複雑・ファジー小説

Re: 獣妖過伝録 ( No.172 )
日時: 2011/12/11 18:55
名前: コーダ ◆ZLWwICzw7g (ID: DvB6/ADf)

        〜鳥の監視 中〜


 道端に倒れる猫。
 右頬には平手打ちされたかのような跡がついていた。
 猫の傍には9本の尻尾を、激しく動かす狐が居た。
 その表情はとても険しく、どこか人とは思えない雰囲気を出している。
 だが、猫も2本の尻尾を動かして狐を睨みつける。

 憎しみ、怒り、絶望——————そう瞳が訴えていた。
 狐は眉を動かして、拱手をする。
 猫の瞳に若干辟易(へきえき)していたのだ。
 すると、狐はゆっくり口を開く。

 ——————“汝、なにがあったのじゃ”。


            ○


「神楽(かぐら)!東花(とうか)!何をしているのです!はやく、その狼を連れてくるのです!」

 朝から森の中で声が響く。
 その声で、木の枝に止まって寝ていたのか休んでいたのか分からない鳥たちが、一斉に飛び立つ。

「うむむ……」

 森の中で声を出したのは、1人の女性だった。

 頭には灰色の2つの耳ととても細い1本の尻尾を生やしている。
 灰色の髪の毛は二の腕につくくらいの長さで、前髪は目にかかっていない。
 目が悪いのか四角いメガネをかけていて、その瞳は灰色に輝いている。
 これといった特徴がない和服を着ているが、右手にはなぜか巻物を持っているのが印象的である。

「佳鼠(かそ)は本当にわがままですね」

 森の奥から1人の女性が、溜息をしながら言葉を呟く。

 頭にはふさふさした2つの耳と1本の尻尾を持つ。
 灰色の髪の毛は腰まで長かったが、紐かなんかで総髪(そうがみ)にしている。
 前髪は目にかかっておらず、瞳は灰色に輝いている。
 和服を着て、さらにそのうえに羽織を着用するというかなり動きにくそうな姿。
 極めつけに、腰には1本の刀をつけている。

「乱暴な狼を扱うなら、犬か狼に決まっているのです!鼠が出る時ではないのです!」

 メガネを右手で上げながら、東花という犬の女性へ言葉を飛ばす。

「まぁ、それはそうですけど……私と神楽お姉さまより先に歩かないでください」

 立派な総髪を揺らしながら、冷静に台詞を言う。
 佳鼠は不機嫌な顔つきで、東花を睨みつける。

「……いつまで、拙者をこのままにしておく?」

 2人の背後から聞こえてくる男の声。

 さっぱりするくらい短い灰色の髪の毛。当然、前髪は目にかかっていない。
 頭にはふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、青緑色の瞳はとても恐ろしい眼光を飛ばしている。
 男性用の和服を乱雑に着用して、普段から暴れることが好きなことを伺わせる。
 腰には立派な刀をつけており、数々の者を斬り殺した雰囲気を漂わせる。
 東花と佳鼠の瞳に映っていたのは狼男である。

「しばらくはこのままだねぇ〜……お前さんの行った行為は、ちょっと見離せないからさ」

 その狼男の背後から、また1人の女性が現れる。

 頭にはふさふさした2つの耳と1本の尻尾を持っている。
 灰色の髪の毛は首くらいまでの長さで、前髪は目にかかる程度の長さ。
 上半身は羽織だけを着用しているだけで、あとは胸にサラシというかなり露出の激しい姿。
 下半身は巫女が履きそうな赤い袴を着ている。
 極めつけに、その鋭い眼光は正に獲物を狙う狼を連想させる。

「拙者の邪魔をするな……これ以上邪魔をしたら、そなたの首が飛ぶぞ……!」
「へぇ〜……1度あたいに負けているのに、まだそんな口が聞けるんだねぇ」

 狼同士睨み合い、言葉を飛ばす。
 そのようすは、非常に緊張感があり他人が入れるような状況ではなかった。
 現に、佳鼠は細い尻尾を挙動不審に動かして雰囲気を感じ取っていた。

