複雑・ファジー小説
- Re: 獣妖記伝録 ( No.55 )
- 日時: 2011/08/21 10:23
- 名前: コーダ (ID: qJIEpq4P)
空は、全体的に曇っていて、星空が全く見えない夜。
もちろん、月明かりはなく、1人で歩くのはとても勇気がいた。
風も若干吹いている。
周りの林が揺れ、葉と葉が触れあう音。
それに混ざって、狼の遠吠えも聞こえてくる。
とても、不気味だった。
こんな日は、ゆっくり家で寝ていた方が賢明だ。
だが、そんな常識が通用しない、型破りな輩たちが居た。
3人くらいの、小規模な団体。
全員。背中には大きな翼を持っていた。
見た感じと雰囲気で、大人になろうとしている青年たちに見えた。
1本のロウソクという、心もとない明りを頼りに、ただただ、暗い道を歩く。
そして、3人の目には大量の墓地が映る。
何年も前から管理されておらず、壊れた墓地、雑草が生えた墓地、荒らされた墓地が無数にある。
いかにも何かが出そうな雰囲気——————
青年たちは、そんな雰囲気を無視して、好奇心に身を任せ墓地に入る。
湿った地面を草履で歩く。とても、嫌な感じだった。
ふと、3人の目に1つの墓地が映る。
明らかに、他のより綺麗だった。
すると、何を思ったのか3人は、その墓地を荒らし始めたのだ。
懐から刃物や、鈍器を出して、原型を留(とど)めないくらいに壊す。
どうやら、この3人は墓荒らしだった。
日頃の怒り、悩みを墓にぶつける、とても愚かな行為。
きっと、罰が当たるに違いない——————
とても、爽やかな表情をする3人。
刃物と鈍器をそこら辺に投げ捨てて、この場を後にする——————
不意に、変な気配を感じる。
1人が、翼をピクリと動かし、辺りを警戒するように見回す。
その瞬間、地面から無数の白い物体が出てきた。
カタカタと、音を鳴らしながら、3人を見つめる。
土で汚れた白い物体。その姿は、まるで人のようだった。
この恐ろしい物体を見て、3人は慌てて逃げる。
だが、何かに足をとられて、豪快に転ぶ。
それは、やっぱり白い物体だった——————
気がつくと、白い物体に囲まれていた3人。
カタカタ、カタカタ、その音はどんどん多くなる。
風で、林の葉と葉が触れあう音が響く墓地。
それに混ざって、断末魔が聞こえたという——————
〜墓場の鳥兎〜
快晴の空。爽やかな風が吹く昼間。
森林の木々は大きく揺れて、葉と葉を擦り合わせる。
残暑の夏には、最高の天候だった。
辺りには、もう少ししたら収穫できそうな米が、大量に並んだ田畑。
そんな田舎道。意外と人々は歩いていた。
しかも、1人ではなく、4人くらいの団体で歩く姿が特に目立つ。
手には、花や果物、水の入った桶などを持っていた。
——————どうやら、今はお盆時だった。
年に1回お墓へ参り、綺麗に掃除をして、お供え物を置いていく。
そして、夜になったら老若男女が踊る、盆踊りも行われる。
非常に、忙しい1日である。
その団体の中に、奇妙な男女の2人が歩いていた。
1人は、頭の上に兎のように長くて白い、ふさふさした耳が2本あり、女性用の和服を着ていた。
髪の毛も白く、長い。とても赤い瞳が印象的で、右目にはモノクルをつけていた。
右手には、とても大きな弓をもっていた。猪くらいなら、即死させてしまう威圧感である。
左肩には、矢を入れる箙(えびら)というものもつけていた。
極めつけに、首にはお守りかお札か分からない物が、紐で繋がっている。
もう1人は、背中に、灰色の大きな翼をつけており、男性用の和服を着ていた男性。いや、少年と言った方が良いだろう。
黒い髪の毛は肩までかかるくらい長く、ぱっと見少女にも見える顔立ちだった。
右目は、深海をイメージさせるような青色で、左目は、血を連想させるように赤かった。
そして、女性と対照的に左目にモノクルをつけていた。
錫杖(しゃくじょう)を持ち、鉄で出来た、遊環(ゆかん)をしゃかしゃか鳴らしながら歩く姿は、妙な雰囲気を漂わせていた。
