複雑・ファジー小説

Re: 妖怪を払えない道士【第二十三夜開始】 ( No.135 )
日時: 2011/08/24 19:18
名前: 王翔 (ID: oShmi/gg)

第二十三夜 前編



 私はいつもより早く目を覚まし、台所へ赴くと朝ご飯の支度に取り掛かった。
 鍋を用意して、豆腐やたまねぎなどを細かく切っていく。
 何ともはかどらない。
 思わず嘆息した。
 …………。
 闇鴉は母上のことが好きだったのか……。
 私の知らないことは、数え切れないほどあったんだな。
 家族でも、知らなかった。
 私は、母上のことを全て知っているわけではなかった。
 思えば、知らないことの方が多いのかもしれない。
 母上が子供の頃、どんな風だったとか……全然知らない。
 今となっては母上に聞くこともできないわけで、詳しいことは知ることができない。
 父上ならよく知っているだろうが、母上しか知らないこともあったはずだ。
 今更になって、母上がどんな人だったのか知りたくなった。
 
「……無理か」
「どうしたの、千羅ちゃん?」
「……夜月か。何の用だ……?」
「何の用って言われてもね〜。様子を見に来たってことでいいかな〜?」

 闇鴉は能天気な様子で、いい加減な返答をした。
 私は、特に話すことが思いつかず、豆腐を鍋に入れる。
 闇鴉は隣でにこにこしながら、こちらの様子を見ているでけで特に何も行動することはない。
 
「ねえねえ、千羅ちゃん。千羅ちゃんは──」
「何だ?」
「妖怪を退治するのと、妖怪と仲良くするの、どっちの方が好き?」
「え……?」

 唐突な質問だった。
 思えば、そんなことは一度も考えたことがなかった。
 退治するのか、仲良くするのか……どっちが好きかと聞かれても答えが出ない。
 確かに道士を目指して妖怪を倒しているが──……。
 闇鴉は、考え込む私の様子を見て苦笑いを浮かべた。

「ああ、ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「いや……」

 結局、私は答えを出すことができなかった。
 悪い妖怪を退治するのがいいのか、害のない妖怪と仲良くするのがいいのか。








                     ◆





 散歩でもしようと外へ出た。
 透き通った青色の鮮やかな空を白い煙のような雲がゆっくりと泳いでいた。
 明るく情熱的に輝く太陽は、じりじりとまるで地面を焦がしてしまうのではないかと思うほど強く照り付けていた。
 汗を着物の裾で拭いつつ、広い緑濃い草原を歩き続けた。
 たまに吹き抜ける風の塊が心地よい。
 
「こんにちは」

 その声を聞いた時には、遅かった。
 自分の背後……何者かが立っているのを感じ取った。
 背中にわずかに触れる刃物の感触。
 ……油断していた。
 私は振り向いて相手の姿を確認した。
 長い流れるような黒髪を腰あたりまでたらし、真っ赤な着物を身に纏い、鎌を持つ女──鎌女だ。
 背中に鎌の刃を突きつけられている以上、迂闊に動くことはできない。
 どうするべきか……。
 あれこれ試行錯誤を繰り返していると鎌女が愉快そうに口を開いた。

「あら、あなた……あの女に似てるわね」
「は……?」
「名前は確か……羅宣だったかしら」
「母上を知っているのか……?」
「ええ。私を退治しに来たことがあって、逃げ切ったけどねぇ」
「フフフ、あなたも強いのかしら? なら、私を楽しませてちょうだい?」

 鎌女は、不気味に笑いながら私の背中に突きつけていた鎌を下げた。
 私はすぐさま、一定の距離を取り、銃を構えた。
 引き金を引くと、銃弾が放たれる。
 鎌女は、鎌で銃弾を弾き返し、後退する。
 そして、鎌女が鎌を振り上げて疾走する。
 攻撃を防ぐために、受身の体勢を取ったのだが──鎌女は、鎌を放り投げた。

「は……?」

 どういうわけだ?
 状況が理解できずに、咄嗟に思考を巡らせるが、やはり理解できない。