複雑・ファジー小説

Re: 獣妖記伝録 ( No.30 )
日時: 2011/08/02 21:51
名前: コーダ (ID: LcKa6YM1)

 闇のように暗い時間。
 空全体が曇っていて、綺麗な星空は全く見えない天気。
 つまり、月明かりがない本当に真っ暗な夜。
 こんな時に、1人でどこかへ歩いていたら、危ない輩に絡まれるだろう。
 ——————案の定、誰かが絡まれていた。
 町からちょっと離れた街道(かいどう)。
 6人くらいの若い男性たちが、少々歳をとった老人に、暴行をしていた。
 若い男性たちの頭には、多種多様な動物の耳が2つあり、尻尾も同様についていた。
 そして、老人の尻尾は神々しい金色のふさふさした1本の尻尾。狐だった。
 縁起の良い種族の狐を暴行するのは、少々いただけない行為。
 殴る、蹴るといった暴行で、老人の体からはどんどん赤い液体が流れる。
 お金目的に、恐喝しているとは思えない光景——————
 もしかすると、若い男性たちは、老人を殺そうとしているのだろうか。
 悲痛な叫び声を出すが、そんなものお構いなしに、どんどん暴行は酷くなっていく。
 ——————老人は、とうとう息を引き取る。
 それでもなお、若い男性たちは暴行を続ける。
 最終的には、刃物や鈍器も出して傷をつけた。
 見るも無残な姿となった老人。もう、面影など残ってはいなかった。
 すると、若い男性たちは返り血をあびながら不気味に笑い始める。
 ——————やはり、そういう性癖(せいへき)だったのだろう。
 気に入らないことがあれば、人を殺して気分転換をする、とても酷い輩。
 このような人は、この世から消えてしまえと、誰もが思う。
 しかし、消そうとすれば、自分はそういう輩の仲間入り。
 ——————つまり、どうしようもできないのだ。
 若い男性たちは、懲りずに、老人の懐から金目のものが入っているだろうと思われる、巾着袋(きんちゃくぶくろ)を取りだす。
 しかし、中身を見た途端、不満そうな表情をする。
 どうやら、この老人はそんなに持ち合わせていなかったようである。
 とりあえず、この場を後にする若い男性たち。
 ——————誰かに見つかったら、後が大変だからだ。
 しばらく街道を歩き、若い男性たちは、人気のない林に姿を隠す。
 そして、今日の殺し方について話したり、巾着袋の中身を山分けにする。
 もう、この若い男性たちが、普通の生活に戻ることはありえないだろう——————
 このままずっと、弱い人々を殺し、闇に隠れて生きて行く。
 そんなこと、絶対に許されるはずがない。誰もがそう思うだろう。
 ——————ふと、謎の気配がする。
 若い男性たちは、気配をすぐに察知して、その方向へ足を進める。
 警戒しないで、瞬時に足を進めるあたり、もう末期である。
 刃物と鈍器を握りながら、不気味な表情をして、足をどんどん進める。
 ——————だが、その表情は突然、なくなった。
 若い男性たちの目には、牛の姿と顔をした、巨漢な男みたいな体つきをした、生き物が居た。
 とんでもなく、大きい斧を持ち、とても荒い鼻息を出していた。
 この姿から、すぐに理解できたことがある。
 ——————どう考えても、人ではない。
 若い男性たちは、大きな悲鳴を上げる。
 すると、その中に居た1人が恐怖のあまり、その場で転んでしまった。
 もちろん、牛男はそのチャンスを見逃さなかった。
 とんでもなく大きな斧を、両手で持ち、そのまま転んだ男性に振り落とす——————
 何かが切れた音よりも、つぶしたような音の方が、大きく響き渡った。
 斧の下からは、大量の赤い液体が出てきた。
 即死だった。
 だが、牛男は何度も何度も、つぶした男性に斧を振り下ろす。
 牛のような顔をしていたのに、その表情はどこか嬉しそうだった。
 その光景を見た瞬間、残った若い男性たちは、一目散に逃げて行く。
 ——————だが、足は止まる。
 なんと、若い男性たちの目には、馬の姿と顔をした、巨漢な男みたいな体つきをした、生き物が居た。
 とんでもなく、長い槍を持ち、牛男と同じく、とても荒い鼻息を出していた。
 ——————やっぱり、人ではなかった。
 若い男性たちは、その場で腰を抜かしてしまった。
 後ろからは、牛男、前からは馬男。
 とんでもなく大きな斧、とんでもなく長い槍を、鼻息を荒くしながら構える。
 強い風で木が揺れて、葉と葉が触れ合う音が響く林。
 そんな音に紛れて、断末魔が聞こえた——————


