複雑・ファジー小説
- Re: 妖怪を払えない道士【第十七夜前編完成】 ( No.59 )
- 日時: 2011/07/26 14:49
- 名前: 王翔 (ID: CW8ddSGz)
- 参照: http://loda.jp/kakiko/?id
第十七夜 後編
「久しぶりね、古我。あなたのこと、待っていたのよ?」
嬉しそうな表情でそう言う雪娘に対し、俺は鎌を構えた──────
雪娘は、寂しそうな顔になり、じっと俺の持つ鎌を見つめて呟いた。
「そう……いよいよ、今日なのね?私が殺されるのは」
「残念ながら」
俺は、表情を変えまいと地面に積もった雪を凝視した。
雪は眩しいくらい白く輝いていて、見つめても目を疲れさせるだけだった。
俺は、顔を上げ雪娘の姿を見据えた。
今なお留まることを知らない吹雪の中心で雪娘は、微笑んでいた。
それは、とても優しい表情で美しかった。
何も言わず、動かずにいると不意に沙残がポンポンと軽く叩いてきた。
何事かと視線を落とすと、メモ帳を目の前に突きつけられる。
『いつまで 立っている? まだ 退治 しないの 』
「…………」
はっとした。
そうだ、退治をしに来たんだ。
うっかり忘れるところだった……倒さなければならない。
だが、いざ動こうとしても迷いが生まれてしまう。
殺さなければならない。
「古我、早く私を殺して」
「……分かっている」
そう返事をしたものの、すぐに行動に移すことはできない。
「お願い、早く殺して……私、もう耐えられないの。抑えることができない。このままだと、暴れだして多くの人を殺してしまう」
「どうした……?」
何があったと言うんだ。
違和感があった。
決定的に、今までの雪娘と何かが違う。
違和感を感じた。それも、悪い意味で────────
雪娘は、苦しそうに頭を抱えた。
「道士が……金と銀の札をもった道士が………私をっ……悪者にしようと………」
金と銀の札を持った道士……
この前、龍然と言う妖怪も言っていた。
何だ…………道士が何をしたと?
道士が、一体何をやらかしていると言うんだ?
「道士が……あの、道士が………」
「おい、一体どうし───────」
問いただそうとした瞬間────────雪娘は、氷の剣で俺の胴体を貫いていた。
「なっ……!?」
驚愕した。
一体、なぜ急に────
雪娘が氷の剣を抜くと、赤い血が滴り落ち、真っ白な雪を赤く染める。
雪娘は、さらに剣を振りかざす。
キン!
鎌で受け止め、力任せに振り払った。
雪娘は、よろめきながら座り込む。
そして、怯えるような表情で、
「どうして……私、どうして、こんなことを……きっと、あの道士のせい……あの道士が、私をおかしくしたのよ………………
やめて、私……古我のこと傷付けたくないのに……お願い、早く殺して……私、これ以上あなたを傷つけたくない」
「何だ?一体、何があったんだ」
疑問が消えない。
道士が何かしたとは分かったが、一体何を……
それが気になって、刺された傷の痛みなど忘れていた。
「そ、それは……言えないの。呪いで───」
その時、雪娘の瞳が鋭く光る。
それはまるで、もう美しい女性ではなく、血を求める妖怪の目だった。
──────天斬
それは、声ではなかった。
脳に直接語りかけるような何かが頭に響いた。
沙残が、青色に染まった小刀を雪娘に振り下ろす。
青い光が顕現し、雪娘の身体を焼く。
「ああああ!何を……人間…殺さなければ……」
雪娘は、焼け付いた身体でよろよろ起きあがる。
俺は、鎌を雪娘に向けた。
倒さなければならない。
それが、雪娘の願いだ。
『その時は、あなたが私を殺してね』
脳裏にその言葉が浮かぶ。
きっと、一生記憶に焼きついて消えることはないだろう。
やるしかない。
雪娘が、氷の剣を構えて疾走してくる。
俺は、それをかわし、鎌を振るい、雪娘の左腕を斬りつけた。
すると、雪娘の左腕は身体から切り離され、ぽとりと雪の上に落ち、左腕がなくなった箇所からは大量の血が溢れ出す。
常人なら、とても見ていられないものだろう。
「に、にん、げ、ん……よくも、よくも……」
それはもう、雪娘ではなかった。
俺は、悟った。やはり────────殺してやるべきだと。
こんな惨状で生きろと言う方が残酷だろう。
「雪麗……」
返事はない。
もはや自分の名も分からないか。
雪娘は、左腕がなくとも氷の剣を持ち、何か悪いものにとり憑かれたように向かってくる。
受け止めようと鎌を前に突き出す。
その瞬間、吹雪が目も開けていられない程強く自分に向かって吹いた。
思わず、目を閉じた。
氷の剣が胴体を深く斬りつける。
俺は、力なく仰向けに倒れた。
さらに、雪娘は氷の剣を俺の首を突きつける。
もう、何も分からないだろうか。
沙残が、小刀を雪娘に向けている。
「やめろ、沙残」
沙残は、納得がいかないようでこちらを睨む。
「お前も、人を助けないんだろう?」
「……!!」
沙残は、無表情になり、小刀をしまう。
「雪麗……分からないか」
「……」
「雪麗─────」
その時、雪麗の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「分からない……なぜ、あなたに剣を向けているのか……殺して」
「ああ……」
「さようなら」
起き上がって、鎌を拾うと、雪娘の首を刎ねた。
★
仕事を終え、帰り道を歩いた。
沙残がついて来る。
吹雪は止んでいた。
雪娘が消えたからだろう。
何の会話もなく、歩き続けた。
空は、先程までの吹雪が嘘だったかのように綺麗に晴れ渡っていた。
「さて……明日から何をするか……」