少年は、翼をゆっくり羽ばたかせながら、人々の姿を興味深く見ていた。
「どうかしましたか?」
女性は、モノクルを触りながら、少年へ質問する。
すると、少年の足は不意に止まる。
モノクルを光らせながら、一言呟く。
「墓場へ行くよ」
遊環をならして、墓場へ向かう事にする少年。
頭の中に、大量の疑問符を浮かべる女性は、ただただついて行くことしか出来なかった。
○
線香の臭いが、漂う墓場。
たくさんの家族連れが、自分のお墓を掃除していた光景が目に映る。
殺風景な墓場。今だけは、非常に活気があった。
その様子を見ていたのは、先程の女性と少年だった。
直接お墓に、用事があるような雰囲気は漂わせておらず、ただこの光景を見たかっただけらしい。
不意に、少年は女性に質問する。
「どうして、お盆というのはあると思う?」
眉間にしわを寄せて、考える女性。
改めて言われてみると、理由が出てこないものである。
「時間切れ。実は、お盆というのは明確な起源はないんだよね。だけど、一説には祖先の霊を祀(まつ)る行事と言われているんだ」
ちょっと意地悪な質問に、女性は苦虫を噛んだかのような表情をする。
明らかに、少年の方が年下なのだが、変に偉そうな態度をとっている。
「明確な起源はなくても、人はこうして行事を行う……大昔からの習慣って、怖いね」
翼をゆっくり羽ばたかせながら、嘲笑(あざわら)うかのような表情で呟く。
少年の言葉には一理ある。
人というのは、なぜか起源、理由がなくても、物事を行っている時が多々ある。
お盆がその例だ。
知らない人から、お盆について尋ねられて、明確に答えられる人はほぼ居ない。
だけど、大昔から両親の言い伝えで、無意識にやっている。
それが、習慣だ。
「人々は、習慣によって行動していることが多い……と、言いたいのですか?」
モノクルを触りながら、女性は尋ねる。
少年は、遊環を鳴らして、こくりと頷く。
不意に、後ろから人の気配がする。
2人は、ゆっくり体ごとを、後ろへ振り向く。
そこには、7人くらいの大家族が居た。
犬の祖父母、父母、その子供たちだ。
今の時代、大家族で墓参りに来るのは珍しくない。むしろ、核家族で来る方が珍しい。
女性は、慇懃(いんぎん)に挨拶をする。
「こんにちは。今からお墓参りですか?」
相手の警戒心を解くには、まずしっかりとした挨拶が大切。
女性の思惑通り、大家族は柔和な顔立ちになる。
子供たちは、少年の周りへ集(たか)るように寄り、翼を触っていた。
「あまり、翼を触らないでくれる?」
しかし、子供たちは触ることをやめない。
鳥人を、珍しそうに見る表情。
少年は、深い溜息をして、好きにさせる。
「ほほほ……家の孫たちは、鳥人の事が気にいったようですね」
その様子を見ていた祖母は、とても楽しそうな口調で言葉を言う。
女性は、苦笑しながら、
「そのようですね……まぁ、可愛いものです」
と呟く。
子供たちの行動は、だんだんエスカレートしていき、少年の翼から生えている羽毛も、抜き始めたという。
さすがに、これには少年の堪忍袋が切れたのか、持っている錫杖で、邪魔者を追い払うかのように、横へ振る。
「調子に乗るのも、いい加減にしたら?」
鳥のような眼力と、低い声で子供たちを脅す。
しかし、まだ声変わりが完全になっていないためか、子供たちは特に屈せず、翼を触っていた。
女性は、この雰囲気を和ませるために、一言呟く。
「この子供たちは、将来良い武士になれそうですね」
けっこう、満更でもない表情をする父母。
少年の脅しに、恐れて泣かず、むしろ立ち向かった犬のような獰猛な気持ち。
武士として、とても良い精神だった。
「じゃあ、子供たちは将来武士にさせるか?」
父は、冗談半分でそう言うが、意外と賛成してくれた。
予想外の反応に、少し腰を抜かす。
「では、今からこの子たちに刀を習わせてみようかしら?」
「刀なら、ワシが買ってやろう」