        〜牛馬と犬狼〜


 人々が、とても歩き回る城下町。
 たくさんの商人が、自分の店を開いて食品、嗜好品(しこうひん)、骨董品(こっとうひん)、日用品といった、商品を売る。
 そして、それを買う主婦、若者、マニアなどが大量に居る。
 やはり、城下町というだけあって、非常に盛り上がっていた。
 だが、ここに建っている城は、この国を動かす力を全く持っていない。
 いわば、ただのデカイ置物。
 どうやら、金儲けに成功した商人が趣味で建てたらしい。
 それなのに、大量の武士や、使用人を雇える程の財力があるというのは、相当なものだ。
 城下町に居る人の中には、どんな商売で成功したのかを、調査している者も居るほど。
 一方、国を動かす程の力を持っている城では、この城下町について、何も思っていない。
 ずいぶんと、放任主義なお偉いさんである。
 そんな城下町に、1人の男性と、1人の少女が歩いていた。
 灰色で、とてもさっぱりするくらい短い髪の毛。前髪は、目にかかっていなかった。
 頭には、ふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、瞳は青緑色をしていた。
 男性用の和服を着て、腰には、立派な刀をつけていた。
 そして、鞘にはお札か、お守りか分からない物が、紐で繋がれている。
 辺りを警戒するように、瞳を動かし、とても真剣な表情をする。パッと見たイメージは武士みたいな獣男。
 その男性の後ろを、ちょこちょこと子犬のように後をつける少女。
 灰色の髪の毛で、肩にかかるくらいの長さだった。前髪は、非常に目にかかっており、四角いメガネをかけていた。
 頭には、男性と同じふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、瞳は闇のように黒かった。
 巫女服みたいな、神々しい服装で身を包み、とても可愛らしかった。
 どことなく、不思議な雰囲気を出す。しかし、獣のような鋭い眼光は全くなかった獣少女。
 左手で鞘の根元部分を握り、親指で刀の鍔(つば)を押さえて、歩く獣男。
 時たま、親指を前に出し、鞘から刀を出して、親指を戻して、刀を鞘に戻す行為をする。
 これにより、刀を鞘に戻したときに響く、あの独特な音が鳴る。
 この音を聞いただけで、大抵の人が少し距離を置くようになる。
 獣男は、怪しい者が居ないか常に、鋭い眼光で辺りを見回しながら歩く。
 ——————すると、その足が突然止められた。
 ふと、後ろを振り向くと、獣少女が、獣男の左袖をきゅっと握っていた。

「むっ……どうした」

 低い声で、獣少女に尋ねる。
 すると、右手である店を指した。
 獣男は、指の方向にある店を凝視する。
 団子屋だった。
 どうやら、獣少女は団子を食べたかったらしい。

「それは、今すぐでないとだめか?」

 辺りを見回しながら、獣男は、相変わらず低い声で尋ねる。
 獣少女は、団子屋をじっと見つめながらこくりと、小さく頷く。

「……御意(ぎょい)」

 2人は、団子屋へ向かう。
 だが、相変わらず獣男は、辺りを警戒して歩いていた。


            ○


 団子屋の傍に置かれた、赤いシートがかけられている長い椅子に、獣男と獣少女は密着するように座る。
 長い椅子の端には、和傘が刺さっており、その部分だけ日陰になっていた。
 もちろん、獣男は、その日陰部分に、獣少女を座らせた。
 店から、狼の売り子さんが出てくるが、雇われて間もない雰囲気を出していた。
 慣れない手つきで、湯のみに入った熱いお茶を椅子の上に置く。

