まで勝手に行動してくれ」

 怪猫と須崎はお互いこの場を後にする。

 ——————2本の尻尾を持った猫男の表情は、とても胡散臭かった。


            ○


「さて、どれほど霊力が宿ったか気になる所じゃな」

 隠れ家の縁側で、9本の尻尾を持った九狐が隣に居る葛の葉へ言葉を飛ばす。

「どうでしょうね。わたくしは霊力を感じるのが苦手なので、どれくらい宿っているか分からなかったですけど」

 白い尻尾を動かし、葛の葉は九狐へ言葉を返す。
 九尾の狐はこめかみを触りながら、深く考える。

「(霊力を感じるのが苦手な葛の葉が感じられないか……つまり、それほど霊力は宿っていないことじゃな……)」

 そして、浅い溜息をする。

「九狐……様?」

 溜息に気付いた葛の葉は、九狐を心配する。

「いや、これは相当覚悟する必要があるようじゃ……一応、わらわが責任持たないといかんしな……」
「はい……?」

 いまいち理解できない葛の葉。九狐の頭の中は、これからの苦労が浮かんでいた。
 2人はとある部屋の前にたどり着く。
 襖が完全に閉まっていたが、どこか独特な力が漏れているのが分かる。

「ここは、九狐様が自ら開ける方が良いですわ」
「うむ……そうじゃな」

 九狐は葛の葉に催促されながら、襖を開ける。
 そして、拱手(きょうしゅ)をしながら一言呟く。

「どうじゃ?少しは身体に変化が出ただろう?妖天」

 部屋の中には苦しそうな表情を浮かべる少年狐——————詐狐 妖天(さぎつね ようてん)が座っていた。
 よく見ると、床には大量のお札が貼られており、そこから独特な力が出ているのが分かる。

「きゅ、九狐か……我にはよく分からないが、身体に違和感があるのは確かだ……」
「九狐様の結界はとても強力ですからね。当然効果が出ていますね」

 妖天と葛の葉がそう言うが、九狐は眉間にしわを寄せてどこか深刻そうな表情を浮かべる。

「わらわの宮神能動霊力結界(ぐうじんのうどうれいりょくけっかい)に居て、霊力を全く感じないとはどういうことじゃ……?」

 こめかみを触りながら、九狐は2人に聞こえないように言葉を呟く。
 そして、徐々に妖天との距離を縮めていく。

「九狐……?」

 九狐は黙って妖天の右腕を、思いっきり握る。

「なんじゃと……?全く霊力を感じない……」

 驚く九尾の狐。9本の尻尾が激しく動いている所を見ると、冗談ではないことが分かる。
 妖天と葛の葉はこの言葉に、唖然としてしまう。

「きゅ、九狐様の結界で霊力がつかないのですか!?」
「ど、どういうことだ?なぜ、我の身体に霊力が……」

 こめかみを触りながら、考える九狐。

 ——————そして、恐ろしい状況が脳内に思い浮かぶ。

「……最悪じゃ」

 突然の一言。妖天と葛の葉は言葉が出なかった。

「妖天。汝は非常に恐ろしい身体をしているようじゃ……わらわの結界がこんなに効かないのは、汝を入れて2人目じゃ」

 宮神能動霊力結界。
 この世の空気には霊力が微量に漂っており、それが人の身体に入ることがある。
 呼吸をして空気を吸うのと同時に、霊力を吸っていると説明すると分かりは良い。
 霊力側から見れば、人間の呼吸で体内に入る。つまり受動的に人の身体に宿っていく。
 だが、九狐はそれを逆に霊力側が積極的に人の身体に入っていこうとする空間を作ることに成功した。
 その空間を結界で作り、その中に人を入れれば霊力が自然と入っていく仕組み——————