もう、この大家族の子供たちは、武士への道が決まってしまった。
女性は、自分の言葉で人をこんなに動かしてしまったことを、少し後悔する。
「所で、あなたたちは……弓矢や錫杖を持っていますけど……妖(あやかし)退治をする者ですか?」
祖母の言葉に、女性はモノクルを触りながら、返す。
「妖退治……まぁ、そういう解釈で捉えて貰って良いですよ」
この言葉を言った瞬間、少年は遊環を鳴らして訂正する。
「それだと誤解を生むよ。こちらは、悪い妖だけを退治するために、各地を放浪しているんだ」
大家族は、呆然とする。
なぜなら、この国に居る妖は、全て悪いと認識しているからだ。
良い妖など居ない。そう叩きこまれた。
「世の中に、良い妖なんて居るのでしょうか?」
母は、頭の中に疑問符を浮かべて尋ねる。
少年は、口元を上げて嘲笑うかのように、呟く。
「君は愚かだね。全ての妖が悪い?誰がそんなことを言ったのかな?下手な噂を信じない方が良いよ」
明らかに、自分より年上の人なのに、偉そうな態度を取る。
だが、怒りという感情は生まれてこない。むしろ、頭を下げたくなった。
女性は、慌てて大家族に謝る。
「すみません。こちらの少年はまだ考えが幼稚なので、物事を単刀直入に言ってしまいます。私が代わりに謝罪いたしますので、どうかお許しを……」
頭を深く下げる。
すると、少年はモノクルを光らせて、もっと言葉を言う。
「こっちは、間違ったことは言っていないよ?勝手に尻拭いをするのは、やめてくれない?」
しばらく、この場は無言になる。
少年は、ふんぞり返って大家族を見つめる。
すると、祖母が質問する。
「あなたたちは……一体?」
女性は、頭を上げ、丁寧に説明する。
「私は箕兎 琴葉(みと ことは)。こちらに居るのは、天鳥船 楠崎(あめのとりふね くすざき)です。私たちは、先程おっしゃった通り、悪い妖だけを退治する目的で、各地を放浪しています」
琴葉の説明に、大家族は目を見開いて、尻尾を振っていた。
今、目の前に居るのは、本物の妖退治をする2人。
大きな弓矢と錫杖。
明らかに、何か出来そうな雰囲気だった。
「琴葉、長居は無用だよ。早いところ次の目的地へ行こう」
少年は、翼をゆっくり羽ばたかせながら、この場を後にしようとする——————
「待ってください。それなら、是非頼みたいことがあるのですが……」
突然の言葉に、楠崎は首だけ振り向かせる。
その表情は、早く言えと催促させる。
「この墓場から、2kmくらい離れた場所に、捨てられた墓地があるのです……そこには、妙な噂が絶えないのですよ……地面から、白い物体が出てくるとか……」
少年の威圧感に、怯えながら呟く祖母。
すると、モノクルを光らせて小さく、
「興味深いね……」
と、呟きこの場を後にした。
女性は、慇懃に礼をして、少年の後を追う。
○
街道の左右には、草原が目に映る。
風が吹くたびに、草はその方向に揺れ動く。
とても、心地よさそうな場所。
そこを歩くのは、先程の女性と少年。琴葉と楠崎だった。
長い耳を揺らし琴葉。翼をゆっくり羽ばたかせる楠崎。
2人は、無言で街道を歩き続ける。
「むっ……?」
琴葉は足を止めて、とある方向を見つめる。
そこには、丘の上にある、大きな1本の木が見えた。
すると、楠崎は遊環を鳴らして小さく呟く。
「少し、あの木の陰で休もう」
街道から外れて、草原の中に足を踏み入れる楠崎。
琴葉は、黙って後をついて行く。
大きな木の影は、非常に涼しくて、休むには最高の場所だった。
弓矢と錫杖をそこら辺に置いて、琴葉は木に背中を預けるように座り、楠崎もその隣に座る。
その際に、琴葉は懐から小さくて厚い本を取り出し、楠崎に渡す。
無言でそれを受け取り、本を開く。
しばらく、静かな時間が流れる。
聞こえてくるのは、風の音と、本をめくる音。
琴葉は、気持ちを落ち着かせすぎて、目を虚ろにさせる。
そして、気がつくと目が完全に閉じる。
楠崎は、その様子を横目で見る。
