複雑・ファジー小説

Re: 獣妖記伝録 ( No.38 )
日時: 2011/08/02 22:40
名前: コーダ (ID: LcKa6YM1)

           〜ダイダラボッチ〜


 人々が、中だるみする昼間の時間。
 たくさんの、旅人が山の中で集まっていた。
 爽やかな風が吹いて、木々を豪快に揺らす。
 だが、そんな雰囲気とは別に、旅人はとてもうんざりしていた。
 さらに、何人かの人が、いままできた道を戻った。
 せっかく、苦労して登った山を、戻る。
 どうして、こうなってしまったのか——————
 そう、山を越える道が土砂崩れで、塞がれていたのだ。
 連日の大雨で、地滑りがすぐに分かるくらいの被害。
 復興させようにも、あまりの土の多さで、時間がかかりそうである。
 その旅人の中に、やけに、違う雰囲気を漂わせていた2人が居た。
 1人は、頭の上に、白くてふさふさした耳が2本あり、女性用の和服を着ていた。
 髪の毛も白く、長い。右目にはモノクルをつけていた。
 右手には、とても大きな弓をもっていた。猪くらいなら、即死させてしまう威圧感である。
 極めつけに、首にはお守りかお札か分からない物が、紐で繋がっている。
 もう1人は、背中に大きな翼をつけており、男性用の和服を着ていた男性。いや、少年と言った方が良いだろう。
 髪の毛は黒く肩までかかるくらい長い。ぱっと見少女にも見える顔立ちだった。
 そして、女性と対照的に左目にモノクルをつけていた。
 なぜか、妙な雰囲気を漂わせていたのも、印象的だった。
 少年は、土砂崩れになっている場所を、ずっと凝視する。
 翼を、ゆっくり羽ばたかせながら、何かを考える。
 女性は、右手でモノクルを触りながら、様子を伺う。
 だが、少年は何も答えず、旅人と一緒に来た道を、戻る。
 頭の中に、大量の疑問符を浮かべて、女性はただただ、少年の後をついていく。


                ○


 翌朝。
 山から下りて近くの村には、大量の旅人が居た。
 昨日、山の土砂崩れで、落胆しながら戻った人たちだ。
 宿屋を営んでいる人は、とても嬉しい出来事である。
 一斉に、旅人が泊まりに来たのだから。
 あまりの多さに、部屋に入りきらず、カウンターの上で寝る者も居たくらい。
 そして、旅人はこの村から出て行く、山を越えた先の町を、迂回ルートで行くために——————
 しかし、2人だけは違った。
 兎の女性と鳥人の少年は、なぜかまた、山の中へ向かう。
 言いだしたのは、少年。
 なんで、土砂崩れで通れない山の中を行くのか、実は頭の中で疑問符を浮かべていた兎の女性。
 だが、反論はしないで、ただただついて行く。
 もう少しで、土砂崩れがあった場所にたどり着く——————
 その瞬間、兎の女性は目を見開いて、モノクルをかけたり、外したりしていた。
 なんと、土砂崩れで通れなかった道が、何事もなかったかのように、開通していたのだ。
 大量にあった土も、どこかへ消え、そこら辺に捨てたという形跡はない。
 少年は、このことを知っていたのか、特に驚いた表情をしないで、翼をゆっくり羽ばたかせながら足を進める。
 兎の女性は、土砂崩れの現場を、よく観察していた。
 ——————変な感じだった。
 地面は、誰かが手で弄ったような形をしていた。
 細かい線みたいな模様が、たくさんあり、思わず背筋をぞわっとさせる。
 すると、少年はゆっくり振り向く。

「ダイダラボッチというのは……知っている?」

 この言葉に、兎の女性はモノクルを触りながら、考える。
 しかし、答えは一向に出てこなかったので、少年は浅い溜息をして、

「時間切れ。ダイダラボッチというのは……山の精霊みたいな存在……とても、巨大な体をして、夜な夜な、常に山の中を管理している……山の木が倒れたら、それを持ち運び、どこかの村に置いて行く。山の道が、土砂崩れで通れなくなったら、それを手でどかす」

 この説明に、兎の女性は納得したような表情で頷く。

「山の土砂崩れを……人が、直したことはないんだよね……それは、全部ダイダラボッチがしてくれたから……彼は、良い妖(あやかし)だよ」
「では、この国の山というのは、全てダイダラボッチによって作成されたのですか?」

 この質問に、少年は口元を少し上げて、モノクルを光らせる。
 まるで、正解だよ。と、言わんばかりの表情。
 そして、少年は、のんびりと山の奥へ歩く。

「ダイダラボッチ。私も、初めて聞いた……世の中に居る妖は、全て悪い奴とは限らないのか……」

 モノクルを触りながら、兎の女性は山に向かって深く一礼をする。
 すると、山の中にある木々が、風でざわめく。
 ダイダラボッチが2人を、見送るように——————