複雑・ファジー小説

Re: 獣妖記伝録 ( No.78 )
日時: 2011/08/21 10:16
名前: コーダ (ID: qJIEpq4P)

 外は大雨だった。
 雨が地面を叩きつける音が、辺り一帯に響く。
 風も強かった。
 草原に萌えている草むらが、ほぼ90度に曲がるくらいの強風。
 木も倒れそうな勢い。実際に脆(もろ)い木は何本か倒れていたが。
 こんな日に、外を歩く者は、命を捨てている輩としか思えない。
 本当に特別な事情がない限り、家でおとなしくしているのが賢明。
 ——————だが、やはりそういう輩は居た。
 犬のような尻尾と、猫のような尻尾をつけた、若い男性2人。
 手には、最近この国で広まった武器。鉄砲(てつはう)を持っていた。
 遠距離で、相手に攻撃できる武器。刀なんて目じゃなかった。
 しかし欠点として、1発撃ったら、次に撃つまで時間がかかる。
 その間に、接近されたらおしまいだ。
 この2人は、狩猟者という雰囲気を、一切漂わせていなかった。
 というか、こんな天気に出歩く、狩猟者も居ないが。
 体に、大粒の雨を浴びて、ひたすら街道を歩く。
 その表情は、欲望という欲望が出ていた。
 一瞬、外が真っ白になる。
 そして、空から大きな雷が鳴る。
 音の大きさから、自分たちと雷の距離は近かった。
 2人は、口元を上げる。
 また、外が一瞬真っ白になる。
 再び、雷が鳴る。
 だが、今度は違った——————
 なんと、雷は何もない広大な草原に、落ちたのだ。
 普通、高い木などに落ちるはずなのに、草原に落ちた。
 男たちは、なぜか雷が落ちた場所へ、大急ぎで向かう。
 ——————獲物を確認したかのように。
 いざ、草原に来てみると、そこには雷が落ちた形跡しかなかった。
 一部の草が焼け焦げて、その臭いが鼻に入る。
 すると、犬の男が持っている鉄砲を、いきなり上空へ撃つ。
 この意味不明な行動に、猫男は苦虫を噛んだかのような表情を浮かべる。
 ——————どこか、恐ろしい気配を感じる。
 2人は、耳をピクリと動かし、辺りを警戒するように見回す。
 鉄砲も構えて、万全な態勢。
 ——————ウオーン。
 遠くから、狼の遠吠えが聞こえてきた。
 しかし、男たちは怯むことなく、その場にじっとしていた。
 むしろ、それを待っていました。と、言わんばかりの表情。
 草原を駆ける足音——————
 犬男は、足音が聞こえた方向へ体を振り向かせ、途端に鉄砲を撃つ。
 だが、獲物には当たらなかった。
 続けざまに、猫男は鉄砲を撃とうとするが、もう遅かった。
 2人の目には、金色の毛皮で身を包む狼が、鋭い牙を出して跳びかかってきたのだから——————
 よく見ると、足はなぜか6本もあり、尻尾は3本もあった。
 明らかに、狼ではなかった。

「ひっ、ひぃ——!」

 猫男は、情けない声を出す。
 ——————そして、次に出たのは猫男の血だった。
 正体不明の狼は、鋭い牙を首に刺して、息の根を止めた。

「こ、こいつ!」

 犬男は、金色の狼に鉄砲を構える。
 しかし、もうこの場には恐ろしい狼は居なかった。
 草原を駆ける足音。
 そう、逃げたのだ。電光石火(でんこうせっか)の如く。
 死んだ猫男の姿を見て、犬男は叫ぶ。
 そして腹いせに、持っている鉄砲を辺り構わず撃つ——————
 だが、その手は止まってしまった。
 犬男は、なぜかその場に倒れる。
 首からは血を出していた。
 きっと、先の狼が戻ってきたのだろう——————
 いや、違った。
 犬男の傍に居たのは、どこか幼い犬の少年だった。
 四つん這いになって、正しく獣をイメージさせる姿。
 血のように紅い瞳が、それをもっと、獣らしくする。
 口元は、血でもっと赤かったが——————