モノクルを光らせるが、その表情はどこか柔和だった。
自分の翼を、毛布のように琴葉の体にかける。
偉そうな態度をしている割には、けっこう優しかった楠崎——————
太陽は、どんどん西に沈んでいく。
空も、青色から茜色に変わっていた。
琴葉は、ゆっくり目を開ける。
最初に目に入ったのは、赤い夕日だった。
こんな時間まで寝てしまった。そんな表情をしながら隣に居る楠崎を見つめる。
少年は、未だに本を読んでいた。
少しほっとする琴葉。
その瞬間、本を読みながら一言呟く楠崎。
「夜までここに居るつもりだから、もう少し寝ていても大丈夫だよ」
耳をピクリと動かす。
どうやら、寝ていたのはバレバレだったらしい。
琴葉は、モノクルを触りながら、眠そうな声で質問する。
「夜まで……?結局、捨てられた墓地へ行くんですか?」
楠崎の手が止まる。
読んでいた本を閉じ、無言で琴葉に渡して、モノクルを光らせる。
「妖に関して、無知な一般人の噂は当てにならない。だけど、捨てられた墓地に、白い物体というのは気になった。ちょっと、思い当たる節があってね……確かめて損はないと思うよ」
この言葉から、楠崎は妖に詳しい事が分かる。
まだそこまで生きていないのに、どこからそういう知識を取り入れているのかは、甚(はなは)だ疑問に思うが、今はあまり突っ込まないようにする琴葉。
「もしかすると、激しい戦いになるかもね……今のうちに、休んだ方が身のためだよ」
謎の忠告も言う。
琴葉の頭の中は、どんどん疑問符で埋め尽くされる。
そして、とうとうこんな質問をしてしまう。
「私にも、詳しいことを教えてください」
かなり真剣そうに言うが、楠崎は嘲笑うかのように返す。
「君がそれを知ってどうするの?それに、先言ったでしょ?あくまで、思い当たる節があるって……こっちは、妖の正体が分かったと、一言も言っていない。だから、曖昧(あいまい)なことを言いたくないんだよね。琴葉は、目の前の事を考えるだけで良い。後の細かいことは、全部こっちが考える」
これには、琴葉は返す言葉が思いつかない。
目の前のことだけを考えていれば、後は全部、楠崎がやってくれる——————
それが、納得いかなかった。自分は、もっと少年の助けになりたい。
だけど、それは余計なこと。
妙な葛藤(かっとう)が彼女の心を襲う。
顔を下げて、どこか表情を暗くする。
楠崎は、その変化にすぐ気付き、また言葉を呟く。
「……こっちの事を助けたいという気持ちは、よく分かるし、ひしひしと感じてくるよ。でも、今だけは任せてくれない?いざとなったら、琴葉に頼るから」
途端に、琴葉の表情は明るくなった。
この少年、かなり口上手である。
長年、こういうやりとりがあったから出来る技なのか、それとも元々なのか——————
「逢魔が時(おうまがとき)……さて、行くよ」
楠崎は、そこら辺に置いてあった錫杖を右手に持ち、遊環の音を鳴らしながら立ちあがる。
続いて琴葉も、大きな弓矢を持ち、少年の後をついて行く。
黄昏時(たそがれどき)の街道。2人の歩く姿は、非常に不気味だった。
○
昼間の快晴が嘘のように、空は全体的に曇っていて、星空が全く見えない夜。
もちろん、月明かりはなく、1人で歩くのはとても勇気がいた。
風も若干吹いている。
周りの林が揺れ、葉と葉が触れあう音。
それに混ざって、狼の遠吠えも聞こえてくる。
とても、不気味だった。
こんな日は、ゆっくり家で寝ていた方が賢明だろう。
だが、そんな常識が通用しない、型破りな輩たちが居た。
2人くらいの、小規模な団体。
背中には大きな翼を持っている者と、長くて白い耳を持つ者。琴葉と楠崎だった。
大きな弓を片手で持ち琴葉、錫杖の遊環をしゃかしゃか鳴らす楠崎。
明りとなる物を全く持たず、ただただ暗い道を歩く。
そして、2人の目には墓地が映る。
何年も前から管理されておらず、壊れた墓、雑草が生えた墓、荒らされた墓が無数にある。
いかにも何かが出そうな雰囲気——————
