複雑・ファジー小説

Re: 獣妖過伝録 ( No.168 )
日時: 2011/11/14 22:58
名前: コーダ ◆ZLWwICzw7g (ID: e7NtKjBm)

        〜戦闘狼と冷血兎〜

 とある九尾の狐が言った言葉。
 それはとても理解ができないと言って良かった。
 突然“わらわは妖(あやかし)”など言われても、どう反応して良いのか分からない。
 しかし、それに興味を示した者は尋ねる。
 “妖とは何か”と。
 すると、九尾の狐は呟く。

 ——————“この世のどこかに存在し、常に人間と獣人を見つめる妖世界(あやかしせかい)の住民”と。
 尋ねた者は腰を抜かす。そして、また興味がわいてくる。
 九尾の狐は尻尾を優雅に動かして、辺りを見渡す。
 眉間にしわを寄せて、深刻そうな表情を浮かべる。

 そして、九尾の狐——————いや、彼女はどこかへ足を進める。
 あてもなくふらつく。それは放浪という言葉が1番似合っていた。


            ○


 人間が住む村の中。
 時間は太陽が頂点に昇る時で、一通りはかなり激しかった。

「あぁ……それか?それならただでやる」

 そんな中、通りにある店から声が聞こえてくる。
 古い壺や風化した巻物を陳列している所を見ると、骨董品を扱っている店なのが分かる。
 来る客は少ないが、一部の者にはたまらない品ぞろえ。

「ただで良いんですか?」
「そんなもん売り物になりゃしねぇからな……」

 店の中で会話をする店員と客。
 売り物にならないからただでやる。ある意味、商売人みたいな性格している。

「では、ありがたく貰って行きますね」

 客は笑顔で古い壺を持ち、店を後にする。
 店員は薄く笑いながら、商品棚を見つめる。

「壊れすぎた物は正直売り物にならねぇ……全く、難しい所だぜ」

 浅い溜息をしながら、商品へ言葉飛ばす店員。
 客が居ないことを良いことに、店番をすっぽかして店の奥へ姿を消す店員。

 ——————それを見つめる誰かが居るのを知らずに。


            ○


 店の奥にある居間に座り、のんびりお金を勘定(かんじょう)する店員。

「ったく……いつまでこんなことしなければならねぇんだよ……」

 どこか不機嫌そうな店員。この仕事が嫌いなのかもしれない。
 勘定を終えたお金を乱暴に机の上に置く店員。

「……なんだ?居るなら出て来い。影智(かげさと)の旦那」

 不意に謎の気配を感じた店員は、天井を見つめながら言葉を飛ばす。

「それはできん……」

 すると、屋根裏から誰かの声が聞こえてきた。
 おそらく、店員が言っていた影智という人物なのだろう。
 この出来事が当たり前かのように、店員は口元を上げて会話をする。
 普通なら驚いて逃げ出す状況だが。