「あんた等のせいで、獲物が逃げてしまった。責任は、取ってもらわないとね……」

 獣らしい姿には、非常に似合わない低く、冷たい言葉。
 犬少年は、四つん這いの姿から、途端に人と同じように二足で立つ。
 そして、どこかふに落ちない表情で、この場を後にする。
 草原に残された、2人の死体。
 大雨によって、血だけが地面を流れていた——————


          〜雷鳥兎犬〜


 とても清々しい朝。
 外では、雀(すずめ)の鳴き声と、烏(からす)の鳴き声が聞こえた。
 涼しい風、快晴の空。
 こういう日は、外に出てのんびりするのがおつなもの。
 だが、少々のんびりするにはいささか問題があった。
 木で出来た家、広大な田畑がある村。
 そこには、人々が苦悶(くもん)な表情で歩きまわっていた。
 特に、田畑に居る人たちは、この世の終わりみたいな雰囲気を、漂わせていた。
 大量になぎ倒された米たち——————
 だが、怒りをぶつける者は居なかった。
 仕方ない。諦めよう。そんな感じ。
 村の人々も、少し慌ただしかった。
 家の周りに、無造作に落ちている大量の桶や壺などを、回収していた。
 やはり、その人たちも怒りをぶつけることはしなかった。
 早く回収しよう。今は頑張るしかない。そんな感じ。
 なぜ、このようになってしまったのか——————
 所変わって、村の一角にある家から、2人の男女が外へ出てきた。
 1人は、頭の上に兎のように長くて白い、ふさふさした耳が2本あり、女性用の和服を着ていた。
 髪の毛も白く、長い。とても赤い瞳が印象的で、右目にはモノクルをつけていた。
 右手には、とても大きな弓をもっていた。猪くらいなら、即死させてしまう威圧感である。
 左肩には、矢を入れる箙(えびら)というものもつけていた。
 極めつけに、首にはお守りかお札か分からない物が、紐で繋がっている。
 もう1人は、背中に、灰色の大きな翼をつけており、男性用の和服を着ていた男性。いや、少年と言った方が良いだろう。
 髪の毛は黒く、肩までかかるくらい長かった。ぱっと見た感じ少女にも見える顔立ちだった。
 右目は、深海をイメージさせるような青色で、左目は、血を連想させるように赤かった。
 そして、女性と対照的に左目にモノクルをつけていた。
 錫杖(しゃくじょう)を持ち、鉄で出来た、遊環(ゆかん)をしゃかしゃか鳴らしながら歩く姿は、妙な雰囲気を漂わせていた。
 少年は、翼をゆっくり羽ばたかせながら、村の光景を見ていた。
 すると、女性はモノクルを触りながら呟く。

「昨日の嵐は、すごかったですね」

 どうやら、村がこんな状態になっているのは、昨日の嵐のせいだった。
 たくさんの被害、損害を出す天災(てんさい)。
 それは、人々の心も傷つけることになる。
 だが、自然の現象に、怒りをぶつけることはできない。
 頑張って復興させるために、毎日頑張るしかない。
 少年は、モノクルを光らせて、小さく言葉を言う。

