複雑・ファジー小説

Re: ヒトクイジンシュ! ( No.2 )
日時: 2011/10/19 20:36
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: QwdVpVQe)
参照: 薬袋=みない

 見渡す限り、山。 そして、学校の敷地は嫌に広い。 校舎が無駄に大きくないのはありがたいが、無駄に大きくないだけで、その学校の校舎も生徒の人数に対応し、馬鹿にでかい。
 全校生徒3000人、田舎という割には馬鹿に生徒数が多い。 町とは離れた田舎の、無駄に多い土地を使っての校舎。
 そんな田舎に立っている学校は、築5年と新しい。
 その学校に通う、薬袋 隼は、強烈な熱光線を放つ太陽を恨めしく眺めていた。 そして、一定間隔で太陽光にやられた目を守るため、彼の本能が瞬きを繰り返している。
 そんな日の授業は、特にやる気が出ない。 冷房設備も整っているが、やれ電気不足だ。 節電だ。
 そんな無責任な大人たちのせいで起きた電気不足に振り回され、節電という名の真夏に冷房を一切使わないという拷問苦行にその原因を作った大人たちの代わりに耐えているところである。
 恐らく、その原因を作り出した大人たちは電気不足のこのご時世に、冷房の効いた照明のついた部屋で、パソコンなる電機を食う機械を操作し、疲れただのとほざいているのだろう。
 節電しろよと思う、実に不条理な世の中だ。

 「薬袋、この問題解いてみろ」

 先生が、暑さに倒れた彼をさして、黒板に答えを書かせる。
 えーと、何だったっけか?
 暑さにやられ、頭が働いていない彼にとっては更なる苦行。 適当に席を立つときに持ってきた教科書を目で追い、その式の公式を探し当てる。
 カッカッカと、チョークが黒板とぶつかる音の後、彼は公式に当てはめただけの『考えていない答え』を、ただただ書き続ける。

 「これで良いですよね」

 それだけ言い残すと、彼は席へと戻り、エンドレス。 再び太陽を恨めしそうに眺め始める。
 彼にとって、『答え』と、『解』は別物だ。 『答え』は、自分で考えて出すもの。 『解』は、特定の動作に当てはめて出た結果。
 彼は、その『解』に関しては天才的だった。 思考を経由せず、当てはめれば良いだけなのだから。

 授業終了のチャイム。 後に、また授業。
 それを3回繰り返し、帰りにHRがあり、そこでようやく、彼は自分から席を立った。
 彼自ら席を立つというのは、数少ない行動の内のひとつを実行するときにしか行われない。
 学校へ来て、帰るとき。 たった二度。 それ以外で席を立つといえば、授業のときくらいだ。 クラスでは、完全に浮いている。
 学年で、最も不気味な奴は誰か? と、聞けば確実に彼の名前が挙がる。
 成績は、学校トップ。 そして、授業態度は最悪。
 そんな彼も、人間らしい面が無いわけではない。 ただ、人見知りなだけ。

 校門を出て、帰宅途中。 陰になる『何か』も無く、ただ熱光線を浴び、汗を噴出す彼は、ただ黙々と帰路を辿る。
 田んぼの中の一本道。 道の脇に木の一本すらない。 あるのは、水田の中で半ば水に浸かりかけた稲だけ。
 そんな水戸を延々、辿る事20分。 彼とは逆方向。 人らしきものの影。
 恐らくは、熱中症だろう。 日陰はこの周囲には無いが、家はもう直ぐ。 さすがに、放置するわけにも行かない。

 「面倒だな。 おい、起きろよ。 起きろって」

 倒れている人間を、彼は乱暴にゆする。 反応は無い、ただの行き倒れのようだ。
 それを確認し、無言で自分の鞄の中をあさる。 取り出したのは冷却スプレーと、水。
 それを、彼は倒れていた人間に吹き付けると、水を口から流し込んだ。 だが、反応が無い。

 「……仕方ねえ」

 呆れ半ば、彼は鞄の持ち手を咥えると、その倒れていた人間を担ぎ、家へと向かった。

Re: ヒトクイジンシュ! ( No.3 )
日時: 2011/10/19 20:32
名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: QwdVpVQe)

 彼は『それ』を担ぐと、ただただ帰路を辿り始める。 家は見えている。 そんな距離があるわけでもない。
 目測で、300メートルといったところだろうか。 その間に、まるで当然とでも言うべき様子で建造物の陰はおろか、街路樹一本すらなく木陰も無い。
 いっそう、汗が噴出す。 だが、彼は歩みを止めない。
 まるで、何かに惹きつけられるかのように。 一歩、また一歩と歩みを進める。 そして、ようやく到着した。
 田んぼに囲まれた中の、小さな一軒家。 高校入学と同時、家族の転勤が決まり彼だけがここに残った結果。 今がある。
 軽く脱水を起こしながら、感覚のハッキリしない手で、ポケットを探る。 鍵を取り出し、戸に差し込んで回す。

 「あー……暑い……」

 背負っていた“それ”を玄関に下ろすと、彼は家の中に駆け込んでコップを手に取り、小さな冷蔵庫から製氷皿を取り出し出来かけの氷をその中に流し込んだ。
 薬缶に残っていた麦茶をそこに注ぎ、再び玄関へと戻る。 持って来た麦茶を、彼は“それ”の額に押し当てた。
 少し、“それ”は安堵の表情を浮かべ、商店の定まらない視界を無理にこじ開ける。 だが、“それ”は再び糸の切れた人形のように動か無くなった。
 ……死んだか? いや、息をしている。
 彼は麦茶をその場で飲み干すと、再び家の中に駆け込み、今度は小さなレジ袋を二つ重ねてその中に、残っていた製氷皿の氷と水道水を流し込んだ。 ちょっとした、氷嚢もどき。
 タオルで包み、玄関に横たわっている“それ”を家の中に運び込み布団を敷いて仰向けに寝かすとその額に氷嚢を乗せる。
 何だろう、凄い疲労感。 夏の日差しが、とても恨めしい。
 朝起きてそのままだったカーテンを閉めると、彼は扇風機の電源を入れた。
 節電なんて、知った事か。