「んだよぉ……まぁ、今は昼間だし仕方ねぇか……あっしみたいに、変化の術(へんげのじゅつ)を使えば昼までも行動できるのになぁ……」

 偉そうに屋根裏へ言葉を飛ばす店員。
 傍から見ればとてもおかしな人にみられる。

「……調子に乗るな。堪狸(たんり)」

 さすがに少し堪忍袋が切れた屋根裏に居る影智は、低い声で堪狸という店員へ言葉を飛ばす。

「おっとぉ……少し怒らせちまったか……悪りぃ、悪りぃ……」

 反省をしているのか分からない言葉使い。
 屋根裏居に居る影智は、少し無言を貫く。

「どうした?影智の旦那?」

 違和感を覚えた堪狸は、影智に言葉を飛ばす。

「殺気を感じる……」
「はぁ……?」

 不思議な言葉に、堪狸は眉間にしわを寄せる——————

 居間に置いてある箪笥(たんす)に1本の矢が刺さった。

「……狙われているな」

 屋根裏から言葉を飛ばす影智。どうやら、矢が刺さったのを音で感知したようだ。

「ちっ……なんだってんだ……」

 堪狸は立ち上がり、箪笥に刺さった矢を抜く。
 すると、矢に紙がくくりつけられていることに気がつく。

「おい……なんだこれは……」

 面倒そうに、堪狸は矢にくくりつけられた紙を取る。
 そして、紙に書かれている言葉を見つめる。

 ——————“次は本気だ”。

「……影智の旦那。久しぶりの出番かもしれねぇぜ?」

 しかし、屋根裏からの返答はなかった。

「けっ……相変わらず、仕事だけはやる奴だぜぇ……」

 堪狸は持っている紙を乱暴に破り、そこら辺に捨てる。


            ○


 同時刻、森の中。
 とても軽快に歩く1人の女性が居た。

 頭にはふさふさした2つの耳と1本の尻尾を持っている。
 灰色の髪の毛は首くらいまでの長さで、前髪は目にかかる程度の長さ。
 上半身は羽織だけを着用しているだけで、あとは胸にサラシというかなり露出の激しい姿。
 下半身は巫女が履きそうな赤い袴を着ている。
 極めつけに、その鋭い眼光は正に獲物を狙う狼を連想させる。
 辺りを見回し、独特な犬歯を見せる。

「ふ〜ん……けっこうやらかしているんだねぇ……」

 両手を頭の裏へ持っていき、尻尾を動かす狼女。
 彼女が見たのは、たくさんの死体。
 深い草によって一見何もないように見えるが、よく見ると人の死体が大量に転がっている。
 とても不気味な光景。だが、狼女は特に表情を変えなかった。

「へぇ〜……斬る所を拘らないなんてねぇ……少し、仲良くできそうじゃん」

 死体を見つめて、笑顔になる狼女。
 たくさんの死体に共通したこと。それは身体の至る所が斬られているのだ。
 もっと付け足して言えば、斬られた所は1人1人違うということ。
 急所を狙われて斬られた者、狙われずに斬られた者。
 明らかに、乱暴な人が斬ったということが分かった。

「荒々しい斬り方……相手は狼だねぇ……まぁ、あたいも斬る場所に拘りはないし、気持ちは分かるけど……」

 狼女はとある場所を見つめ、

「同族を巻きこむのは、ちょっといただけないねぇ……」

 途端に真面目な表情を浮かべて、彼女は言葉を飛ばす。
 そう、この辺りの死体は基本的に人間だがほんの一部は狼の獣人などの死体があった。
 邪魔な人間を殺すのはとても嬉しいが、同族を巻きこむのは許せなかった狼女。

「ちょっと、あたいがこらしめてあげないとねぇ……」

 右手の長い爪を強調させながら、狼女はこの場を後にする。


            ○


 時は少し経過し、逢魔が時(おうまがとき)。
 人々は自分の家の中へ入り、不気味な夜を待つ。
 当然、それはこの店の店員も同じだった。

「……今日はのんびりできなさそうだぜぇ」

 店の居間に座りながら、店員の堪狸はにやけた表情を浮かべる。
 なぜか、堪狸の頭の上にはふさふさした2つの耳が生えていたが。

「……堪狸。不用意に耳を出すな」

 屋根裏から聞こえてくる声。おそらく、昼間と同じ人物の影智。
 堪狸は胡散臭い表情を浮かべながら、

「1日中、変化の術をして疲れてんだよ……少しくらい、正体を明かしても良いだろ?」

 昼間もそうだが、堪狸の口から出てくる“変化の術”。
 そう、堪狸は古典的な狸だったのだ。昼間は人間に化けて情報を収集する男。
 完成度の高い変化の術で、人間は彼を1回も見破ったことはない。
 津川 怪猫(つがわ かいねこ)と共に何かを企んでいる——————それが、欺 堪狸(あざむ たんり)。

「………………」

 同時に、屋根裏に居るのは堪狸の仲間——————忍兎 影智(にんと かげさと)。
 彼は常に影に隠れて、必要な時にしか姿を現さない。いわば忍者みたいな存在。
 特に、影智の種族は兎なので聴力は天下一品。
 堪狸が情報収集する所を、護衛する存在。

