複雑・ファジー小説
- Re: 獣妖過伝録 ( No.174 )
- 日時: 2012/01/09 14:25
- 名前: コーダ ◆ZLWwICzw7g (ID: ZdG3mpMH)
〜鳥の監視 後〜
九尾の狐は拱手(きゅうしゅ)をしながら、絶句する。
2本の尻尾を持つ猫の話が、予想外に重たい思い出だったからである。
9本の尻尾を揺らしていたが、それはどこか挙動不審という言葉を表すかのように揺れていた。
喉を鳴らしながら、唸る九尾の狐。
軽く話を聞いて、無視しようと思ったらとても無視できない内容。
人間たちの非情な一面が垣間見える。そう九尾の狐は感じた。
だが、ここから自分はどうすれば良いのかが分からなかった。
——————猫の少年に手を差し伸べる?
——————やはり、猫を無視しておく?
妙な葛藤が、九尾の狐に襲ってくる。
しかし、猫はずっとこっちを睨む。
それはまるで、獲物を狙うかのような眼差し。
そして、九尾の狐はゆっくり口を開く。
——————「わらわは、妖怪じゃ。それでも、良いのじゃな?」
○
「ようやく到着しましたね」
1人の男が、目の前の古い建物を見つめ安堵の表情を浮かべる。
肩までかかるくらい長い黒い髪の毛で、前髪は目にかかっており、ぱっと見た感じ女性に見える顔立ち。
左目には片メガネのモノクルをつけていて、少々知的な感じを受ける。
背中には灰色の大きな翼をつけていて、今にでも大空へ羽ばたくような雰囲気を漂わせる。
右目の瞳は深海みたいに青色で、左目は血を連想させるように赤かった。
男性用の和服の上に羽織を着ていて、その姿は思わず拝みたくなってしまうくらい。
極めつけに錫杖(しゃくじょう)を持ち、遊環(ゆかん)を鳴らして妙な雰囲気を漂わせる。
鳥男は、建物の中へ入るためゆっくり足を進める。
「しばらく会っていなかったですが、元気にしているのでしょうか?」
翼をゆっくり動かし、どこか微笑ましい表情を浮かべる。
辺りを見回し、改めて建物が立っている場所を再確認する。
深い森に覆われており、太陽の光を遮断するくらいの深さ。
雑草も膝丈くらい生えており、隠れようと思えば隠れられる。
建物は鳥居のない神社のような作り。実際、大昔は神社だったのかもしれない。
——————ところどころ、地面には焼き焦げたような後がある。
鳥男はその地面を見つめる。
「これは……」
焼き焦げた地面から不思議な力を感じ取る。
明らかに、木を集めて着火したようなものではなかった——————
そして、何かを察したのか鳥男はモノクルを輝かせて、
「九狐(きゅうこ)ですね」
誰かの名前を呟く。
そして、何事もなかったかのように建物へ向かう。
○
「お待ちしていました。天鳥船 須崎(あめのとりふね すざき)さん。九狐様がお待ちしております」
建物に入った瞬間、鳥男は1人の白狐の女性と出会う。
腰まで長い灰色の髪の毛で、頭の上にはふさふさした2つの耳と1本の白い尻尾。
前髪は目にかかっており、その瞳で見つめられると思わず胸が躍ってしまう。
普通の和服を着ているだけなのに、その姿はとても艶めかしい。
正直、大和撫子という言葉が似合っている。
「毎回出迎えありがとうございます。葛の葉(くずのは)」
「いえ、私は当たり前のことをやっているだけです。九狐様のお役に立つ数少ない仕事ですから」
2つの耳をピクピク動かしながら、微笑む葛の葉。
「あなたは、将来良い妻になりそうですね」
「お世辞でも、嬉しい言葉です」
須崎の言うとおり、葛の葉は妻になっても問題ないと思う。
むしろ、彼女と婚約できた男性は贅沢すぎるだろう。
「では、九狐の所へ案内してください」
「はい、分かりました」
2人は縁側を歩き、九狐と呼ばれる者が居る場所へ向かう。
その際、須崎は葛の葉の後ろ姿を薄く笑いながら見つめていた——————
○
「九狐様。須崎さんがお見えになりました」