「大量の雨、凄まじい風……そして、大きな雷……ただの嵐を思わせる現象……だと良いね」

 この意味深な一言に、女性は頭の中に疑問符を浮かべる。

「は、はい?」

 変な声を出しながら、意味不明な一言を残す。
 少年は、呆れた表情で女性を見つめる。

「はぁ……じゃぁ、ちょっと問題。昨日の嵐は自然的現象?それとも、人の手が加わった現象?それとも……?」

 突然の問題に、女性は慌てる。
 5秒くらい考えて、素直に、

「嵐は、自然的現象でしか起こらないですよね?」

 自信満々に言う。
 すると少年は、嘲笑(あざわら)うかのような表情をする。

「さすがだね。常識的な解答ありがとう。だけど、ちょっとつまんないね」

 モノクルを光らせて、偉そうに言葉を言う。
 女性は、この言葉の意味が分からなかった。

「じゃぁ、こっちの答えを言うね。昨日の嵐は、妖(あやかし)によって起こされたかもしれない」

 答えなのに、かもしれない。
 とても曖昧(あいまい)な言葉に、女性は苦虫を噛んだかのような表情を浮かべる。

「でも、規模的に風神(ふうじん)と雷神(らいじん)が起こしたとは、考えられない……もうちょっと、低級の妖かもね」

 錫杖の遊環を鳴らしながら、少年は言葉をたんたんと述べる。
 ただの嵐を、妖が起こしたかもしれないと考える頭。
 女性は、思わずこんな言葉を投げつける。

「どうして、そういう風に考えられるのですか?」

 微妙に、何を言いたいのか分からない言葉。
 だが、少年はモノクルを光らせて、

「英雄欺人(えいゆうぎじん)。こちらは少々おかしいからね」

 一言呟きこの村を後にする少年。
 女性は、深い溜息をして後を追う。


            ○


 とても気持ちのよい草原。
 昨日の嵐が嘘のようだった。
 だが、至る所に木が倒れているのを見ると、やはり嵐は起こったのだな。と、考えさせられる。
 街道には、大量の水たまり。
 歩くたびに泥だらけになりそうな場所。
 あまり歩きたくなかった。
 そんな街道に、先程の女性と少年が歩いていた。
 2人は下駄を鳴らし、泥水を飛ばしながら歩いていた。
 当然、それはお互いの和服につく。
 すると、女性がモノクルを触りながら、

「飛んだ方が良いと思いますよ?」

 と、気遣って一言言う。
 泥で汚れるのは自分だけで良い。
 そんな思いが詰まっていた。
 だが、少年はそれを払いのけるように、モノクルを光らせて、言葉を返す。

「それは、無理なお願いだね。飛んだ方が良いって簡単に言うけど、実は体力の消耗激しいんだよ?それに、君だけが泥だらけになるのは、ちょっとね……」

 柔和な表情をして、女性に言葉を言う。
 1人だけ泥だらけになるのは見ていられない。それなら、自分も泥だらけになる。
 そんな思いが詰まっていた。
 ちなみに、空を飛ぶという行動はあまり体力を消費しない。むしろ、歩くより快適である。
 ——————偉そうに物事を言っている割には、とても優しい心を持っている。
 女性は微笑む。

「ふふ……ありがとうございます」

 突然お礼。
 少年は、特に慌てず翼をゆっくり羽ばたかせながら、

「お礼を言われる程のことじゃないよ。当たり前なんだからね」

 素っ気なく言う。
 本当に、口上手である。一体、どこで何をすればこんな能力がつくのだろうか。
 ——————不意に、少年の足を止まる。
 それにつられて、女性も足を止めて、ある方向を見つめる。
 草原にたたずむ、人の影。
 遠くに居るはずなのに、どこか野生の雰囲気を漂わせていたのがすぐに分かった。
 すると、少年は遊環を鳴らして、

「行くよ」

 と、草原の中に足を踏み入れる。
 女性は、モノクルを触りながら、後をついて行く。
 いざ、その人の近くに来ると、本当に野生で育ったような体つきをしていた。
 髪の毛は漆黒という言葉が似合うくらい黒く、肩につくくらい長かった。前髪も目にかかるくらい長く、なぜか一部が蒼色だった。
 頭には、ふさふさした2つの耳と1本の尻尾があり、瞳は血を連想させるくらいに、紅かい。
 和服を着た男性。いや、少年と言った方が良いだろう。非常に、野生臭さが残る雰囲気を漂わせていた。
 その証拠に、鋭い爪と牙が心象的だったからだ。
 すると、少年は遊環を鳴らして、野生の少年に尋ねる。

「君は、何をやっているんだい?」

 なぜか、嘲笑うかのような表情で言葉を言う。
 野生の少年は、鋭い眼光で2人を凝視する。
 その目は、恐ろしい中にどこか、冷たさも感じ取れた。
 そして、抑揚のない口調で、