「それによぉ……今のあっしは、命を狙われているんだぜ?人間に化けながら戦うのはちょっと辛いんだよ……」

 変化の術は意外と霊力を使う。
 だが、堪狸は耳だけの術を解いていた。つまり、尻尾はまだ解いていない。

 ——————それほど、霊力に自信があるのだろう。

「……戦いなら俺に任せろ」

 屋根裏から刃物を取り出すような音が響く。堪狸は耳を動かしながら、

「まぁ、あっしは正直相手を惑わすくらいしかできねぇからな……」

 そう呟いた瞬間。昼間と同じく、突然箪笥に矢が刺さる。しかも、今度は3本も。
 堪狸は急いで矢が飛んできた方角を見つめる。

 ——————何者かが、逃げる所を確認できた。

「影智の旦那ぁ!ありゃぁ、兎ですぜ!」

 堪狸がそう言った瞬間、天井をぶち抜いて影智は畳の上に着地する。
 屋根裏の大量の埃に身を宿しながら、真っ黒な着物。正に忍者を連想させる姿の影智。

「行くぞ……」
「旦那ぁ!降りるなら、後始末のことを考えてくれぇ!」

 堪狸がそう嘆いている間に、影智はこの場に居なかった。

「だ、旦那ぁ〜!」

 堪狸も店から出て、影智の後を懸命に追う。
 時間的に、もう外は暗かったので人間にみられることはなかったのが唯一の救いであった。


            ○


 2人が兎を追っている時、森の中で狼女も深い草むらを走っていた。
 風によって羽織は激しく翻(ひるがえ)しており、正に懸命に走っているのが伺える。

「声が聞こえた方向はあっちだから……」

 どうやら、遠くの方から声が聞こえたらしい。
 それは普通の声ではなく、怯えるような声。
 明らかに、異常な事態。狼女は何がどうなっているか興味津津だった。

「血生臭いねぇ……」

 鼻を動かし、尻尾を動かす狼女。そして、独特な犬歯を出して口元を上げる。

「久しぶりに楽しくなってきたよ……あたい」

 この先何があるのか分からない。だけど、彼女の心は楽しさでいっぱいだった。
 狼らしい余裕なのか、はたまた生まれつき恐怖心がないのか。
 怯えるような声はだんだんと近くなり、大きくなる。
 そして、狼女は深い草むらを抜けて見渡しの良い街道に跳び出る。

「へぇ〜」

 街道に足をつけて、思わず出た言葉。
 彼女が見た物。それはたくさんの人間と獣人が血を出して倒れている光景。
 倒れて間もないのか、身体からはまだ血が出ている死体もある。
 狼女は自分の爪を強調させて、辺りを見渡す。

「た、助けてくれぇ——!」

 突如聞こえてくる助けを求める声。
 狼女は2つの耳をピクリと動かし、声の方向に身体ごとを向かせる。

 ——————しかし、彼女が振り向いた瞬間。助けを求めた獣人は上半身から大量の血を出して倒れる。

「まだだ……まだ、血が足りん……拙者を満足させる血……血はどこだ……」

 倒れた獣人の傍には、大量の返り血を浴びた獣人が居た。
 右手に刀を持っていたが、刃は血で染まり非常に恐ろしかった。
 狼女はごくりと唾液を飲み込み、いつもの口調で、

「いやぁ〜……ずいぶん、派手にやってくれたねぇ……お前さん」

 両手を頭の裏で組み、陽気に言葉を飛ばす。
 すると、大量の返り血を浴びた獣人は狼女を見つめる。
 その瞳は狂気に満ちていて、人としてありえない雰囲気を醸し出していた。

「次の獲物は……そなたか……」

 獣人は刀を構えて、今にも狼女を斬りつけようとする。

「お前さん……完全に戦闘狂となっているねぇ。こういう奴は、東花(とうか)が1番なんだけど……仕方ないかぁ……」

 刀を向けられても、相変わらずの口調。
 それほど、余裕があるのだろう。
 ふと、狼女は辺りを見回し、

「(とりあえず……っと、あれはあるようだねぇ……)」

 何かを確認する。
 そして、再度刀を持った獣人へ目を移す。

「見たところ、あたいと同じ種族だねぇ……それに免じて、殺さないでおくよ」

 どうやら、刀を持った獣人も自分と同じ狼。
 これほどまでの戦闘力を出せるのは、犬か狼しかありえないが。

「ぐだぐだとうるさい……拙者は血を見たい……もっと、血を見たい……!」

 狂気に満ちた瞳で刀を構え、狼女の懐へ向かう獣人。

 ——————そして、辺りから鉄と鉄が合わさった音が響く。


            ○


 村から離れた街道。ここでも険悪な雰囲気を漂わせていた。
 堪狸に矢を放ったと思われる人物。それを見つめる影智。

「……兎の女か」

 大きな弓を持ち、それはどんな獲物でも仕留めるような雰囲気を醸し出す。
 そして、兎女の冷たい瞳がまた恐ろしかった。

「あなたも兎か……あの連れの関係者か?」

 冷たい瞳と同様に、冷たい口調。
 兎というのは基本的に温和で、人と接するのが大好きな種族。
 だが、この女性からは兎らしい姿は微塵も感じない。

「関係者というより、同業者だ……」

 影智は腰につけている片手刀を構えながら言葉を呟く。
 同時に兎女も箙(えびら)から1本の矢を取り出し、弓を構える。

「影智の旦那ぁ!待ってくだせぇ!」

 影智の後ろから情けなく走ってくる堪狸。
 その様子を見ていた兎女は影智から目を離し、狸男に矢を放つ。
 しかし、その瞬間影智の懐から3個くらいの手裏剣を取り出し矢に向けて投げる。
 矢の軌道は大幅にずれて、深い草むらへ飛んで行く。