若干開けにくい襖を開けて、葛の葉は部屋の中に居た2人程の狐へ言葉を飛ばす。
「ようやく来たようじゃな。須崎」
部屋の中で拱手をして言葉を呟くのは、妖艶な狐の女性。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、なんと、黄金に輝く金色の尻尾が9本もあった。
髪の毛も、黄金に輝く金色で、腰くらいまである長さだった。
巫女服に包んだ体は、とても神々しくて、思わず頭を下げたくなる。
さらにその姿は、非常に女々しく、おしとやかで、艶めかしかった。
「むっ、あの鳥は誰だ?九狐」
同じく部屋の中で頭に疑問符を浮かべるのは、普通の狐の少年。
首くらいまで長い黒い髪は、とても艶やかで前髪は目にけっこうかかっている。
頭にはふさふさした2つの耳と1本の神々しい金色の尻尾が揺れていた。
凛々しい表情から見える黒紫色の瞳は、どこか怪しさと不思議な威圧感を持っていた。
男性用の和服をきっちりと着用して、普段から神経質なところが伺える。
だが、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「あれは……まぁ、わらわの知り合いじゃ」
どこかぼやかしたような説明をする九尾の女性。
深く知られてはまずいことがあるのだろう。
だが、狐の少年はそんな説明をただただ鵜のみしているだけだった。
「こうやってお話するのは初めてですね。こちらは天鳥船 須崎と言います」
須崎は慇懃(いんぎん)に自己紹介をする。
どこか不思議な雰囲気に飲まれる狐の少年。
彼は少し硬直してしまう。
「ほれ、何を固まっておるのじゃ?妖天(ようてん)」
九尾の女性に背中を叩かれる。
妖天と呼ばれた少年は、気を取り戻し慌てながら、
「わ、われは詐狐 妖天(さぎつね ようてん)……きゅ、九狐の世話になっている」
どこかぎこちない挨拶。この場に居た皆は声をあげながら笑う。
「何をそこまで緊張しているのじゃ?わらわの時は、馴れ馴れしく名前を呼んだのにのぉ〜」
「おや、そうなのですか?」
「九狐様。それ私初耳です」
しばらく、4人は楽しい雑談をする。
妖天もすぐに須崎の雰囲気に馴染んだのか、いつも通りの口調で言葉を交わすようになる。
そんな狐の少年を、九尾の女性——————九狐はどこか羨ましそうに見つめる。
「さて、なぜ須崎がわらわの元へやってきたのじゃ?」
ようやく、本題へ移る九狐。
鳥男は、モノクルを輝かせ薄く笑う。
「いえ、少し様子を見に来ただけですよ。深い意味は、本当にありません」
「ほう……まぁ、元々汝はその仕事だしのぉ〜」
右手でこめかみを触りながら、頬を上げて笑う九狐。
彼女のそんな微笑みに、妖天はどこか胸が落ち着かない。
妖艶(ようえん)で美しい九尾の狐。少し、躍ってしまうのは仕方がないことだ。
葛の葉にはない、どこか余裕そうな雰囲気もまたたまらなかった。
「(やはり、九狐は美しい……我の胸が躍ってしまう……)」
尻尾を挙動不審に動かし、気持ちを押さえる。
——————ふと、須崎は狐少年の尻尾に気がつく。
「おや、どうしました?尻尾が揺れていますよ?」
咄嗟に、妖天の2つの耳がピクリと動く。
心の気持ちが隠せていても、尻尾の気持ちを隠すことができない。それが獣人。
ある意味、鳥人だけはそこら辺便利である。
「い、いや……我は別に……」
「ん〜?どうしたのじゃ?」
九狐は顔を妖天に近づける。
整った顔立ち、どこか魅了されそうになる狐目。
狐少年の尻尾は、先程と同じような動きになる。
「はは、もしかすると君は九狐に胸が躍っているのでしょうか?」
須崎が冗談でそう呟くが、妖天は黙ってしまう。
図星だったようである。
「よ、よさんか……わらわはそれなりに歳を取っている……汝には、葛の葉が1番お似合いじゃ」
九狐は頬を赤く染めて、葛の葉の背中を押す。
妖天の目の前には、若くて美しい白狐の女性。