「僕は、ただ妖を待っているだけ。黙ってくれるかな?」

 冷たく言葉を飛ばす。
 野生の少年の口からは、妖という言葉が出てくる。
 これには、モノクルを光らせてさらに質問する。

「へぇ……君みたいな若い犬少年が、妖を求めるなんてね」

 そう言っているあなたも少年。と、女性は横から心の中で突っ込みを入れる。
 それを読み取ったように、野生の少年は、

「君も鳥少年だよね。自分の年齢も分からないのかな?」

 やっぱり抑揚のない冷たい口調で言う。
 鳥少年の堪忍袋は切れたのか、錫杖を構えて鋭い眼光を浴びせる。

「君。昇天(しょうてん)する?」

 この世から、強敵にあの世へ送る昇天。
 けっこう冗談ではない口調で、鳥少年は言う。
 だが、そんなものを恐れず、野生の少年は抵抗する。

「その綺麗な首元……噛みつかれたいのかな?」

 2人の相性は最悪だった。
 放っておくと、殺し合いになりかねない雰囲気だったので、女性はわざと咳払いをして、間に入る。

「まぁまぁ……争ったところで、良いことはありませんよ。ここは、穏便に話し合いでもしましょうか」

 女性は、どこか柔和な表情で呟く。
 さらに続けざまに、

「私は箕兎 琴葉(みと ことは)。こちらに居るのは天鳥船 楠崎(あめのとりふね くすざき)と言います」

 自分たちの名前を名乗る。
 楠崎は、どこかふに落ちない表情で、モノクルを光らせていた。

「僕は淋蘭(りんらん)。名乗って早々悪いんだけど、君がこの少年の肩代わりかな?」

 そう言って、鋭い爪を構える淋蘭。
 どうやら、標的は琴葉に変更していた。
 だが、彼女は手に持っている弓を構えず、ただただじっと見つめる。
 ——————冷たい淋蘭の目つきに負けないくらい、冷たい瞳で。

「ふ〜ん。君、けっこうやるね」

 淋蘭は、琴葉の瞳に思わず言葉を漏らす。
 楠崎は、なぜか眉間にしわを寄せて、そのやりとりを聞いていた。

「私の命で、楠崎が助かるなら軽いです。この方は、将来大物になる人なんですからね」

 琴葉の言葉に、楠崎は遊環を強く鳴らす。

「琴葉。その言葉は嬉しいけど。こっちは、君が居ないと困るんだよね。勝手に死ぬのは許さないよ」

 この科白(せりふ)に、琴葉は思わず胸を躍らせる。
 楠崎は、本当に彼女の事を大事に思っていることが、これで判断できるからだ。
 すると、淋蘭は冷たい眼光と口調で、

「君は、こんなにも冷たい彼女を墨守(ぼくしゅ)するんだね。僕にはできないや」

 言葉を述べる。
 琴葉は冷たい。そう言われた彼女はどこか頭を悩ませる。

「私は冷たい……冷たい兎……?いや、そんなことない……そんな……いや、違う……私は冷たい……冷たい兎……この弓も……あぁ……」
「琴葉!?」

 楠崎が叫んだ瞬間、琴葉はその場に倒れてしまった。
 荒い呼吸、酷い汗、彼女の体は脆弱(ぜいじゃく)しているようだった。
 それでも、淋蘭は冷たい表情を崩さなかった。

「なんか、僕の気が変わったよ。鼎談(ていだん)するのも馬鹿らしい。邪魔さえしなければ命は取らないであげる」

 この言葉を言い終わった瞬間、淋蘭はこの場を颯爽と後にする。
 楠崎は、苦虫を噛んだかのような表情をして、倒れている琴葉の傍へ向かう。
 首につながれている、お札かお守りは今だけ変な感じがした。