琴葉と楠崎は、その雰囲気を体で感じ取り、警戒して墓地に入る。
湿った地面を下駄で歩く。とても、嫌な感じだった。
ふと、2人の目に1つの墓が映る。
明らかに、他のより綺麗だった。
何かあると睨んだ楠崎は、鳥のように鋭い眼光で四方八方から墓を見つめる。
その間、琴葉は辺りを見回し、何が来ても良いように弓矢を構える。
少年は、錫杖の遊環がついていない所で、墓を思いっきり突く。
意外と脆(もろ)く。墓は木端微塵になった。
その瞬間、異様な気配を感じる——————
琴葉は、耳をピクリと動かし、辺りを警戒するように見回す。
その瞬間、地面から白い物体が出てきた。
カタカタと、音を鳴らしながら、2人を見つめる。
土で汚れた白い物体。その姿は、まるで人のようだった。
思わず、背筋をぞくっとさせる琴葉。だが、その恐怖心に打ち勝ち、左肩にかけている箙から矢を1本取り出し、弓を構える。
弓の弦(つる)を力強く引き、白い物体を射る。
矢は、見事に白い物体に命中する。
だが、これといった変化がなかった。
琴葉はもう1回、箙から1本矢を取り出す——————
「無駄だよ。いくらやっても、その妖は倒せない」
不意に、楠崎の言葉が聞こえる。
矢を箙に戻して、首だけで後ろを見る。
「墓地の白い物体……こっちの予想通り、骸骨(がいこつ)だったようだね」
骸骨。
人というのは、いつか必ず、この世界から居なくなる存在である。
三途の川を渡り、天か地への道を行く。
その際に、強い怨念や恨みを持って、この世から去ってしまった場合、三途の川を渡らず、世界に戻ってくる不届き者が居る。
もちろん、大半は大鎌を持った死神(しにがみ)に止められるが、怨念の強さが莫大だと、死神ですら止められないことがある。
しかし、戻ってきた時には自分の体はもう焼却されている。つまり、骨の状態だ。
だが、不届き者にはそんなこと関係ない。骨の状態でも魂を宿し、骸骨としてこの世を生きる。
そして、莫大な怨念を晴らすまで、好き勝手暴れる。
妖でもあり、人でもある。それが骸骨。いや、生前の記憶がない以上、妖と断言した方が良いだろう。
楠崎は、琴葉の前に出て錫杖を構える。
「骸骨になって五感がなくなった以上……直接攻撃では退治できない。だから、昇天(しょうてん)させないとね」
昇天。
未練を残して、この世界から消えてしまった者が、骸骨や怨霊として、戻ってきた場合に使える究極術。
基本的にそういう妖は、未練などがなくなった時に、自然消滅を待つのが1番良いとされている。
だが、その未練などが莫大だと、自然消滅するまで何百年とかかる。
こういう場合は、無理矢理人の手を加えて、この世から消滅させる昇天が有効である。
ただし、この術を使えるのは莫大な霊術を持つ者しか、許されない。
生半可な霊術しか持っていない者が、昇天の術を使えば、自分も一緒に昇天する。
つまり、楠崎の霊術は莫大であることが、ここで分かる。
錫杖を両手で持ち、横にくるっと360度回す。
遊環のついていない所を、思いっきり地面に刺して、背中の翼を思いっきり広げる。
鳥のように鋭い眼光で、骸骨を睨み、小さく詠唱する。
「この世に未練を残し、骸骨として生きる妖よ。そなたの未練を、天鳥船 楠崎が強制的に断ち切り、昇天させる……」
まるで、儀式の言葉を言うように長い詠唱。
その瞬間、骸骨の足元に、神々しく輝く、謎の紋章が現れた。
骸骨は、自分の足元を見て、一瞬うろたえる。
「……破邪(はじゃ)」
紋章は、突然光の柱を出す——————
天に伸びるくらい神々しい柱。
まるで、何かが骸骨を迎えにきたような雰囲気。
琴葉は、目を見開いて、その様子をずっと見守る。
しばらくすると、光の柱は地上からどんどん消えて行く。
骸骨の姿はもうなかった——————無事に、昇天した。
楠崎は、荒い吐息を出しながら、錫杖に支えられていた。
どうやら、霊術を使いすぎたらしい。
たった1回の昇天で、術者をここまで疲れさせる。