「と、東花!この男の腕を紐かなにかで、縛った方が良いのです!」
「いえ、その必要はありません。何かあったら神楽お姉さまが対処してくれます」

 東花は神楽のことを完全に信用しているような言葉を呟くが、よく考えると他力本願(たりきほんがん)な所がある。

「あんまりあたいに期待しないでおくれ。万が一の可能性もあるんだよ?」
「神楽お姉さまがやられるところを、私は見た事がありません。だから、大丈夫です」

 東花の強い押しに、神楽は何を言ってもだめだと判断して、無言になる。
 実際、神楽の力は未知数なところがある。

 ——————傍に居る狼男を止めた時の刀捌き。とても、初めて触れたような動きではなかった。
 だが、彼女は自分の爪を武器にしている。

「さて、そろそろ来ると思うのです」

 佳鼠は巻物を見つめながら、神楽と東花へ台詞を飛ばす。

「誰が来るんだ?」

 狼男は眉間にしわを寄せながら、言葉を呟く。
 しかし、それに答える者は誰も居なかった。

 ——————遠くの方から、草が揺れる音が聞こえる。
 明らかに、誰かが歩いて生まれた音。4人は耳をピクリと動かして、その方向を見つめる。

「やっと来ましたね」

 先に声を出したのは東花。その表情は若干柔和(にゅうわ)である。
 4人の目に映ったのは、巻物を持った男性。

 肩までかかるくらい長い黒い髪の毛で、前髪は目にかかっており、ぱっと見た感じ女性に見える顔立ち。
 左目には片メガネのモノクルをつけていて、少々知的な感じを受ける。
 背中には灰色の大きな翼をつけていて、今にでも大空へ羽ばたくような雰囲気を漂わせる。
 右目の瞳は深海みたいに青色で、左目は血を連想させるように赤かった。
 男性用の和服の上に羽織を着ていて、その姿は思わず拝みたくなってしまうくらい。
 極めつけに錫杖(しゃくじょう)を持ち、遊環(ゆかん)を鳴らして妙な雰囲気を漂わせる。

「須崎(すざき)!遅いのです!」

 佳鼠の口から出てきた名前。
 そう、4人の目に映っていた鳥男は天鳥船 須崎(あめのとりふね すざき)だった。

「おや?こちらは、予定より早めに到着したのですけど……」
「女は気が早いのです!到着時間より早めの来るのが普通なのです!」
「なるほど、それはすみませんでした」

 優しい表情を浮かべながら、佳鼠と会話をする須崎。
 何を言われても表情を変えない鳥男。将来良い夫になれそうだった。

「そして、今回の件は……こちらの狼男さんですね?」
「あぁ、たまたまあたいが見つけてとっちめてやったよ」

 須崎は大きな翼を動かして、狼男を興味深く見つめる。
 その視線に嫌気がさしたのか、狼男は鋭い眼光で見つめ返す。

「なんだ……?」
「紹介が遅れました。こちらは天鳥船 須崎と言います」

 呑気に自己紹介をする須崎。それほど、余裕なのだろう。

「ふんっ……良く分からん鳥だ」
「良く言われます」

 薄く笑う須崎。
 佳鼠、神楽、東花はこのようすをただただ見つめるだけだった。

「それにしても、刀を持っているなんて珍しいですね」
「これは拙者の刀……村汰(むらた)だ」

 この言葉に、神楽と東花の耳と尻尾がピクリと動く。

「へぇ〜……自分の刀を持っているのかい?お前さん」
「意外ですね」

 この2人が言葉を漏らした理由——————それは、2人も自分の刀を持っているからである。
 犬浪 東花(けんろう とうか)の刀は打刀(うちかたな)で、その名前は長智(ながさと)。
 そして、狼討 神楽(ろうとう かぐら)も刀を持っており、野太刀(のだち)を使う。その名前は牙狼(がろう)。
 余談だが、狼男の刀は長さ的に太刀(たち)くらいである。

「刀は誰かを守る物……そう、言い伝えられていますが……そちらは、誰かを守りたいから持っているのでしょうか?」
「誰かを守る?馬鹿馬鹿しい……そんな物の為に刀を使っている奴は分かっていない。刀は……人を斬るための物だ」