            ○


「ひぃ〜!お助けくだ……」

 男がそう叫ぶと、右胸に矢が刺さる。
 それは、体から貫通して、鏃(やじり)が丸見えだった。
 近くには、大きな弓を持っていて、長い耳が印象的な女性が居た。

「目的……達成……」

 冷たい瞳と冷たい言葉。
 見つめられただけで、背筋が凍るような威圧感。
 女性は、この場を後にしようとする——————

「おぉ〜……派手にやらかしたのぉ〜」

 不意に、声が聞こえてきた。
 女性は、耳をピクリと動かして、その方向を見つめる。
 そこには、とても綺麗で美しい女性が拱手をしながら立っていた。
 頭には、ふさふさした2つの耳があり、黄金に輝く金色の尻尾が9本もあった。
 髪の毛も、黄金に輝く金色で、腰くらいまである長さだった。
 巫女服に包んだ体は、とても神々しくて、思わず頭を下げたくなる。
 さらにその姿は、非常に女々しく、おしとやかで、艶めかしかった。

「これくらい、目的の為なら……私は黙って人を殺すのみ……」

 相変わらず、冷たい目つきと言葉で九尾の女性に言う。

「その心意気、わらわは評価するぞ。だが、世の中それではいかんぞぉ……」
「ふんっ……」

 耳の長い女性は、九尾の女性の言葉を鼻で笑って流す。
 そして、この場を後にした。
 残された九尾の狐は、右胸に矢が刺さった男を見つめる。
 頭にはふさふさした耳など一切なく、尻尾もなかった。
 ——————言うなれば、人間。

「わらわの部下は、ちょっと問題があるのぉ……冷たい兎、戦闘狂の狼、そして力のない狐……」

 深い溜息をして、九尾の狐は右手で指を鳴らす——————
 男は、橙色に輝く炎に焼かれる。
 とても火力のある狐火だった。

「じゃが、部下の瑕疵(かし)ぐらいわらわが支えなければ、立派な九尾の狐とは言えないか……」

 そう小さく呟き、九尾の女性はこの場を後にする。
 燃え盛る男は、いつの間にか骨しか残っていなかった——————


            ○


 とても気持ちのよい草原——————ではなかった。
 風も吹き、空は今にも雨が降りそうな雰囲気である。
 そんな中、手頃な木の影に楠崎が座っており、本を器用に左手だけで読んでいた。
 隣には、眠っているか気絶しているか分からない琴葉。
 ——————小さな唸り声を上げる。
 楠崎は、彼女の左手を右手でぎゅっと握る。
 琴葉は安堵の表情を浮かべる。
 さらに、少年は自分の大きな翼を、毛布のように琴葉の体にかける。
 普段は偉そうだけど、いざとなったら優しい楠崎。
 乃至(ないし)、彼女だけに優しいのか——————
 それはさておき、天気はどんどん悪くなってきている。
 楠崎は、空を見上げて、懐に本をしまう。
 そこら辺に置いてあった錫杖を持ち、いつでもどこかへ行けるように準備をする。
 一瞬、外が真っ白になる。
 そして、空から大きな雷が鳴った。
 音の大きさから、自分たちと雷の距離は近かった。
 同時に、雨も降り始める。
 すると、隣に居る琴葉は目を覚ます。

「あ、あれ……私は……?」

 自分がどういう状況上に居るのか、頭の中で整理出来なかった。
 楠崎は、その場で立ち上がり、

「行くよ。琴葉」

 容赦ない言葉を飛ばす。
 琴葉は、とりあえず小さく頷き、少年の後を追う。


            ○


 雨は、2人の体を襲う。
 和傘もささないで、ひたすら草原を歩き回る。
 琴葉の、白くて長い髪の毛が濡れて、やや艶めかしい雰囲気を漂わせる。
 同じく、楠崎の黒髪も濡れて、少年なのにやはり艶めかしい雰囲気を出していた。
 また、一瞬外が真っ白になる。
 再び、雷が鳴る。
 だが、今度は違った——————
 なんと、雷は何もない広大な草原に、落ちた。
 普通、高い木などに落ちるはずなのに、草原に落ちた。
 楠崎は、なぜか雷が落ちた場所へ、大急ぎで向かう。
 ——————獲物を確認したかのように。
 いざ、草原に来てみると、そこには雷が落ちた形跡しかなかった。
 一部の草が焼け焦げて、その臭いが鼻に入る。
 ——————「僕の邪魔をしないでと言ったのに、理解できなかったのかな?」
 不意に、背後から声が聞こえてきた。
 血を連想させるくらい紅い瞳と野生臭さが残る少年。
 そう、淋蘭だった。
 すると、楠崎はどこか嘲笑うかのように言葉を飛ばす。

