複雑・ファジー小説

Re: 獣妖過伝録 ( No.170 )
日時: 2011/11/29 07:49
名前: コーダ ◆ZLWwICzw7g (ID: we6cvIg7)

         〜鳥の監視 前〜


 彼女。そう、九尾の狐はある猫を見つめていた。
 同時に、猫も九尾の狐を見つめる。
 何かを訴えるような瞳、それをひしひしと感じ取る九尾の狐。
 猫には2本の尻尾があった。彼女はそれに気づき思わず自分のこめかみを触る。
 尻尾の数が多ければ多いほど、霊力があると言われる獣人。
 自分もそうだが、一般の獣人が2本以上の尻尾をつけることは稀である。

 あまり、関わりたくなかった——————
 変な入れ知恵をして、無駄に力をつけてもらったら困る。
 九尾の狐は、猫から目を離しその場を去る。
 だが、猫は彼女を追う。その瞳は何かを訴える。
 あまりのしつこさに、九尾の狐は深い溜息をして猫の話を聞く。

 ——————“人が邪魔だ”。


            ○


 空は全面的に曇っており、あまり気持ちのいい日ではなかった。
 生ぬるい風も吹いており、近いうちに雨がふりそうな空気。
 正直、外で長いはしたくなかった。

「参りましたね……」

 そんな中、とある森の中で巻物を見つめながら歩く男性が居た。

 肩までかかるくらい長い黒い髪の毛で、前髪は目にかかっており、ぱっと見た感じ女性に見える顔立ち。
 左目には片メガネのモノクルをつけていて、少々知的な感じを受ける。
 背中には灰色の大きな翼をつけていて、今にでも大空へ羽ばたくような雰囲気を漂わせる。
 右目の瞳は深海みたいに青色で、左目は血を連想させるように赤かった。
 男性用の和服の上に羽織を着ていて、その姿は思わず拝みたくなってしまうくらい。
 極めつけに錫杖(しゃくじょう)を持ち、遊環(ゆかん)を鳴らして妙な雰囲気を漂わせる。

「物事の進み具合が最近乱れているような気がしますね。ちょっと、監視が大変……」

 モノクルを光らせて、眉間にしわを寄せる鳥男。
 懐から筆を出して、器用に歩きながら巻物に執筆する。

「神楽(かぐら)たち、堪狸(たんり)たち、九狐(きゅうこ)、怪猫(かいねこ)……それぞれ動きがあるとそこまで足を運ばないと……」

 この鳥男は、いわゆる情報伝達屋みたいな仕事をしている。
 各場所に居る仲間たちの行動を監視(この表現は少々おかしいが)して、全員に伝える。
 かなり面倒な仕事だが、常に執筆して何かを残す癖がある鳥男が適任だと判断されたので、拒否権がなかったらしい。

「風の噂で、変な人も捕まえた班も居ると聞きましたし……」

 苦虫を潰したような表情を浮かべる鳥男。

 ——————ふと、正面に誰かの姿が見えた。
 持ち前の鋭い眼光で見るが、やはり遠すぎて誰なのか分からなかった。
 鳥男は持っている錫杖の遊環を鳴らし、不気味に辺りに響かせる。

 普通の人なら、この音を聴いて逃げてしまう。そして、逃げなかった時は——————
 何度か鳴らして、様子を見る鳥男。すると、遠くに居た人は逃げるどころかどんどん距離を縮めていく。
 口元を上げる鳥男。その表情はどこか微笑んでいた。

「久しぶりですね」

 自分の元へ向かってくる誰かに、一言飛ばす鳥男。
 そう、遊環の音を鳴らして逃げなかった時は自分の仲間である可能性が高い。
 いわば、仲間同士の秘密の合図である。

「……どうした?須崎(すざき)」

 鳥男の元へ向かってきたのは妙に耳の長い男だった。

 頭には白くて長い耳を2つつけており、それは兎を連想させる。
 白色の髪の毛は首くらいまでの長さで、前髪は目にかかる程度の長さ。
 瞳は闇のように黒く、常に影で何かをやっているような雰囲気を漂わせる。
 さらに、全身を黒い着物みたいなもので覆い、その姿は正に忍者みたいだった。
 懐には色々な物が入っているような音を出して、腰には片手刀をつけている。
 須崎と呼ばれた鳥男は、頬を緩ませて兎男へ言葉を呟く。