「かたじけない」

 獣男は、売り子さんに目を合わせないで礼を言う。
 座っていても、左手で鞘の根元を握る。
 余程、隣に居る獣少女を、護衛する精神が強いのだろう。
 そして、獣男は売り子さんに低い声で呟く。

「拙者(せっしゃ)は、胡麻(ごま)団子を3本程頂こう……そなたは……」

 獣少女を見つめる。
 ——————可愛らしい頬笑みをしていた。

「では、みたらし団子を、10本こちらへ」

 売り子さんは、店の中へ入っていく。
 獣男は、表情だけで、何を欲しいのかを理解できた。
 つまり、この2人は長年共に居る仲なのだろうと、すぐに考えがついた。
 運ばれてくる3本の胡麻団子と、10本のみたらし団子。
 獣少女は、メガネを両手でくいっと上げ、目を輝かせながら、みたらし団子を見つめていた。
 右手に1本持つと、とても美味しそうな表情をして頬張る。
 口元には、みたらしが大量についていて、巫女服にもつきそうな勢いだった。
 非常にもちもちしていたのか、獣少女の口はとても動いていた。
 あっという間に1本食べると、口元についているみたらしを気にせず、2本目を頬張る。
 その姿はとても可愛らしかった。
 獣男は、少し柔らかい表情をしながら、獣少女を見つめる。
 すると、獣少女の口が止まる。どうやら、この姿を見られたのが恥ずかしかったらしい。
 その証拠に、頬がどんどん赤くなり、尻尾は挙動不審に動いていた。

「拙者のことは気にするな。好きなように食べてくれ」

 獣男なりの気遣いなのだろうが、獣少女はそれを無視して、みたらし団子をゆっくり食べ始めた。
 まるで、大和撫子のように清楚と。
 ——————口元には、みたらしはついていたが。

「はは、そなたはまだ若い。無理強(むりじ)いをしても、損をするだけだぞ」

 この言葉に、耳をピクリと動かす獣少女。
 すると、突然みたらし団子を頬張り始める。

「(歳頃の娘は難しいな)」

 獣男は、心の中で呟く。
 そして、自分の胡麻団子を1本手に取り、口に入れる。
 口の中に広がる胡麻の風味と、程良い甘さの団子。
 これには思わず目を見開き、こんなことを呟く。

「この胡麻は……そんじゃそこらで採れる胡麻ではない……大事に育てられた高級な胡麻か……そして、この団子……和三盆糖(わさんぼんとう)をふんだんに使い、厳選された葛葉(くずのは)で作ったな……」

 先まで、真剣そうな表情をしていた獣男が、とても熱弁していた。
 すると、何を思ったのか、獣少女のみたらし団子を1本取り上げて、口に入れる。

「むっ……このみたらし……醤油を作る段階から、団子に合うように作られている……濃い醤油を和三盆糖で中和し、その上、団子の味をかき消せない絶妙な配合……見事だ」

 思わず、1本取られたような表情をする獣男。
 ——————突然、右袖が引っ張られる。
 そこには、みたらし団子を取られて涙目の獣少女が居た。
 尻尾を、ぶんぶん振りまわし、その気持ちをあらわにしていた。

「す、すまぬ!拙者、団子となるとつい……」

 獣男は、慌てて頭を下げる。
 そして、自分の胡麻団子を詫びとして、1本獣少女に渡す。
 すると、先まで怒りをあらわにしていたのに、人が変わったようににっこり笑う。
 獣男から貰った胡麻団子を勢いよく頬張る。口元には、みたらしに加えて胡麻がついた。
 この姿を見て、思わず笑ってしまう獣男。

「嬉しいですね。わたくしの作ったお団子を、こんなに褒めて頂いて……」

 突然、獣男の横には背中に大きな翼を持った、鳥人の店員が居た。
 ややお歳を召していて、顔の小じわが肉眼で確認できる。
 獣男は、会釈をする。
 獣少女は、構わず自分のみたらし団子を頬張り続ける。
 鳥人の店員は、おしとやかに獣男の隣に座る。
 そして、口に手を当てて、笑う。