「なるほどね。分かったよ。こちらは君の邪魔をしないと約束する」

 意外とあっさり、身を引いた少年。
 淋蘭は、少し頭の中に疑問符を浮かべたが、特に深追いはしなかった。
 琴葉は、ただただその様子を見守ることしかできなかった。
 ——————どこか、恐ろしい気配を感じる。
 淋蘭と琴葉は、耳をピクリと動かし、楠崎は翼を動かして、辺りを警戒するように見回す。
 すると、淋蘭は途端に四つん這いになる。その姿は、本当の獣のようだった。
 ——————ウオーン。
 遠くから、狼の遠吠えが聞こえてきた。
 しかし、淋蘭は怯むことなく、その場にじっとしていた。
 むしろ、それを待っていました。と、言わんばかりの表情。
 草原を駆ける足音——————
 淋蘭は、足音が聞こえた方向へ体を振り向かせ、同じく颯爽と草原を駆ける。
 そして、淋蘭と何かはほぼ同時のタイミングで鋭角上に跳ぶ——————
 琴葉と楠崎の目には、野生臭い淋蘭と金色の毛皮で身を包む狼が映っていた。
 金色の狼をよく見ると、足はなぜか6本もあり、尻尾は3本もあった。
 明らかに、狼ではなかった。
 お互いの鋭い爪が当たり、その音が草原に響く。
 意外と、実力は同じだった。

「あの、私たちは指を咥えて見ているだけで良いのですか?」
「良いんじゃない?あっちが邪魔をするなって言っているんだから。それに、少しくらい痛い目に合わせないとね」

 やっぱり、嘲笑うかのような顔つきで科白を言う楠崎。
 琴葉は、モノクルを触りながら、1人と1匹の様子を見る。
 淋蘭は、金色の狼へ颯爽と向かい、鋭い爪で斬り裂く。
 だが、電光石火の如くそれを回避する。
 狼には決して出せない、瞬発力と速さ。
 これには、口元上げて一言、

「やっぱり、そう簡単にはやられないよね。だけど、ここで退治しないと……」

 淋蘭は、冷たい表情の中に、どこか懸命な表情を浮かべる。
 楠崎は眉を動かして、その言葉の意味を咀嚼(そしゃく)するように考える。
 金色の狼は、鋭い牙を出し、雷の速さで淋蘭に噛みつく——————
 すると、淋蘭は自分の左腕を出して、わざと金色の狼に噛みつかせる。
 これにより、相手の動きが一瞬止まる。
 その隙をついて、淋蘭は右手の鋭い爪で思いっきり斬り裂く——————
 とても、手応えがあった。
 自分の左腕と引き換えの、捨て身の技。
 上手い具合に決まった。
 淋蘭は、口元を上げてどこかやってやったような表情をする。
 あの、冷たい表情は今だけなかった——————
 しかしその瞬間、金色の狼は何事もなかったかのように、淋蘭の傍を離れる。
 よく見てみると、爪で斬り裂いた場所からは、血という物が全く出ていなかった。
 もっと言えば、無傷に近かった。
 淋蘭は、左腕を押さえて唖然とする。
 もちろん、それを見ていた琴葉も同じだった。