「いえ、そちらの方で何か変わった出来事がないかと……」
「変わったこと……兎を捕まえたことだな」

 この言葉に、須崎は翼をピクリと動かす。
 やはり、何かあった。遥々(はるばる)ここへ来て良かったと心の中で呟く。

「兎ですか……では、その兎に会わせてくれます?影智(かげさと)」
「かまわん。ただし、兎を捕まえている場所は人里……行動は隠密に頼む」

 こくりと頷く須崎。
 そして、2人は兎が居る場所へ静かに向かう。


            ○


「くっくっく……なんだ、意外とたやすいな……」

 一方、深い草むらで覆われている森の中で1人の男が不気味に笑っていた。

 頭にはふさふさした2つの耳と猫のように細い尻尾が2本生えている。
腰まで長い髪の毛は黒く、前髪も目にかかるくらい長かった。
 黒色の瞳を輝かせていたが、その目は妙に変な雰囲気を漂わせる。
 男性用の和服を着用していたが、日頃から激しい動きをしているのかやや乱れている。
 右手と左手に生えている爪はとても鋭く、引っ掻かれるだけでかなり傷ができるくらいだ。
 極めつけに、猫とは思えない冷静な雰囲気を感じる。

「悪いが……私の計画はそんな生易しい物で終わらせる気はない……」

 懐からメガネを取り出し、それをかける猫男。

 そして、2本の尻尾を動かして精神統一する——————
 猫男の目の前に、禍々しい謎の空間が現れる。
 直径10cmくらいの穴、その先は真っ暗で良く見えなかった。
 しかし、これだけは言える。その空間はこの世の次元を無視してどこかへ繋がっているのを。

「まずは……実験……」

 猫男は右手を禍々しい空間に突っ込む。
 見た目通り、気持ち悪い感じ。その中で何かを探す。

 そして、猫男はゆっくり右手をこの世の空間へ戻す——————

「くっくっく……見事だ……まずは、第1段階終了としよう……」

 不気味な笑い声を上げながら、自分の右手を見つめる猫男。

 その手に握られていたのは、この世に居る生物とはかけ離れた奴だった——————
 見た感じは魚だったが、口には鋭い牙が生えておりそれはやけに長かった。
 鱗は紫色に輝いており、その色だけで禍々しい雰囲気を漂わせる。

 一言で説明すれば怪魚——————

「妖(あやかし)……磯撫(いそなで)……この怪魚が現れる時は、嵐が起きると言われる……だが、突然私の手によって呼ばれたから混乱しているようだな」

 磯撫という妖は、自分の頭が混乱していることを主張するように猫男の右手で、激しく動く。

「………………」

 猫男は口元をゆっくり上げて、左手で思いっきり磯撫を引っ掻く——————

 当然、磯撫の返り血を受ける。顔と和服にかかった血は猫男をさらに不気味にさせた。

「九狐(きゅうこ)……私は、この世を変える……」

 息絶えた磯撫を禍々しい空間に戻す猫男。同時に、その空間を閉ざす。

 そして、磯撫の血を口に入れる——————


            ○


「この倉庫の中に居る」

 例の兎が捕まっている倉庫の傍に居る須崎と影智。
 あまり人目のつかない場所にあるため、案外2人の姿を見つける者は居なかった。

「……一応、縄できつく縛ってある。俺は堪狸の様子を見てくる」
「分かりました」

 影智はこの場を後にする。

 1人残った須崎は、倉庫の扉をゆっくり開ける——————

「誰だ?」

 扉を開けたと同時に聞こえてくる声。
 須崎は、モノクルを光らせて意外そうな表情を浮かべる。

「なんと……影智が捕まえたのは女性の兎でしたか……」

 自分たちの仲間が捕まえるくらいの兎だから、とても乱暴な男かと予想していた須崎。
 しかし、ここに居るのはその場に座っている女性の兎だった。

 腰にかかるくらい長い白い髪の毛で、前髪は若干目にかかっていた。
 右目には片メガネのモノクルをつけて、瞳はとても真っ赤だった。
 兎のように長くて白いふさふさした耳は、辺りの気配を察知するために常に動いていた。
 かなり激しい動きをしているのか、女性用の和服をかなり崩して着用している。
極めつけに、人とは思えない冷たい雰囲気が印象的である。

「私を捕らえた男たちじゃないだと?本当に誰だ?」

 女性の兎は眉間にしわを寄せて、本当に頭の中に疑問符を浮かべる。
 すると、須崎は笑顔で、

「こちらは天鳥船 須崎(あめのとりふね すざき)と言います。あなたを捕らえた男たちの仲間と思ってかまいませんよ?」

 この言葉で、兎の女性の表情が変わる。
 殺意を持った瞳をモノクルの先から漂わせる。

「命拾いしたな。私がこの状態じゃなかったらあなたはもう死んでいる」
「おや?ずいぶん自分の力に自信があるようですね……」

 須崎は兎の女性の近くに置かれた大きな弓矢を見つめる。
 それは猪くらいなら簡単に仕留めてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。

