複雑・ファジー小説

Re: 妖怪を払えない道士 ( No.2 )
日時: 2011/08/05 18:40
名前: 王翔 (ID: uel54i.x)

 
第一夜 (修正済み)






 淡い月の光だけが地上を照らし出す星の見えない夜だった。
 木々がうっそうと生い茂り、草花が咲き誇る闇の濃い森のなかをひたすら走っていた。
 全力で走り続け、もう一時間ぐらいになるだろうか。
 私は息が苦しくならないようにと一定の感覚で息をする。
 不規則に並ぶ邪魔な木々をうまくかわしながら、追っていた。
 妖怪を───。
 私が追い続けている妖怪は人の姿をしていてその背には大きな夜を連想させる漆黒の羽を生やしている。
 闇鴉という、不吉を呼ぶ妖怪だ。その姿は優しそうな青年ではあるが、近づいた者に闇の風を浴びせ相手の
最も優れている力をたちまち奪ってしまう。
 最も優れている能力……例えば画家なら絵を描く能力……道士なら妖怪を払うための力……。
 追っても一向に追いつける気配がない。
「早い……」
 ここまで退治に時間がかかるのは初めてのことであり、私は固唾を呑んだ。
 なぜこんなに早いんだ? 妖怪に追いつくまでここまで時間がかかることなんてなかった。
 流石に息が上がってきて足はだるくなり、休みたいと思ったがそれはできない。コイツさえ倒してしまえばあれだけ
夢見た大道士になれるんだ。
 あと、一匹なんだ───。逃がすわけにはいかない。
「止まれ、闇鴉!」
 私は足を止めていつも愛用している銀色の金の装飾が施された銃を構え、大声を張り上げた。
 この銃は私の力を注ぎ込んだものでこの銃による攻撃を受けた妖怪は消滅する。
 意外にもあっさりと闇鴉は足を止め、こちらに振り向くとまるで嬉しいことでもあったかのようににこりと
微笑んだ。
「何かな〜」
 緊張感のない声を闇鴉は夜風に溶け込ませる。
 何なんだ、コイツは……
 私は思わず眉をひそめるが迷わず引き金を引いた。
 その瞬間、闇鴉がばっと大きな羽を広げ、空高く舞い上がる。
「外した……」
 そう呟いた時、闇鴉が目にも見えないような速さで舞い降りて大きな風を巻き起こす。
「……!」
 その風を浴びた瞬間、ぞくりと悪寒が走った。何とも言えない恐怖なのか何なのか分からないものが
身体の奥から這い上がってくるような感覚に囚われた。
 それを振り払うように銃の引き金を引き、白い光がまっすぐ綺麗な軌跡を描きながら闇鴉の胸に命中する。
「え……?」
 私は思わず声を漏らし、冷や汗を流した。
 確かに命中したはずなのに、闇鴉は消滅することなく目の前に何事もなかったかのように存在しているのだ。
「どうなって……」
「知らなかったかな〜? 僕の力」
 闇鴉は心底楽しそうに笑い、手をくるくる回している。
 ゆっくりと思い出す。闇鴉の力は──相手の力を奪うこと。
 つまり、私は力を奪われたのだ。
 これでは憧れの大道士にもなれないし、妖怪が払えないなら道士でいられるかどうかすら分からない。
 夢が壊されていく。心のなかで夢見て積み上げられてきたものが音もなく崩れていくような不気味な感覚を
感じる。
「嘘だろう……? お前のせいで……私は道士じゃいられなくなる……! どうしてくれるんだ!」
 妖怪に人の心が理解できないのは分かってはいたが私はそう言ってその場に膝をつき、うなだれた。
 闇鴉はしばらくキョトンとしていた。
 やがて……
「助けて、あげようか?」