複雑・ファジー小説
- Re: あたし・事件簿(即興短編ものがたり) ( No.9 )
- 日時: 2011/08/20 22:43
- 名前: ゆかむらさき ◆gZKBI46muE (ID: 3rk1V4I1)
お父ちゃんの葬儀が終わったのに まだ信じられなかった。
あんなに元気なお父ちゃんが 何も言わずにあたしの前から思い出だけを残して消えてしまうなんて……。
「……待たせたね。 寂しかっただろ。 ただいま、いちこ。」
その言葉と一緒に キスをして、抱きしめてくれるのをあたしはずっと待っている。
きっとお母ちゃんのほうが、あたしよりも悲しい。
だって……あたしよりも お父ちゃんと一緒に過ごした時間が長いんだもん。
あたしは お母ちゃんの前では絶対泣かないようにした。
あたしの家から10軒ほど離れたところにある昔風のレトロな小料理屋がある。
そこは、(お母ちゃんのお兄さんの)親戚の伯父ちゃんが経営している。 お店のすぐとなりに 平屋建ての大きな家がある。 伯父ちゃんの家だ。
あたしとお母ちゃんは 今まで住んでいた家を出て、伯父ちゃんの家で一緒に暮らすことになった。
伯父ちゃんの家には あたしより二歳年上の(いとこの)健太郎くんがいる。 彼はあたしに いつも冷たくするひとで、あまり好きではなかったけれど、
「これからよろしくな。 何か困ったことがあったら 何でも俺に言ってくれな。」
と、温かい言葉で迎えてくれた。
お母ちゃん、伯父ちゃん、健太郎くんに迷惑をかけられない…………。
————あたしは 三週間ぶりに学校へ行った。
正直をいうと 伯父ちゃんの家じゃなく、思いっきり遠くに引っ越して 新しい学校で再スタートしたかった。
「……おはよう」
「あ、おはよう……いちこ。」
いつもはもっと話すのに 今朝交わした会話は これだけだった。
息苦しい…………。 みんな あたしのことを腫れものにさわるように扱う。
学校なんか……いきたくない……。
あたしの机の上に置いてある教科書がベタベタに濡れている。
(あ……れ……?)
あたしの目から止まることなくあふれだす涙に気がついた。
クラスのみんなの視線が一気にあたしに注ぐ……。
「すみません! 保健室で…………すこし休ませてください!」
あたしは教室を飛びだした。
(ここで すこし落ち着くまで……眠ろう。)
保健室のベッドの上で あたしは横になった。
———そういえば小さい頃からよく伯父ちゃんのお店に連れて行ってくれたお父ちゃん……。
伯父ちゃんのお店に入って お父ちゃんはかならずこう言う。
「こいつの すきそうなもの、何か適当に作ってくれ。」
そしてお父ちゃんは、伯父ちゃんが作ってくれた料理をほおばるあたしの姿をおつまみにして お酒を口につけて微笑んでいた。
あふれだす涙がとまらない……。
ここなら誰にも見られない。 もうこのさい涙が枯れるまで泣き尽しちゃおうと、あたしは頭のなかに今まで見てきたいろいろなお父ちゃんを呼びだした。
「ほら見ろ。 ……やっぱり佐倉 寝てるぜ。」
「!」
クラスのヤンキー牧野くんと滝沢くんがベッドのカーテンから顔を出してのぞいている。
「おい、滝沢……窓閉めろ。
ドアの鍵もだ。」
滝沢くんは 窓とドアの鍵を閉めた。
そして牧野くんがいきなりあたしの寝ているベッドに座り、布団の中に入ってきた。
「親父さん……死んだんだって? かわいそうに……
俺が なぐさめてやるからな…………」