複雑・ファジー小説
- Re: 妖怪を払えない道士【第二十二夜開始】 ( No.113 )
- 日時: 2011/08/19 17:25
- 名前: 王翔 (ID: FzVK5xRK)
第二十二夜 前編
「おはようなのじゃ」
朝、まだ日が昇りきってなく薄暗い時間帯に珍しく目が覚め、台所に行くと莉子が鍋でぐつぐつと何かを煮つつ、尻尾を
振りながら笑顔で挨拶してくれる。
「お、おはよう。こんな時間から起きてたのか」
「うむ。習慣でのぅ」
「そうなのか……」
「どうしたのじゃ千羅? 何やら浮かない顔をしているが……」
莉子は不思議そうにこちらを見ながら首を捻った。
どうやら顔に出ていたらしい。
隠したところでどうにもならないだろうし、話すことにする。
「その……今日も妖怪退治なんだが……その倒す妖怪と言うのが──」
「うむ?」
「──母上を殺した妖怪なんだ」
「何と……」
莉子は難しい表情をして、尻尾を振るのをやめる。
そして、おずおずとした様子でこちらを見ながら尋ねてくる。
「その仕事……断らんのか? 無理はよくないのじゃ」
「いや、無理なんか……」
「千羅、ずっと顔色が良くないのじゃ」
「大丈夫だ」
私は莉子に対して、あくまで淡々とした様子を装って答える。
内心は、断って逃げたいと思うこともある。あれほど強かった母を殺したほどの妖怪だ。それに、母を殺した妖怪を相手に
まともに戦える自信もない。
だが、その反面、母の仇を討ちたいという思いもある。
行くしかない。
「何とかなる……」
ぽつりと呟いた。
いまだに莉子は困ったような表情で私を見つめていた。
★
今日、退治するのは千剣神と呼ばれる妖怪だ。
名前の通り千本の剣を使う妖怪で、かなりの強敵だ。
目的地に向かうべく、いつもとは違う大きな森を歩いていた。
朝だというのに、もう日が暮れてしまったかと思うほど漆黒の闇に包まれ、木々や草が大量に生い茂り、視界が悪い。
「千剣神か……」
闇鴉が珍しく複雑そうな表情でぽつりと呟いた。
いつものような暢気な様子はまるでない。
珍しいな……何か、関わりがあるんだろうか……
そう思いながらも聞かないことにした。
森の奥まで進むと、どこか不気味な雰囲気を漂わせる洞窟の今にも崩れそうかと思うほど不安定な入り口があった。
一瞬足を止めたが、すぐに気を引き締め、足を踏み入れた。
薄暗く、ひんやりとした空気が身体を冷やすなかごつごつした岩や石で埋め尽くされた緩やかな坂を下った。
歩き続けると大きな空間に到達した。
中央に目を向けると、顔に仮面をつけ、数え切れないほどの剣を携えている者がいた。
あれが、千剣神か。
千剣神は、こちらに気づくと無数の剣を構え、疾走する。
一瞬で目の前に現れ、剣が振り下ろされる。
金属がぶつかり合う衝撃音が響き渡り、火花が散る。
さっと後退し、体勢を整える。
「……千羅ちゃん」
「何だ?」
闇鴉は、いつもとは違う真剣な表情で声をかけてきた。
一体、どうしたんだ?
疑問でならなかった。
「千剣神と戦うのはやめた方がいいよ。今すぐ逃げた方が──」
「何を言ってるんだ? 私は、あれを倒さなければ……」
「まっ……」
私は闇鴉の言葉に耳を貸さず、千剣神の元へ向かった。
銃を構え、引き金を引く。
しかし、銃弾はいとも簡単に剣で弾かれてしまった。
「くそ……」
そう呟いた瞬間、千剣神が笑ったような気がした。
はっとした時にはもう遅く、無数の剣が目の前にあった。
嫌な音が聞こえ、自分の身体がひどく痛む。
剣が、胸を貫いていた。
「……っ!」
剣が引き抜かれると、その場に倒れるしかなかった。
視界がぼやけ、声も出ない。
死ぬのか……? 母上と同じように……
もう感覚すらなくなってきていた。
「今度は助けるよ」
近くで声が聞こえる……
「千羅ちゃん、何で妖怪が人間と恋をするのを嫌がるか知ってる?」
もう何も考えられなくて、聞こえる言葉をただ聞いていた。
「だって、妖怪は不死だから……妖怪にとっては、人間の人生ってわずかな時間なんだよね。ちょっとしか一緒にいられない。
もう一つが今回重要なんだけどね……これは、絶対助からないようなものでも治せるんだけど、それをやった妖怪に寿命に人間と同じく制限ができちゃうんだよねぇ」
何かが唇に触れたような気がした。