「むっ?」

 当然獣男は、頭の中に疑問符を浮かべる。
 鳥人店員は、ゆっくり両手を膝の上に置いて、言葉を言う。

「いえ……そこの娘さんは、非常にお団子がお好きなようで……」

 この言葉に、獣少女の手が止まる。
 すると、獣男は大げさに咳払いをして一言呟く。

「拙者は正狼 村潟(せいろう むらかた)。こちらに居る少女は犬神 琥市(いぬがみ くいち)。すまぬが、拙者らは親子ではない。主と従者のような関係だ」

 ご丁寧に説明をする村潟。
 その途端に、琥市はみたらし団子を頬張る作業に戻る。
 その頬は、少々赤くなっていた——————
 鳥人店員は、小さく笑い、浅く頭を下げる。

「それはそれは、ずいぶんとお美しい少女を、護衛しているのですね」

 琥市は、尻尾をびくっと立てる。
 どうやら、お美しい。という言葉に反応したらしい。

「いやいや、琥市はまだ幼い……そのような言葉は勿体なさすぎる」

 村潟の言った言葉に、琥市はむっとした表情で見つめる。
 まるで、自分はもう幼い少女ではないと、言わんばかりに。

「ほほ、わたくしには分かりますよ。そこの少女は50年後くらいには、人々を魅了させるお方になるかと……」

 鳥人店員の言葉に、村潟は眉間にしわを寄せて深く考える。
 この少女が人々に魅了される姿を、想像しているらしい。
 しかし、口元にみたらしと胡麻をつけている琥市が、立派に成長している姿を思い浮かべるのは至難の技だった。
 小さな唸り声も出して、ずっと考える。
 この姿を見た琥市は、耳をピクピクさせながら、村潟の右腕をぺしぺしと叩く。
 なんで想像できないの。と言わんばかりに。
 しばらく、こんなやりとりが続いた。
 団子を全て食べ終えた村潟と琥市は、この場を後にしようとする——————

「おや、これからどこへ行くのですか?」

 鳥人店員は、2人を引き止める。
 すると、村潟は鞘の根元を左手で握り、親指を鍔に乗せて呟く。

「拙者らは、このまま城下町で1泊する予定だ」

 鍔に乗せた親指を少し前に出して、すぐに戻す。
 刀を鞘に戻した時に出る、あの独特な音が団子屋から響く。
 鳥人店員は、なぜかほっと一息をする。

「それなら良いですけど……変な気を起して、夜に城下町から出るような行為はしないでくださいね」

 この言葉に、琥市は耳をピクリと動かす。
 両手でくいっとメガネを上げ、やや真剣そうな表情で村潟を見つめる。
 ちょっと詳しい話を聞こう。そんな眼差し。

「なぜ、夜に城下町から出てはいけないのだ」

 鋭い眼光で、鳥人店員を見つめる村潟。
 すると、少々抑揚のない声が響き渡る。

「いえ、実は昨日……この城下町から離れた林に、見るも無残な若い男性のような死体が転がっていたのです。その若い男性たちを調べたら、最近街道で、老人などを残虐に殺していた集団だったのです。もちろん、ここに居る人たちは悲しむどころか、喜びましたよ。わたくしもその一員です。ただ……若い男性たちの殺され方が異常だったのです……とても、人には出来ない殺し方……もしかすると……妖(あやかし)が居るのではないか。と、言われています」

 この瞬間、2人の耳と尻尾はびくっと反応する。
 お互いの顔を見つめ合う。
 そして、ほぼ同時のタイミングで、大きくこくりと頷く。

「興味深い情報……非常に、ありがたい」

 村潟は、鳥人店員にそう呟くと、懐からお金を出し、黙って渡す。
 ——————団子代金と、情報料金を。

「あ、あの……」

 気がつくと、2人は50mくらい離れた先で歩いていた。


            ○


 夜の町。
 人気は少なく、空は非常に曇っていて、月明かりに頼って歩けなかった。
 こんな時に、女性や老人が1人で歩くのは、カモがネギをしょってやってくるようなもの。
 常に、物陰から、泥棒や危ない輩が見ているのだから——————
 そんな状況で、1人の男性と1人の少女が歩いていた。村潟と琥市だ。
 相変わらず、鞘の根元を左手で握り、親指を鍔に乗せて、鋭い眼光で辺りを見回していた。
 琥市は、村潟の右袖をきゅっと握りながら、子犬のようにちょこちょこと後をついてくる。
 ——————「泥棒————!」
 突然聞こえてきた叫び声、村潟は右手で、琥市を荷物のように持ち上げ、声の聞こえた方向へ颯爽と走る。
 なお、この時の琥市の表情が、むっとしていたのは言うまでもない。
 村潟が、声の聞こえた場所へ行くと、そこには狸のような尻尾を持った、老人が居た。