「これは……わらわが直接的に指導する必要があるようじゃな」

 拱手をして、九狐は妖天を見つめる。

「九狐様?それは特別訓練ですか?」

 横から葛の葉が言葉を飛ばす。九狐は狐目になって、

「そうじゃ。わらわの結界がだめなら直接わらわが手を差し伸べるしかない……大丈夫じゃ。これは“あやつ”で成功している」

 なにやら自信がある表情を浮かべる九狐。妖天はこの表情を見て、

「なら、早速我に教えてくれ」

 力を手に入れるためなら手段を選ばない妖天。
 九狐はこの積極性に心の中で深い溜息をする。

「……分かった。では、外へ行くぞ」

 了承したものの、その表情は少々暗かった。
 葛の葉は耳を動かして、2人の背中を見つめていた。


             ○


「我の身体に霊力を宿らせる方法とはなんだ?」

 隠れ家の外。妖天は1本の尻尾を動かして、九狐に催促する。

「そう焦るな。ちゃ〜んとわらわが力を与える」

 拱手をして、いたって普段通りに喋る九狐。
 すると、妖天の背中へ回り込み懐から1枚のお札を取り出す。

「少々きついかも知れんが……汝が望んだのじゃ。耐えられるだろう?」
「……!?」

 九狐はお札を妖天の背中へ張り付ける。

 ——————突如、狐の少年は恐ろしい奇声を上げ始める。
 その声の大きさは、木々に止まっている烏たちが逃げ出すほどだった。

「もう容赦せんぞ。その身体に、無理矢理霊力を叩きこんでやるのじゃ……この、九尾霊力札(きゅうびれいりょくふだ)で」

 九尾霊力札。
 九尾の狐ともなれば、かなり霊力を持っておりその霊力は、並みの人では身体に蓄積するだけで負担が大きい。
 下手すれば、霊力が身体の中で暴走して死に至ることもある。
 九尾霊力札は、お札の中に九尾の狐と同等の霊力を封じ込めた物。
 それを妖天の背中に貼り付けた。つまり、狐の少年の身体は——————

「ここで倒れたら、そこまでの覚悟しかないとわらわは判断する。力が欲しいなら、莫大な霊力くらい制御するのじゃ」

 しかし、妖天は身体の中に入ってくる霊力に集中していたのか、返す言葉はなかった。
 九狐はどこか人とは思えない表情をする。

「(しかし、あの時の妖力の循環は異常だったからのぉ……もしかしたら、何かあるかもしれん……希望はありそうじゃな……)」


            ○


「うむむぅ……これは一体どういうことなのですか!?佳鼠の計画ならこの山から離れるのは2時間前なのです!」
「予想外の出来事が起きましたからね。仕方ありません」

 一方、とある山の中では犬みたいな女性と鼠みたいな女性が会話をしていた。

 どこか苛立ちながら声を飛ばす鼠の女性——————知野宮 佳鼠(ちのみや かそ)。

 落ち着いた声で話す犬の女性——————犬浪 東花(けんろう とうか)。

「こんな一通りの少ない道に、なぜ人間が大量に歩いているのですか?全く持って理解不能です」
「何かあったのでしょうかね……」
「それを確認している神楽(かぐら)の帰りも遅いです!なにをやっているのですか!?」

 どうやら、普段は人が通らない道に今日だけは人が大量に歩いていて、迂闊に外に出られない状況に陥っていたのだ。

「東花!佳鼠が許すのです!あの人間どもを全員叩斬ってやるのです!」
「やろうと思えばやれますが、その後の状況が大変になりますよ?」

 冷静に言葉を返す東花。
 犬にしてはかなり状況を判断できる方で、むしろ冷静な考えを持つ鼠が犬らしい佳鼠。

「東花が斬った人間を1人残さず始末してしまえば誰も報告しないのです!だから、心配無用!」
「……そうなりますね。ですが、せっかくやるのでしたら神楽お姉さまも居た方が楽しいですよ?」

 上手い具合に、佳鼠の口車に乗せられる東花。先程の判断はどこへ行ったのか。

「今の神楽はつまらないのです!やはり、あれがないと神楽ではないのです!」
「それは同意です。神楽お姉さまは牙狼(がろう)がないとだめです」
「あたいのどこが、つまらないだって?」

