複雑・ファジー小説

Re: DARK GAME=邪悪なゲーム= 3/22三章十四話完成 ( No.110 )
日時: 2012/05/12 11:15
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: NHSXMCvT)

三章十五話





「白石、琥珀……?」
「そうだ、俺のこと知ってんのか?」
「いや、知らねえけど。強いて言うなら八百で同じ組にそんな奴いたな、っていう感じ」

 いきなり声をかけられたというのに、臆することなく代介は言葉を返した。目の前に出てきたのは、彼の全く知らない人間。正直対応が面倒くさくてしょうがない。一応楓の知り合い、ということらしいが、当然のごとく代介にとって白石は、赤の他人だ。会話が合うはずもなく、何を話せば良いかも分かったものではない。あからさまに嫌そうな顔をして、早く帰って欲しいという雰囲気を出す。
 そういうオーラを察してくれたのか、白石は代介に前置きをしてから語りだした。もうすぐマイルの方にいかないといけないから、長々しい説明をする心配は無い、と。

「で、結局何の用だよ」
「……何なんだろうな。でも、このままでいいとは思っていない……。まあ、贖罪だな」
「ハア、いきなり出てきて、アンタ何言って……」
「俺、小学校時代のあいつの、同級生なんだ」








「うっし、楓緊張は取れたか?」
「はい、大体。他の試合を見た感じ、四走までに順位ってほとんど決まってるんですね」

 もうすでに、マイルは始まっていた。一組、二組、三組と進んで行くうちにちょっとずつ緊張のほぐれてきた楓は顔つきも変わっていた。冷たく凍りついたようなものから、少しだけ余裕が生まれてきていたのだ。それを見通したメンバーの一人が、声をかけた。案の定大分リラックスできているようで、ハキハキとした声音で答えが返ってきた。
 メンバーは、さっき楓を呼びに行った小西という先輩が一番目、次にもう一人二年生が二走を走り、三走に同級生の平谷、そして楓だ。楓は、その三人と比べると確かに微妙だが、それでも一歩学校を出て、一人の一年生としてみると、決して遅いとは言われない。五十四秒は一応切れる……筈。
 闇戯高校は最終組なので、他と比べると大分時間的な余裕がある。もうすでに、大半の学校は試合を終えている。残すところはもう残り二組のみとする。
 ガヤガヤとしているスタート地点で、黙々と準備をしている男子が一人、居た。楓の視線の先には、走者の中で唯一の一年のために会話に入りづらい、琥珀がいた。隣で先輩方が大盛り上がりしている横で、一人静かにスパイクに履き替えている。
 もう、彼の中には、恐怖はほとんど残っていなかった。

「絶対負けない、乗り越えるんだ。そういう期待、乗せられてんだろうなあ……」

 代介曰く、楓が何らかのトラウマを抱えているのは分かっているらしい。しかもそれは、代介一人に限ったことではなく竹永を筆頭として過半数の陸上部員に。
 何だかさらっと、トラウマってのは引きずるものじゃあなくて乗り越えるものだって、宣告されていた。誰にかと言われると分からない。昔に言われたはずなんだけど、誰に言われたのだろうか。父親だろうか、母親だろうか、はたまた全然違う人だろうか正直分からない。
 それでも、何だか暖かい感じがした。家族のような温もりで、やっぱりそれは母さんに言われてたのかな、と彼は思いなおした。

「っていうかあの人の訳がねえしな」

 途端にさっきまでの緊張はどこへやら、彼の表情は憎いものを見つめるように険悪になっていた。大嫌いな人間を頭のどこかに浮かべているようで話しかけづらい。
 だが、誰かに指摘されるどころか、チームメイトに見られる前に自分で抑制してみせた。緊張が抜けるのはいいことだが、周りにとって訳のわからぬ理由で顔をしかめ続けている訳にはいかない。
 覚悟を決め直すために、さっきの怒りの残像を心の支えにして琥珀を見つめてみせた。もう、何も感じてはいなかった。勝ちたい、それが今の楓の唯一の望みだった。

「よっしゃあ、行くぞ皆」

 この四人組の中でのキャプテンである小西が、三人に呼び掛けた。二走、三走の二人は慣れた様子で歩いていった。他の皆に合わせて軽く走って体を動かして、最後の調整をした楓は、琥珀のプレッシャーよりも試合のプレッシャー多く感じていた。
 だけど負ける訳にはいかなかった。しわがれ声が言った気がしたのだ、次のげえむまで、この世で最も邪悪なゲーム、現実を楽しめと。その声は、彼が何度思い返してみても、Deathの声でしかなかった。
 きっとあいつらは俺がどこかで、精神でもいいから、壊れることを願っているんだろう。そのように呟いて楓は昨日一日のことを思い返した。離れよう、近づきたくないと思っても宿命じみたように白石琥珀は楓のすぐ傍に来た。氷室だってそうだ。もうそろそろ、琥珀の方も楓に気付いているはずだと、楓自身も分かっていた。
 きっと、琥珀は自分同様にアンカーであり、同じタイミングでバトンは回ってくる。今までの流れから考えると、そっちの方がよっぽど自然な話だと思えてきた。
 考えている間に、小西を含む一走のメンバーが走りだした。不意に静寂を斬り裂いた発砲音と、それを皮切りに始まる応援の大合唱が耳を貫いた。スターティングブロック(スタート時に踏んづけてるあれです)を蹴りだした彼らの体は、電光石火という言葉がふさわしい速度で飛びだして行った。
 全員が全員、前傾姿勢で加速する。脚を回すスピードは目では追うには分かりにくい。その中でも抜きんでて早かったのは、小西……と、その隣の日向高校。
 日向といえばと、楓は思い出した。昨日、琥珀が怒らせ、なおかつ怒っていた女子の居る学校だ。もうすでに説明した通りの、不良高校で、今走っている奴もかなり筋肉質で、出発前に太ももの青痣を確認した。

「それでも……速いのかよ」

 だが、本人の素行がいくら悪かろうとも、速い者は速いのだ。正直、楓はそういうのが嫌いだった。
 二百メートル地点、楓が呆気に取られている間に彼らが進んだ距離だ。もうすでに半分を回っている。そろそろ疲労が溜まる頃のようで、苦悶の表情で走り続けている。どちらかというと、日向の人間の方が辛そうにしている。明らかに飛ばし過ぎたようだ。
 どうやら自分の先輩の方が上手だと悟った楓は落ちついた。小西はペースを維持しているが、前に居る奴は逆に落としている。もうすでに、そいつを抜いたところだ。しかし、今度は後ろから琥珀の学校が上げてきた。
 残り百メートル、そこで琥珀の学校が、小西に並んだ。しかし、そっちは一レーン外側だ。真横に並んでいたら、闇戯高校の方が前に立っている。現に、二走にバトンが渡されるその瞬間、それはこちらの方が先だった。プレッシャー、そして高揚感が楓の中で膨れ上がった。
 二走が飛び出した十数秒後、オープンのレースへとチェンジした。もうここから先は決められたレーンでなく、好きなだけ内側に入ることが可能だ。楓の高校は4レーンに位置していたので、さっさと内を取った方が賢明だと判断した楓の先輩は内側のレーンに入った。
 そこでの実力は拮抗、特に差が広がりも狭まりもせずにただ時間が流れて、三走との距離も埋まっている。
 「やっぱり予想通りだ」と、楓は呟いた。




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                                          次回に続く。

まさかの一か月放置……すいませんでしたっ!