「堪狸……命を狙われていることを忘れるな」
「助かったぜぇ……影智の旦那ぁ……」

 冷や汗をかいた堪狸は影智に礼を言う。そして、弓を構える兎女に、

「おいおい……あっしは見ての通り獣人だぜ?なんで命を狙うんだぁ?」

 疑問をぶつける。確かに、獣人は人間が憎いので人間を殺すのは当たり前だが、獣人が獣人を殺すのは正直おかしい。
 すると、兎女は冷たい瞳で睨みつけながら、

「人間と交流する獣人が何を言う……私は、それが気にくわないだけだ」

 影智はこの言葉になぜか小さく頷く。

「だ、旦那ぁ!?そりゃねぇぜ!」

 堪狸は焦りながら影智に言葉を飛ばす。

「冗談だ……」

 冗談を言った割には、かなり目は本気だった影智。
 やはり、忍者ということもあり素顔を明かさないのである。

「戯言は終わりだ……早いところ始末でもして……」

 兎女は箙から矢を1本取り出し、素早く堪狸へ矢を放つ。
 今度放った矢は独特な風切り音が鳴り響いた。それは合戦の開始を合図するかのようである。
 彼女が放ったのは鏑矢(かぶらや)というものだった。主な使い方は音で味方に合図をするためだけにあるのだが、兎女はそれを戦闘に使っている。
 ある意味、腕の立つ狩人なのかもしれない。
 堪狸は、右袖をかすらせながら矢を回避する。

「ちっ……こりゃ、あっしが囮になって旦那があの女をなんとかすれば良いのか?」
「では、任せる」

 影智は一言呟くと、この場から颯爽と居なくなる。
 まるで闇の中に隠れたような姿の消し方。さすがは忍者である。

「囮だと?私の狙いから逃げられると思うのか?」

 囮をすると発言した堪狸に、薄く笑いながら馬鹿にする兎女。
 すると、狸男は懐から不思議な札を取り出す。

「あっしが本気を出せば最高の囮になれるんだぜ?狸をなめんじゃねぇ……」

 札を頭の上に乗せて、手を合わせる堪狸。

「人を化かし、それを生きる糧にする狸……化かすためなら手段は選らばねぇ……」
「化かされる前に私が殺す……」

 冷たい口調弓を構える兎女。
 その瞬間、堪狸は口元上げて、

「幻狂(げんきょう)」

 とある術を詠唱する。
 すると、辺りは白い靄(もや)に包まれた。

「なんだ?」

 特に驚かない兎女。
 少々視界が悪くなっただけで、後は支障がない程度。

「あなたの位置は把握している。無駄なあがきだったな……」

 弓を構え、力強く矢を射る兎女。
 白い靄を突きぬけ、堪狸が居るであろう所へ向かう矢——————

 だが、その矢はなぜか兎女の元へ戻ってきたのだ。

「何!?」

 突然の出来事に、彼女は弓をその辺に捨てて矢を回避する。
 しかし、その瞬間背後から3本くらい矢が飛んでくる。

「くっ……」

 不安な態勢でも、矢を回避する兎女。

 ——————今度は10本くらいの矢が彼女の元へ襲ってくる。

「なっ……」

 もう回避をすることができなかった兎女は、飛んでくる矢を身体中に受ける——————

 しかし、身体に矢が刺さったような感覚はなかった。

「な、なんだ……?」

 あまりの出来事に、不思議な気持ちになる兎女。
 そして、その気持ちはだんだん恐怖心に変わっていく。

「この空間は……なんだ?何が起こっている!?」

 冷たい口調が一気に焦りに変わる。
 ここまで豹変するのは、よっぽどこの空間が怖いのだろう。

「へへっ……これが狸の術だ」

 どこからか聞こえてくる堪狸の声。
 そう、この白い靄は色々な物が複数に見えてしまう空間なのだ。
 兎女が放った矢を、打った本人へ飛んでくるように細工もする。
 そして、大量に戻ってくるように矢を操作する。とんでもなく霊力を使う作業。
 見た目に似合わない狡猾な戦い方。まぁ、狸と言えば狡猾であるが。