「そなた、何があった?」
「わしの、巾着袋を盗まれたのじゃ」

 慌てふためいた口調で、村潟に言葉を言う老人。
 すると、琥市は抱えられた状態で、とある方向に指を懸命に指す。
 そこには、この場から逃げるように走る男の姿——————
 村潟は、狼のような鋭い眼光で睨みつけ、そのまま颯爽と男を追う。


            ○


 町からちょっと離れた街道。
 そこには、急いで逃げる男が居た。
 猫のような尻尾と耳が特徴的で、手には巾着袋が握られていた。
 その後ろ、200mくらいには、琥市を抱えながら、狼のように力強く走る村潟が居た。
 重たそうな“荷物”を持っていたのに、その走りに疲れを全く感じさせない。
 猫男が、人気のない林の中に入っていくのを、確認できた。
 少々、面倒な所に逃げられたなと、心の中で呟く村潟。
 同じく、林に入る2人だが、猫男の姿を見失ってしまった。
 眉間にしわを寄せて、鋭い眼光で辺りを見回す村潟。
 すると、右手で荷物のように抱えられていた琥市が、じたばたと暴れる。
 自分は荷物じゃない、早く降ろして。と、訴えるように。
 村潟は、慌てて琥市を降ろす。
 ずれたメガネを、両手でくいっと上げながら、辺りを見回す琥市。
 その間、村潟は刀の鍔に親指を乗せて、例の行動を3回くらい行う。
 林の中に響く、刀が鞘に閉まる音。
 耳をピクピク動かしながら、琥市は林の奥を右手で強く指す。
 村潟は小さく頷き、その林の方へ足を進める。その後ろから、琥市はちょこちょこと追う。


            ○


 暗い林の中。
 猫男は、草むらに隠れながら、巾着袋の中身を確認していたという。
 中には、かなりのお金。
 思わず、口元上げて胡散臭い頬笑みをする。
 ——————ふと、謎の気配がする。
 猫男は、気配をすぐに察知して、懐に巾着袋をしまう。
 もしかすると、この林に誰かいるのだろう。と、すぐに判断する。
 気配を消して、ゆっくりとこの場から離れようとする猫男。
 ——————すると、何かが背中に当たったという。
 猫男は焦りながら、後ろを振り向く——————
 なんとそこには、牛の姿と顔をした、巨漢な男みたいな体つきをした、生き物が居た。
 とんでもなく、大きい斧を持ち、とても荒い鼻息を出していた。
 この姿から、すぐに理解できたことがある。
 ——————どう考えても、人ではない。
 猫男は、大きな悲鳴を上げて、その場で腰を抜かす。
 牛男は、とんでもなく大きな斧を、両手で持ち、そのまま腰を抜かしている猫男に、振り落とす——————
 何かが切れた音よりも、つぶしたような音の方が、大きく響き渡った。
 斧の下からは、大量の赤い液体が出てきた。
 即死だった。
 だが、牛男は何度も何度も、つぶした猫男に斧を振り下ろす。
 牛のような顔をしていたのに、その表情はどこか嬉しそうだった。
 すると、どこからともかく、馬の姿と顔をした、巨漢な男みたいな体つきをした、生き物が現れた。
 とんでもなく、長い槍を持ち、牛男と同じく、とても荒い鼻息を出していた。
 ——————やっぱり、人ではなかった。
 牛男は、ややすまなそうな表情をして、自分がつぶした猫男を見つめる。
 馬男は、そんなのお構いなく、つぶれた猫男に槍を突き刺す。
 つぶされたうえ、蜂の巣だらけにされる猫男。
 牛男と馬男は、鼻息を荒くする。
 ——————「そなたたち、一体何をしている?」
 突然、どこからともかく、低い男性のような声が響く。
 牛男と馬男は、声が聞こえた方向を、おぞましい瞳で凝視する。
 そこには、鞘から刀を抜いた狼。村潟が居た。
 両手で柄を握り、構えの態勢になっていた。
 その後ろには、小さな犬少女。琥市が居た。