 刀は人を斬るための物——————

 本来、刀は人を守るために作られている。だが、この狼男はそんな思いは一切ない。
 神楽の牙狼は全ての獣人を守るために使っており、東花は神楽を守るために使っている。

「この男が言っていることは本当みたいだねぇ。現に、あたいはそれを目撃したからさ」

 腕組をしながら、言葉を飛ばす神楽。

「なぜ、そんな思いで刀を持っているのでしょうか?」
「血を見たいからだ……人間ならいくら殺しても良いだろう?ただ、拙者は血を見ると意識が薄くなり獣人も斬るがな……」
「人間を殺すのはありがたいけど、自分を制御できないんじゃねぇ……」

 神楽は浮かない表情をしながら、狼男に言葉を飛ばす。

「精神面で鍛えられていないということですか?神楽お姉さま」
「まず、この男は誰かを守るために刀を持っていないのが危ないのです!」

 散々な言われようである。だが、そんな言葉に聞く耳を持たなかった狼男である。

「……例え助けを求めている少女が居ても、その刀で助けることはしないと?」
「当然だ。拙者の刀をなんだと思っている……」

 須崎の例えが、なぜ少女限定なのかということに疑問を抱く佳鼠。
 だが、今聞いても仕方ないので軽く流す。

「前にあった兎の女性と近い雰囲気を感じますね……これは、参りましたね」

 持っている錫杖を鳴らし、須崎は少々厳しそうな表情を浮かべる。
 それを察した佳鼠は、須崎に一言言葉をかける。

「どうするのです?佳鼠たちはこの男と行動はしたくないのです」
「……それは堪狸(たんり)たちもそうでしょう。だから、参っているのです。誰か暇な人が面倒を見てくれれば……おや?」

 須崎はモノクルを光らせて、あることを思い浮かべる。

「どうしたのです?須崎」
「九狐(きゅうこ)が居るじゃないですか。丁度彼女は暇ですよ?」

 そう、須崎の脳内には神々しい尻尾が9本もある九尾の狐。宮神 九狐(ぐうじん きゅうこ)が再生された。

「では、九狐にこの男を任せるのです!」
「ついでに、須崎が言っていた兎の女性も九狐の所へ移動させましょう」

 佳鼠と東花の言葉が同時に飛ぶ。
 須崎は2人の言葉を一言一句聞き逃さなかった。

「貧乏くじをひかせてすみませんね。九狐」
「今謝罪しても意味ないと思うよ?それに、須崎はこれから九狐の所へ向かうんでしょ?丁度良いじゃないか」

 神楽は羽織を翻(ひるがえ)しながら、言葉を飛ばす。
 その姿は、とても凛々しかった。

「では、そうと決まったらこのことを九狐へ報告しておきましょう……」
「道中は気をつけるのです」

 佳鼠の忠告に須崎は薄く笑う。
 そして、鳥男はこの場を後にする。

「これでなんとかなりますね」
「そうだねぇ……」

 東花の言葉を浮かない表情で返す神楽。
そして、自分の傍に居る狼男を見つめ、

「そういえば、お前さんの名前を聞いていなかったねぇ……」
「なぜ聞く?」
「いやぁ、別に〜」

 両手を頭の裏に持っていき、神楽は深い意味はないことを主張する。
 佳鼠と東花は彼女の行動に疑問符を浮かべる。

「(神楽お姉さま……一体何を……?)」
「(佳鼠に言われても仕方ないのです!)」

 2人でぶつぶつ会話をする。狼男はそれを耳に入れながら、神楽へ台詞を言う。

「……拙者は正狼 村潟(せいろう むらかた)だ」
「へぇ〜……まぁ、どうせあたいたちとはもう行動しないし関係ないけどねぇ」

 神楽は笑いながら、佳鼠と東花の肩に手を乗せる。

「じゃ、あたいも用事を思い出したからしばらく任せるよ?」

 この言葉を言った直後、神楽の姿はなかった。

「な……佳鼠は許可を出していないのです!」
「……神楽お姉さまは一体どこへ?」

 大声で騒ぐ佳鼠と冷静な東花。

 狼男の村潟は、左手で刀の根元を持ちどこか落ち着きがなかった——————