生半可な者が使ってはいけない理由が、よく分かった。
琴葉は、安堵の表情で楠崎の傍へ寄る。
——————嫌な気配が、またする。
耳をピクリと動かして、辺りを警戒しながら見回す。
また、地面から白い物体。骸骨が現れたという。だが、それだけではなかった。
1体ではなく、10体くらいだったのだ——————
気がつくと、2人は囲まれていた。
カタカタ、カタカタ。骨が擦りあう音が響く。
汗を出して、荒い吐息を出している楠崎。
少年は、もう使い物にはならない。琴葉は、直感的にそう思った。
今度は、自分の番。そう思った彼女は、箙から矢を取り出す。
そして、1体の骸骨を射る。しかし、変化という変化はなかった。
苦虫を噛んだかのよう表情をして、また箙から矢を1本取り出す。
がむしゃらになって、何度も何度も射る。
気がつくと、矢は最後の1本になってしまった。
その矢は、他の矢と違って、鏃(やじり)に鏑(かぶら)がついていた。
しかし、そんなことを気にせず、弓を構える——————
「ちょっと待って……その矢……鏑がついているよね……?」
不意に、楠崎が尋ねる。
琴葉は、鏃をよく見て、鏑が付いていることを認識する。
「は、はい……それがどうかしましたか?」
若干、焦っているのか言葉は震えていた。
楠崎は、翼を広げて、突然柔和な顔立ちになる。
「琴葉……破魔矢(はまや)の使用を許可するよ」
この言葉に、琴葉の目が開く。
昇天と同じ効果のある破魔矢。
それを使用する権利が得られた。
つまり、責任重大。
楠崎は、最後の力を出して、矢へ破魔の力を宿す。
ただの矢が、急に神聖な雰囲気を漂わせる。
琴葉は、1回だけ大きな深呼吸をする。
目を閉じて、精神統一もした。
——————だが、ここで問題が発生する。
破魔矢を射るチャンスは1回。だけど、ここに居る骸骨は10体も居る。
どう考えても、全て退治できなかった。
最後の最後に、琴葉は焦る。
どうすれば、この状況を脱することができるのか——————
眉間にしわを寄せて、大きく唸る。
——————不意に、琴葉の左手が握られた。
「標的は……何も、骸骨だけじゃないよ……その破魔矢は、莫大な力を持っている……」
楠崎の懸命な言葉。
標的は骸骨ではない——————
その言葉が、唯一の手掛かり。
琴葉は考える。
「……!?」
突然、彼女は骸骨に向かって走り出す。
そして、鋭角上へ跳び、骸骨の頭蓋骨を踏む。
そこからまた、鋭角上に跳んで、楠崎のほぼ真上の位置へ行く。
琴葉は、空中で弓を構える。
標的は——————地面だった。
弦を思いっきり引いて、手を離す——————
鏑の付いた矢は、独特の風切り音を出す。その音は、合戦が始まる合図を連想させた。
矢は、垂直の状態で地面に刺さった。
その瞬間、矢の中心から輝く衝撃波(しょうげきは)が生まれる。
その衝撃波に巻き込まれた10体の骸骨は、即昇天する。
楠崎は、モノクルを光らせて、上空に居る琴葉を見つめる。
一方、琴葉も地上に居る楠崎を見つめる。
真っ暗な墓地。ただし、今だけは神々しく輝いていた——————
○
翌日。
また天気は好調で、日向ぼっこにはうってつけだった。
お盆の活気はまだ残っていて、人々は楽しい1日を過ごしていた。
ただ、ここだけは違った。
誰も居ない墓場。
昨日の今頃は、お墓参りで人々が居たのに、その光景が嘘のようだった。
それを目にしていたのは、兎の女性と鳥の少年。琴葉と楠崎だ。
錫杖の遊環をしゃかしゃか鳴らしながら、墓場を1周する。
琴葉は、黙ってそれに付いて行くだけ。
そして、墓場の入り口に着いた途端、楠崎は小さく呟く。
「こうやって、人々が毎年墓場でお参りすれば、骸骨なんて出てこないのにね」
モノクルを光らせて、この場を後にする。
琴葉は、慇懃に手を合わせて目を閉じる。
5秒くらいして、早足で少年の後を追う。
殺風景な墓場。しかし、楠崎が歩いた場所だけは、どこか温かく、心が安らぐ雰囲気を漂わせていた——————