「そなたたちが、最近残虐な殺し方をしている者か……」

 狼みたいな眼光な瞳で牛男と馬男を凝視する村潟。
 そして、素早い動きで牛男の懐へ向かう——————
 だが、牛男の前に、突然馬男が現れ、槍を横にして刀を受ける。

「ふんっ……」

 村潟は、刀を押す力をとんでもなく強くする。
 すると、馬男の持っていた槍は真っ二つに斬れた。
 これには、思わず口元を上げる——————
 その瞬間、後ろに居た牛男が、思いっきり右手で村潟を押し出したのだ。
 とんでもない力で、10mくらい真っすぐに跳ばされ、林に背中を思いっきり打つ。
 この隙をついて、牛男と馬男は、なぜかこの場から逃げるように、どこかへ行こうとする——————

「待て……勝負は、まだ決まっておらん……」

 低い声。どうやら、村潟は背中を強打しても、怯むことなく刀を構えていた。
 そして、今度は馬男の懐へ向かう——————

「待って……」

 透き通るような美しい声と、幼さが残る声が林の中で響く。
 村潟は、思わず足止める。

「その子たちは……殺したら……だめ……」

 なんと、声の正体はいままでこの様子を見ていた琥市だったのだ。
 いつも、身振り手振りばかりで、会話を成り立たせる少女が、今だけ綺麗な声を出していた。
 その姿は、どことなく神々しかった。

「なぜだ?琥市……」

 当然、村潟は殺してはいけない理由を尋ねる。
 しかし、琥市はその質問を無視して、ゆっくり牛男と馬男の傍へ寄る。

「お仕事……御苦労さま……牛頭鬼(ごずき)、馬頭鬼(めずき)……さぁ、お帰り……」

 琥市がそう言うと、牛頭鬼と馬頭鬼は頭を下げる。
 そして、林の中へ消えて行った。
 この時、村潟は眉間にしわを寄せて、何かを考えていた。

「牛頭鬼……馬頭鬼……?はて、どこかで聞いたような……」

 刀を鞘に戻して、村潟は耳をピクピクさせる。
 すると、琥市は黙って振り向き、懐からある物を出した。
 ——————巻物だ。
 その巻物を、村潟に渡す。

「むっ!?」

 巻物を読んだ瞬間、村潟は驚いた表情をする。
 そして、なるほど。と納得して、巻物を琥市に返す。
 懐にしまい、村潟の右袖をきゅっと握る琥市。
 そして、2人はのんびり林から城下町へ向かった。

 その昔、人々から恐れられる人が居た。
 その人は、幾度(いくたび)も残虐な行動をしていた。
 仲間を裏切り、金を奪い、命も奪う。人とは思えなかった。
 人々は、その人をこの世から消そうとする。しかし、それを行ってしまえば、自分も恐れられる存在になってしまう。
 だから、何も出来なかった。このまま、残虐な行動をただじっと見ているしかなかった。
 ——————すると、救世主が現れた。
 とんでもなく、大きな斧を持った牛のような男と、とんでもなく、長い槍を持った馬のような男。
 一目見て、人ではなかった。
 牛男と、馬男は人々から恐れられる人を殺した。
 そして、途端に姿を消す。
 人々は歓声を上げて喜ぶ。
 恐ろしい外見に似合わず、悪い人をお仕置きする精神がお気にいったのだ。
 後に、その牛男と馬男は牛頭鬼(ごずき)、馬頭鬼(めずき)と名付けられた。
 悪い者が現れたら、途端に姿を出して、お仕置きをする。
 そして、仕事が終わったら帰る。
 つまり、牛頭鬼と馬頭鬼は世の中の秩序を正してくれる妖(あやかし)なのだ——————