 2人の背後から、突然陽気な声が響く。
 すると、東花は耳を動かし嬉しそうな表情を浮かべる。

「神楽お姉さま!怪我はないですか!?」
「偵察しただけじゃ、怪我なんてしないさ。本当に心配性だねぇ……東花は」

 余裕そうな表情を浮かべる露出の激しい狼みたいな女性——————狼討 神楽(ろうとう かぐら)。
 その顔つきは、正に姉御と言って良いものだった。

「神楽!佳鼠に状況を報告するのです!さぁ、とっととするのです!」

 鼠女はかけているメガネを光らせながら、神楽に説明を催促する。
 東花はこのやりとりに、浅い溜息をする。

「結論から言うと、分からなかった」

 両手を頭の後ろで組み、笑顔で答える神楽。
 佳鼠は開いた口が塞がらなかった。

「な……なんのために偵察に行ったのです!?」
「いやぁ〜……人間が多すぎて、近づけなくてさぁ」
「それでも狼ですか!?狼なら人間に負けないはずです!」
「狼だって無謀な行動はしないさ」

 佳鼠はむっとした表情を浮かべて、懐から巻物を取り出しそれを黙って読む。

「佳鼠が戦えなくて本当に良かった瞬間だねぇ……あれは、犬と狼以上に無茶をしそうだよ」
「そうですね」

 神楽と東花は佳鼠を見つめながら言葉を呟く。
 同時に、犬女は刀を強調させ狼女は爪を強調させる。

「(まぁ……実際の所はちゃ〜んと偵察したんだけどねぇ……)」
「神楽お姉さま?何か言いました?」
「ん?いや、佳鼠は鼠らしくないなってねぇ」

 狼独特な犬歯を出しながら、神楽は言葉を呟く。
 微妙にぎこちない雰囲気に違和感があったが、深くは追求しなかった東花だった。

「(たまには、あたい1人だけで色々やってみようかねぇ……)」

 2人に背中を見せ、羽織を翻(ひるがえ)しながら神楽は胡散臭い表情をしていた。


            ○


「はぁ……はぁ……」
「ふむ……霊力もちゃんと身体に宿っているようじゃ……とりあえず、第1段階は終了……」

 額から汗を大量に流し、膝まつく妖天。その様子を拱手して見つめる九狐。
 どうやら、少年狐の身体にようやく霊力が宿ったらしい。
 しかし、九尾の狐はまだまだ深刻そうな表情を浮かべる。

「じゃが、霊力を宿しても使わなければ宝の持ち腐れじゃ。早速、霊力を有効に使って術を身につけるのじゃ」
「術……まずは、なんだ……?」
「超初歩的で、覚えるのも簡単な狐火じゃ」

 九狐は拱手を解き、右手で指を鳴らす——————

 妖天の目の前にある地面から、突然火が噴き上がったのだ。

「!?……これが、狐火」
「別に指を鳴らさなくても出せるのじゃが……どうせなら、かっこよく決めたいじゃろ?」

 この言葉に、妖天は目を見開く。
 そして、背筋を伸ばし立ち上がる。

「むっ……」

 だが、妖天は途端にその場で膝まつく。
 苦痛な表情をしながら、1本の尻尾を揺らしていた。
 九狐は一瞬驚くが、すぐにどういう状況になっているのか判断して、優しそうな表情で少年狐を見つめる。

「なんじゃ……仕方ないのぉ……」

 九狐はそう言って、懐から鋭利な刃物を取りだす。
 そして、それを自分の腕に当てる——————
 赤く、鮮やかな血液が流れ始めた。

「きゅ、九狐……?」
「さぁ、飲むが良い……」

 九狐の腕から出る血液を飲む。
 途端に、妖天の苦痛な表情が消えていく。

「ふふ……これで、修行は続行じゃ」

 狐目になって、九狐は優しく呟く。

 妖天は立ち上がり、礼を言う——————


             ○


「(どうやら、九狐は九狐で少年狐を見ているようですね……)」

 九狐と妖天が修行する光景を、深い森の中から見つめる鳥——————天鳥船 須崎(あめのとりふね すざき)。
 モノクルを光らせて、どこか監視しているような雰囲気を醸し出していた。

「(しばらくは、こちらで九狐のことを見ていますか……やることもないですし、時間ならたくさんあります)」

 薄く笑う須崎。

 そして、しばらく黙って瞬きもせずに2人を見つめていた。