「そ、そんな……」

 思わず、言葉を漏らす。
 不意に、遊環の音が聞こえてくる。

「さて、これで分かってもらえたかな?雷獣(らいじゅう)は、どう頑張っても退治できないことに」

 楠崎は、翼を広げて言葉を言う。
 その瞬間、金色の狼は颯爽とどこかへ逃げだす。
 もちろん、淋蘭は追いかけようとする——————

「無駄な努力だね。本当に、見ていて面白いよ」

 今までにないくらいに、馬鹿にしたような口調で言葉を飛ばす楠崎。
 当然、淋蘭は冷たい表情で少年を見つめる。

「君。黙るという単語をお知りかな?」

 馬鹿にされたのだから、こちらも対抗して、今までにないくらい馬鹿にする。
 楠崎は、なぜか口元を上げて笑った。

「愚かだね。雷獣について何も知らないちょっと鍛えた一般人。本当に、滑稽(こっけい)だよ」

 淋蘭は、右手の爪を鋭く輝かせる。
 今にも殺してしまいそうな眼光。
 琴葉は、慌てて言葉を言う。

「雷獣というのは、一体なんでしょうか?」

 とりあえず、楠崎が何を言いたいのかを、言わせた方が良いと判断しての、言葉だと思う。

「じゃぁ、教えてあげるよ。雷獣……確かに、こいつは妖だよ。でもね、そんじゃそこらの妖とは違うんだよね……雷獣は……大きな雷と共に生まれ、辺りを嵐にする。そう、こいつは自然の現象と言っても良いんだ」

 淋蘭は、思わずぎょっとする。
 自分が今、退治しようとした妖は、自然だからだ。
 人が絶対に勝てない物。それが自然。
 つまり、雷獣は退治できないのだ。

「なるほど……つまり、雷獣は自然と同じく、勝手に居なくなるんですね」

 モノクルを光らせて、口元上げる。
 その通り。と、言うように。

「こちらの考えだけど、君はあの妖を退治すれば、嵐がなくなると思ったんでしょ?そうすれば、人々が絶望に陥る回数が少なくなる。その気持ちは、大いに評価するよ。でもね、嵐はどう頑張っても止められないんだよ?」

 楠崎の言葉に、淋蘭はその場に座り込む。
 いままで、自分は何をやっていたんだ。そんな雰囲気を漂わせていた。

「僕は……嵐で絶望する人々を見たくないんだよね。だから、自然を嫌った……自然に冷たくなった……」

 冷たい表情。冷たい言葉。それは全て、自然を嫌ったから生まれてしまった。
 だけど、その嫌いな自然は自分の手で変えることはできないと、今発覚する。
 淋蘭は、呆然とする。
 すると、楠崎は遊環を鳴らし、

「自然災害が起こることは仕方ない。だけど、起こった後が重要だと思うよ。人的二次災害を起こさないようにする。援助をする。これだけは、根本的な原因を消せない。なら、起こった後で頑張れば良い。君なら、絶対に出来る」

 どこか諭すように言葉を呟く。
 すると、横に居た琴葉はモノクルを触りながら、

「そうですね。あっ、ちょっと私近くの村の手伝いをしてきます」

 と、明るく言ってこの場を後にする。
 残された淋蘭と楠崎は、無言で見つめ合う。
 その目には、殺伐とした感じはなかった——————
 そして、淋蘭はその場で立ちあがると、小さく言葉を呟く。

「僕も行くよ」

 草原を後にして、村へ向かう。
 最後に残された楠崎は、モノクルを光らせて、

「人は、自然に生かされている。自然があるから、人が居る。そう考えれば、自然災害というのは、調子に乗った人へ罰を送るものなのかもね……」

 そう呟き、2人の後を追う。
 実際に、今は家を建てるために、かなり木を伐採している。
 そして、無駄になった木はそこら辺に捨てられている。
 だが、人々はそれをなんとも思っていない。つまり、注意をする者が居ないという事。
 では、誰が注意をするか、そう。自然だ。
 人は、自然によって生きている。つまり感謝しないといけない存在。
 それなのに、人は感謝する所か、偉そうにしている。
 自分たちは自然と共にすごしている。それを自覚させるために、度々(たびたび)自然災害を起こす。
 雷獣は、自然の怒りを形で表した、妖なのかもしれない。
 不意に、大きな雷が鳴る。
 しかし、その雷はどこか金色に輝いていた。
 見方を変えれば、その雷は天に昇っているようにも見える。

 まるで、雷獣がひと仕事を終えて、帰るための道を作るかのように——————