だが、少年狐の尻尾は途端に動きを止める。
「あら……」
あまりの気持ちの切り替えの早さに、葛の葉は右手を口へ持っていき驚く。
どうやら、若い娘よりも少し経験が豊富な女性が好みな妖天である。
「なぜ止まるのじゃ……汝は、わらわに魅力を感じているのか?」
「はは、そのようですよ九狐」
遊環を鳴らしながら、須崎は九尾の女性へ言葉を飛ばす。
「我は……その、九狐の雰囲気が好きだ……」
「わらわの雰囲気じゃと……?」
どこか人獣とは思えない不思議な雰囲気。
妖天はそこに惹かれたようである。
「九狐様は、他の狐よりも少し異端ですからね」
葛の葉は微笑みながら、言葉を漏らす。
「こりゃ、葛の葉……!」
九尾の女性は、口を滑らせる葛の葉へ飛ばす。
須崎も一瞬戸惑うが、妖天が特に反応していないことを確かめるとすぐに落ち着きを取り戻す。
「こほん……妖天、こめかみを触ってよ〜く考えてみるのじゃ……わらわよりも葛の葉の方がずっとずっと良いと思うぞ?」
一応、忠告みたいな言葉を呟く九狐。
妖天は自分のこめかみを触り、深く考える——————やはり、葛の葉よりも九狐の方が魅力的で自然と目がそっちへ行ってしまう。
「な、なぜじゃ……」
「はは、これは参りましたね。九狐」
「なんでしょうか……少し、悔しいです」
須崎と葛の葉は一言呟く。
しばらく4人で雑談をするが、九狐はずっと妙な気持ちだった。
自分がそこまで魅力があるのか、ずっと頭に疑問符を浮かべる。
いくら九狐でも、こういう時はすぐに解決できなかった。
「さて、こちらはそろそろ席を外しましょうか……」
「むっ?行くのか須崎?」
遊環を鳴らし、須崎は九狐へ言う。
すると、2人は少し妖天と葛の葉から距離を置き、
「(九狐、あなたにはもうしばらくこの役目を担っていただきますね)」
「(どういうことじゃ?)」
「(そのうち分かりますよ。後、この状態がもっと大変になるということだけは言っておきます)」
「(……?)」
須崎の言葉に九狐は少し嫌な予感を感じる。
だが、あえて理由は聞かなかった。どうせ、これからそうなるのだから。
妖天と葛の葉はそんな2人を見つめながら、尻尾を動かす。
「では、失礼しました」
薄く笑い、須崎はこの場を後にする。
九狐は特に見送らず、妖天と葛の葉が居る方向へ振り向き、
「須崎は不思議な奴じゃが、嫌わないでくれ。あいつは少し考え方が異端じゃからな」
「そうなのか……」
妖天は納得する。尻尾の動きから、嘘はついていなかった。
葛の葉はにっこり微笑み、立ち上がる。
「それでは、妖天さんと九狐様は修行の続行ですね」
葛の葉はこの場を後にする、九狐は苦笑しながら彼女の背中を見つめる。
「(なぜそこで、いらん気遣いをするのじゃ!)」
全くもってその通りである。九狐は9本の尻尾を動かしながら気持ちを露わにする。
「さぁ、妖天。修行の続きをしようじゃないか」
普段通りの口調で妖天へ言葉を飛ばす。
しかし、彼は尻尾を動かしているだけで顔はこちらへ向いていなかった。
「どうしたのじゃ?妖天」
少し心配する九狐。耳とピクピク動かしながら、彼の傍へ寄る。
「——我は、1人ではないのか……?」
突然の言葉で、よく分からない一言。
何か、深い意味がありそうだな。とも感じ取れる。
九狐はこめかみを触りながら、
「そうじゃ、わらわが居る限り、汝は1人ではないぞ」
妖天は、この言葉に耳をピクリと動かす。
そして、体ごと九狐の方向へ向く。
「な、なんじゃ?」
思わず、尻尾をびくっとさせる九狐。
妖天は、凛々しい表情で真っすぐと、自分を見つめていたからだ。
いつもとは違う雰囲気——————
不意に、九狐の右手が握られる。
「よ、妖天……」
当然、慌てる九狐。
すると、妖天はそのまま右手を引っ張って歩きだす。
「では、行こうか」
何がなんだかよく分からない。
九狐は、とりあえず妖天の勢いに任せるだけだった。