「その翼を射抜き、2度と空を飛ばせないようにしてやろうか?」
「それは困りますね……鳥人にとって、翼を使えないのは致命的ですから」

 一応脅されているが、それでも余裕な表情を浮かべる須崎。
 錫杖の遊環を鳴らし、じっと兎の女性を見つめる。

「所で、あなたのお名前は?」
「なぜ名前を尋ねる?」

 当然の反応。そう簡単に自分の名前を怪しい男に言うはずがない。
 しかし、これも想定の範囲内なのか須崎は表情を変えず、

「いえいえ、ただ単に気になっただけですよ。それに、あなたはけっこう美人ですしね」

 笑顔で言葉を飛ばす須崎。しかし、兎の女性は表情を変えずさらに冷たい口調で、

「この状況で冗談を言うとはな……その腐った根性どこかで使えないのか?」
「さぁ……こちらはいたって普通に接しているのですがね……」
「それが普通だと?つまり、中身は完全に腐っているのか?」

 酷い言われようだった。しかし、須崎は全く表情を変えなかった。

「そちらがそう思うならそれでかまいませんよ」
「……食えない鳥だ。あなたから生まれる子供も期待できなさそうだ」

 まさかの言葉に、須崎は苦笑する。

「こちらから生まれる子供ですか……確かに、ひねくれていそうですね。偉そうで、人を嘲笑うかのような表情を浮かべて……敵をかなり作りそうですね」
「……意外と容赦ないな」

 兎の女性は、須崎の言葉に眉を動かす。

「ですが、そんな鳥人でも後をつけてくれる優しい人が居そうですけどね」
「ふんっ……その人は、ずいぶん物好きだな。私はごめんだな」

 長い耳を動かして、兎の女性は言葉を飛ばす。
 須崎は、翼を動かして唸る。

「話がかなり横道にそれていますね……なぜ、そちらのような女性が影智に捕まっているのですか?」

 話を真っすぐに戻す須崎。横道にそらしたのも自分だったが。

「何、ちょっと兎と狸を襲ってな」
「はぁ……影智と堪狸をですか……」

 遊環を鳴らし、須崎もその場に座る。

「特にあの狸……人間と交流している所を見て腹が立った。いつか、その弓矢で射抜いてやる……」
「まぁ、彼は情報収集するためには貴重な人材ですからね」
「……人間なんてこの世から消え去れば良い」
「その台詞。どこかで聞いたことがありますね……」

 須崎は何かを思い出すような素振りをする。
 けっこう身近にそんな台詞を呟いている人が居た気がするが、明確には判断できなかった。

 ——————自分の仲間は、ほとんどそういう思いを持っていたから。

「須崎と言ったか?あなたも、人間は邪魔だと思うだろ?」
「……さぁ、どうでしょう?」

 兎の女性の問いかけに、微妙な反応をする須崎。
 邪魔と思っているのか、邪魔だとは思っていないのかはっきりしない感じ。
 長い耳をピクリと動かし、頭を捻る兎の女性。

「本当に食えない鳥だ。何を考えているのかさっぱり分からん」
「よく言われますよ。まぁ、こちらの思惑を簡単に察しられずに済みますがね」

 薄く笑う須崎。兎の女性は苦虫をつぶしたような表情を浮かべる。

「……能ある鷹は爪を隠すか」
「こちらは鷹みたいに立派な鳥ではないですよ。例えるなら雀(すずめ)程度の存在でしょう」
「前言撤回(ぜんげんてっかい)する。能ある鷹は身を隠すだな」

 この掛け合いに、2人は同時に笑う。
 意外と互いのことを気にいっているのかもしれない。

「さて、こちらはあまり長居できませんからね……色々な場所へ行かなければ……」

 その場で立ち上がる須崎。どうやら他の場所へ行く時間だった。
 兎の女性に会釈をして、体を後ろに180度回す。

「待て」

 この場を後にしようとする須崎を引き止める兎の女性。
 思わず首だけ後ろに振り向かせる鳥男。

「なんでしょうか?」
「私は箕兎 琴葉(みと ことは)。今日は久しぶりに面白い会話が出来た……次に会う時は、その翼を射抜いてやる」

 なんと反応して良いのか分からない言葉。
 しかし、これで兎の女性の名前を聞けた須崎は、

「琴葉ですか……良いお名前ですね。では、次に会う時は常に警戒しておきますね」

 薄く笑って倉庫を後にする須崎。
 琴葉は長い耳を動かして、獲物を狙うかのように鳥男の後ろ姿見つめていた。


            ○


「さて、風の噂は本当でしたし……次は神楽たちの所へ向かいますか……」

 須崎はぶつぶつ言葉を呟きながら、森の中を歩いていた。
 さらに、右手で筆を持ち巻物に何かを執筆していた。
 相変わらず、器用な鳥男である。

「箕兎 琴葉……彼女が、あんなに冷たい兎になったのはどういう理由があるのでしょうね」

 頭に疑問符を浮かべながら、懐から新しい巻物を取り出す須崎。
 そして、真っ白な紙に文字を書き始める。
 
 ——————箕兎 琴葉(みと ことは)。