「旦那ぁ!締めは任せまっせ!」
「何?」

 堪狸の言葉に疑問符を浮かべる兎女——————

「うぐっ……」

 突如、自分の腹に強い衝撃が襲われる。

「俺は忍者のはしくれ……隠密行動くらいお手の物だ……」

 兎女を殴ったのは影智だった。
 白い靄で目を奪い、その隙に接近する狸と兎の見事な戦法。

「私が……こんな所で……」

 兎女はうずくまってその場に倒れる。
 影智はすぐさま懐から縄を出して、彼女の身体にそれを巻きつける。

「一応、暴れても良いように縛っておいた。後はお前の好きにしてくれ、堪狸」

 仕事を終えたという表情を浮かべて、この場を颯爽と後にする影智。
 堪狸は白い靄を消して、頭の上の耳を動かしながら、

「結局あっしは、この女の処理か……とりあえず、倉庫にぶちこんでおくか」

 乱暴に兎女を持ちあげて、とっととこの場を後にする堪狸。

 果たして、彼女は一体——————


            ○


「むっ……そなたも、刀を使うのか……」
「まぁねぇ。だけど、こんなちっぽけな刀じゃ本来の力を発揮できないんだよねぇ〜」

 獣男が颯爽と狼女の懐へ向かった瞬間、近くにあった刀を拾い上げて対抗する。
 おそらく、人間が持っていた物だろう。狼女が辺りを見回してあることを確認したのはこれだったのだ。

「面白い……刀を持つ同士手合わせをして……負けた者の血を見るとしようか……」
「お前さんはとりあえず、血を見たいんだねぇ……だけど、あたいの血はそう簡単には見せないよ……」

 狼女は右足で思いっきり獣男の足を払う。
 これにより、少し体勢が崩れた所を狙い少し距離を置く。

「人間が使っていた刀じゃ、ちょっと心細いけどないよりはましだねぇ……」

 眉間にしわを寄せて、どこか不満そうに刀を見つめる狼女。

「あたいに喧嘩を売ったこと。後悔するんだねぇ……狼男」

 尻尾を動かし、独特な犬歯を見せて今度は彼女の方から狼男の懐へ颯爽と向かう。
 持っている刀を両手に持ち、殺すと言わんばかりの雰囲気で斬りつける。
 当然、狼男も持っている刀で対抗する。
 しかし、狼女は口元上げて刀を途端に右手に持ち替える。
 これにより、本来とは全く違う場所から刀が来ることになる。
 狼男はこの突然の出来事に反応出来ず、右頬を斬られる。

「くっ……拙者の血だと……」
「真正面からくると思ったら困るねぇ……やっぱり、刀は小回りが効いて融通が効くかぁ……でも、やっぱりやだねぇ〜」

 狼女は2つの耳を動かし、どこかつまらなそうに言葉を呟く。
 大量の人間と獣人を殺す狼男の腕に失望したのだろう。

「短期決戦と行こうかねぇ……」

 狼女は両手で刀を持ち獣男の懐へ向かう。
 そして、今度は無我夢中に刀を振った。
 だが、それは狼男にとっては連撃にしか見えず、耐えることで精一杯だったのだ。
 一方、狼女は刀を振るのをやめない。その姿は巫女が踊る神楽(かぐら)のようだった。
 荒々しくも繊細な動き。狼だからこそ出来る行為である。

「どうしたんだい?もしかして、お前さんの本気はそこまでなのかい?たくさんの人を殺したのに、そんな腕前じゃ情けないねぇ〜……!」

 狼女は最後に思いっきり勢いをつけた一閃をする——————

 狼男が持っていた刀は見事に宙を舞う。

「む、村汰(むらた)が……」

 自分の刀が飛ばされ、それを目で追う狼男——————

「戦い中に余所見をするなんて、まだまだだねぇ〜……!」

 狼女が刀を振り下ろすと、狼男の背中から大量の血が噴き出す。
 刀を目で追ってしまい、背後に隙が出来たからだ。
 言葉も残さず、その場でうつ伏せに倒れる獣男。

「お前さんは殺すにも値しないねぇ……こんなに弱いのに、血を求めるなんて100年早いのさ」

 独特な犬歯を出しながら、狼女は持っている刀をそこら辺に投げ捨てる。
 そして、狼男が持っていた刀を拾いさらには狼男を持ちあげて右肩に置く。

「しばらく、お前さんの事を聞こうとしようかねぇ……」

 尻尾を動かしながら、深い草むらに消えていく狼女。

 この男は一体——————