複雑・ファジー小説
- Re: 獣妖記伝録 ( No.27 )
- 日時: 2011/08/02 21:40
- 名前: コーダ (ID: LcKa6YM1)
〜貝児〜
太陽が、頂点に昇る時間帯。
雲ひとつない快晴の空。
辺りには、木でできた昔懐かしの家が並んでいた。
のどかで静かな雰囲気。事件など起きそうになかった。
そんな村の空き地で、4人くらいの子供が遊んでいた。
頭には多種多様な、動物みたいなふさふさした2つの耳があり、尻尾も多種多様な種類のものがついていた。
不思議な事に、4人の子供たちは、空き地で走りまわったりなどと、激しい運動はしていなかったのだ。
そのかわり、地面にたくさんの貝殻が置いてあった。
1人の子供が、地面に置かれている貝殻を2枚めくる。
すると、貝殻の裏には、綺麗な絵が描かれていたのだ。
1枚目の貝殻には、九尾の狐みたいな神々しい絵。
2枚目の貝殻には、神々しい犬のような絵。
子供は、ちょっと悔しそうに、めくった貝殻を元に戻す。
そして、違う子供が2枚の貝殻をめくる。
両方とも、九尾の狐みたいな神々しい絵が、描かれた貝殻だった。
子供は、喜びながら、2枚の貝殻を手に取る。
3人の子供は悔しそうな表情をして、色々な言葉を発する。
——————すると、どこからともかく、誰かがやってきた。
子供は、尻尾をびくっと立たせて、人が居る方向を見つめる。
そこには、黒くて、首くらいまでの長さがある髪の毛を持ち、前髪は、目にけっこうかかっている。
頭には、ふさふさした2つの耳があり、瞳は黒紫色をしていた。
男性用の和服を着て、輝くような黄色い2本の尻尾を、神々しく揺らす。
そして、首にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれている。
極めつけに、眠そうな表情と、頼りなさそうな雰囲気を漂わせていた獣男。
この雰囲気を一瞬で感じたのか、子供たちはすぐに警戒心を解く。
獣男は拱手をしながら、子供たちが居る場所へ向かう。
そして、地面にある貝殻を見て呟く。
「ん〜……君たちぃ……貝合わせをしていたのかぁ?」
この言葉に、子供たちは大きくこくりと頷く。
貝合わせというのは、今で言う神経衰弱。
2枚の貝殻をめくって、裏に書かれた同じ絵を見つけ出せば、その貝殻を手にすることが出来る。最終的に、1番貝殻を持っていた人が、勝つというルール。
子供の暗記力を鍛えるには、とても良い遊びである。
すると、獣男は地面に置かれている貝殻を、突然2枚めくる。
神々しい犬のような絵と、閻魔のような恐ろしい絵が描かれた貝殻が目に映った。
子供たちは、一斉に笑い始める。
「むぅ……」
どこか、悔しそうに獣男は、めくった貝殻を元に戻す。
そして、拱手をしながらこの場を後にした。
子供たちは、そんなことを気にせず、夢中になって貝合わせをする。
○
夕方になって、空き地を後にする4人の子供たち。
その中に、貝殻を大量に入れている貝桶(かいおけ)を持つ、女の子が居た。
大事そうに、両手で抱き締めるように持つ姿は、どこか可愛げがあった。
貝桶をよく見ると、傷が大量についており、長い間使い込んだ、雰囲気を漂わせていた。
おそらく、大昔に作られたものが、大事に大事に、今の時代に受け継がれていったのだろう。
——————貝桶は、突然震えだした。
女の子は、思わず貝桶を地面に思いっきり落としてしまった。
その際に、中に入っていた貝殻が、何枚か外に出る。
尻尾をびくびくさせて、涙目になりながらその場で腰を抜かしている女の子。
すると、貝桶の中から小さな女の子が出てくる——————
和服を着て、長い黒髪が印象的で、人間とは思えないくらい、体が薄かった。
その表情は、何かを伝えたいような雰囲気を出していた。
だが、女の子は声を出さずに、ずっと泣いていた。
——————すると、透き通った女の子は、ゆっくり手を伸ばす。
透き通った手が、泣いている女の子の、柔らかい頬に触れそうになる——————
「むぅ……どうしたぁ?」
突然、聞こえてきた言葉。
貝桶から出てきた薄い女の子は、声が聞こえた方向をゆっくり振り向く。
そこには、拱手をしながら立っていた獣男が居た。
頼りなさそうな雰囲気と眠そうな表情。
すると、貝桶から出てきた女の子は、ゆっくり消える。
「………………」
獣男は、下駄を鳴らしながら、泣いている女の子に近づく。
そして、頭を優しく撫でる。
艶やかな髪の毛、ふさふさした2つの耳が手に感じる。
しばらく時間が経ち、女の子は落ち着いたようだ。
獣男は、その様子を見て、地面に落ちている貝殻を丁寧に拾う。
全部拾い終わると、それを貝桶に入れる。
それを、女の子の元へ渡そうとするが、もちろん、顔を左右に大きく振って拒む。
——————あんな、怖い目にあったのだから。
すると、獣男はなぜか、優しく微笑(ほほえ)む。
慣れていないのか、その表情はどこかぎこちなかった。
「大丈夫だぁ……先の女の子は、貝児(かいちご)という付喪神(つくもがみ)さ。この桶は、昔非常に高価な物だったんだ……色あせて、傷がついても、大切に大切に、扱われていった。すると、そのうちその桶には、神様が宿った。それが、貝児さぁ……きっと、女の子は君に感謝したくて現れたのだろう……そして、これからも……大事に扱って欲しいと、伝えたかったのだろねぇ。」
この話を聞いた女の子は、尻尾をふりふりさせていた。
そして、拒んでいたはずなのに、その貝桶を大事そうに持つ。
獣男にお礼を言って、女の子はこの場を後にした。
その姿を見た獣男は、拱手をしながら、女の子と逆方向へ足を進める。
——————「優しい子に所有されて、良かったねぇ……貝児」